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ARCHIVE - 2020年02月

2020
02/29

赤ちゃんと環境を守ろう


朝6時 夜明けが早い
3Kのウォーキングは気持ちがイイ
南三陸町の役場から海への道は
町のメイン道路になった
保呂羽おろしの西風は
道路の東側はゴミの集積所?

フェイクニュース(偽り情報)がSNSで氾濫している。
トイレットペーパー・ティッシュが無くなる! これがツィッターで拡散し、人々はホームセンターに走る。紙製品の90%以上が自国生産で、中国の混乱により日本に紙が入ってこないとの「デマ」なのだろう。

海へのマイクロプラスチックの拡大は、紙や植物の自然界で分解される材質の製品へと、世界で営業するチェーン店が、その変換に動いていたが、その流れが停滞している感じがする。プスチックの「レジ袋有料化」の中で、レジ袋持ち込みでの買い物客はまだまだ少ない。スーパーはレジ袋の有料化へ移行はしているものの、まだまだ多くの商店がプラスチック袋を使用している。

新型コロナから子供達・高齢者を守る為に、国技の相撲・歌舞伎公演の中止や検討が今進んでいる。学校の休校要請を政府は出したが、あとは自治体での判断にゆだねると言う。はっきりしない政府の考えは、何か起こった時の対策案や予算処置が成されていない事に、その訳がありそうだ。

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子供の赤ちゃんが心配だ。抵抗力のまだ無い幼子を誰が守るのか。「子供は国の宝」言いつつ、今回の対策には多くの穴があるようだ。宮城県内でも31人が疑いを持っていたが、「陰性」と結果がでた。多くの人達が関東から北海道の多くの感染者を抱えた所から宮城にも来る。心配は決して消えない。
「キッズドア」の9年間の活動報告の開催が、コロナの感染防止の為に中止になった。戸倉の子供達の、発災時の厳しい現状と現実を伝えたかったのに残念である。

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2月29日午前9時に「臨時ニュース」
宮城県内でコロナ感染者がでる
9時30分から郡市長が「緊急記者会見」
仙台市在住の70歳代男性
ダイヤモンドプリンスに乗船し「陰性」で下船
新幹線在来線で仙台市に帰宅した
微熱と喉の痛みから指定医療機関で
「陽性」と診断された
濃厚接触者は一人で発症はしていない
(今後の情報に注視したい)





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2020
02/28

新型コロナ大激震


昨日は南三陸町に雪が日中降った。地球が病んでいるようで、人々の免疫も影響されているようだ。

「新型コロウウイルス肺炎」の大混乱が世界で起こっている。日本の昨日午後6時30分の政府の決断は、「小中・高校・特別養護施設の休校要請」を出した。初めは「学校が大変」があったが、それ以上に卒業を控え、受験・就職など、人生の節目理の時期の政府の英断(勇み足)とはならないだろうか。その他にも近い所で日本経済は大丈夫だろうか。コロナの影響は会社の倒産をもたらし、長引く事で、ギリギリでの会社経営者が、苦境に立たされる事が目に見える。
ある政治家は「フェリーの寄港は失敗」と、初期の決断に問題と欠点があったと言う。結果論かも知れないが、緊急時の決定に与野党一丸となり、日本の政治家の英知を発揮すべき「事件」となった。
自己主義・本位の政治が、事件を大きくさせたとは言えないか。

学校関係者や児童・生徒、その家族がいて、多くの学校に関わる業者もいる。どうすれば良いのか、今後が見えない状況にある。

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母の仏前に赤とピンクの花を供えた。


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2020
02/27

志津川で火災発生


昨日の石巻日赤から帰って間もなく、火災発生を告げる「防災無線」が鳴った。午後2時半過ぎで、「沼田地区の住宅火災」と言う。
沼田地区は志津川商工団地の場所で、工場の従業員や社長が火災現場として、煙の発生場所を探す。コンビニ前で右往左往する。その内に消防車2台とパトスーが我が社の前を通り、2軒隣の工場前で止まった、しばらくして又動きだし別な場所へ。
火災現場は間違いなく商工団地内で、現場として伝えられた会社は、地区に4つの工場を有する会社で、最終的には本社工場で、工場内の電気系統から火が出て、従業員が消火器で消し大事にはならなかったと言う。
早期の通報は絶対必要で、その判断の遅れで「大火」になる事も少なくない。大事に至らなくて良かった。地区の火災は他人事ではなく、家からの物の持ち出しや、できる事があったら、消化に支障が無い形で手伝いたいが「共助の精神」である。


胃カメラ・ピロリ菌の検査結果がでました
「異常なし」との結果に安堵しています
これで又少し長いきが出来そう
日赤の先生ありがとうございました
「博愛精神」での医療の在り方が大切!

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こんなに大きいイチゴ
山元町のにこにこベリーの
「イチゴ大福」
イチゴの中まで赤くて甘い


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:48 】

2020
02/26

農産品直売所


「あら・だてな道の駅」「栗駒」「上品」「南方」「国見」「米山」を歩き、地元の高速の「三滝堂」の大盛況があり、「大谷」「女川」「元気市場」「川崎」もあり、「亘理」今回の「山元」の宮城の被災地の南部へも行った。
町には「入谷産直」「みなさん館」と、販売量は少ないが南三陸町にもある。町の農産品を集めるには「農家」「農協」の助けと支援が無い限り無理だろう。
小さな農家の産品、山の幸を持ち寄る事を、何処の全国の産直もやっているが、我が町は消極的な気がする。また、「農業を守る」と言う、時代の流れに遅れないか心配です。

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初めての山元町の「ホッキ飯」
「1111円」でした
こんなにもホッキ貝が載っていた
食べごたえある新鮮ホッキ貝
私の町から1時間40分「近い!」


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:24 】

2020
02/25

パンデミックが始まった

保育所からの大々悪友、大ゲンカもしたけど、彼は優しかった。その母はもっと強く優しかった。そんな親友の母が102歳の大往生で天寿を全うした。
素晴らしい母でした。その葬儀が今日12時にある、勿論、多忙の中ながら行かずにはいられない。御棺の中の顔は、綺麗で凛としていた。

一昨日の突然の訃報だった。線香を一本手向け、微笑む親友の母の若かりし頃の姿を思い出す。安らかに!

