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ARCHIVE - 2019年11月

2019
11/30

友の住む登米市

昨日は5件の用事を持って登米市に行く。国道45号を使い向かった。南三陸町の海岸線・折立地区の川沿いの災害復旧の、防潮堤・河川堤防の整備は今も建設が全力で、過強に向かっているようだ。登米市の津山町は、台風19号の傷跡が今も鮮明に残り、近道の山沿いの道路は通行止めとなっていた。


登米(とよま)に三陸道を使わずに
旧津山町の北上川沿いから向かう
道路沿いの「桜並木」が消えた
30年前には素晴らしい桜景色が
来町者を迎えた桜
歴史が一つ終わった寂しい限り
(とよま旧メイン道路)

登米(とよま)は、土地登記の件で行政書士に相談に行く。震災前から交流を深めていた友達に買い出しに、そのお母様が「大変でしょう」と、米の袋を持たせてくれた。甘い物や果物・飴など、旭ヶ丘の避難所に持ち込んだ。こんな事をあったなと振り返る。

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登米市迫町の友達は加賀野地区に住んでいる。顔を出し近況を聴く。
南三陸町には母が健在で、時々に様子を見に買えると言う。登米市の移転も充実した生活をしている。加賀野には多くの南三陸町志津川の住民が再建の地として選んだ。志津川の人達の会を作り交流も盛んにしている。

写真は加賀野の近くにある「愛菜館」で地元の食材・野菜・花を販売し、今は新米が店頭に並んでいた。地域のスーパーであり「道の駅」の機能を有している感じだ。
私も「1700円」の買い物をした。野菜が主体で、目的のブロッコリー・カリフラワー・ネギ・サツマイモ・リンゴ・人参などを買った。スーパーよりは安く新鮮だ。
加我野までは、三陸道から北部道路の中間で下り中田経由で、30分足らずで着く。以前は50前後の道のり、南三陸町志津川は近くなった。戸倉からは45号を使っても同じ時間で、生協・南部屋敷、そして「愛菜館」に行け、志津川の友達とも容易に会える距離です。

災害公営住宅の高齢住民の嘆きは、歩けけ平らな道路の場所に、商店が欲しいと言う。病院の売店・コンビニは値段が高く、年金生活の高齢者は、外売の販売車が来た時、逃すと大変だと話す。


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2019
11/29

ツイッター(SNS)

子供達への誘惑から、「誘拐」「監禁」へと魔の手が近づいていた。
スマホを持つ小学生の子供達の所有率が、25%だと言う。親が子供達の安全確認の為の買い与えのようだ。スマホの悪意を持った大人からの誘いには、無防備だし巧妙化した誘惑がある。
ツイッターによる南三陸町の発信を今続けている。私のツイッターにも「ラインで繋がりませんか!」と言う誘いがある。私はスマホを持っているが、ビデオの機能を使う事を目的で、他には万歩計として使っている。
「総理と桜を見る会」での、招待者のツイッター(SNS)が国会で、招待者の功労者などの国の為に功績があった方が対象なのに、自分の後演会の観光的な、政治活動の場として利用されていると、野党からの国会審議で証拠として突きつけられていた。


高台移転で野菜作りと、子供達の元気な声に包まれ、新しい環境をエンジョイしていた。
震災後初めての「お茶会」で、将来の事を話しあう機会となった。ゆったりとした時間が南三陸町の人達には必要だ。災害公営住宅の3寄りが高齢者で、65歳以上の方だと言う。20年後に平均寿命から考えても、人口減少は急激に進む。20年後は8900人まで人口動向の中に町はある。

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いま私も多くの政治に対する批判に、「いいね」を出すと、千葉は国政への反対者と言うレッテルを貼られる。ツイッターの「ホロー」は慎重になった。フェイスブックでは、多くの人達が現政権に異議を申し立てている。同感する所も多いが、その場で共に論議をする事をしない。

自分の意見が「一人歩き」する。今の立場で全て批判ではないが、他人の目は厳しいと思っている。

子供達よ、もっと世間の事を知るべきで、親子での会議(会話)が必要です。中高からの政治・国の事を少しは学ぶ事が必要な環境と、時代になっている。

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2019
11/28

出生から昇天の姿


昨日まで同級生の父の死を、仲間達で手伝だった。2日間に多くの懐かしい顔に出会う。

葬儀の菩提寺からの帰り、大震災で高台への移転の最後の整備地、「志津川西団地西地区」を廻った。志津川の奥地に団地があり、空き地は見られるものの、真新しい住宅と「災害公営住宅」がある。津波の心配は「0」であり、車で5分ぐらいにホームセンター・コンビニ・魚屋・飲食店もある。
立地は良いのだが高齢となった時に、高台移転の弊害が見られる。住宅の生活者の足の確保が課題にあり、町の取り組みは急務である。住宅は15世帯ぐらい? 若い世帯が多いと思うが、子供達の働く場の確保と、町で暮らす為の環境をきめ細かく考え、計画する事が欠かせない。

