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ARCHIVE - 2020年03月

2020
03/23

大震災の「仮設住居」がまだあった


我が菩提寺の墓地から
志津川湾が見渡せる
観音様建立は大震災で亡くなられた
人達を慰霊し 家族の心に寄り添う

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彼岸中の日曜日に時間を持て余し、千葉家のお墓の掃除に出掛けた。
「初彼岸」の方々の墓地には、花々が手向けられ墓参の光景が目に浮かぶ。父の親戚筋の76歳の叔父も、今年に入り急逝したので、静かに一人で手を合わせた。

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40年前ごろに会社で御世話になった奥様が、今年の初めに亡くなり、初彼岸を迎えたと言う。同級生のお母さんも令和元年11月に亡くなり、我が家の墓所の途中で、弟さんが来たようだ。法名碑には同級生家族3人の名前が並んでいた。高校卒業から、大森先生にも、奥様の「奈都恵さん」には、事ある毎に「がんばらいよ!」と、声を掛けて貰った。南方仮設から東京の息子さんの所へ行き、最後を迎えたのだろう。「健秀、家族三人でゆっくり話をしてくれ!」、感謝・ありがとうございました。我が人生の根底に3人がいた。
ほら、家族が愛した志津川の海だよ。三人が暮らした町・家はもうないけど私の記憶と、心の中には永遠に、魂あるまで残っていますから。

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南三陸町の震災の時の「仮設」の県の解体事業は終わった物と思っていた。こないだの議会で、志津川高校の隣りのお寺墓地側に、数軒の仮設が今も残っていた。派遣職員の特別な場合の宿舎として……? との話もあったと思った。

町の都合で町民にとっては、「早く退室」をと言っておきながら、写真のとおり墓参に行った時に、その仮設を見つけた。知らなかった。


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