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ARCHIVE - 2019年11月

2019
11/28

出生から昇天の姿


昨日まで同級生の父の死を、仲間達で手伝だった。2日間に多くの懐かしい顔に出会う。

葬儀の菩提寺からの帰り、大震災で高台への移転の最後の整備地、「志津川西団地西地区」を廻った。志津川の奥地に団地があり、空き地は見られるものの、真新しい住宅と「災害公営住宅」がある。津波の心配は「0」であり、車で5分ぐらいにホームセンター・コンビニ・魚屋・飲食店もある。
立地は良いのだが高齢となった時に、高台移転の弊害が見られる。住宅の生活者の足の確保が課題にあり、町の取り組みは急務である。住宅は15世帯ぐらい? 若い世帯が多いと思うが、子供達の働く場の確保と、町で暮らす為の環境をきめ細かく考え、計画する事が欠かせない。

一人暮らしの高齢世帯が、公営住宅だけでなく、既存の戸建の家でも見られる。高齢者に優しい町づくりに行政は取り組んで欲しい。

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志津川町本浜町70番地は以前「町裏44-3」だった。64年の月日を生きて来ても、父とその兄が中国へ戦争で出兵した事は、父からの話でしか聞いた事が無い。私の祖母は二人いて、「とよし」が実祖母で、「みつえ」は妹で姉の後妻として嫁いだ。私の知る「みつえばあちゃん」は、料理もでき、絵画上手で手伝ってもらった、松と鉢植えの絵は、我ながら素晴らしい出来だった。構図から色付けまでばあちゃんがやってくれました。
私の知る祖母は嫁に厳しい人だった、そんな厳しい祖母の下で、母の涙を幾度となく見て来た。祖母も最後は母の世話を、目いっぱい受け公立志津川病院から天国へ逝ってしまった。
「伸孝おめさ私の財産をやるから」と言い残した祖母、結局は相続のゴタゴタを父ではなく、孫の私に残していった。人生色々、人も色々、これからも色々あるだろう。





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