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2012
02/08

決断

120206_163801[1]
最近「南三陸町」の輝きが、市街地から薄れて行っている気がする。大船戸の瓦礫そして基礎はすべての市街地から撤去が終わったと聞くが、月曜に志津川中学校に行き、しばらくぶりで高台からの写真を撮った。しかし、天気のせいか午後4時なのに昔の煌めきが無くなっていく感じがする。
南三陸町の第2瓦礫置き場の企業が決定したと聞く、町の復興の土地取得や仮置き場に関わる大手の企業は「石巻市」を落札したとも聞こえてきた。そして昨日は「岡山県」のトンネル事故にその名前があった。海底トンネルの2本目で重大事故が発生した。今回の掘削では2回目とあり、地質の調査を怠ったとも説明があった。
総務の常任委員会で、高台移転の町有地の活用の調査が、休会中の活動に決まった。今回寄付された「蛇王」の土地と、黒崎のテニス場、ひころの里である。一向に姿の見えない高台移転の状況は、土地の確保が難しい事に他ならない。私が仮設での生活している方の話は、「家を建てる資金がないから災害公営住宅でいい」と言う。これは高齢者家庭が多くなっている事にある。
家庭は子供たち中心で、人口流出は間違くなく現実味を示していた。昨日は「推薦公立高校合格者発表」があった。たまたま「南方イオン仮設」のとある家庭に行っていた。戸倉地区の方で孫さんが高校を「佐沼高校」と決め、今発表を見に行っているという。現在志津川高校にも通っているが、上沼高校に被災後入学し、イオン跡地の仮設生活とあり、このままで良かったともいうが、志津川に戻った事は通学を考えると大変だったという。子供たちの教育環境を考えると生活はこのままでと言う。しかし、おばあさんは生まれた戸倉に帰りたいという。場所はゴルフ場跡地とは言わなかった。戸倉地区民の多い登米市への仮設の建設は、決定したトップは町の衰退加速をさせたと、「大きな罪」を感じる。私の同級生も「豊里」に土地を購入したという。
こうした町民の動向や意識を、行政は総ての課の情報として、「共有・分析」をしているのだろうか。私が仮設を回る先々では「災害公営住宅希望」が7割前後と多い。
まだ漁民の「瓦礫撤去」の活動が続く中で、湾内のサルベージの大型船が、写真の入り江の瓦礫撤去で今も稼働している、現在の「南三陸町」の状況です。
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