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2012
05/11

将来の仲間に

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志津川中学校の武道場に10年ぐらい前の、剣道部の部員の名前が未だに掲げられている。名前を見ると一人ひとりの顔が思いだされる。現在は大学を卒業し医師になった子、子供ができ母親になった子、地元で働いていたものの、現在は仕事の場を都会に求めた子、逆に志津川を離れながら、親を助けに戻ってきた子など、色々の人生を送っている。
この中に遠藤未希の名前がある。御存じのとおり最後まで町民に避難を呼びかけ、まだ若い職員殉職の一人で、私の記憶には今も彼女の笑顔が残っている。トップに名前のある二段三浦泉は、生徒会長として、英語弁論大会の学校代表として、当時の千葉久顧問がみんなの前で、弁論を聞かせた事を思い出す。その後は仙台の「泉松陵高校」に進み弓道部へ、妹の弘前大での突然の急逝がある。「文字音」の大学の作品には、文字には色々な音があるという。私の現在の仕事にも関係する興味深い「論文」と受け止めている。東北大の医学部から医師となり「母の病気を治したい」との信念を実らせた子など、大人の道をまっしぐらに進む、志中剣道部の先輩がいる事を、伝統ある「志中剣道部」を意識して部活に励んでもらいたい。歌津中出身の「三浦ありさ」さんも、私は忘れない。多くの夢を持ち町の職員として東日本大震災で殉職したからで、宮城の中学剣道の準優勝者でもあるからだ。
目先の自分の事より「将来を見据え礼儀正しい強い精神を持ち、この厳しい現実を踏まえ社会で活躍して欲しい」が希望で、それが中学校生活であり、大人への礎となる。
昨日本吉町小泉の「及川デニム」の被災後をテレビで伝えていた。わが社の従業員も地震後に、家に向かう途中津波に会い、蔵内の高台の「及川デニム」に避難して難を逃れた。及川デニムの息子さんに45号が開通し、消息を聞きに行った事を思い出す。
及川さんは会社を再開し、この技術を将来につなげる事と、地域の漁民の方の漁業の再建にと、支援活動を続けている。会社再開に従業員と共に社長は抱き合って泣いていた。
何事も頑張る事で「嬉しい涙」に繋がる。どうせならこれからは「辛い涙」より「嬉しい涙」を流したいと、生徒たちには事あるごとに話している。その意味はまだ判らないと思うが、将来に繋がる「仲間」ができればそれでイイ!

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