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2011
01/31

支援の輪


昨日は気仙沼の「アーバン」に、社会福祉法人洗心会と県保健福祉事務所の主催の、「障害者就労セミナー」に出掛けてきました。100名の定員に対し126名の参加者に、洗心会の取り組みと福祉支援に対する熱心な市民の多さに驚いた。
 日曜日の寒い一日となったが、出掛け参加して良かった。「福祉の町」「町民に優しい町」を模索し、「住みやすい環境」が人口減少への歯止めと思い、第一に弱者と言われる、高齢者・障害者・生活困窮者へ、手を差しのべる事で「誰しもが心豊か」になれる、「町の創造」を私は描いている。
 障害者就労・生活支援センター「かなえ」さんは、事あるごとに「我が社」に訪れてくれる。気仙沼市に事務所を構え障害者の雇用の促進と相談をして、「働く場」を企業様のご理解のもと、当地域での対象者が126名いて、「29人」の障害者を、気仙沼地域での雇用を可能にした。支援団体と企業そして家族の「連携理解」により、就労の場が生まれている。
 「企業の視点から見た障害者雇用の取り組み」として、気仙沼パン工房代表の鈴木秀子さんが立ち、第一声で「私は講演会での発表などできない人間ではない」と言う。しかし、今自分が思い取り組んでいる事をお話ししますと!
 健常者と障害者が共に働いているという「パン工房」。気仙沼市近隣で岩手までご理解のお客様にお世話になっている。障害者だからという特別視はせず、一労働者として働いてもらっている。会社には働く「10ヵ条」を掲示しているという、それに添わない行動には「10ヵ条」の朗読をその度にする。共に働く上で必要な事項が書かれてあると言う。「なるほど!」、一緒に働くと言うこと、会社での仕事で、一般的労務だという事を身に付けさせる。この為の方策だと学ぶべき所がいっぱいだった。
 「若者」が障害者と言っていた事に、「耳を疑った」。資料に「ご家族へのお願い」があった。社会に出る「就職準備は中学校から」。卒業後の進路は「施設にではなく、実社会」に。お子さんの一生は長い、「地域の中で自律した生活」を目標に。だった。
 高校の卒業者で普通の子供もそう言う節がある。実社会に出ても子供が抜けず、親も何時までも子供扱いする。就職し社会にでたら、実社会に順応し厳しく「我が子」に教え、子供には社会人という意味を親が教える。こんな当たり前の事が現社会では薄れている。この現実の中で「社会に馴染まない若者」を、障害者と位置づけている。普通の子が仕事に来ていて、突然次の日来なくなると言う。家に電話すると「もう会社には行かないから」と母親が言う。あげくの果てにはその後、なんの連絡もよこさない「親」がいる。この子供は、家族はどうなるの? と心配ばかりがつのると言う。
 ある障害者をもったお母さんに、「貴方が亡くなっても子供は生きなければならないんですよ」と言った、「私以外の人でも子供の事をこんなに心配してくれる人が居たんですね」と涙を流したと言う。「障害者の自律」は社会全体で市民皆が障害者に目を向け、手を差しのべる事で多くの障害者が救われる。年々「障害者」が増加していると言う、適応障害など普通に居ても、現在の社会に馴染めない人たちも、障害者の中に入る社会となっている。
 
 65人以上の企業は一人障害者を雇う義務がある。130人なら2人となる、法整備の中で違反者には、一人当たり月5万の納付金が義務付けられていて、そのお金を障害者支援に充てている。私の地域ではここまでの大きな会社は無いが?外国人労働者の雇用もありその辺は微妙だ。「我が社」は従業員4人ながら、支援は出はないかと常に考えている。たまのアルバイトでの「小賃金」ながら、親は喜んでくれる。「我が子を内に隠らせる状況は何の問題解決にもならない!」と言う。「お母さん出して下さい!」と鈴木さんは言う。私もこの考えに賛成で、「共に話し笑い生活しましょう!」と声を大にして言いたい。それには「働く場の確保」です。皆さんできる事から始めてみませんか!

 来月から真剣に障害者支援に何ができるか、考え行動したい。生活弱者もあり支援は、自治体が地域が本気で事を起こす時代となっている。
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COMMENT

2012
01/25

情けない

宮城県社会福祉協議会幹部職員は震災後みんな頑張っているなかセクハラ行為で訴えられていましたね。

【 宮城県民 |  編集 】

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