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2011
09/05

陽は登る


震災の翌日、避難していた旭ヶ丘から山を越え「田尻畑地区」を歩いた。(写真) 入谷へ抜ける山道まで雪の被災現場を仲間と歩く、ビニールハウスの残骸や津波のヘドロの中を歩いた。
何気なく後ろを振り向くと「旭」が背を照らす、水尻川を通り路として一気にここまで津波が襲来し、水田で埋め尽くしていた農地の遅い、その姿はなかった。
この地域は「遺跡旭が浦」と呼ばれ、南三陸町志津川地区が生まれた場所といわれている。今この写真を見て、あとを振り返らず前を向いて一歩づつ歩こうとおもう。
しかしながら被災の現実は心に脳裏に残し、二度と多くの町民が犠牲になる事のない、自然と防災の町の共存で、南三陸町住民が「手をたずさえ」生きていける町づくりを図っていきたい。
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