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2010
05/25

傘の津波


50年目となる「チリ地震津波」、テレビでは当時を知る方々の悲しい思いが多く語られた。県内での53名の死者の内、41人が「我が町」からの死者と聞く、町への被害のもの凄さを伺う。この時は防波堤・水門もなく、地震津波への意識は薄く、まして地球の裏側から襲来する「チリ津波」など、町民の考えの及ばない事と、専門家も話していた。今のような町の防災設備は、チリ津波により、又諸外国の津波の驚異から設置されている。諸々の設備は津波への被害防止に大きく威力を発揮するだろう!と解説された。
 東北大「今村教授」の講演で、チリの50年前の地震は世界で最高の「マグニチュード9」位と、調査・分析により予想される。こないだのチリの津波は崖を23メートルも駆け上がったという。一つの村の全滅で200名の死者ともなった。遠く「過去の歴史の学ぶ」ことで今がある。しかし、この津波を忘れられる事のないよう、避難した町民の方は「テレビ」に向かい口々に話していた。子供たちの「地震体験車」で無邪気に何度も乗る姿に、「語り伝える事」の大切さを知り、「41名」の犠牲者の命の代償を、将来に生かす責任を感じる。チリ津波の日本の死者が140人超と言う、その中での「我が町」の41名の死者は、当時の大災害の町となった。まだ私は4歳だったが、父親は家族を全部避難させ、自分は家に最後まで残り「九死に一生を得た」のだと言う。軒下までの屋根で多くの人が上げ潮引き潮に流されたと言っていた。突然の津波の襲来は、町民にも逃げる時間もなく、家の中でそのまま流されたり、大森地区に有った木材が流出し被害の拡大となったとも話していた。
 子供たちに「語り継ぐ」ことをしているのが、防火婦人部長の「三浦さん」、テレビでは津波の体験をそのままに伝え、前日開催された「津波シンポジューム」ではパネラーとして、津波防災への討論に参加した。全国?の「優良婦人消防隊員」として、こないだ表彰もされている。将来に津波被害を伝える事で、津波意識の向上と防御となり、自分の命の大切さを子供たちに伝え知ってほしい。
 口蹄疫へのこの地区の対策会議に、我が社でアルバイト中の酪農家の家督が出掛けた。「初動の遅れ」が問題になっている中で、県・行政の対応はまずまずかと思う。間違いなく北上・拡大の一途にあると彼は話す。種雄牛の殺処分の方向の中で55頭の内、49頭の殺処分が決まり、6頭の隔離の中で1頭の感染が見付かり、宮崎県の種の途絶えと向かっている。「種牛は宮崎県の宝」と、知事は種雄牛の殺処分を止めて欲しいと懇願する。法律の「家畜伝染病予防法」の下で、政府は法に従い49頭は元より、6頭にも殺処分を行うという。日本全体への感染拡大への予防の処置は当然の事で、政府の今後の対策で、また「宮崎県」の種雄牛を復活を目指してして欲しい。言葉では簡単だが?
 34年間、牛と共に生きてきた農家の方は、涙ながらに自分と牛との関わり合いを話し、拭うことのない溢れる涙に、34年の苦悩と将来への不安ばかりがある、しかし今は何も考えられないと言う。
 人間には「どん底」がある、これらの脱出には、友と仲間と家族しかない!
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