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ARCHIVE - 2021年02月

2021
02/19

記録と伝承


2011.1.12の朝の町の一風景
南三陸町旭が丘から新井田地区を望む
10年前のあの日まであと20日余り
「地震が来たら高台に」を実践し私は助かった
しかし「約800名」の方が津波で亡くなった

「町の生活感が消滅しました」。私は手に残った携帯で震災後の風景を記録しまくりました。10年目を迎えるこの日のためです。震災から町民は紆余曲折の生活の中で、仮設生活から住宅再建、災害公営住宅へなど、今後の生活のために悩み、今の生活を選択した。あれから10年家族が高齢となり、亡くなられた人もあり「独居生活者」も増え、町民は今を何とか生きている。
町民は「水」「電気」が無く、住む場所も無くなり、避難所で2か月前後の生活から、2次避難所への周囲に気遣う生活があった。私たちは会社の倉庫で生活し、水、電気がない中で5か月前後を過ごした。車が残ったので「食料調達」は、何とかできた。自宅の再建は平成25年5月、そんな中で事業の再建や補助金の獲得など、仙台への申請を5回の修正で「500万円」を補助され工場の機械の整備に一部をあてた。グループ事業には参加せず、政策金融公庫から「600万円」の借り入れが、ここまでの歩みで大きく、親戚・組合・知人からの支援のお金と、政府からの生活支援金の300万円は、あっと言う間に消えた。今は少しの借金で10年目は新たなスタートを迎える。

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「助け合いの心で」
これなんだと思いますか
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パルプ会社のコロナ対策商品で
大型の除菌ウエットティシューです
1個5千円でお付き合いで購入しました
大手のパルプ会社も厳しいと一つの戦略商品です


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