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2012
03/10

再建


この地区は五年前に「合併」した旧歌津町の伊里前市街地です。写真は「歌津大橋」の上から市街地を望み、まだ遠くの山には「ヘリコプター」による、捜索が毎日のように続けられている4日目ごろの風景です。町には津波の痕跡があり、人命救助・捜索があるゆる手段で、警察・自衛隊・消防・漁民など、町民あげて活動していた。
歌津地区は被災後の地区民の方の「津波ビデオ」がテレビで紹介された。その光景は想像をやはり超える姿が残っていた。歌津大橋は国道のバイパスとして建設され、町内「伊里前」のストロー現象から、しろうお祭りや田束山の「つつじ祭り」などで、商工会・地区民の協力のもと、町に新たな集客があった中での、今回の津波だった。
3・11の津波は、歌津漁港、湾の入り江の大橋、海抜「15m」はあるだろうか、その道路まで津波は一揆に押し寄せた。ビデオも撮っていた方も、後ずさりして逃げる声が入っていた。橋脚の乗る大橋は、橋脚のつなぎから地上へ落下した。津波の力のもの凄さに驚かされた。津波は避難場所でもあった、高台の伊里前小学校校庭にも押し寄せ、地区民はまた上の中学校まで逃げたと後で聞いた。天皇陛下は中学校の避難場所に見舞いに御出でになり、被災民と膝突合せ当時の事を聞き、お見舞いの言葉を述べられた。その後で津波の到達した、伊里前小学校校庭から、歌津港と志津川湾に対し、皇后様と共に深々と頭を下げる御姿を今でも思い出す。
市街地には新しい公民館や保険センターなど公的施設や、水産業が盛んな地区として、新築の家も多かったが、全てが瓦礫と化し今後の見通しとて、何も見えない不安な状況に地区民はある。今進められている歌津中学校の奥の山が、伊里前地区の契約の土地があり、「高台移転」候補地ではあるが、多くの問題があり、現実までにはあと2年・3年とかかるように思う。新たな吸収合併も地区ではささやかれている。
歌津駅に関しては、線路の上をバスを走らせる構想が、「気仙沼線」にあり、鉄道の復活は難しい。また、市街地だけでなく海岸線も壊滅的な姿となっている。海水浴場の「長須賀海岸」は半分の砂浜が流失に、観光への影響は「民宿」の多くの崩壊・流失が最大の問題たろう。
「山口美江」さんの孤独死は私の今後の生き方を考えさせられる。親の介護をするため引退し、親を見届け送り出し一人暮らしだった。先週の事で「心不全」で亡くなっていたという。親の為に身を捧げ、これから自分の幸せをと言うときの、この世を去る事となった。人生は自分の為にあり、親も自分たちの為だけに生きる事を「良し」とはしていない。こんな考えが高齢化の「老々介護」の日本には必要となる気がする。
今日は南三陸町の三校の中学校の卒業式に参加した。卒業する生徒たちから、未知の力を感じ、エネルギーを頂いて来た。
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