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2010
09/02

若者が居る町


若者が定住できる町にするには、若者が希望する労働ニーズに答える、労働の場が無いと若者安定の実現へは向かわない。25歳過ぎても「若者」達は長期安定の労働の場を探す為、何度となく職を変えている傾向にある。「派遣社員」としての身の置き方が、この安定就職には繋がっていない気がしてならない。
 企業は「繁忙期」の人材確保で、定められた期間を経過すると、又職場を失う「悪循環」がここにある。安定した職を求め町外に「若者」は向かい、結婚しその地元の人間と移った地での生活、「我が町」への住所を置かず、両親の元に年数回顔を見せる。こうした生活のパターンを見るし聞く、寂しい南三陸町の状況です。

 昨日は無性に「焼肉」が食べたくなった! 同級生の居酒屋に「食材」を持込、一人焼肉を実行した。以外と「ビール」も二人だと話の種もあり、美味しいし進む。色んな話題も吸収できる。
 お客さんが一人入ってきた、常連という事は「顔見知り」だった。漁業の現実を同じ地域の奥さんに聞く、養殖現場は大変です。仕事が10日も係る量が、海水の状況で「異変」が起こっていて、その場所に寄って1日で仕事が終わるという。量が少ないと言うことは水揚げ漁獲・収入にも影響となる。
 本当に厳しいんですよ!と彼も話していた。「専業漁業」では今は食べて行けないと言う。新たな業種に変えば資金が係るし、後継者には「漁業」を自分から進める事は難しい!との話だった。何がこんな「我が町」志津川湾にしたのか、漁業現場をこんな風に変えてしまったのか? 分析・考えないといけない。一つには「人間の欲」と私は感じ、多くの漁民も理解はしている。この昔から資源の豊かさの中にあった、「我が町」の漁業が「なぜこうなったのか?」を、真剣に謙虚に海と向かい合い、その原因を訴え戦う姿勢を、出さないといけない!

 今日は「県印刷組合支部会」が、気仙沼大谷の「海洋館」である。急用の石巻には従業員に行ってもらうことにした。人員の配置は余裕を持ち雇用しないと、いざと言う時の対応と、将来への投資・開発とはならない。仕事に会わせた人員は、会社の大きさを固定し、その域を超えると何処かにしわ寄せとなり、事業主・従業員へのストレスとなる。難しい社会となったものです。
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