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2010
05/06

他人を思う心


朝に大きい電話が3本ありました。その方々は「自分が人に何をしてやれるか」「町に何ができるか」「弱い人を心で援助・支援していきたい」と、「私利私欲」「私心」の欠片もない皆さんからでした。私にはまだ「邪心」があり、頭が下がります。
 会社経営者は事業の拡大・繁栄が第一で、その為ならが「むしゃらに何でもする」と思う。ただそれが汚い・人を蹴落としても、「自分が残れば!」と言う考えは絶対違う。大きくなれば大きい程「貢献」「人助け」を念頭と置く義務を考えないといけない。「我が町」はどうだろう、弱い人間見て見ぬふり、自分のためならどんな手でも使う!3年半はこれが続く事をご存知ですか。
 人事異動に前々から不思議を感じていた。優秀な人間の「あそこへの移動」である。自分の意見が聞き入れない職員・反発する職員が「えっ」という部所に変えられる。それが政治と諦める事しかできない。いやなら自分から辞めるしかない、辞めたら負けです。最後まで「疑問を言い続けて」ほしい。きっと解ってくれる仲間がいます。「居心地の良い楽にしている行政の改革発展は進まない」、是非自分の現状に住民の皆さんは置き換え、「我が町」を見て欲しい。朝からこんな話、申し訳ない「圧力を受けられ中」かな?
 志高の登校坂の桜を写真に治めたく、昨日志高にいったが終わりになっていた。畑の人に3日前なら「桜吹雪」がとても綺麗だったよ!と聞かされた。登校坂の隅っこには桜の花びらが残っていた。この日は「新緑」と「草花」を満喫できた。志津川高校では5月の地区の高体連に向けて、高校生が暑さの中で必死にボールを追っていた。この高校生が卒業時・就職時の町はどうなっているのだろう?と思う。そしてこの生徒達が、親をどのように見ていくのだろう?町にはもう誰もいないかも知れない?しかし、桜の登校坂もこのままの姿で、高校生を迎えられるだろうか?飯野川高校の閉校の姿が、同化して見えるのは私だけではない、町の疲弊はこんな所にも影響を現す。仲間内の議論は町を変えられない事が「なぜ解らないのか・改善しかいないのに」、周りも見放しているのに。
 家庭での他人の生活は見えないが、多くの家庭不安の話を聞く、「親がいなくなったらどうするの?」と、他人こどながら気になってしかたがない。30代・40代にそんな家庭が多い、何とか福祉の面から支援していけないものか?町の関係の機関に働いている人達はまだいい、何時に「首を切られるか?」、そうした生活不安の人間が町には想像以上いる事をご存知ですか?その家庭の生活崩壊が今後の「我が町」に大きな問題としてのし掛かってきます。何かしてやらないと「出来る事からしてみます」、一緒に考えていきましょう。私の生活も「自分の夢の実現に」、生活環境が大きく転換中です、両親・家庭の協力の元ですが。家族・仲間への感謝です。
 今月は一体どうなるのでしょー?
 
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