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2011
01/11

千葉家の末路


私は父親似で神様への信仰心は低い。連休に柳津虚空蔵さんに出かけ、参拝風景写真を撮りに行った。普通なら本堂に「合掌」「賽銭」なのだが、撮影に夢中になりうっかり忘れてしまった。今度は忘れずにしてきたい。

 今朝は1時30分に目覚めそれ以降、夢の中へは戻る事が出来なかった。目覚めるとテレビを付けた「女子会」の番組を何気なく見ていた。20代30代の女性観に驚くばかりで、都会で生きる「OL」「今どきの子」の、恋愛観に田舎とはまるで違う世界観があった。「ワンナイトラブ」? 親が聴いたら「帰ってこい!」だろう。全てとは言わないがこんな事が、女性社会にはある?。

 NHKの「ダーウィンが来た」が再放送されていた。ヒヨドリの津軽海峡横断の記録だった。多くの種類の鳥が餌の豊富な北海道から、冬の寒さを避け本州へと渡る。20Kの海峡を一気に、途中で「ハヤブサ」の攻撃により引き返す、水面での低空での数千羽の「渡り」、その黒い編隊に次々と試練が襲う。ハヤブサとカモメと大波と、若鳥の長距離飛行の試練があり、海面スレスレの飛行はハヤブサからの護身であり、仲間の犠牲で海峡の横断で、次への生活の形が生まれる。
 鳥と聞くと「愛鳥会」の田中先生の奥さんを思い出す。奥さんの逝去は2年前になる。生前に課題を出され未だに、その答が気になる。クロスパズルで「この中に50種の鳥の名前がある解りますか?」だった。今年はこの答を探して見たい。子供達の自然との係わりは、「生と死」を見つめ知る事で何か大切な事を知る。子供達よ山野へ!

 夜中3時からは「大人アニメシネマ」がNHKであった。「何なんだろう」と見入る。ある一人の女性の人生ドラマだった。金沢から東京の大学へ、その大学の同級生と結婚して「アメリカ生活」。ふる里での若い頃の思い出があった。大学の時にふる里に帰ると、和菓子職人の父の弟子見習いに、見たことがある男性がいた。物静かな同級生で名前も知らなかった。「彼女は彼に・彼は彼女に」何かを感じていた。アメリカに旅立つ前に子どもを連れふる里に帰った。結婚・渡米などの不安感の中で、若い時代の「淡い思い出」が、彼女にあった。彼は地元で支援してくれた人の御陰で店を持ち、そこに彼女は雨の中を出かけ、彼の胸に飛び込む「抱いて!」と。一回きりの一夜を過ごした。彼は「行くな!」と帰りに告げた。そして今、またのアメリカに旅立つ前に彼に会いに行く。彼女は現在の旦那との生活に疲れていた。「青い目の女に夢中になり」企業戦士として家庭を帰り見みない生活があり、こうした生活のストレスから食べる事だけが喜びとなり、食べては吐くという「過食」という生活の中にあった。彼は地元で店を出す事に支援してくれた人の娘と結婚していた。店で彼が子どもは「何歳?」と聞く、「4歳」と答える息子の口を押さえ、「三歳」と言う。この意味はこの子どもは、ふる里の彼と一夜を共にした時の「子供」だからに他ならない。人生は「ドラマチック」な物である。こんな事がある人生が私の憧れです。真実はもっとドロドロかな。

 フィクションながら、「淡い思い出」「夢を求める」が私の生き方です。とにかく行動する事から! 昨日また夫婦が80歳を過ぎ殺人事件発生、建築士夫婦殺人事件は62歳で犯人逮捕35歳、大阪の資産家の姉妹が餓死80歳?持ち金「90円」。こんな時代に「伊達直人」タイガーマスク運動が続発。自分は自分のままで終わりたい。
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