一人暮らしの高齢世帯が、公営住宅だけでなく、既存の戸建の家でも見られる。高齢者に優しい町づくりに行政は取り組んで欲しい。

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志津川町本浜町70番地は以前「町裏44-3」だった。64年の月日を生きて来ても、父とその兄が中国へ戦争で出兵した事は、父からの話でしか聞いた事が無い。私の祖母は二人いて、「とよし」が実祖母で、「みつえ」は妹で姉の後妻として嫁いだ。私の知る「みつえばあちゃん」は、料理もでき、絵画上手で手伝ってもらった、松と鉢植えの絵は、我ながら素晴らしい出来だった。構図から色付けまでばあちゃんがやってくれました。
私の知る祖母は嫁に厳しい人だった、そんな厳しい祖母の下で、母の涙を幾度となく見て来た。祖母も最後は母の世話を、目いっぱい受け公立志津川病院から天国へ逝ってしまった。
「伸孝おめさ私の財産をやるから」と言い残した祖母、結局は相続のゴタゴタを父ではなく、孫の私に残していった。人生色々、人も色々、これからも色々あるだろう。





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2019
11/27

生きる事は食べる事


今年から始めた父への健康対策は、小型冷蔵差に食料を買い、いっぱいにして置く事で、一週間に2回、惣菜・甘い物・お菓子などを、三千円前後ほど買い準備して置く事だった。
「食べる物ある」と聴くと「今日の糞はある」と答える。満タンにし4日目ごろの会話です。「みんな食べたんだ」と、買ってきた量から思う。時々は果物を、仏壇に供えた初物を「あげたら食べて!」と声を掛け、食事はバランスを考えている。
父は96歳で、私の知る80代の皆さんは、父と比べても老いが早いと感じる。


私は色々な貰い物で食材を有効に使っている。野菜は元より、普段はあまり食べない物も料理して食べている。
写真は「イモの子の煮物」で、土まみれのイモを親イモ・子イモにばらして、洗い・皮を剥き、甘しょっぱく煮込んだ。肉は生協から買う。入谷地区の大先輩から頂いた「キャベツ」は、漬物・お好み焼き・ラーメンの具などとして食べ、「食べ物は無駄にしない」が心情だ。少し痛んでも火を通し食べる。
たまにはお腹を壊すが、健康は維持できている。

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こないだ入ったチラシの「10%値引き券」を利用して、ホームセンターから「消化器」を三千円で買い工場に設置した。
最近の「火の問題」として、弱火の付けっぱなしがある。今のコンロは煮物でも付け忘れ対応として、自動的に消えてくれる。しかし、煮ものは水分が飛んでなくなる。こないだの「牡蠣汁」も、鍋に具だけとなっていたが、水を入れ「雑炊」に化けさせた。これも又おいしい!
こんな父との生活を一日でも長く続けたい。

地元の報道に「グループ補助金」を受けた会社が、被災3県で51県が倒産したと言う。水産業が多く、被災地を水産物の異常が、悪い方向に向かっている。


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2019
11/26

結婚したい「挑戦」チャレンジを

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人口減少の中で、「婚活パーティー」の開催の事業委託と、今回は結婚紹介の事業者を使った出会いの創出に町の予算を使い、独身の男女を支援して行く。

入会金・月の会費・活動サポート費など、一人最大で26万4千円を補助する。20歳以上の男女で定員5名だと言う。2か月後からの個人の、会費負担は5500円かかる。一年間での成婚をめざし、委託のブライダル会社の実績として、成婚までは「平均7.6か月」だと言う。
待っていても出会いは難しく、結婚を希望する独身の方は、是非チャレンジして欲しい。私の友達も挑戦したいと昨夜電話をくれた。

私も37年前に「結婚紹介所」に申し込んだ。入会金は約30万円でローンを組み登録した。紹介者と二人で話した事は1回で、入会者の中から希望をする方とも話した事はなかった。登録しても難しいと我が境遇を体験した。ネックは所得と家族環境などもあるようだ。

今回の町の委託する会社は、私が入会した会社とは違うようだ。何もしないでいるよりは、自分の将来の為に勇気をだして挑戦して欲しい。
懸念するのは、一年で成婚までいくか。自費は年間60500円掛かる。契約の延長は再度お金がかかる。ハードルは色々とありそうだ。

思い切って役場に電話を!