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《視察》
やまもと「夢いちごの郷」
被災した国道6号沿いの
坂元駅・国道6号の間
「にこにこベリー」がいっぱい
あま~い!
(一周年60万人3億円)

昨日はかねてより予定していた「やまもと・農水産物直売所」に行った。3つのレジには30人以上の行列で、担当者は来場者の会計を早くと、忙しく動いていた。台の「にこにこベリー」は飛ぶように売れ、生産者が次々とイチゴを運んでくる。リンゴも名産なのか、お手伝いの子供が台車で手伝いをしていた。これこそ被災地の一次産業の在り方と私は思う。
南三陸町には農水産品を一堂に集めた販売所が私は必要と、震災の後からも言い続けているが、首長はその首を縦には振りそうもない。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:00 】

2020
02/24

春の山の恵


私が30歳の頃まで小さな小川に咲いていた
「ねこやなぎ」は今は売り物です
さすがに買う気にはなれない
ふっくらした葉(?)
幼き頃のあの感覚のままに

今日は兄が孫たちを連れて、父に会いに来てくれる。
仏壇の花を飾る為に、「道の駅三滝堂」に行った。赤の花は「398円」ピンクは「298円」で、2本ずつ一番安い花束を選択した。もう「菊」は飾るのをやめる。

昨日は葬儀に参列した。震災前は大森に店があり、その前は本浜の私の向かいに自宅があった。他の地区から来て、向かいの家の表で電気店をしていた。家電販売ではなく電気配線の仕事で、私の会社・自宅の電気配線はここの社長があたり、何かあればすぐに故障を直してくれた。

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孫の挨拶では「祖母の御馳走が美味しかった」「嬉しかった」と、涙で話してくれた。我が家の父は言う「こづげけねげねえのか?」と、その問いに「孫たちの心に残る祖父になる事は嬉しいだろう!」と。そんな日曜の会話をした。

昨夜は「ふきのとう」の天ぷらをした。ほろ苦い味でビールは最高であった。エリンギもついでに揚げたが、パン粉で揚げた方が美味いようだ。




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2020
02/23

季節を愛で楽しむ生活


南三陸町にも春の息吹が届いた
今夜は「フキノトウの天ぷら」で
ビールで決まり

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戸倉公民館で先月開催された
「おきなくら作品展」
手作り作品の力作が展示
(南三陸ジョネットさんの作品も)

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年間に数回 東北大学病院に行く
帰りは決まって利府ジャスコの
中華料理店でお昼を食べる
元気の良い従業員の活気がある
この日は「にんにくの芽とバラ肉・
揚げ豆腐炒め」これがまたピリ辛で美味しい


ワカメの出荷が始まった。送れてはいるものの良質のワカメだと、買受人は言う。期間中5回の入札があり、5月初旬まで生産は続く。
昨夜は強風の中で、家が揺れるような大荒れの夜となった。こないだ漁師の方に「温暖化は漁に問題はありますか」と聞いた。「温暖化よりも低気圧の方が、私たちの養殖業にとっては大変で影響がある」と話していた。温暖化は「サケの回遊に異変」を発生させ、過去最低のサケの水揚げとなった。鮭の放流も目標の3~4割と、1000万尾には震災後も届かなかった中で、この厳しい状況による、来年度以降のサケの遡上と、志津川湾内への回帰がどうなるか、不透明でどうなっていくのか予想もつかない。今年の異変で2つの孵化場の一つは、採卵・孵化への量が確保できず、今年は孵化場1つを使ったと言う。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:34 】

2020
02/22

南三陸町志津川の風物詩

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ラムサール認定の志津川湾の
ワカメボイル作業が始まりました
今年は少し遅いのですが
価格は上々と浜から嬉しい
話題となっています
地元の種の生育は悪く 
塩竈産が良かったと言います

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2日続けての仙台出張となった。
早く目覚め、散歩を1.5K・15分で頭がすっきりし、SNSを確認し、FB・ツイッターと自己ブログを書く。歩いていて色々と社会情勢と町の今を考え、「これはおかい」「コロナどうなる」「国政は…」など、現実に起きている事と、自分の考えはと頭で整理した。朝ご飯は「たまごかけ御飯」とした。

朝のルーティーで、7時20分にはお茶を飲み、河北に目を通し、NHKのニュースで地元の事件を確認する。やはり今は「コロナ感染と伝染対策」の一色だった。昨日の事ながら宮城県でも一人の感染者の隔離・治療をすると、知事が厚生省からの担当課の説明を受けた。
県も観光客の誘致での「インバウンド」に力を入れてきたものの、中国・台湾・韓国から観光客の誘致に想定外の問題が発生してしまった。昨年の外国人客の宿泊が50万人を越え、昨年の36万人から大きく増加した。そんな中での出鼻を挫くような今回の「新型肺炎」は、我が町の地方経済迄もが、停滞も経済の低下を招く事は確実だ。水産品・県産農畜産物の外国の輸出にも、大きな外貨獲得手段が失われそうだ。「復興市」も日曜の予定は中止となった。

10時15分に仙台の扇町の「印刷組合会館」へ、11時20分には目的地に着いた。「早すぎる三陸道」です。会議は30分余りで、組合の今後2年間の役員と理事の改選を決めた、私は気仙沼・南三陸支部長と組合参事と今年もなった。会議に参加し議案の決定と審議に加わるだけだった。震災当時は支部の状況報告や、理事選出の役目を担った。

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帰りは私が娘と思っている母親に、二人目の赤ちゃんが生まれ、「お祝い」と子供達への石巻の「アンジェリーナ」のケーキ店で、お土産を買った。一人目の男の子は1歳となり、子供3人の家庭を訪れ、結婚の先輩の意見を聴きに行った。こちらの一方的な質問に、知る限り答えてくれた。相手は東京都など町外だと言う。なかなか町内での結婚は厳しく、「対象の相手がいない」と言う。広報の結婚者も「南三陸同志」は少ないようだ。ここにも婚活の厳しい現実を感じる。

