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2011
04/09

歌津地区

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歌津伊里前は歌津大橋が町の上を通りストロー現象となり町の疲弊の中で、漁村の漁師魂の元、田束山つつじ祭、来い恋浜まつり、そして『しらうお祭』を新しく開催するなど、新たな歩みを始めところだった。
伊里前から寄木の方向を望んだ津波後の写真で歌津町の繁栄の姿は全て津波で一瞬にして瓦礫となった。街中の小山商店は基礎だけとなり、町の象徴だった歌津大橋は橋げたを残し橋が落下した。自動開閉の水門は捩曲げられ、大きな漁船が陸地に横たわり、鉄骨だけとなり津波当日のままの姿が一ヶ月たとうとする今変わらなくその光景がある。
昨日はアリーナの対策本部での『罹災証明』発行所で歌津道合剣道の佐藤親の会会長と会い、生存を固い握手で確認した。子供達のためにも南三陸町の少年剣道の復興を誓った。会長の三年後に復興からの優勝を目指すと言う。子供たちはもう剣道の素振りを初めていると語る。
行政、議会が先導し町民と共に子供たちの未来の南三陸町づくりにいち早く進むたい!
今日は大震災以来本格的な雨となり、炊きだし作業や取りに行く事も大変だが復旧や捜索活動が雨での障害となる。3月11日から明日で一ヶ月となる。仮設が後半年や今後を考えると長く『一歩づつ』進もうと思います。
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COMMENT

2011
04/13

私は歌津出身で、11日は矢本で被災しました。

今まで感じたことのない物凄い揺れで、北上運河沿いの45号線から涌谷へ必死に逃げたことを今でも思い出します。

歌津には翌朝帰りましたが、南三陸町の惨状に言葉を失いました。

歌津を離れて働くことになり、今は歌津を出ましたが、故郷の復興を、そして復活を待っています。
遠く離れた地から南三陸町を支援します。
今を耐えて、踏ん張って、いつか必ず復興を!!

pray for minamisanriku.

【 ばち |  編集 】

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