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:50 】

2019
11/25

色々と自分の為の行動を


荒砥に住む知人が、道路の段差が怖いと言う。その場所を探しに荒砥へ、荒砥漁港は「防潮堤整備工事」「道路の改良工事」が進み、低い防潮堤は解体され、漁港の背後に海抜8.7mの防潮堤が整備される事と思う。昨日の海水面は漁港すれすれに海面が来ていた。
この地区の赤い屋根の「お寺」は、震災前の姿を留め、隣りの檀信徒会館まで津波が来たものの、ガラスが割れた程度で済んだ。町内の神社では、歌津地区2寺院と、志津川は1つ、戸倉も1つが、大震災で全壊し1寺院だけが再建を終えている。その他はと言うと、数億円の再建費がかかる為に、その再建復興は厳しいようだ。

昨日のスポーツは、女子ゴルフは「渋野日向子」が今季4勝目で、賞金争いで2位まで来た。「スマイルシンデレラに涙」、こんなスポーツ紙のタイトルが浮かんだ。女子実業団駅伝は「日本郵便」が、トップの19歳の新人と、他3人同期選手の粘りで二度目の優勝となった。柔道は女子の100K超級と軽量の男子が優勝したが、他の男子は外国勢に「一本」を取られ畳に沈んだ。

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我が社の事務所のモミの木に、クリスマスのイルミを金曜に飾った。細やかな飾りながら、何処にも「サンタクロース」はやってくる。
昨日は「復興グル」の南三陸町での開催に、安倍総理が来町した。復興の進捗と自己のアピールだろう。政治の策略に長けた政治家である。行った人達はスマホで携帯にその姿を納め、握手も多くの人が交わした。


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2019
11/24

週末を楽しむ そして学習


後輩が情報をくれた。「石巻で小柳ユキのミニコンサート」を。会場は二階席から多くの買い物客が見つめた。一階の席は「CD」を買った人達が座っていた。「貴方のキスを探しましょう」? と言う歌は、彼女の代表する歌で、そのメロディーに引き寄せられた。週末の土曜日の午後、心豊かな時間を過ごした。


小柳ユキさんのコンサート
一時間前に石巻イオン(写真)
コンサートの雰囲気を味わった
「ブラックフライディー」の垂れ幕の下で
懐かしい彼女の声を聴いた
30年前? の声そのままに
素晴らしい歌唱力は変わっていなかった
「アーティスト撮影は禁止です」と係員が歩く

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サンデーモウニングで「マイクロプラスチック問題」を取り上げていた
写真は地球に漂う5mm以下のプラスチック
日本での回収率も20%で
世界平均の中で25倍の流失量と言う
世界中の魚を食べる日本人
魚に獲り込まれたプラスチックを
魚消費率の高い日本人の人的被害となってはいないだろうか


「コミ問題」を調査する委員会に所属し、「持続可能な町づくり」を、町の目標に掲げ、新しい町づくりに取り組むが、その成果は「バイマス都市構想」の中で、生ゴミの回収は絶対に高めないといけない取り組みながら、大きく変化はしていない。
「レジ袋の廃止」「ビール袋の代替品」など、プラスチックの排出減少に、町として商工・観光分野や、農業漁業者、そして町民の協力なしには、解決できない問題です。その先進地として先頭に「南三陸町」が立たないといけないと思う。

情報あり、安倍孫理が南三陸町に今来ると言う。イベントの参加は、台風19号の被災地視察と、震災からの復興状況の確認と聴き取りだろう。報道で宮城・福島に行くと気成していた。「グルメ復興市」に来るのだろう。


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2019
11/23

東京駅の探索「トイレがない」


21日午前7時20分我が町からの出発、くりこま高原園、東京駅まで午前11時過ぎには東京に到着し、こんなにも東京が近く、新幹線は指定席でも「13000円余り」だった。右も左も判らないままに駅内で朝食、東京慣れしている仲間の背中を追いかけ、何とか食事にありつけた。

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東京駅でのお昼
雰囲気も味も「ザ・東京」
新しい斬新なメニューは
選ぶのに迷ってしまう
醤油ラーメン・ミニ牛丼「1210円」
大変結構なお味でした

21日の午後から「内閣府」「国交省」「財務省」「復興庁」を駆け足で陳情をする。22日の午前は3班に別れ、県下の参議院・衆議院の国会議員にも「陳情書」を渡す。9時半には会議に出席していて、秘書が対応をしてくれた。
私達は地元選挙区の「安住代議士」を始めに回った。さすが地元議員、私たちを待っていたようで笑顔で対応にあたり、台風19号に石巻の自宅も浸水被害に遭い、車が水をかぶったと言う。
ここが政府の中枢であり、総理官邸で「官房副大臣」の対応は、福島県会津若松市出身であり、被災地の窮状を全て網羅し、「風評被害」「住民帰還」「震災復旧」の完遂に全力であたると、残り1年5か月の「復興期間10年」を前に、政府としての対応を説明してくれた。保守「自民党」の頼み無くして、今は何が地方にできるのかと思った。


東京駅の「八重洲北口」に東北新幹線の改札があり、「東京駅一番街」は華やかで、一人構内を3週歩き、仲間の姿を追った。結局見つけられず、21番ホームに辿り着けた。少しは東京駅中を感じ知った気がする。


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2019
11/22

陳情活動

昨日から二日間、政府陳情に議会全員で東京ヘ来ています。
お昼まで活動し、午後2時半には帰り、3時過ぎから会議開催予定です。
会社は従業員が守ってぐれています。
私を取り巻く全ての人に感謝です、報告はまた。帰ってから。