明日はお得意先のお母さんが無くなり、日曜日の告別式に行く。




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2020
02/21

コロナの影響は南三陸町にも


クルーズ船の乗客から2名の死者で出た。80歳代の男性と女性の各一人の発表となった。3700名の船内の隔離について、国内・外国から日本の対応を批判する発表と言葉が増えている。
船内の感染者とまだ解らない乗客の「ゾーン化」に対し、ある神戸の医師は「ずさんだった」と言いう。外国人特派員の記者発表でも、報告があり「改善された」と、発表した動画を削除した。
中国での感染状況は「一人から1~2人への感染」なががら、クルーズ船の感染は「一人から5.5人への感染」と厚生省の担当医から発表がされた。と言う事は、国内への乗客からの感染は防げたが、乗客の感染は拡大していたと言う事になる。この政府の「感染防止・隔離対策」に、多くの意見と隔離が失敗だったと、政府の対応にバッシングがあり、今後も国内からも政府の対応に、多くの批判がある事と想定する。

安倍総理への「桜を見る会」「カジノ構想」「籠池の土地問題」「加計学園」なども総理のこれまでの疑問への、野党の国会追求が国政を混乱していた中で、今回のコロナウイルス問題が発生した。最大の原因は「安倍総理にある」が、与野党問わず「コロナウイルス対策」を議論して居たら、もっと感染者の減少に繋がった気がする。円も「112円」円安となった。

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加藤厚労大臣の国会発言と、コロナ問題の記者に誠実さと堂々とした姿に、納得できる説明と感じる。それに引き替え「地方厚労大臣」のおどおどとした発言と、言葉に自身の考えの未熟さ思う。その他に河野防衛大臣の答弁の「早口言葉」には、笑うしかなかった。他の大臣にも私の知る有能な大臣に比べ、現内閣の4次目となると、人材の不足を感じる。若手で期待された「小泉進次郎環境大臣」のコロナ会議欠席の理由は、あり得なく、羽生田文部科学大臣の欠席にはあきれるばかりだ。

全国の警察の幹部警視・検事正は、今回の検察人事に本部に説明を求めた。「大和魂」はまだまだ健在だ。検察・検事が政治に歪められては、日本国民の生活の安定に、「忖度」があっては、刑事判断までもが捻じ曲げられかねない。日本のトップであっても、自治体のトップであっても、犯罪は罪を償う義務は、全ての国民に課せられるものであり、「捕まえると自分に影響が」と言う、考えの警察幹部があってはいけない。ここまでするのか政治が。日本が大嫌いになって行く。


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2020
02/20

コロナ問題


安倍さん・小泉さん大丈夫
日本のコロナ大丈夫
国内経済は大丈夫
南三陸町も?

《一般質問は7人目》
今年度に結婚相談事業所に委託しての、結婚相手の紹介や当事業所のネットによる結婚希望者にお付き合いを申し込む形でのパートナー探しを、現在登録した5人が婚活を進めています

子供が親のめんどうを見る老々介護がある中で 「8050」問題もあります。多様化した生活環境の中で、50歳前後で 一人で80歳を過ぎた親を見る生活が今後増加していきます。70歳から75歳と年金の受給の後退の中で、親は働ける内は子供の為にとの、収入確保を考えています。

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被災地の宮城県山元町に「産地直売所」ができ、地元産のイチゴを使ったスイーツ・商品がぞくぞく発売され、多くの来場者を迎えている。勿論、山元産の「イチゴ」は最大の客を引き寄せている。
オープンから3年で、1年間で60万人の来客を迎えている。売り上げは現在3億円まで伸びている。

地元の農水産品の魅力恐るべき。南三陸町にもタコをはじめとした、カキ・ホタテ・アワビ、その他にも蒲鉾類も根強い人気だ。農産品も、志津川イチゴから、小松菜・長ネギ、そして黄金菊がある。
南三陸町の「道の駅」に、町の産品が並んだら、観光客ならず地元の住民も、町の農水産品を求め多くの人達が集まるだろう。

町はさんさん商店街を「道の駅・産直」と言うが、現在の並ぶ農産品に違和感を私は感じている。





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2020
02/19

記憶が薄れつつ

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2011.3.11以前の志津川町 どこかで町が変わった
南三陸町の車弱者の支えの
町内の巡回バス停の時刻表示が
こんな姿になっていた
自然? 人災?

2009年から始めた「フェイスブック」に志津川の八幡川の綺麗な風景が残っていた。「橋は何橋だっけ?」「左の家並みのあそこは何処?」など、良き志津川町の光景が日増しに忘れ、年と共なのか薄れて行くのを感じる。遠くの建物は「志津川小学校」だろう。
この風景はもう戻って来ないが、ここに住んでいた人達には、「思い出し」「昔を語って」と願い、川での行事「灯篭流し」「ハゼ釣り」「かがり火祭り」など、恩師の八幡神社宮司工藤先生、初盆行事での大雄寺など周辺の住職さんの、合同供養会があり、川面には色とりどりの灯篭が頭に浮かんでくる。

もうこんな素晴らしく綺麗な、川を中心とした街並みは再生できない。8.7mの河川堤防が「水との親水性」を遠ざけ、昔の生活に学ぶ事の無い「自己主義の勝手な町づくり」が、町の復興として進められた。「何が職住分離!」と、言わずにはいられない。行政と議会の決定ながら、この計画には私は「大反対」しただろう。何故なら自然の猛威を人間は受け入れないと、傲慢な人間が、何でも人間の思い通りになるとの「かん違い」に、気付かないままで、新たな生活が進められる。神も仏も、それを「良し」とは決してしない。

こんな事を、昔を思い考える自分がいる事は、自己満足かも知れないが、こんな人間もいるという事を、傲慢な自己中心的な人間には、最後まで「無い知恵を絞り」言い続けたい。


