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ARCHIVE - 2019年11月

2019
11/30

友の住む登米市

昨日は5件の用事を持って登米市に行く。国道45号を使い向かった。南三陸町の海岸線・折立地区の川沿いの災害復旧の、防潮堤・河川堤防の整備は今も建設が全力で、過強に向かっているようだ。登米市の津山町は、台風19号の傷跡が今も鮮明に残り、近道の山沿いの道路は通行止めとなっていた。


登米(とよま)に三陸道を使わずに
旧津山町の北上川沿いから向かう
道路沿いの「桜並木」が消えた
30年前には素晴らしい桜景色が
来町者を迎えた桜
歴史が一つ終わった寂しい限り
(とよま旧メイン道路)

登米(とよま)は、土地登記の件で行政書士に相談に行く。震災前から交流を深めていた友達に買い出しに、そのお母様が「大変でしょう」と、米の袋を持たせてくれた。甘い物や果物・飴など、旭ヶ丘の避難所に持ち込んだ。こんな事をあったなと振り返る。

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登米市迫町の友達は加賀野地区に住んでいる。顔を出し近況を聴く。
南三陸町には母が健在で、時々に様子を見に買えると言う。登米市の移転も充実した生活をしている。加賀野には多くの南三陸町志津川の住民が再建の地として選んだ。志津川の人達の会を作り交流も盛んにしている。

写真は加賀野の近くにある「愛菜館」で地元の食材・野菜・花を販売し、今は新米が店頭に並んでいた。地域のスーパーであり「道の駅」の機能を有している感じだ。
私も「1700円」の買い物をした。野菜が主体で、目的のブロッコリー・カリフラワー・ネギ・サツマイモ・リンゴ・人参などを買った。スーパーよりは安く新鮮だ。
加我野までは、三陸道から北部道路の中間で下り中田経由で、30分足らずで着く。以前は50前後の道のり、南三陸町志津川は近くなった。戸倉からは45号を使っても同じ時間で、生協・南部屋敷、そして「愛菜館」に行け、志津川の友達とも容易に会える距離です。

災害公営住宅の高齢住民の嘆きは、歩けけ平らな道路の場所に、商店が欲しいと言う。病院の売店・コンビニは値段が高く、年金生活の高齢者は、外売の販売車が来た時、逃すと大変だと話す。


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