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皇居前の立木が紅葉で
太陽光の西日を受け輝いていた
「大嘗祭」の建物の見学に
東京駅からは長い行列が起こっていた


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2019
11/21

高齢者の生活を考えた町づくりを


高台への移転の高齢者家庭
災害公営住宅の買い物事情は
交通の足もなく生活は大変だ
「生協の販売車」が来た
「今買わないと食べる物がない」と
急ぎ足で買い物に行く

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南三陸町の隠れ里
入谷「ひころの里」
今年も松毬屋敷の紅葉が見れました
青空に伸びる大きな杉の木は、何百年も地域の変化を見つめて来た。先人達が築きあげてきた地区を、まだまだ若い重鎮たちが、地域を守ろうと必死だった。

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年末の栄養を付ける為に
今年最後の「うな重」を
南部屋敷で2050円で食べた
外国産だろうけど
美味しさは同じで美味しかった





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2019
11/20

すがすがしい朝「1.3度」


今日も午前3時に目覚め、4時半に起床した。足先が冷え何度も目が覚めた。2日続けての早起き・ウォーキングは気持ちが良い。
写真はコースの折り返し地点で、1.5Kを13分で歩く。冷たい風が頬にあたるが気持ち良くさえ感じる。自宅に帰りラジオから「気仙沼地方1.3度」と今年最低の気温と言う。歩く事を今から鍛え、足の筋肉を付けておかないと、これからが大変となる事を踏まえ、65歳の「高齢者」の対策を自分でしている。

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人口減少の中で、「婚活パーティー」の開催の事業委託と、今回は結婚紹介の事業者を使った出会いの創出に町の予算を使い、独身の男女を支援して行く。

入会金・月の会費・活動サポート費など、一人最大で26万4千円を補助する。20歳以上の男女で定員5名だと言う。2か月後からの個人の、会費負担は5500円かかる。一年間での成婚をめざし、委託のブライダル会社の実績として、成婚までは「平均7.6か月」だと言う。
待っていても出会いは難しく、結婚を希望する独身の方は、是非チャレンジして欲しい。私の友達も挑戦したいと昨夜電話をくれた。

私も37年前に「結婚紹介所」に申し込んだ。入会金は約30万円でローンを組み登録した。紹介者と二人で話した事は1回で、入会者の中から希望をする方とも話した事はなかった。登録しても難しいと我が境遇を体験した。ネックは所得と家族環境などもあるようだ。

今回の町の委託する会社は、私が入会した会社とは違うようだ。何もしないでいるよりは、自分の将来の為に勇気をだして挑戦して欲しい。
懸念するのは、一年で成婚までいくか。自費は年間60500円掛かる。契約の延長は再度お金がかかる。ハードルは色々とありそうだ。

思い切って役場に電話を!


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:49 】

2019
11/19

仲間との親睦を深める


日曜日に震災後から6年目ごろから、年齢の違う仲間の会「独身会」を、南三陸産の食材を使ったお膳で、彼女を、これからのパートナー探しの意見交換と、士気を高め合う会となった。
スホーツ好き、旅行好きの5人の集まりは、年末の向けた仕事の多忙により、3人と縮小したものの、世間の喧騒と世界を別にし、食べて・飲んで・歌った一晩となった。日曜明けの月曜の朝、6時半には朝食を頂き、民宿のおばさんに別れを告げた。仲間の「いびき」に悩まされた就寝だった。

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小川が台風の豪雨で激流となり、町内の田畑を呑込み、浸食された。そんな中で何とか激流から逃れた野菜があった。せっかくの収穫前の貴重な野菜をいただいた。何とか収穫を終えた米は助かった。町内の稲作・野菜の被災耕作地のその保障は、なかなか難しいと言う。今回の台風の浸水被害で、内陸の高齢農家は、「農業をやめる」との声も多く聞かれている。
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友達が台風にも負けない
「イモの子」を持って来てくれた
甘辛いイモの子煮込みでもして
心から温かくしたい

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17日の日曜、志津川中学校下の眼下に建設された、「新松原公園」でイベントが開催された。「スポテェス」と題され、5人1組での種目のゲームで、各種団体から商品もあったようだ。主催はスポフェス実行委員会で、協力は南三陸町中小企業など、後演は町・漁協・農協・林業他、17団体が名前を上げていた。町民からの参加申し込みのイベント、高台で新しい行政区もでき、町民体育大会の開催を期待している。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:47 】

2019
11/18

もう無理かな


昨日は入谷地区にある「ひころの里」に。駐車場は車でいっぱいで、駐車場の端っこの場所しかあいてなく、父をひころの玄関に初めに降ろし、少しの傾斜の入口に、96歳の父には少し厳しいようで、私の腕にすがり歩く、「この方が楽だ」と、松笠屋敷の手前で一休み。蔵づくりの建物では「蕎麦まつり」に合わせ、振る舞いの餅つきと試食コーナーが開催され、多くの来町者で賑わっていた。
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「おとうさんは何がいいの?」と、世話役の人が優しい言葉を送ってくれる。メディアも取材に来ているようで、山里の日曜は賑やかな雰囲気の中にあった。