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2020
02/18

復興10年間 南三陸町志津川


昨日は「住民と議会の懇談会」があり、参加者は農林業関係者が6人に、議会全員の16人が参加し、新聞記者が1人と事務局2人の会となった。

住民からの「向かいの山の木・竹が倒れ、道路にかかっています」との苦情に、建設課に相談に行った。「山と法面の境界線で管理する責任が違う」と説明を受ける。住民の交通の障害や、屋根に葉が落下する等、生活環境の整備は行政の役目と思っている。

懇談会でJAに私が求めたのは、町で生産する物を町民が買えない、今後「道の駅」での農産直売所が出来た時は、「イチゴ」「菊」「野菜」「小松菜」などは販売し、地元の住民の買える環境はできないか。との問いに、今は販路としてコープ・イオンなどで販売している。大きな店に出す事で地元の農産品の販路拡大をしている。地元に町の販売所ができた時は、出品する事はできる。との嬉しい話をJA職員から聴く事ができた。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:24 】

2020
02/17

仏事と会社イベントの週末


13日の夜に親戚が倒れ、その数時間後に逝去された。
私の祖母方ながら「血の繋がりは無い」と父は言う。戦後の苦しい生活の中で、生活の大変な時は、知人が寄り添い子供達を育てた。お金の人よりある方は、貧しい家の人達を救ってくれた、そんな時代に祖母は育った。出処は「戸倉折立」で、その本屋とは今も仕事で付き合いをしている。

14日の火葬、15お通夜、16日の葬儀・告別式・法事と、多忙の3日間だった。私は何もしない本家役ながら、話やすい叔父としてこれまで接していた。同じ「糖尿病」で話しは合った。昔ながらの「がんこな厳しい怖い父親」と娘3人は感じていたようだ。そんな「怖い親父」に育てられた子供達は、私の目にはしっかりしていて、3人とも結婚している。

残った母を三人の子度達と家族が今後は看て行くだろう。明るい母ながら、一人の部屋に帰った時の心情を思う。余りにも突然の死に、「気が張っているから」と、最後の帰りに話していた。
最後は人は皆一人ながら、現実は非情だ。

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牡鹿ビジッターセンターに
田中完一先生が創った
「志津川愛鳥クラブ」の教え子2人の
南三陸の野鳥観察の姿が
パネルで紹介されていた

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ネイチャーセンターの志津川湾の
阿部拓三研究員が
志津川湾の神秘を伝えていました
私も志津川の海を愛する一人です
是非南三陸町に御出で下さい
(鮎川ホエールランドにて)




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2020
02/16

ありがとうございました


昨日は「紅谷恵美子の美を求めて~遺作展」を、志津川広報プラゾの第3弾イベトとして開催に、私としては嬉しい方達が来てくれた。
同級生の方は「普通の女の子だったのに、凄いね!」と書と絵に驚いていた。また、地元に居る同級生は10人くらいで、年に一回はみんなで旅行(秋保など)に行って楽しんでいますと話す。
恵美ちゃんも天国で「ありがとう!」と、言ってくれていると私は思う。時々「作品展」として開催し、多くの高齢となった方々に、「老いても楽しみを見つけて」と、叔母の活動を伝えていきたい。

叔母の従弟の葬儀が今日ある。何かの縁なのか火葬と重なってしまった。

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志津川地区の震災前の「寒タラ祭り」の
風景写真がFBに残っていました
本浜町と十日町の間が会場で
懐かしい家々の風景がありました





【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:31 】

2020
02/15

自慢の叔母



本日2月15日(土曜)午前10時~午後2時まで開催

千葉印刷の震災跡地に「志津川広報プラザ」を昨年暮れに立ち上げた。
第3弾は「紅谷恵美子ボタイアルアートの世界」です。
故人が残してくれた「美の世界」と、晩年に創作活動となった「書画展」を千葉印刷として企画した。

芸術への興味が減少した被災地の現状の中で、志津川出身の努力家がいた事を伝えたい。

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こないだ歌津インターからの下り口付近で事故があったばかりなのに、昨夜は三陸道の本吉から気仙沼中央間で、死亡事故が発生した。同区間は発生から7時間通行止めとなったと言う。週末の金曜日の上りは、被災地からの仙台方面の帰宅路、国道45号は大混乱だった事と思う。今日の朝のニュースでは、気仙沼市の少年が交番から本人が警察へ電話をして、包丁所持で緊急逮捕されたと、全国放送で伝えていた。
被災地の復興の中で、気仙沼地区に様々な問題が発生している。子供達の環境の悪化は、地方の将来に大きな影響となり、もっと真剣に子供達の環境の整備を、学校・家族・地域で考えないといけない。

昨日の朝に突然の訃報。父の従弟が76歳で急逝した。死因は心筋梗塞だと言う。さっきまで共に暮らしていた家族が、1時間後には居ない現実に、その悲しさに浸っている間も無く、葬儀の準備に追われていた。

今日の通夜、明日の葬儀が決定した。


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2020
02/14

辛くもある楽しい人生続行中


千葉印刷の社長の妹
「千葉恵美子(結婚し紅谷)」は
植物画(ボタニカルアート)に
晩年に目覚めた
書も書家に付き色々な賞を取った
志津川市街地のど真ん中のユニットの
千葉印刷営業所の志津川広報プラザで
作品展を15日の午前10から4時間開催する
時間のある方、興味のある方はご来店下さい

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昨日は気仙沼の「登記所」へ行く
会社の印鑑証明の取得ながら
「カード」が無く
再発行をお願いした
15分掛かりますと告げられ
発行までに30分掛かった
以前は海岸のハローワーク二階から
気仙沼市民会館下のNTT一階に移転していたる


