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2010
03/13

もう春


ひころの里の「シルク館」のシルクフェア、平日なのにこの賑わいを見せていました。14日までです、遠く山形から四時間掛けて見に来てくれたご夫婦もあったと聞きました。この取材に若いスタッフを送りました。毎日を生活に追われ、「我が町」の伝統文化を知って貰うこと、南三陸町の催事と見ることで「心にゆとり」が生まれ、郷土を愛する気持ちが増すことと、人との出逢い・語らいに成ればと思います。
 シルク館の中の華やかさを見ると、春がきた「行って見ようか!」との気持ちが募ります。明日までの開催です、ぜひ町民の皆さんにも楽しんでもらいたい。町内からの見学を申し込みを受け、中心の町役場への集合により、高齢者も一緒に出掛ける事で語らいの場を作り、話を聞く事も良いかなーと感じます。
 議会も昨日の会期9日間目をフルに使い、予算の審議・委員会を終了し、町長行政の提示どうりの予算の執行となります。雇用促進・活気溢れる政府の3次の補正により、多額の予算を景気対策費として、割り振りされました。観光への町の依存体制を感じ、公立病院経営の厳しさと「3億」を超える、町からの補助が今後も続く事への不安があります。町の高齢化・少子化の加速の行政の歯止めの思案が見付からない。高齢者の生活支援も必要、商工業の安定への予算の割り振り、第一次産業の支援、子供の環境安全はあるが、人口の減少は「世の流れ」、しょうがない見たいに「町長の声」と思うのは私だけだろうか?この部分に一番の拡充が必要と私は思う。何かやれる事があると!
 60歳を超え「立ち止まる」と、「心の風景・来し方が見えてくる」と酪農家の人が言っていた。「立ち止まる勇気は停滞ではなく自分を知り」「深く進化する方向を転換する」とも話していた。ふと「杉田徹さん」の顔が浮かんだ、こういう人達には多くの人が集まる。この二人に共通するのは「農民と自然は向き合い共生している」と言うことです。人間が自然に立ち向かっても、最終的には自然が残る現実がある。
 こないだ「宮城島」なる名称がテレビから流れた。沖縄県の島だった。今政府の大問題となっている「普天間基地」の移転の候補地として浮上している。3月までには鳩山首相が決定すると言うが、沖縄に戦後の時代を感じさせる問題として、政府の行動と横暴さを感じる。「まだ沖縄の人々を苦しめるのか?」と、しかしながら県民の中にも米軍依存の裏の姿がある。「普天間」と聞くと、目を背け聞こうとしない自分がある。次々の変わる候補地の住民の立場は本土で何の苦労も知らない、官房長・首相には政治問題だが、沖縄県民は生活の安全とまだ戦争が終わっていない感じをもっているだろう。「ウミンチュウ」、沖縄人は「海で暮らす人」というこの言葉を思う。
 昨日は議会も終わり、少しの安堵から飲み過ぎた。16日は津波被害の現地視察です。
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COMMENT

2010
03/13

普天間基地問題

普天間基地移設問題は沖縄返還協定に基づく密約で自由使用が保証された訓練施設の存在と切り離しては解決不可能なのです。
日本では沖縄密約を有事の「核持ち込み」と返還に伴う経費の肩代わりを秘密合意した事で騒がれて来ましたが米国側が返還交渉に際して最大の懸念としたのは米軍基地施設区域の自由使用が従来通りに継続可能かどうかでした。
従って米国側は「核抜き本土並み」の前半部分で日本側の面子を立てて自由使用の部分で米軍の行動を制約しないと言う「名を捨てて実を取る」事に成功したのです。
これが沖縄の米軍基地問題の原点であり米軍基地施設区域の無期限自由使用で沖縄県民の基本的人権を否定して来た日本政府の責任です。
政権交代を成し遂げた民主党政権が真っ先に取り組むべきは戦後65年が経過した米軍基地施設区域の使用期限を米国に対して交渉する事です。
この様な沖縄基地問題の本質を見ずに心情的に普天間基地の県外、国外移設と騒いでも米国との交渉は不可能なのが現実です。
詳しくは私のブログを御参照下さい。
http://isao-pw.mo-blog.jp/isaopw/

【 isao-pw大城 勲 |  編集 】

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