FC2ブログ

ARCHIVE - 2019年12月

2019
12/22

第1回千葉印刷絵画展開催

「タウン誌見ました」と二人のお母さんが来場してくれた。
古着のフリーマーケットを見て、「これ買います」「だいこんも80円でいいの」と、「台風被害義援金」の箱に100円を入れてくれました。感謝です。
震災後の当時の話をした。幸いにも被災はしなく「私たちは何もなかったのー」と話してくれた。お二人が気になるのは今後の志津川市街地と、自分の周辺の状況のようだった。
こんな形で伯父の「小さな絵画展」が始まりました。


12月21日(土曜日)
「千葉賢一小さな絵画展」
ご来場ありがとうございました

CIMG1145.jpg
2011.3.11の東日本大震災の大津波の、あの悲惨な現状を町民は忘れてはいないだろうか? と日々考える。そうした意味でも被災した会社の換地された土地にユニットを一つ置き、被災の現状を伝える場を造ったものの、私一人の発信では誰も耳を貸してくれる人は少ない。今回はもう一つの大きなユニットを置き、私の素晴らしい才能の叔父の残した、絵画の展示会を企画した。

嵩上げ土地が10mで、ユニットの上にこいのぼりを上げるポールを建て、昨日は初めてのコイを泳がせた。その高さが津波の高さだと言う事を忘れない為で、その高さを見つめ、そのすさまじさを知って欲しい。大津波はあのコイがたなびく位置までの、津波の高さが至った事を忘れないで欲しい。その巨大津波で800名を超える住民が亡くなった。そして、たまたま南三陸町を通りかかった人達も、津波にのまれた。こんな悲劇を私は忘れないように、これからの三陸沿岸の津浪襲来を語り繋いでいきたい。

CIMG1101.jpg
千葉印刷「志津川広報プラザ」がその場所です。

私は昭和35年のチリ津波と、平成23年の東日本大震災を志津川地区で体験し、生き残ってからこそ、津波のこれまでの経緯を伝える役目がある。町は町として大震災の継承を多額のお金を使いして行く。私は私個人として南三陸町の津波の悲劇を、私なりに伝えていきたい。





スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:21 】


TOP