シンガーソングライターの槙原が2度目の逮捕となった。芸能界の薬物使用は次々と逮捕者が出ている。20年前の逮捕があり、2回目は2年前の薬物使用で逮捕され、会社の代表も同様だと言う。誰も薬物への「絶対ダメ!」との、忠告の意見は仲間・社内に出ないままで、また新たに逮捕者が出てくる。ピエール瀧も20年以上も薬物に手を染め、保釈後に直ぐに芸能界への復帰は、こうした前例をつくる事で、「薬物使用しても復帰はできる!」との考えが蔓延し、「少しなら大丈夫」との軽い考えが生まれる。薬物使用は「精神疾患」「子への影響」「生殖器異常」なで、多くの障害へと繋がる。

コロナウイルスの感染は拡大の一途だ。検査員・医師・タクシードライバーの保菌者など、まるで感染防止とはなってはいない。国会の開催の中で、発生からの政府の対策は、後手、後手となっていた。3700人の乗客の感染調査は700名足らずで、発症者は300人余りと、このままでは乗船隔離はこれからも発症へと繋がるだろう。国内初めての死者は、タクシードライバーの義理の母と言う。何処で伝染したかは判らないが、ここまで国に伝染者が続くと、政府は「桜の会」でごたごたしている場合ではない。総理は「これを片付けて」と言っても、寄付行為・収支不実記載等々で、総理の辞職へと発展する。国民にウイルス感染の対策遅れは、国民の命の保持が出来ないと言う、日本の代表としてあってはいけない事が、今、起こっている。全世界からの日本の伝染防止への、対策がなっていないとの指摘は、現政権の強権による「政治のたるみ」が生み出したとも言える。

どうなるのだろうか「日本は」?


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:16 】

2020
02/13

日本の議会制民主主義は何処へ


「空しい国会の議論」に聞こえるのは私だけ……

安倍総理からまたもの「不規則発言」は、与野党の議論の中で、総理からの質問終わりの質問者の背中に、「意味の無い話しだ」とヤジを飛ばした。
国民の税金での議員の仕事、国営放送を使った「国民への放映」に対する、暴言であり日本の代表の民詩主義への反逆と感じる。今日から野党は総理の謝罪が無ければ、委員会には出ないと言う。「国会への暴言」「議員辞職勧告」ら値する行動であり、最近の「真摯」に「丁寧」の総理の発言は言葉ばかりの口からの出まかせである。

IR問題の「秋元議員」の贈収賄は、無実を訴え続け昨日の保釈金3千万円での保釈となった、そして秋元氏は「国会に出る」と言い、自分が貰った現金の正当性を話す。ここでも三権分立の「司法」が歪みを見せ始まっている。

今国会の予算審議の「棚橋委員長」の私は(ヤジを)聴いて無いの言葉も耳を疑った、国会の委員会進行での委員長の「議事進行」は、与党の議員ながら「露骨」に公平・更生を欠く発言に驚いていたが、やはり「総理の不規則発言に至り」、国会の混乱をきたしている。
総理の横暴など納得できない政治・発言の中で、それを正当化する為の議長の会議の姿に、昔から国会ってこんな物。「バカヤロウ解散」に匹敵する発言に、野党も毅然とした態度で国会に臨んでもらいたい。

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南三陸産の「カキフライは美味い。」、これが真実です。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:23 】

2020
02/12

活動的な仲間たちと町外で子供生まれる


東京で旦那を見つけ、幸せに暮らす旧志津川町の剣道の教え子に、男の子と女の子が相次いで生まれた。一人は地元なから他人ごととは思えず嬉しい。両親の実家は今、登米市にある。
東京で頑張ったから今の生活があり、地元「南三陸町」での出会いは、大きな努力無しには結婚は難しいようだ。先月の広報にも結婚者は3組、相手は町外が33%で。南三陸町同志の結婚は少ない。
また、出生は4人で、昨年の出生は53人だけだった。

教え子には「4人は子供を生んで欲しい」と懇願する。しかし、「生活できない」と言い、これが日本の子育て環境の現状です。都会は「待機児童」「保育士問題」など、子育ての環境は厳しいと彼女は言う。「日本の為に頑張ってくれてありがとう!」とメールを返した。

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新型コロナウィルスが「パンデミックス(拡大感染)」へと、感染者が4万人を越え、死者も1100人までとなり、今後も収束の方向へは進んでいない。
昨日は私の後輩が「色い恋人」を、北海道土産で持って来た。後輩は塩竈からフェリーに乗船し、一人優雅に客船の旅だったと言う。
そして私の同級生は、家族でシンガポールの旅を、こんなアジア圏のコロナウィルスの伝染の状況下での旅行だった。
3700人の豪華客船の14日の船内隔離は、乗客の不安と混乱は測り知れない。毎日のように簡易検査の中で、感染者が毎日のように出ている。病気の自分の内服薬の確保は政府の対応として、決して適切迅速ではない。

国会は今日も「桜の会」の質問が続く。総理の国政への政治の弛み・歪みがあり、嘘に嘘を重ねた政治姿勢に原因がある。それでも安倍政権の支持率は「48%」と高い。いったいこんな状況の中で何時まで支持が多いか不思議だ。指示政党無しが36%と、是非を取れない国民の判断に疑問ばかりを感じる。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:25 】

2020
02/11

大震災から9年目を迎える住民数


6日は元志津川農協組合長の遠藤さんの葬儀があり、農業事業の変革の中で、色々な事に取り組んできた事が、弔辞の中で多く語られた。昭和63年~平成12年まで、組合長として農協の新しい事業の創出と改変に取り組んだ。菊の栽培の新事業は「黄金郷の里」として、全国でも有名となり漁協の売れ上げを伸ばした。自ら取り組んだ「菌床しいたけ栽培」など、これまで当地方でなかつた農業への挑戦、また海の廃棄物として「牡蠣殻」を、粉砕し農地へのカルシウムの補充なと、私が知るだけでも2つがあった。そして農協の合併があり「南三陸農協」の基礎を創った。

昨年は遠藤会長の前任者の戸倉の阿部組合長が逝去している。南三陸町・志津川町の農業のみならず、結婚活動の実績は100組も数えると聞いた事がある。農協の共済を充実拡大で、一般へもその範囲を広げ、大震災の共済は多くの家庭がその恩恵で、大津波での住宅再建にこぎ着けている。私もその一人である。

