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2012
07/24

町瓦礫救済


日曜日の朝に戸倉地区の「第二瓦礫置き場」が現在どうなっているのか見に行ってみた。折立からの戸倉小学校は被災のままで残り、体育館の瓦礫姿は解体され、あの津波の猛威を感じさせる瓦礫の鉄骨はなくなった。しかし、小学校前には未だに集められた瓦礫が残る。
戸中前を通り水戸辺の峠を越えると、水戸辺川の橋から山の方向に写真の光景が見える。入口には瓦礫が新たに運びこまれ、今後の焼却にまわされるのかと思う。新たに二本の橋が建設され、ゼネコンの力の大きさを感じる。確か「清水建設」との数社の建設会社の共同体で、焼却プラントと瓦礫の分別の場所が区分けされ整地されていく。秋にはプラントが稼働となると思っている。
上沢前・在郷は水戸辺川沿いに家々の並びあった。川の両側には田畑があり山裾には大きな農家の家が点在していた記憶がある。私の友だちの家もあったが、今はその場所にさえ近づけない。この場所も入り江の奥、そして陸地の奥の奥まで津波は押し寄せ、まさか「ここまでは来ないだろう」と、多くの住民が津波により死亡した。そこに今、町にある瓦礫が集められ焼却へと持ち込まれ、津波での志津川市街地に点在していた瓦礫が、減少しているのはこうした場所の移転があるからである事が、現地に多くの瓦礫がある事でわかる。清水小学校の校庭にあった自動車の残骸も、無くなったと思ったら別な残骸が又置かれていた。町内の各種瓦礫の集約が見られた。天王前のタイヤも近々現在の場所から移転されると、都市計画策定委員会での書面での報告があった。
今日は県からの補助事業の助成の確認に職員が来る。我が社の場合はすべての設備が完了した事への書類と機械の搬入がまちがいなくされているかと、見積・領収書の額を調べに来る。現在「5万円」の差額がある事に対しても調査聞き取りをするという。
今、事業補助の決定となった町内の「62社」もこれからが大変だと思う。建設の場所の確保、建設会社の確保、工場建設の資金の確保が初めにある。それが全て期間内に完了して、現実にかかった資金の書類等のまとめなど、資金が補助され支払となるまで、今後がまた大変と私は思っている。
「夏休み」に入り通学バスの時間が変わったのか、現在は会社の隣への学生の集合が一時間遅れとなった。この夏期の頑張りが、後期の活動に結果として現れる。熱中症は今年6千件が発生し10名の死者が出ている。体調管理のもとでスポーツに取り組んでもらいたい。
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