入谷の「ひころの里」そば祭りに行った
祝い餅の振る舞いもあり
多くの来場者と
入谷地区の秋の終わりを楽しみに
親子連れ、家族・友達仲間の笑顔があった
(そば粉は交流の山形産)

屋敷の中には順番を待つ人で賑わい、地区の御世話人が受付をし、私は予約者として「1200円」の田舎蕎麦を楽しんだ。そば粉は山形から工面したと言う。遊休農地はあるものの、ソバの実の栽培は難しく、本場の交流のある山形からの物と教えてくれた。「昨年は200名も来ました」とも話てくれて。その中の2人は私達ですと伝えた。その方は病院でも一緒になり父にいつも声をかけてくれていた。
注文されてからそば粉をこね、そば切りし出来立ての蕎麦を提供している。テイブルでは蕎麦が来るのでの隣り合わせた人との会話も、蕎麦まつりの一つの楽しみと教えてくれた。私達と合い席となった方は佐沼の人で、南三陸町には仲間と釣りに来ていると言う。今年は7人の乗船で、一人で2枚のタコを上げたと言う。色々な話に待つ事も蕎麦まつりの素敵な時間を味わった。





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2019
11/17

家に居る事が多くなった

今日は父を連れて入谷の「ひころの里」に行く。知人が「新そば食べに来て!」と電話をくれた。
最近は往復400mの道も歩く事に不自由となり、私といっしょだと「行く」と言う。家にばかりいる父、行くと言えば「病院」で、持つのも重い一か月分の薬を貰ってくる。
そんな父を志津川の自然を愛でに連れ出す。入谷で作った「そばの実」のてこね蕎麦、地域で採れた野菜のてんぷら、古い旧家「松笠折敷」での昼ごはん、また二人の想い出の一日となるだろう。
途中で歩けなくなったら、背負っても行くつもりです。


昨日は5か月ぶりでハンバークを食べた
南三陸町志津川駅前の「スナック旅」
チーフの手作りハンバーグは
20歳の私にとっては未知の味だった
時々そんなハンバークを食べたくなる

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秋のいろどり
日本の庭園の石灯籠・古井戸
そして赤いみもじ
嫁いだ叔母の家の庭です


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:30 】

2019
11/16

生活の改革


南三陸町の病院建設には台湾からの
支援金の元に建設された
昨日は丸森町の台風被害のボランティアとして
台湾の学生12人が「泥出し」「被災わら掃除」をしていた
住民は口々に「嬉しい」「感謝しかない」と言う
南三陸町へも台湾からの「教育旅行」の
学生たちが友好の為に来町している

ボランティアが減少して居る中での、宮城県丸森町への支援は私も感謝しかない。日本との繋がりの深い国として私は見ている。知人も台湾から奥様を嫁に迎え、被災地で一緒に頑張っている。
何もできない私はテレを見て、「大変だなー!」としか、言えない。寒さが増す今後の事を考えると、自衛隊の支援もお願いしたらと思う。

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月一の昨日の金曜日は、父のペースメーカーの循環器の検査の日で、9時30分の予約で、9時に病院に送って行った。
11時50分に終わり「迎えに来て」の電話が来た。南三陸病院の隣りの「志津川調剤」が父の処方箋のお願いしている場所ながら、50分経っても薬が出なかった。血圧の薬をはじめ多くの薬が処方され、結局、調剤にお願いしてから1時間を越え、風邪の病みあがりの父、最初に自宅に送り、改めて1時間30分後に薬が出て、私がもらいに行った。
これまでは10時に行くと、帰りは午後4時に帰る事が常だったが、最近は少し病院の改善が見られるようになった。お客さんが減ったのだろうか?



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:03 】

2019
11/15

昨日も頑張った一日


昨夜は父の食べる物を買いに、石巻市飯野川のウジエスーパーに行く。64歳を過ぎ食べ物の品定めをする姿は、自分としては皆さんに見せたくないがある。最近は惣菜と共に「お菓子類」を買ってくる。ダンゴ・ガンズキ・饅頭などの甘い物が好きで、おかずは減らないのに、お菓子と甘い物は全て食べているようだ。父への買い物目標額は3千円前後を毎回予定する。月6回。
北上川沿いは台風で国道が浸食され、半月ぐらい通行止めとなっていたが。一級河川の大河は、その水量の被害も大きかったようで、やっと通行できるようになっていた。

入谷地区は「三陸道」の開通後に、国道398号を通過する車は、国道45号と共に減少している。道路沿いの商店も来客が激減し、経営に苦しんでいる。震災後に入谷地区に店を出していた飲食店も、町内の商店街前に店を新築した。それぐらいの死活問題となっている。
「命を守る道」と言い、震災後に急ピッチで高速が開通し、「復興道路」と位置づけ便利になったものの、山間地の生業は厳しい状況で、個々に努力し経営を続けている。商店街やメイン道路から、町のすそ野の商店経営は益々厳しくなる。町の人口減の影響が出てくるのはこれからです。