南三陸町・志津川の先人達は「町民の為の活動」をしてきたが、今はどうかというと、自分の仲間や自分の財産を増やす事に、取り組む姿しか見えてこない。その周辺もそんな自己中心的な考えの人達が増加し、我が地域に蔓延しているようだ。


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2020
02/10

明日はまた祝日 


今日の南三陸町志津川の朝6時
月が綺麗にベランダの
向こうの山の上に黄色に輝く
空気も透き通っていて
放射冷却は「亘理-6.6」だった

昨日は「のんびーり」。
でも、午後1時の歌津からの来客、3時は大雄寺さんで葬儀だった。
夕方から「カボチャおかゆ」、ご飯・イモの残り物も、カボチャと粒あんと共に煮込む。砂糖を入れ過ぎたけど、これが又おいしい。
もう一品は、複合料理。冷蔵庫の残り物で、ネギ・エリンギを一昨日前の夜の「すり身ハンバーグ」と一緒に炒めた。
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ビール500ccで晩酌をした。寝る前になりお腹がいっぱいなのか、苦しい・重い・はきたい。そくな気分なから8時には熟睡、また夜中2時半に目覚めた。

朝は元気で起床ながら、夜中3時からの国会中継の録画を見たのが悪かった。政治の嫌な面が色濃く、日本・世界に政治不信である。加藤厚労大臣は凄い。新型コロナウイルスがらみの番組に、朝から晩までの番組に、引っ張りだこのようだった。

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牡鹿の子供達の「七福神舞」
被災しても元気に
自分達の故郷を伝統を
守っていました






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2020
02/09

友達のメーツ見つけた

石巻市の市民が創ったイベント「リボンアート」を見に、今年の夏に牡鹿半島に行った。もう一つの目的に「牡鹿半島の鮎川」があり、初めての地区ながら右も左も判らず、食事の場も見つけられなかった。今回は鮎川の「ホエールランド」が2か月前にオープンし、どのような施設が見に行った。志津川から1時間半もかかり遠いと感じた。帰りは女川の商店街も見に行った。
若者に人気のアーティストグループの「握手会」があり、交流ホールには長蛇の行列が出来て、商店街も若者達で賑わっていた。多くの商店の数店がイベント会場となり、一部への来場者を分散する形をとっていた。復興の町づくりがこんな形が理想と思っている。女川の若い商店主に喝采を送りたい。
女川から志津川まで50分、鮎川へはコバルトラインを通り25分、近いお隣の観光地もたまには良いものです。


石巻市鮎川の捕鯨の町
ホエールランド調査
クジラの竜田揚げは美味しかった
クジラのコロッケ・ハンバーク商品
向かいの島は「網地島」
今度は金華山へ

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牡鹿半島の突端に「鮎川」がある
周辺には金華山と網地島
そして猫の島と呼ばれる「田代島」がある
島々へは鮎川港から定期船が出ていた
今度は神の島「金華山」に行きたい

先週の国会中継の録画を昨夜見た。「北村地方創生大臣」の答弁に唖然とした。これで疲弊しつつある地方の創生は大丈夫だろうか。
昭和22~24年の団塊の世代の当時、一年間の出生は260万人だったと言う。現在は80万人余りまで減少している。これでは日本の人口が減るのは当然だろう。児童の教育費の無償化、給食費無償化など、子供達の教育環境や経費への手厚い政府の支援がある。しかし、これで昔と今の180万人の出生者の減少の改善は難しいだろう。
一番は省庁の地方への分散で、国家公務員の勤め先の地方化、それに付いてくる高収入と、労働の場の拡大で、地方で結婚し生活できる環境の整備が、てっとり早い方法と私は思う。




【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:21 】

2020
02/08

生きる事は食べる事


ワカメの刈取りから、今度は「メカブ」が収穫されている。以前はワカメ養殖をしている方々から、お裾分けが届いたが、メカブ価格の高騰の中で、出荷に回し将来の生活の確保に、漁民の皆さんも大変のようだ。

昨日は午後6時30分からの「防災庁舎の今後を考え、将来の議論の形を残そう」と言う、こんな会議が生涯学習センターで開催され、メディアのカメラ3台と記者3人が、会議の参加者の声に、レンズと耳を傾けていた。
24名の参加者の意見の半分は聴いた気がする。大震災・津波から個々の行動と、その後の思いの揺れ動きを知る事ができた。



南三陸町歌津の駅裏の
「田中」さんの味噌ラーメンが
無性に食べたくなり
夜に車を飛ばした
ひっそりとしたたたずまいに
小さな明かりが灯っていた

南三陸町歌津の市街地「伊里前」はここにはもうない。国道45号の工事の為のう回路が今もあり、河川堤防は完成したものの、以前の歌津市街地の再建は、「ハマレ歌津」としては存続している。これは以前の「伊里前」とは大きく違う。
また、伊里前地区が中学校裏の高台に移転したが、移転地までの道路は2本はあるが、その狭隘さはどうなるのか。危険がいっぱいの伊里前地区の移転事業の、今後の環境の改善を見て行きたい。

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完食しました。「ごちそう様でした、ありがとうございます。」

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2020
02/07

私の知らない時代 日本が大好き

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終戦後の仙台駅前の風景
昭和を生きた私にとっては納得
今の平成・令和の人達には
信じられない姿でしょう
(仙台市博物館にて)

