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2012
06/05

菜の花の海


先月26日の土曜日、午前の気仙沼の帰り歌津の元気を感じた。歌津「伊里前福幸商店街」からは、音楽が聞こえてきた。ジャズのナンバーだったと思う。その前の被災地は少しづつの復旧は進むが、一面に「菜の花」が瓦礫を埋め尽くすように咲き乱れていた。商店街は店数こそ少ないが、大漁旗が何本もたなびき、「いらっしゃーい」「元気です」「楽しんで行ってください」と、見た瞬間にそのアピール度が伝わってきた。
伊里前川には今まであった場所の上流に「ざわ」が作られていた。「ざわ」は「しろうお」を捕獲するための仕掛けでであり、しろうおの遡上が震災後にまた始まり、今年は「しろうお」を味わう事ができた。にらと豆腐を入れただけの「吸い物」だが、小さいしろうおから良い出汁がでる。一日も早い被災前の伝統・行事の復活が、被災者の再建の力と、皆が集まる事で元気が増幅する。
南三陸町歌津には「大漁旗」がよくにあう。被災直後も大漁旗で作った帽子が反共を生んだ。海の方もワカメの豊漁・高値で個人生産した漁民は、多くの収入になったと聞く。ワカメの根っ子「メカブ」はもっと高値で取引された。志津川でも銀サケの復活もあり、今後はカキ・ホタテが秋にかけて出荷が始まる。
女川町では「人口流失の歯止め」に、独自の経済支援をする。一世帯に「200万」、住む家により「150万」「100万」を町が支援する。財源は「財政調整基金」から20億円を充てる。私も町の予算で「住宅再建に支援すべき」と常々言ってきた。行政が被災住民への住宅建設助成は、住民がここに住宅を建て、とどまろうとする気持ちを増加させる。女川町はさんまの加工工場の誘致、瓦礫の早期の他の自治体への搬出など、多くの町再建への政策を行っている。女川原発など大きな問題を抱えていてである。
我が町はどうだろう。
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