FC2ブログ

2012
08/22


写真は歌津地区の馬場・中山地区の被災直後の避難場所となった高台から被災地と太平洋を望んだ。少し下がると被災した家屋がまだ残っている現実に、復旧もまだ終わっていない現実を見た。もろもろの事情もあるのだろうが、こうした建物が無くならない限り震災は復旧したとは言えない。
昨日は猛暑の中でボランティアさんは志津川市街地で活動をしていた。町の庁舎では職員の、勉強会として住宅建設のメーカーが、建設の提案をし職員が真剣に聞き入っていた。今回の大震災でランフラインの断裂と言う面から、オール電化としての、ソーラー発電による「蓄電」「売電」のシステムが、各企業のセールスポイントとしてあった。その他にも「5本の木」は緑の木により熱を防いだり、鑑賞による心の癒しなど、あらゆる家庭の環境整備により、「節電意識」を常に持つ事に繋がる。原発の依存からの脱却と言う今後の問題に対処できる方法でもある。
またショックなデータが示された。福島県の太田沖のアイナメから2万セシウムが検出された。通常の200倍と言う。ただこの地区は水揚げ規制が係っている、市場には出ていないが、まだ原発の問題は続いている。しかし、この数字は「ホットスポット」の可能性と言う、根魚のため沈んだ海底のエサを好み食べている魚のせいでもある。淡白な魚で甘か辛く煮込むと最高に美味く、歌津沖の釣りで54㎝の大物の釣った時の感触を今でも覚えいてるる。岩の穴場を好む為が高まった理由と思う。
昨日は「防災集団移転」の20か所の4か所を回った。名足・馬場中山・寄木韮の浜・藤浜など、意外と場所と環境は良い所だった。海の見える場所が大半で道路にも近い、しかし、「この場所では」との声も一か所あった。また、第二瓦礫置き場や、戸倉の産廃の見つかった場所にも少し入ったが、確認はできなかった。その他にも委員から国道の再建案として、歌津皿貝から三浦石油の上を通り権現山を通り歌津中の裏に、こんな大胆な構想も提案され、権現山も調査の対象とした。
充実した「総務常任委員会」の調査に満足できた、猛暑の中の視察調査となった、現場を見る事は議場の説明よりも、納得できる町の移転の現状と知り感じた。。
第二弾の横浜のお寺に「南三陸のブランド菊」の発送プロジュクトが今日実現する。南三陸町とのお仏様を通しての繋がりに、涙が溢れてくると住職さんは話す。それに協力できた事に私自身も光栄と感じている。
昨日も横浜から仕事が送られてきた。叔母二人が長い間暮らしている「神奈川県」からの多くの支援に感謝しかない。

スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:17 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP