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ARCHIVE - 2020年07月

2020
07/20

土の恵


昨日は午後から我が菜園の収穫と片付け、ジャガイモの収穫を貴重な雨無しの日曜、8つの種イモから100個ぐらいの収穫ができた。ブッコリーのサヤを食べる物は、大きな収穫とはならず、一年掛けて学んだ野菜だった。「つる無しインゲン」は私の菜園の土には合わないようで、2本とも枯れた。パセリの時期を終え、綺麗に種芽を刈り上げた。
枝豆は大きく膨らんだサヤだけを摘んだ。晩のビールはさすがに美味い。「黒豆」が昨年は成功したが、今年はマメが小さいものの、味は申し分がない。ピーマンも8個収穫し、雑草の中にある「ニラ」も収穫した。
「みょうが」はまだのようだが、夏には「カツオの刺身」のツマとして収穫できそうだ。半日かけての小さな菜園の整備、良い汗をかく事が出来た。当分は菜園の手入れはしなくてもイイと思う。

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「令和2年7月豪雨」の被害から2週間が経つ。今日の朝には看護師さんが「2階を診察にして病院を再開します」と直接テレビで伝えた。早い再建は通院する患者の支えとなり、今後の病気の悪化を緩和させてくれる。「基礎疾患」を持つ患者の方は、大変だろうが病院に行って診察と処方・治療をして欲しい。
大震災の時にも1か月経たずに、避難所に臨時の診療施設を整備し、対策本部脇の「アリーナのジム」には、支援の医師・看護師・薬剤師が被災者の診察をしていた。発災から1か月・2か月の何も無い状況での、住民の健康管理は大変だった。私のNGOの大類先生に、化膿した傷の切開手術を受けた。フランスの国営のテレビスタッフから取材を受ける事となった。手術後にアリーナで再診と薬を処方された。その後は「イスラエル」より寄贈のユニットによる町の診療所が整備された。共に現在の多岐に及ぶ治療の主治医の、笹原先生が震災後の町の医療を担っていた。尊敬する先生で、感謝するしかないです。登米市で開業し73歳? になるが、今も現役で南三陸町の住民の健康を預かっている。

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熊本の大震災で今でも仮設暮しの続く県民、今度は県南の球磨川の周辺の豪雨災害、まだまだ後片づけがままなせない中、健康管理と予防には早期に対応を進める。「生活習慣病」による腎臓の悪化は「透析」に、血管障害は「網膜剥離」そして失明の危機も、最悪では「壊疽」など、早期の治療とこれまでの処方で健康を維持できる。経験者が言うのだから間違いがない。球磨病院のスタッフの皆さん、大変でしょうが地域の住民をお守りください。


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