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2011
11/25

爪痕


3月13日朝7時ごろだろうか(写真)、田尻畑の津波後そのままの光景がここにはあった。メインの大船沢に続く道路は瓦礫に覆われ、ぬかるんだ道路を確認しながら歩く、この時の人たちとは同志的なものが今でも感じる。
田尻畑にはそれ以後2・3回通ったが、全て瓦礫はかたずけられてはいるが、多くの爪痕とビニールハウスの復旧はなっていない。ついついこの現実を忘れそうになる。多くの知人の死亡不明の人がいる、この人たちの為にも南三陸町の復興と、少しでも当時の人の繋がりを戻すため、町の早期再建をしないといけない。
昨日は退院はがきの来客、医療機関の不備が現在この町にはある。無理をして我慢して、限界に達し病院へ、そして直ぐの手術、2・3日遅れたら命に関わると言われたという。次の来客、明日から入院ですと言う、寒くなり古傷が悪化とてと話す。次は、仕事での電話相手、今病院入院中なんですという。重い荷物を運び「腰骨圧迫骨折」と話す。
被災者が2200戸の仮設での生活する、多くの事故や病気を心配する。現在寒さ対策として、仮設への防寒整備がすすめられている。そんな中で生活の為に入所後自分で仮設の改築した人が困っている。仮設の防寒工事で入った会社が、増設した建物を取り除かないと工事をしないという。ボランティアの下で工事をした物の撤去は、何処が責任を取るのだろう。さまざまな問題が山積する町の被災者救済事業、住民・行政の密接な意思疎通が求められる。
26日に「町職員合同慰霊祭」があるという。「千葉さん議員なのに知らないの」と町民の方に言われた。行政に問い合わせると、副町長が案内者で家族・職員のみの会だという。この町の異常さがここにもある。
被災の「心の傷跡」もまだまだ完治には時間がかかるようだ。
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