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2011
08/31

目の前の悲劇


写真は戸倉中学校を国道398号から望んだ。この場所は小さな公園とトイレがあり、南三陸町志津川湾の入り江にあたり、志津川の青い海と島々を見れ、南三陸町の潮風を体いっぱい味わえる。
しかし、ここが湾の入り江となり、津波の最終到達点である。そのため津波の高さが2倍3倍となり戸倉中学校に押し寄せました。避難所が中学校だったため、多くの人が津波に飲み込まれ浚われていった。車は体育館のドアを破り、館内でグルグル回ったといい、津波は志津川から人を巻き込み戸倉の海岸まで運んで来た。
学校の先生が住民・生徒を助けようと最後まで活動し、津波に飲み込まれた姿をみんなが目撃している。戸倉の学生の教え子も多く、生徒に慕われていた先生「猪又先生」だと聞く。こないだ教え子が最後の姿があったという、中学校にお盆に行った、一つだけ花が献花といておいてあったという、私もおいてきたけど、もっと花が添えられていると思っていたと言う。町の教員として地域と交流もあったはずなのにさびしいと、でも海岸線の戸倉の8割以上が被災している現実で、お盆は自分の事で精いっぱいなのだろうとも思う。
写真で見える木々・手すりなとに、多くの死体があったことを、ここに避難した親子は忘れることがないだろう。悲劇を忘れないためにも、戸倉中学校に一度訪れ、この校庭から高台から志津川湾に手を合わせてほしい。私は3度議会被災地調査で出かけたが、学校の2階までの津波を想像するに、まさに「地獄絵図」がここに、間違いなくあった。
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