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ARCHIVE - 2020年02月

2020
02/07

私の知らない時代 日本が大好き

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終戦後の仙台駅前の風景
昭和を生きた私にとっては納得
今の平成・令和の人達には
信じられない姿でしょう
(仙台市博物館にて)

昭和20年の厳しい時代を解らない日本人(戦後生まれ)が大きく増えた現代、私は昭和31年生まれながら、南三陸沿岸を襲った「チリ地震津波」を経験し、災害のさなかに5歳だった。それから家族・両親と生活をする、生きるために皆が一生懸命暮らした。まさにすべてを無くし、戦後の混乱と良く似ているように感じる。
10歳の小学中学年には、春は磯へ、秋は山へと家庭の為に、アサリ・アケビ・クリを取って来ては、両親に褒められ食事の一品を増やした。自然豊富な志津川湾、ヒジキ・ふのり・ワカメは自然の環境に、取りきれない程あり、一人海で「磯遊び」の日々を過ごした。時にはワカメ・ひじきの間からアワビも見つけた。今のように厳しい環境は無く、子供が取れる1個や2個に、誰も厳しく言う漁民も居なかった。
河川の河口にはアサリがたくさん生息し、父親と袋で2つも獲り、近所や親せきに振る舞い、楽しかった事が今の記憶に新しい。戸倉の子供達の活動発表で、震災から間もなく水門・堤防が被災した中で、以前の戸倉小学校の向かいの浜で潮干狩り、震災後の1~3年ぐらいはそのままで海岸はあり、数年の自然環境の中でアサリなどは大きく育ち戻って来ていたと話す。その子供達も自然の回復力に驚いていた。そんな発表をしてくれた。「この自然を守って行く」と、力強く話してくれた。

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大和魂を私は貫きたい。そういう意味でも「旭日旗」が好きです。
満州の開拓、中国・ロシアの樺太なども日本の勢力の拡大が昔はあった中で、韓国と中国の「旭日旗」への反感は根強い。今も日本の海上自衛隊の船尾には日章旗がひるがえっている。

日本国憲法は「専守防衛」を掲げ、戦争の怖さを知り、参加を決して「良し」とはしない。あの戦争は何も国民にもたらさず、過去の悲劇として今も「戦没者慰霊式」が、国上げて天皇陛下の御言葉で「世界平和」を言い続けている。




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