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2012
08/02

記録


何気なく道かずら、町から2日間不在だった戸倉の風景に、折立の町向いの「戸倉小学校」に昨日目をやった。行く前何もなかった校舎が、二日間の間に解体がここまで進んでいた。
3.11当日は迅速な教職員の避難誘導により、学校から逃げる際の犠牲者は一人もなかった戸倉小学校。398号線向かいの高台から、小高い隣の山の頂上にある、確か「五十鈴神社」に逃げ上がった。私の記憶するこの史上最大の大津波から、「逃げた経緯」を風化させないよう、学校の解体もしっかり記憶し記録した。
戸倉の小学校の屋上には丸い球体があり、これが学校の象徴に私には見える。被災前は体育館の建設により、大会を控えた練習に、三階の教室を使用しての練習を思いだす。こうした活動・生活から一変した生活を今、小中学生は送っている。その現状に向かいしっかりと直面し、勉強・スポーツに取り組んでいる。
今日は「緑の堤防」を被災地に活用する事を提案している大学教授が南三陸町にくる。細野大臣は教授の提案には賛成するものの、問題もたくさんあると意見は合わない。しかし、仙台のある会社では会社周りに小高い緑の丘を設け、今回の津波から、多くの地域民が被災を免れ、会社も津波から守られたと聞いた。瓦礫問題を早期に解消するための方策といて、当初から議論され活用をしている自治体もある。できる事は検討し実施していくべきと思う。
昨日は副町長に会いに行った。隣の行政区「大森」の出身で、日曜に地区の方より「私の方は健治さんが・・・」との話をしていた事を確かめに行った。多忙を極める副町長、私に「隣の地区です」と、私に活動してくださいとの話になったと私は理解した。私は地区は関係なく「高台移転」により、安全な生活の場所に、町民の皆さんが、早く移れる為なら、できる事は何でもしたい。
最近の心境での昨日の「弱音」は、昨日の行動で払拭できた気がする。


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