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2010
05/02

残して欲しい!


こないだ、とある新聞をチラッと目にした。そのに紹介された人が「思い出にある南三陸町の場所」に、荒砥小学校の桜と答えていた事を知った。将来は「養老施設」となる事が行政により示された、桜も請け負った会社の判断に委ねられたという。行政報告では伐採の方向という?この桜の伐採は「荒砥小学校」の歴史・伝統を消滅させるに等しい、地域も学校の解体に合意したのだろうが、「桜は残して欲しいと懇願」と話も聞く。行政当局は閉校では地域の場としての活用のため、子供たちの未来・教育の為という。卒業した地元のOB達の、記憶・思い出までもが消される。桜伐採は「我が町」の名所としても、町民は望んでいないだろう。利益主義社会の中にあるが、既存の風景・景観を生かした建築形態をとる、建設専門家の話や形を見るが、桜だけは存続して欲しい。現代の開発の中で自然保存を唱いながら、「我が町」は逆行を選択してはいないだろうか。
 写真の豪快な桜の枝振りにバックの更地の寂しいこと、昔を思い出すに校舎と道路沿いの桜並木、この風景を「残す場所」で母校のことを話していたのが、歌津で現在漁師をしている卒業生でした。
 志津川駅前の開発は人口減の中で、益々加速している。今度はドラッグストアの「薬王堂」が建設されている。駅前建設計画を行政と商工会関係者が駅開通と共におこなったが、この場所の土地の主力商工店主の取得にも、前々から疑問と思っていた。権力・地位により早期情報の収集がこの結果を生んでいる。商工も事業所全体ではなく利己が見え隠れする。
 政治の在り方の疑問が、町を考えている上で、どんどん見え出てくる。やはり強い者が財のあるものが、政治・社会を動かしている。その力には長所もある、仲間の連携での強化を見る、団結すると町全体を動かす。この目線を将来の町づくりに平等に、子供達や高齢者に向けて欲しい。しかし、私は権力社会は時代と共に終わる。「富める者あれば、貧となる者も生まれる。」総ては世の流れのままなのだろう。「我が町」のその時代の財閥の末路を見納めたいが、私には時間がない。どうせ生きるなら「私欲」より「正義」を取りたい、前向きに「坂本龍馬」のように!
 現在は若い社員にも正直な町の見え方を、ブログに書いてもらっている。全部で6つのブログ展開をしている。ホームページも2つ手掛け、全ては会社の利益より、「我が町」の発信である。南三陸町の志津川の良さを知ってもらいたい。歌津は今年力を入れようと思っているが、なかなか歌津出身の従業員に縁がない。
 今日はアルバイトの面接と、書類2つと6月議会の資料整理と、情報誌の記事のまとめと、充実した時間そして時を大切に使っている。
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