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気仙沼港で水揚げされた「戻りカツオ」
町内の入谷地区の魚屋さんで見つけた
脂のりのりで普通のカツオとは違う
5日前に食べたが
また買ってしまった
ビールがまた美味い

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天皇陛下、皇后様儀式も、昨夜の3時半まで続いた儀式で終わる。最初の世界発信への天皇即位の儀式の日は、日照時間「0」との天気予報の中で、儀式が始まると、7分間ながら皇居の上空は青空が見え、写真のような「虹」が見られた。私にとっては雲の上の天皇陛下であり、テレビで儀式を見ていた。
昭和天皇の「崩御」から、現在の上皇様の即位、そして今回の天皇陛下・まさこ皇后様の即位は、私たちの時代の天皇陛下として、感慨深い。

それに引き替え現政権の不祥事は、新内閣の大臣の2二人の辞任で、安倍政権で10人?が辞職し、大臣の発言の訂正・削除が続いている。総理の議会での不適切発言は20回を数えた。「任命責任」と言う言葉は、何の意味も持たず、単なる飾り言葉となってしまった。




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2019
11/14

南三陸町志津川の私の見知らぬ所


昨日は南三陸町の2カ所を探訪
夏の賑わいも終わった「静かな海」
荒島の堤防から向かいの山を望む
中央に三角屋根の閉店したアイランドの後の山に何か見える
(メニューも豊富で、出前の天ぷらそば)が美味しかった)
そこまで行って見た
3.11の大震災では手前の海が津波前に全て引いた
災害は予兆と共にやってくる
(写真を拡大して見ると、手を合わせたくなるものが見える)

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昨日は女川原発の防災訓練が、30K圏内(UPZ)の自治体で開催された。
午前8時ごろから「エリアメール」が鳴り始めた。
南三陸町は圏内に戸倉半島の一部地区が入る。30K圏内に限らず、町民の原発事故を真剣に考える機会となった。今後の原発稼働開始には、石巻地区民の反対もあり、その道は多難のようです。

【訓練】屋内退避指示 【訓練】こちらは南三陸町です。  女川原子力発電所2号機の事故により、女川原子力発電所から概ね半径30キロメートル圏内の地域に屋内退避指示が出されました。  戸倉地区全域と林行政区・大久保行政区の皆さんは、直ちに屋内に退避してください。 【これは、原子力防災訓練に伴う訓練用メールです。】 (宮城県 南三陸町総務課)

【訓練】屋内退避の準備 【訓練】こちらは南三陸町です。  本日発生した地震により、女川原子力発電所2号機で事故が発生し、残留熱除去機能の喪失により施設敷地緊急事態となりました。  このまま事故が進展すると屋内退避が必要となる場合がありますので、戸倉地区の全域と林行政区・大久保行政区の皆さんは、速やかに屋内退避の準備を始めてください。 【これは、原子力防災訓練に伴う訓練用メールです。】 (宮城県 南三陸町総務課)


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:20 】

2019
11/13

新たな一つのスタート

一昨日、病院から血糖値検査キッドの新バージョンをいただいた。今朝午前6時の測定結果は「122」と上々だった。
健康管理と体調維持無くして、私の楽しい生活と活動は成り立たない。自己満足ではあってはならないが、何もしない事よりは「人の為」になる事をする。「ひとりの人でも助けられたらいいんじないか」と、今の生き方を振り替える。
今64歳6か月、今まで志津川で一つ生業の継続をしてきた。和手氏の千葉家もあと10年かな?


新たな活動はこの施設「志津川広報プラザ」から
志津川字本浜町200-2
震災からの復興写真や町の芸術家の作品など
「集いの場」となる事を願っています
「いっぷぐしていがい」開催日は後日

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今朝は父におかずを作り手渡す
サンマの塩焼きと大根おろし
大根のサバ水缶の煮もの
温かい物が嬉しいと言う
そこまで私が準備するのは月一回が
精一杯です





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2019
11/12

また南三陸町が変化した


この風景は南三陸町民なら判る
志津川地区の「大雄寺」の脇を流れる川で
今回の台風でもその被害の爪痕があった
大震災では寺の「参道」が流失し
再建を願う声も出ている
以前は参道から行列し山門を潜り本堂が
葬儀の習慣だった 寺が近くなった