昭和20年の厳しい時代を解らない日本人(戦後生まれ)が大きく増えた現代、私は昭和31年生まれながら、南三陸沿岸を襲った「チリ地震津波」を経験し、災害のさなかに5歳だった。それから家族・両親と生活をする、生きるために皆が一生懸命暮らした。まさにすべてを無くし、戦後の混乱と良く似ているように感じる。
10歳の小学中学年には、春は磯へ、秋は山へと家庭の為に、アサリ・アケビ・クリを取って来ては、両親に褒められ食事の一品を増やした。自然豊富な志津川湾、ヒジキ・ふのり・ワカメは自然の環境に、取りきれない程あり、一人海で「磯遊び」の日々を過ごした。時にはワカメ・ひじきの間からアワビも見つけた。今のように厳しい環境は無く、子供が取れる1個や2個に、誰も厳しく言う漁民も居なかった。
河川の河口にはアサリがたくさん生息し、父親と袋で2つも獲り、近所や親せきに振る舞い、楽しかった事が今の記憶に新しい。戸倉の子供達の活動発表で、震災から間もなく水門・堤防が被災した中で、以前の戸倉小学校の向かいの浜で潮干狩り、震災後の1~3年ぐらいはそのままで海岸はあり、数年の自然環境の中でアサリなどは大きく育ち戻って来ていたと話す。その子供達も自然の回復力に驚いていた。そんな発表をしてくれた。「この自然を守って行く」と、力強く話してくれた。

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大和魂を私は貫きたい。そういう意味でも「旭日旗」が好きです。
満州の開拓、中国・ロシアの樺太なども日本の勢力の拡大が昔はあった中で、韓国と中国の「旭日旗」への反感は根強い。今も日本の海上自衛隊の船尾には日章旗がひるがえっている。

日本国憲法は「専守防衛」を掲げ、戦争の怖さを知り、参加を決して「良し」とはしない。あの戦争は何も国民にもたらさず、過去の悲劇として今も「戦没者慰霊式」が、国上げて天皇陛下の御言葉で「世界平和」を言い続けている。




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2020
02/06

一つの人生の中で


昨年の夏頃に胃の調子がおかしく、仙台の印刷組合のルートから「みやぎ検診ブラザ」へ行く。15年ぶりの「胃カメラ」と、初めての「MRI」にのぞんだ。胃カメラの結果は「潰瘍」と「ピロリ菌が多い」と診断。石巻日赤で精密検査をと紹介状をいただく。
昨年の秋に「胃カメラ」で再検査、「生体」も取り異常は無いと言われたが、4か月後の再度の検査で、今月26日に最後の診断結果がでる。

胃がんが怖い訳でも無い、ただ、そうなる前の対策と思っている。父は97歳でもなお元気で、「先に死なれない」が根底にある。今日は同級生の父の葬儀に参列する。同じ年代の両親もいて、同様の意識でいるようだ。

今日の気仙沼地域は「氷点下5.5度」と言う。布団の中でも寒いと感じ、朝4時半にエアコンの暖房を入れた。今日はもう一枚毛布を増やして眠りたい。

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「踊れるお坊さん」が新婚さんに出ていた。女性は年上で少し太いが、似合いのカップルと感じた。地方では男女の出会いは難しく、恋愛の対象となる相手に出逢う事は、自分で積極的に行く事と、今は「婚活アプリ」など、私には理解できない出会いも都会ではある。また、「出逢いのイベント」も自治体を始め、仕事として実施している会社もある。しかし、成婚まで行く事の厳しさを知る事となるだろう。自分の希望を10個も上げる人もあるが、一つ「優しさ・相手を労わる」など、人の為に生きる事こそが成婚の近道となる。
今回「南三陸町の出逢い創造の会」を10年前に設立し、出会いの創出を一回し、震災で7年間のブランクはあるものの、ここ2年で2回のキッカケを実現させた。

独身の人達には是非ともパートナを見つけて欲しい。私の教え子も今月には「女の子」が生まれる。南三陸町戸倉から東京に出て、素晴らしい相手を見つけ、今では二人の子と4人で楽しく暮らしている。私の会の目的は、「結婚して子供をつくって欲しい。」が最終目的です。是非連絡下さい。


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2020
02/05

地域の眠っていた木材利用


「FSC」は国際認証木材で、南三陸町も取得し「南三陸産材」として、大きな知名度を得ている。隈研吾氏の南三陸町での商店街や、道の駅・橋など構造物の設計を手掛けた事が理由にある。国立競技場の「この部分」と指を差し、南三陸町の木材を利用しているとテレビで話す。

2020の「東京オリ・パラ」の選手村の建物は、全国の木材を使い、木材に県の刻印が押されている。これも隈氏の構想なのだろうか? 終了後には解体し地元での建設物に使われると言う。

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昨日は登米市のFSC材の「KITAKAMI(きたかみ)」が紹介されていた。山に眠る針葉樹林を活用して、デザイナーと共に製品を造り、仙台の展示場を設置し、多くの人達にアピールして行くと言う。


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一昨日前また同級生の父が亡くなった
昔から知っている
そしてお世話になった
同級生の両親で残ってのは
父と知る限り指折るくらいに
合掌。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:48 】

2020
02/04

南三陸の海の幸 最高


先週の土曜日に友達から新鮮剥きたての牡蠣をいただいた。
2年個でも大きかった。志津川湾は震災後に、これまでの密植から栄養がいきわたるよう、イカダの間隔をあけ、栄養がいきわたる養殖施設の環境を変えた。その効果が2年物でもこんなにも大きく育った。
新鮮な内にと今年初めての「キカフライ」をした。誰もが手がかかる料理で、主婦には敬遠されるとも聞く。食堂では「5個」でも千円前後はする、高級料理です。もらい物はタダで大切に食べている。
コンロの周辺が今、油だらけになっている。男料理は片付けと掃除は苦手だ。そのうちに暇ができたらしようと思う。

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登米市南方の中華屋さん
中国の人達でやっていて
店内は元気な中国語が飛び交う
格安で大盛りの中華料理が食べられる
南三陸町には本格中華店が無く
「鶏肉のカシュナッツ炒め」が
大好きな一品です
震災前の「中華ときわ」さんが懐かしい


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:06 】

2020
02/03

海抜22mの小泉大橋

旧本吉町にあった「片浜屋スーパー」は、現在は岩手県の「マイヤ」に吸収され昨年に変わった。店内もマイヤの経営環境となり、以前よりだいぶ広い売り場となった。勿論レジもセルフでお金を払う。
しかし、来店する方々は地元のおなじみ様、レジでの会話に以前の町のスーパーが息づいていた。

