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2011
07/03

どうなる我が町

2011-06-19 04.34.20
震災津波からの、あの日の避難があり、そして第2避難があり、南三陸町の人口数は今大幅に減少している。仲間とひとつだけ被害から逃れた、戸倉地区の荒町に仮設100戸の建設計画に取り組んでいる。
戸倉の人たちに産まれ育った、戸倉地区に帰ってもらう事だけを願っての活躍ながら、避難者の考え方に複雑を昨日はしらされた。地区に戻っても何もない現実と、現状を考え新たな生活を模索しないといけない現実に、町に戻る事が難しいと話す。戻りたいのは山々ながら、子供たちの学校や生活の糧を考えると、登米市での生活が選択肢とある。
また、町の仮設の確保と、避難者への仮設場所の連絡の不徹底があり、モクモクランドの40戸は既に建設は断念しているのに、戸倉地区の人たちは入れるものと思っている。ずいぶん前の荒町の仮設に関しても、まだ入居可能と思っている。戸倉中の仮設は当事の惨状がネックで、入居がままならない今、荒町の仮設100戸の建設は環境整備が確保出来れば、南三陸町とても反対する理由はない!
昨日は福祉避難所の柳風園、豊里の避難所など新たな場所へも行ったが、被災後そのままの姿と感じた。ある議員さんから『戸倉地区には地区のやり方があるから!』と忠告を受けた、町全体を町民皆で考え、議員は総ての地区を考えて行動する事が当たり前だと思う。
一日も早く安らぐ場所への、第2生活への足場となる、仮設への移転を願いたい。写真は志津川市街地の中央の仙台銀行で、今日はこの前の道より海水がのっていた。
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