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2012
03/31

海の貝に

120328_064207[1]
旭が志津川湾の中央を照らし輝かせていた。ある朝の光景です。仲間の同級生の両親の、今回の大災害での突然の死に、「お父さんは大好きな海に帰った」、「海の貝になった」と、きれいごとのように表現した事は、友人にとってどう思ったのだろうと昨夜考えた。
三陸新報から「故郷永遠ふるさととわ」の震災の記録「第2弾」が発行された。その1ページに気仙沼市・南三陸町の死亡者の名簿が載っていた。新聞には当時毎日のように掲載されているものの、改めてのチェックはしなかった。一揆に「我が町」の尊い命の消失に目を通した。知っている方々の名前に落胆し、同級生らしき確認できなかった女性の名前に、「彼女も!」と驚いた。二人とも名前が「みねこさん」で、年も同じで間違いなく彼女達だ。一人は中一の時にクラスの書記を共にしたし、一人は活発な女性だった事を今でも覚えている。
不明者の名前はなく、この海に引き波の犠牲になったのだろうか。9月1日現在で死者449名で不明は339人を数えていた。合計788名ながら現時点でも数名がDNA鑑定で、死亡となってはいるものの、数は同じである。下は2歳から上は102歳まで多くの町民のかたが亡くなられた。
役場職員の一人は言う。「町長の声が今必要」と、中学校で被災し翌日に防災センターまで、職員をあんじ迎えに行ったという。そこで町長が無事だった事を知つた。職員のドラマはあまりにも多くて悲し過ぎる。町民の安全を確保する為職務を全うした中での、殉職であった。
本吉病院に山形県出身の医師着任に続き、今度は四国から医師が新年度から着任する。被災地での医療活動をとの。「困っている地域医療救済」の正義感に燃えての赴任と言う。南三陸町での医療体制も厳しく、全国からの医師が来てくれる事を今後町民は期待している。
就職難の現状で就職に悩んでの「自殺」が41人にもなるという。被災地の現状は働く場所がない事や、被災・津波のショックで未だに、仕事に戻れない方が多くいる。多くの悲劇を未然に防ぐ対策を、オール南三陸町民でやって行きましょう。
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