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ARCHIVE - 2020年03月

2020
03/08

気仙沼市は海と共に復興


気仙沼市の湾内の観光施設整備を個人視察
「海を愛で」「海に親しむ」
「魚と人々の生業」の姿の再生
こんな感じのする街づくりだった

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気仙沼湾には大型漁船が出港を待っていた。湾の入り江は「渡辺謙」の喫茶店がプラザホテルの前にあり、特徴のある三角屋根があり直ぐにわかる。昔のこの場所を知る私には大きな変化に驚かされた。
フェリー乗り場の前の駐車場は、住民の憩いの場として、高校生の学びの場となっていた。となりは喫茶店と地元海産品の販売がされていた。三階建の建物は変化にとんだ建物で、会議室や相談室として活用され、小さな集まりのテーブルが並び、若者達が一生懸命に話している姿があった。子育て家庭は子供達が遊べるスペースと、遊び道具が置かれてあった。気仙沼ラジオ局も建物内に整備されている。我が町の被災地整備は誰の為と頭を傾げたくなる。

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気仙沼のバイパスまでの三陸道は、漁港・市場や加工工場まで開通した。1.2Kであっと言う間に終点に着いた。岩手までの観光客の高速道としては、現在は遠回りでしかない。まして加工場周辺から、市場までの道路は複雑で迷いそうだった。今度、登記所に行く時は、バイパスで下りて向かった方が早い。

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旧フェリー乗り場前の建物は3階建てで、自由に各階の他の施設広場に出入りが出来る。周辺はまだまだ工事中で、土曜日なのに飲食店を探したが無く、現在も急ピッチで周辺環境の整備が続いていた。
バーやスナック・カラオケがあり、飲食店がビル街に並んでいる。さすがに全国に誇れる港町、漁師漁民・漁船の乗組員の皆さんが休まる憩いの場が整備されている。コロッケ店・テイクアウトの唐揚げ店・タピアカジュース店など、観光客の来場を待つばかりになった。他の被災地との差別化がここにあった。

「海の市場」には他県ナンバーの車も、コロナ騒ぎの中で見受けられた。マスクはと言うとしていないひとが多かった。





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