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2012
07/07

復興ふくろう


私の知人の会社で社長は家も総てを流失し、現在前と同じ地区で復興への仕事をしている。地元の被災した町民を雇用して、被災後まもなく新井田ガード下で仕事を始めた。「復興ふくろう」を製作し、被災支援で全国の皆さんに販売している。東京の「宮城テナントショップ」でも好評と言う。南三陸町支援は「手作り商品」が多く、大漁端の帽子・キーホルダ、ホタテの貝を加工したものなど、地元で開発された物を多くあり、「復興タコ鎮」はそのヒット作の代表だろう。
「復興フクロウ」の新しい工房が写真の仮設です。中小企業基盤機構の補助事業で建設し、手狭だった場所から少しの解放された場所での作業をしている。この地域は今後「志津川駅」のロータリーができる予定の場所であり、5年ぐらいで移転を余儀なくされ、まだまだ厳しい事業所の状況がある。
被災後初めて新井田の奥へ雨の中を行ってみた。当時は線路の土手に中型船が寄りかかっていた、その光景を未だに鮮明に覚えている。なぜかと言うとブログで船を海への搬出を呼びかけたら、滋賀県の車のシートペルトの会社の方が見てくれて、私たちのシートベルトの活用はできませんかと、救出支援の声があったからです。温かい全国からの支援の気持ちに感謝しかなく、混乱の中で受け入れ体制が整わず、お詫びした事を思い出す。
この奥はまだまだ広く開けていて、津波最終到達地と思う所は「杉の塩害」がある。初めての見た光景は家は無く、緑の野原に何艘かの船が未だに残っていた。
今回の津波の予想の高さを6mで、リアスの入り江は三倍以上となった結果がここにある。今後の予想される「宮城県沖地震」での津波は7mで、8mの防潮堤とバック堤防、6mの嵩上げで市街地は守れるのかと思う。人間の天災の被災地の再生のエネルギーは、無限の力を秘めている。
市街地の被災地再生よりも、高台移転の早期実現が私の考えといて、今後も訴えて行きたい。
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