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2012
04/15

伝統


4月に入りスポーツ少年団も活動を始めた。戸倉の古い体育館に初めて「戸倉剣道愛好会」としてスタートした頃、古い体育館の隅に「白鵬会」と書かれた防具を見つけた。古くから剣道の盛んな町の証拠が「ここ」にあった。戸中の生徒会は確か「白鵬会」だったように聞いた。戸倉の古き伝統がここにある事を感じた。
今年は「戸倉剣道」は写真の一年生「ひかり」ちゃん一人のスタートとなった。初めての剣道はお兄ちゃんお姉ちゃんがやっているものの、一人でやるのは寂しいように見える。「私と一緒に剣道しませんか」が、団員募集のキャッチフレーズにしようと思う。もしかして「いやだ」と、小学生がいなくなるかも知れない。この子も志津川で、原点だった「戸倉小学校」ではない。来年につなげるためにも常に口にしている「継続は力なり」の記念写真を思い出す。戸倉の団員と親との撮影した写真には、当初30名を超える顔が並んだ。この写真も今回の津波で流失となり、伝統の記録は無くなったものの、私の心には「戸倉剣道」のみんなを忘れる事はなく、ここがスポ少の原点である事は永遠に変わらない、「一緒に剣道しましょう」。
今日は「戸倉神社」のお祭りです。神社のある波伝谷は家が総て流され、高台の「御宮」だけが残った。先頃は京都福知山・大原神社氏子一同より、支援のノボリが旗めいていた。その脇をボランティアさんを乗せた大型バスが、海岸線の瓦礫の撤去に走りすぎて行った。
18日には南三陸町スポーツ少年団の「結団式」がある。多くの支援に対して感謝する意味でも、こども達の元気な姿を全国に見せてあげたいと思う。こどもたちの教育環境は志津川中でさえ、生徒不足でクラブの人員が足らないと頭を痛めているという。子供たちのしたい事をさせるが基本だが、多くの課題に学校もあり、被災地の現状を打開するためにも、早期の住民の帰還がある。しかし、昨夜も仙台に避難している方から電話で、「もう帰れません」と言う。これからが町の存続問題となるのだろうか。
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