いま町内に死亡の連鎖がまた始まった。歌津・入谷・志津川と毎日のように死亡の報告チラシが入る。知っている人ではないが、御冥福を祈ります。

昨日は火葬場から旭が丘までの道路を通過した。田尻畑地区を廻ったが、大震災で倒壊した菊のビニールハウスが再建され、一部の農地は「太陽光発電」が整備されていた。この地区はまだ40代の若い農家が頑張っている。しかし、こことて人口減の中で労働者不足は町内全域にある。
会社への道のりは、平地から西団地西工区から、高台の震災前の地区「旭が丘」があり、国道398号の御前下地区に下がり、中央団地の高台の新造成地を抜け、国道45号に下がり、東団地北工区の前を通り、アリーナの今の町のメイン道路に抜ける。3回も谷山を通らないと移動はできない。
高齢者の「生活の足」の交通確保は急務であるが、巡回バスも100円から300円と料金がかかる。登米市の一律100円のように、何とか改善しないと、高齢者にとっては不便な町づくりの形でしかない。

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上皇様から送られた
南三陸町本庁舎の「ハナミズキ」
昨夜の天皇陛下の「国民祭典」での
まさこ皇后様の涙に
感動を賜りました





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2019
11/11

テレビにくぎ付け

防災訓練が午前8時から南三陸町内と地域で開催された。
志津川の沼田地区は約120人の10の班でも、午前8時から班の家族確認で自宅を班長が回った。私の班は住宅再建の中で昨年1世帯と、今年1世帯が他の地区に移転し、8名の班となってしまった。
議会でも議員の安否確認と言う事で、午前8時30分過ぎに連絡を入れた。エアメールが防災訓練の開始と終わりを告げた。台風被害が国内各所で発生し、南三陸町でも山間部に被害が出ている。今は「災害査定」の終盤に来て、行政もその確認と被害額の算定に多忙を極めている。


日本は幸福な町
この国に生まれて幸せです
宮内庁警察隊の姿にあこがれる
高校生もいると思います
国民も含め見る物全てが最高でした

その他にも天皇陛下・皇后様の皇位継承のバレーで、国内は祝賀一色となった。警備の警察官が全国から招集され、陸上自衛隊など、式典が何事も無いようにと政府は計らった。以前の上皇様の時は、過激派がパレードの時に、車に爆竹を投げた。その時のバイクのサイドカーは、すぐさま陛下の安全確保に動いた。その機敏な防衛行動に、更に日本は平和で良い国と感じた。
国会を見ていると、その討論に現政権の不安定な政治の姿を観る。過去最高の総理就任期間にこだわり、政治が疎かになってはいないか。災害多発の中で、交付金の自治体への支給の中で、政府への反発は減額にならないかなど、多くの不安の中で被災自治体は政府への要望をしている。今月は我が町でも議会が政府要望に行く。




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2019
11/10

風邪は万病の元


父が風邪を引いた、私からうつったのかもいれない。3連休の初めの土曜に風邪の症状が出て、早期の対応をと連休明けの火曜日、私の主治医の病院に行った。車で1分の場所にあり、何でも言える先生だった。
この日も午後5時前ながら、患者はいつもより多かった。皆さんも風邪と予防の方みたいだった。父の風邪も6日目、一週間分の風邪薬で丁度治る、風邪薬の効果は絶大だった。ありがとうございました。


風邪を引き苦しい一週間から2週間が経った
敷布と掛布は寝汗で「ぐっしょり」
2枚を洗濯をした
その敷布に「トンボ」が止まっていた
さぞ気持ち良い事でしょう

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2019
11/09

被災された方々は心も体も疲労困憊


南三陸町の「入谷横断一号線」の台風被害は
秋目川地区に向かう道路が
大きな被害が発生していた
町の判断は半年ぐらい復旧にかかると
判断をしていた
早期の一次復旧をお願いしたいと住民は話す

昨日は「臨時議会」が開催された。
台風19号の洪水被害の時には、町長は大震災時に支援してくれた個人・団体に感謝状を渡す為に町にはいなかった。
千葉県知事の森田氏も台風の対策本部の立ち上げの後は、公用車を使い知事庁舎から30K離れた自宅に戻っていたという。自家用車に乗り換え被害の少なかった地元の町を、個人で視察して回ったと言う、「これが自分流」と、大震災時の行動もそうだったと声高に言う。森田知事はこれで終わったと感じる。台風15号の強風被害で房総半島の南部の自治体が大被害となり、県内50万世帯の停電でも、東電への対応が批判されていた。

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南三陸町の首長が留守の時には副町長がその任にあたる。現在佐藤仁町長は県内の21の町村会会長として、被災地の予算獲得の要望で、県庁で副知事との会談に一昨日は臨んでいた。

臨時議会では今後の台風対応を行政に聞いた。志津川小森熊田橋から秋目川・総内への道路が通行止めとなっている。町に今後の復旧はと聞くと、「半年・一年」がかかるかもしれないと建設課は言う。昨日は会議の後で「現場」へ一人行って見た。500m余りの道路で道路全体が流されたり、河川の法面の崩壊か所が3カ所大きい個所があり、確かに全面復旧は時間がかかるが、住民の生活道路一日も早い早期の復旧をお願いしたい。
フェイスブックへの現地の発信では、「早期の復旧をお願いします」と書き込みがあった。入谷地区の国道398号の道路半分の流失でも、仮復旧が3週間ぐらい終わり安全を確かめ、近々に通行可能となるだろう。町の災害復旧は「予算査定」など被害額の国への報告の後で、工事が始まる事は、地元住民にとっては悩ましい生活が続く。写真の個所も簡易な仮復旧で車の通行安全を確保し、住民の不便を解消できないものだろうか。12月の議会では質問をしたい。



