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2011
09/01

瓦礫の集中


3月11日から10日目がたった志津川小学校の登校坂、正面には「アストロテック」があり、その建物は「永電社」さんの、前の建物所有だった。さすがに志津川小学校の避難所までの道路は確保されている。
この道路の瓦礫は市街地のもので、津波が巻き込み道路を埋め尽くした。町長は防災センターで被災し、残った職員とここに初めにたどり着いたと聞いた。
保険センターから残った建物までは、10メートルぐらいの高さだと思うが、やはり海面からは16メートルはある。志津川小学校には市街地から多くの町民が、車で歩いて避難、当初は500人はいただろうか、停電で電気をともしたのが「三陸鉄工所」の社長で、軽トラックの発電機で体育館を照らし、避難者を闇の世界から救った。
また、臨時の診療所では「笹原政美先生」が活躍された。
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