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2010
11/27

闇の中の光明


昨日は西光寺で同級生の父親の逝去にあたり、参列した墓地の大きな「イチョウの木」に目を奪われた。数年前の暴風雨での寺入り口の倒木となった木もイチョウだった。「我が町」の死亡がこれ以上続かない事を祈りたい。

 昨日の10時からの葬儀、始まり10分後にサイレン、「歌津中学校の裏で民家火災発生!」との放送だった。葬儀は故人は39年間、教師として本吉地区の公職にあり、教育の振興にたずさわった方だった。参列者も町の教育関係者も多く、葬儀の中での少しの動きがあった。
 中学校裏?まさかと脳裏に「佐々木工務店」が浮かんだ。悪い事は当たる物で、葬儀終了の11時に急ぎ歌中の駅裏を登り、学校の裏の煙を見て、その予想が当たる事となった。「大変だ」「消防の皆さんご苦労様」との気持ちと、情報紙の製作として町の出来事を発信の心があったが、家族の皆さんを知っている私は、このご不幸にカメラを向ける事は出来なかった。私は報道陣では無いことを再確認する結果となった。1時間近く消火にかかった、人的被害が無かった事を「不幸中の幸い」と考える。火事見舞いは落ちついたら行こうと思う。今直ぐに行けばいいのだが、何も出来ない自分は、作業の邪魔になる事を思い後日に回す。午後は戸倉に「焼香」に同僚3人で行く、昼には気仙沼から友達が来る。今日も追われる一日となりそうだ。

 「小野先生」と呼ぶ孫の送る言葉があった。幼い頃から書道・そろばん等をおじいさんから教えてもらったと弔辞で話す。孫と祖父の優しさの中に厳しさを持ち、色んな事を教えてもらったと言う。これが家庭の姿だと思う。親子3代素晴らしい家族がここにはある。今社会が失いつつある家庭教育が、しっかり孫たちの精神に心に受け継がれていた。「さようならは言いません」と、小野先生のようになりたいという孫の姿に、まだまだ「我が町」はこうした教員の存在に、希望の光を見ました。

 今日は志津川小学校で、「くろしお祭り」が開催されていた。学校には若い家族の多さと、子供達の元気な多くの笑顔に触れた。学校に行く機会が多くなったせいか、町中の登校の子供達を見るだけで、こんなにも「くろしおっ子」が居るとは、町民の皆さんは感じていないだろう。しかし、清水・荒砥が統合されての「新生志小」だからでもある。気仙沼の小中の児童の減少は深刻で、教育環境の整備の記事が「三陸新報」に載っていた。南三陸町も他人事ではない。

 帰りに「兼田さん」により、地元のケーキを気仙沼からの友人に持たせ、地場産品の発信にした。私は「糖尿」だが時々甘いものが欲しくなる。12月になると「クリスマス」です、速くも一年が終わろうとしている。

 こないだまで続いていた「泥棒騒ぎ」は、「犯人が逮捕!」との噂を聞いた。我が家も「老人宅」でもあるが剣道5段の父、玄関には「木刀」を置いている。犯人は志津川地区の人間と聞く! 今度は沼田地区で「白骨発見!」と言う。

 やっぱり何処かが違う! 「我が町」の世情風景です。
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