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2012
02/26

頑張

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昨日紹介した方も同級生の母で、今日も伝えたいのは志津川で又、店を再開したいと頑張るお母さん、もう80才は確かに超えているが、再建への意欲は消える事がない。
志津川病院裏の「豊楽」のおばちゃん、月に何回か訪れお気に入りの「特性やきそば」を食べる。特性ではない「むかし懐かしい」である。遅れたが昨日オープンの志津川仮設商店街の中の一店で、ここまでたどり着くのには、おばちゃんも多くの苦悩があった。ここ5年に旦那さんと息子を亡くし、今回の津波でその総ての思い出を失くした。こんな中で被災後から「店再建」の気持ちを持ち続けた。私のところに「仮設商店街」「仮設建設」「入居」など、店を始める事に対し、仮設は商店街の近くへと、東京からボランティアで来ていた娘さんが、私に情報支援を母の為にと依頼してきた。そして今回の開店、近々必ず行きたい。
私の同級生の母たちは高齢者ながら元気である。それは家族で暮らして来たこの南三陸町志津川で、また家族の思い出と一緒に暮らしたい。この事だけが「おばちゃん」達を支えている。
昨日の大雪は週末の3・11から一年を前にした南三陸町の復興の出鼻を挫く結果となった。名店街への来客にあたり、コンビニの仕入れは大きな誤算となった。学生も家族もこの雪でも、部活への送迎は欠かせない、戸倉「善王寺」まで、この雪だと1時間半はかかるかも知れない。戸倉剣道の横山・米谷からの親の送迎はこの雪は危険と中止にした。従業員も気仙沼まで早めの退社とした。
今日の南三陸の風景・自然美の写真はいっぱいあったが、この新たな出発を選んだ。大雪ながら風景はその美しさを増す。小川のせせらぎの雪、雪で垂れ下がる木々と山の雪景色、深々と積り降る「綿雪」。午前は一揆に15㎝以上ものドカ雪、総ての復旧工事がストップした被災の町「南三陸町」の悲喜こもごもの一日となった。
水尻川の鉄の橋の路面は「ゴトゴト」と危険感を増幅、「わだち」はもっと危ない。今朝、国道の雪は除雪されていた。水道が凍結しないという事は、いつもより少しは暖かいかな、今日は「晴れ時々曇り」、福興名店街にも足を運んでほしい。私は津波で殉職した職員の葬儀に参列したい。まだ不明での「死亡認定」かと。悲しすぎます。
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