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ARCHIVE - 2020年04月

2020
04/14

大審査を乗り切った訳


昨夜はテレビっ子の私も見る物が無く、震災後に撮りためたCDを見た。
その一つに「志津川病院」の先生・職員と患者の過酷な、大震災の自然との闘いの姿があった。
病院の4階天井まで津波が来た。地震から40分後の津浪襲来があり、その前に患者を屋上に運ぶ事は、電気が無くなりエレベーターは使えずも先生・職員が避難活動を行った。車いす・担架での階段の運搬は、2人4人でやっと運ぶ事が出来たと言う。
入院患者「106名」のうち7割が死亡した現実は、医師の大震災で何もできない自分の力のなさを話していた。職員も4人が殉職した。入院患者は63人が亡くなった。当日の夜は「氷点下」まで気温が下がった中で、カーテン・布きれを患者に撒き看護したが、一人、また一人と亡くなっていく環境で、病院職員が格闘した一夜だった。
翌12日の昼に自衛隊の救助ヘリが来て、石巻日赤に34人が搬送された。当時を経験した先生は、福祉施設のように高齢者の看病で、津波での重特者の対応はできない状況に、「医療体制の崩壊」を口にした。壮絶な病院の震災との戦いがあった。
写真の下にあった「公立志津川病院」の先生・職員の、壮絶な戦いを忘れてはいないだろうか。そして多くの町民がここで死の狭間からの脱出、そして死んでいった事を。復興ばかりを口にする事に私は罪悪感さえ、時々感じる。

現在の日本国の「国難」、共にここを乗り見える為に、多くの我慢をしましょう。必ず安堵できる時が来ます。それまでの少し長い時間ですが。大震災では電気も水も、何も無い中で半年間を私達は生きました。

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南三陸町志津川地区の東山公園
町を離れた皆さんに満開の
姿を見てもらいたい(4月12日)




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