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2010
05/28

駅前開発


先週の夜、駅前を通ると地元の商店が駅前進出により、事業の発展を目論むも16日に閉店を迎え、解体の姿がこそにありました。駅前の開発は何処でも目覚ましいものがある。30年ぶり位で「小牛田駅」に行ったが、この町の大きな変化に驚く、何が「我が町」と違うのだろうと考えさせられた。
 駅の入口のこの一角にどんな方が、どんな形でどの内容の事業を興すのか、興味がある。「コンビニ」が空白地帯となっている場所でもあるが?私もここの跡地の活用で仲間と検討したが、情報の希薄さ遅さからルートはあったものの、どうにもならなかった。この場所は「我が町」の一つの玄関口、「観光案内所」が最適と思っていた。住民の交流の場・産品発信など、あらゆる事に活用・対応できる場所だと考えたのだが。
 ウジエを初めとする薬局チェーン店、ホームセンターなどに、地元の商店が張り付くように、商売をしている。ここにまた地元以外の業者の参入は、心地よいものではない。
 車の高速道路時代の中で、駅の存在は観光には発揮されていない気がする。半面に学生の分散化により、通学手段として気仙沼方面への通学手段や、歌津・戸倉からの高校生には無くてはならない物となっている。このまま乗客が減少すると「志津川駅」の環境は悪くなる方向と思う。仙台から気仙沼への直行便という話も聞く、高速「三陸道」も電車も「ストロー現象」とならないよう、いまから対策を練らないと危険である。「我が町」の発展のボタンの掛け違えは、方向性のミスは将来に大きな爪痕を残す。
 町中の異変に気づく、町の中央から土地造成の開発地への、住民移動が現在多い。また、地元で「自宅建築」が町中にあるが、安定した職にある人達だけのような気がする。生まれ育った地で最後まで住む人と、その地を放棄して新天地に暮らす。その土地は空き地となり、駐車場と変わっていく。今後この形が高齢化・独居老人の増加により、益々増えていく。地元に残り新築は、「核家族」はなく「3世代」が同居している家庭が多い、両親と未婚の子供の形、私も含めてだが「上記の予備軍」と成りうる。私も兄弟はいるものの、今の家を引き継ぐなどという、奇特な兄弟はいない。
 今からでも遅くはない。先祖のため親のために結婚・養子の道で、是非「我が町」を守ってもらいたい。古くさいと言われるかもしれないが? 南三陸マイタウン週刊情報に、結婚相談所開設が掲載された「キューピット」という。「何とか幸せになってもらいたい」と話す代表、親も含め本人に出逢いをサポートしたいと考えている。
 諸々の家庭状況はあるものの、自分だけで背負わないで、勇気をだし交流し、良い今後の生き方を考えて行きましょう!一緒に。
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