スーパー片浜尾は震災後も大きな被害はなく、営業を続け、名取市の被災地に新店舗を新設し、被災者の支援を考えた営業の拡大を図った。しかし、思ったとおりの営業実績とはならず、経営の厳しさから会社が大企業に吸収された。
地方の厳しさは大都市の大企業とは違い、経営継続の岐路に今立っているようです。石巻の山西造船は「事業再生法」に入り、山形の大スーパーも自己破産して、廃業を決めたと言う報道は、東北の事業所の継続の懸念ばかりが目立つ。
大企業の倒産は、従業員の解雇、関係業者の連鎖倒産など、国のムダ使いの政策の精査は欠かせない。野党による「事業仕分け」は、与党の定数の3分の2での強権ばかりが目につく。「桜」IR」「収賄」など、多くの問題も「京都の選挙」で自民系の候補者が勝利している。問題の多発も、国民の投票行動には影響はないようだ。


買い物に16分かけて父の食糧を調達に
気仙沼市本吉に行く
行きは「三陸道」帰りは「国道45号」
小泉川に架かった海抜22mの小泉大橋
走っている時は感じないが
下から見るとその高さに驚く
3.11の大震災の恐怖がここにある?

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小泉川に架かる「高速バス輸送システム」の道路は整備され、川には大きな橋が川上にもう一本の橋が整備された。BRTの高架橋と国道の橋が、小泉市街地に整ったが、以前の市街地の風景は、工事現場と工事業者のプレハブ、そして残土の山があるだけだった。これが復興なのだろうか。
住民は高台の津浪被害の無い場所に移転し、新しいコミュニティーの形成の真っただ中のようだ。大震災から9年、復興は遅くないだろうか。

気仙沼に位置する本吉町、市の予算も昨年より10%も減少しているが、震災復興分の予算が未だに数百億円と計上されている。来年の町の予算も3月議会で審議される。県の「台風16号」の災害復興分として、やはり数百億円が県議会で計上されていた。県予算として台風被害の震災査定の予算がここにあるのだと思う。町内のそちらこちらに台風の爪痕があり、未だに崖にはブルーシートが掛けられている。




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2020
02/02

子育ての大変さ

子育て問題は当事者しか解らない現状に、結婚・子育てへの不安が、日本の人口の減少に繋がっていた。
朝何気なく付けたテレビ、NHKで子育ての母親が育児の大変さを訴えていた。その中で「三つ子事件」があった。三つ子を生んだ母親が、育児の不安・疲れから、「赤ん坊を床にたたきつけた」と言う。子育てで夫を会社へ送り出し一人家庭で、育児に取り組む母の苦悩は本人しか解らない。「泣く」「排泄物」「乳やり」、それと「来客」「電話」「近所付き合い」など、イライラが募り事件となる事も少なくない。

立憲民主党の枝野代表の「不妊治療」の政府への提言は、自分がここに携わっていたと、テレビで報道されていた。そして苦しんでいる夫婦、人達への国の支援が必要で、人口減少の「国難」への対策と言う。

婚活1

父親の「育児休暇への実現」への取り組みに、現実の育児休暇を取った男性の、家庭での育児行動は2~3割にしか過ぎない制度の中で、調査の元で適切でない物は休暇への国の支援金の没収や、「一人世帯の子育て」に、もっと支援を制度設計で救済が必要と考えます。

現代社会の家族構成が問題の根底にある気がする。核家族が増加し二世帯・三世代世帯が減少、無くなって行く中で、孫を祖母・祖父母が世話をする、これまでの家族形成があった時代が皆無となっている現社会がある。今の町の山里にまで、地元に残らない、農家の経営が成り立たず、現代社会の負の部分が増大している。親が子に苦労をさせない、子供は苦労を好まず、今の自分の生活に満足し、将来の町や社会の為に尽くすと言う、自分の義務を放棄している。これでは日本が反映した時代、国民の開拓精神の欠如に、明るい日本は無い気がする。。

こうした子育ての問題を、町の担い手の確保の観点から、手厚過ぎるまでの町の政策を尽くすべきと思います、震災後の住民の流失の中で、人口拡大や子供達の確保に寄る経済の維持は厳しい。今からでも投資としての「子育て支援」「結婚活動の成功」への支援の拡大と、町が職員が本気であたる姿勢が必要と感じる。ムダ使いのない政策と、資金の支出を精査し、町の成長に寄与する町の財源の支出を行わないといけない。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:15 】

2020
02/01

一度しかない人生を楽しむ


雰囲気に浸り色々な空間を楽しんでいる。
来週は石巻日赤に「胃カメラ診察」に行く予定だ。検診で胃潰瘍にひっかかり、再々検査となった。診察日は絶食で、前日の夜7時から食べられなくなる、少しの認知が時々でる今、「明日検査」と自分に言い聞かせ、無事に検査に臨みたい。
日赤まで高速で40分余り、そこから10分のくらいの場所に「ビックリドンキー」があり、向かいには「coco壱番」がある。駐車場は車の出は入りが多く、終末の志津川市街地の飲食店のようだ。

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知人とコーヒータイムを楽しんだ。軽い軽食でも石巻の雰囲気を楽しんでいる。健康には気を付けてはいるが、私の人生で「食」を失ったら、楽しみの大部分が無くなってしまう。
仕事が2月になり皆無となった。少しの勉強と奉仕活動をしたい。

今日は戸倉地区にできた「自然活用センター(ネイチャーセンター)」のシンポジウムに参加してみる。被災した戸倉中学校の後地が、戸倉公民館となり二階部分に「ネイチャーセンター」が整備された。どんな顔ぶれがあるかも楽しみです。

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2月1日南三陸町自然環境活用センター
復旧祈念シンポジュームが
戸倉公民館の二階に整備された
戸倉小学校の6年生の発表では
「震災後に行った潮干狩りで水門や防潮堤が
破壊されても、沢山のアサリが採れ
海の力の大きさに驚いた」との話は良かった



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