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2012
05/25

プロジェクト


多くのプロジェクトが南三陸町でも行われている。明日は「南三陸町からの手紙」の参加・執筆された方が、ホテル観洋で顔を合わせる。被災のその時の出来事を思い出し「手紙」としてまとめた。貴重な体験を本として全国に発信し、「かたりべ」としての役目も果たしている。将来に大津波を語り継ぎ、その避難の姿・恐怖を風化させないためにも、プロジェクトに参加した仲間が、親睦を深める。
写真は大久保の「カバラ」さんの茅葺の自宅が、移築のプロジェクトで解体が進んでいる。1億以上も経費が掛かり、町としての文化財を保護の資金は無く、町の支援なしでの保存を、多くの全国からの保存の支援金により、解体し四国での保存へと慎重にプロジェクトが進んでいる。
先頃に袖浜の「荒沢神社」で春のお祭りがあった。自宅も神社も被災し、県指定?の文化財の巻物も塩水をかぶり、現在「塩釜の博物館」で塩水を乾かし劣化しないように、復元しているという。歴史・文化の保存は、被災地は大変と言いながら、遺跡の確認には国は二年をかけ調査している。その必要性を遺跡の大切さは、多くの先人の歴史の経緯がここにあるからだ。
登米市の「南方仮設」、ここには何でもあるから生活しやすい。ここに住む方の声に、高台移転というが、働く場所も住宅建設の資金も、土地の取得も思うようにいかない現状、当分は今のままでいいと言う。昨夜の南三陸からのNHKの「被災地の声」で、小さくてもいいから自分の家が欲しいと気丈に話す、89歳のおばあさんの姿があった。私の両親と同じである。個々の考えがあり、町の再建は時間がかかる。
また、こないだ開催された「田束山マウンテンバイク大会」がある、昨年は中止になつたが、今年は多くの子供たちがさんがきてくれ、暖かいメッセージをくれた事に、開催者の加藤さんは声を詰まらせた。こうした子供の姿は大人の「大きな力」となります。私も多くの涙が折々にありました。
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