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2019
11/08

南三陸町の復興と私生活


南三陸町の「復興の象徴」とメディアは、その工事の始まりを伝える。祈念公園のメインの一つの「築山」は赤土の肌を露わにしている。町民の復興は何処にと言うと、高台に追いやられ、観光客と交流人口の拡大と、商店者の交流は販路拡大の方向へと向かっている。
八幡川の「中橋」は人だけが渡る橋として再建される。誰の為と言うと町の経済の発展の為が色濃い。高齢者の置き去りとも感じる。真の町の再建復興とは私は思わない。

高齢となった父だけでなく、町で暮らす独居の高齢者は、寂しさと不安の中で日々暮している。頼る人もない生活は、何処に不安をぶつけていいか判らず、その解消の方法は行政や社協でしかない。町では地域で活動する「民生委員」「行政区長」が当たっているが、その活動にも限界を感じる。
我が家は私(息子)がいるだけで、その寂しさを癒す事が出来ているが、一人の時間も多く解消はされていない。今日は「デイサービス」で、一人ぼっちではない事は、毎日の生活から一時の癒しになっている事だろう。帰ってきて「疲れる」の言葉は生きている証拠である。

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昨夜の晩御飯は
蔵八の「野菜味噌ラーメン」にした
一昨日前に歯が欠けた
歯に優しい野菜と麺
美味しかったです

私は2週間に3回の父の食材(惣菜)を近隣のスーパーに買いに行く。昨日も父の冷蔵庫には何も無く、お菓子などの甘い物好きの父の為に、「4千円」の買い物をしてきた。食べる事の楽しさが今は感じているようだ。食べられる内は健康を維持している。

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2019
11/07

自然の流れに人間の英知で


台風で氾濫した伊里前川上流に
サケがボロボの身体で
子孫を残す為に頑張っていた
この川には捕獲の仕掛けも無く
自然での産卵となる

台風19号の被害は石巻で55億を越え、農業・水産は数億の被害で、床上・床下震災での被害が、その額を上げているのだろうか。

大震災から農地の圃場があり、最近の異常な雨量により、新しい農業の取り組みの「南三陸ヌキ」の生産は、根腐れなどで毎年の生産減となっている。写真は戸倉の水戸辺川上流の「こまつ菜」の大規模畑、今回の台風の洪水により、川水と泥をかぶり、酷い所は出荷できないとも聞く。せっかくの野菜生産が台風の異常な雨水の洪水で、これまでの苦労が一瞬にしてダメになった。

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災害の復旧は、田畑の来年の作付に間に合うように、復旧の順番を考慮し、国県に要望をと言う。
生活道の復旧整備は元より、浸水した住家の再度の浸水とならない対策も、宮城の吉田川の氾濫で、2度の浸水となった住民の「苦悩の顔」には、諦めの落胆が多くの県民に伝わってくる。

大震災を体験して、自然の生物と営みは、時間と共に戻って来る。その力強さを知った。人間も同じで、再建を諦めてしまえば、昔の生活には戻れないと思う。「親を送るまでは!」と、常にこの気持ちで自分を振るい立たせている。

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忘れかけていた「東日本大震災」の痕跡
津波到達地点を南三陸町の歌津中在地区に見つけた
伊里前川の下流から5㎞ぐらいだろうか
川の袂にひっそりと建立されていた
今回の山津波の床上浸水となった場所
自然災害との共生は難しいのか
(地域の記憶として末永く伝えられる)





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2019
11/06

大災害の復興途上の街が再度の自然災害に


南三陸町の山間地に調査に行く。小川が側溝が溢れ、低い土地の家屋を襲った。震災からの農地の圃場での、新たな農業生産の野菜も「山津波」に呑まれた。自然災害と言えない「巨大台風」の発生は、人災なのかも知れない。
小さな町の一人の人間が、「二酸化炭素の排出を減少させて!」と言っても、耳を貸して下さいる方は少ないが、これを一人でも多くの人達が発信しないと、地球は益々病んで行く。

米トランプ大統領は
温室効果ガス排出規制から脱退
海水温の上昇で世界の気象変動の災害より
経済の発展を選択した
世界の大国の未来志向の無い判断がある
(台風の水害はホタルの里を破壊した)

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今日は登米市津山町に用事で出掛けた。13日の台風19号は登米市では死者も出て、津山の至所で被害が発生した。横山までは15日に行って見たが、津山までは行く事が出来なかった。
道の駅「モクモクハウス」も2m前後の浸水により、施設が冠水し今日も営業再開となっていなかった。しかし、小さな仮設での店を出していた。今後はと言うと連設会社が委託され、被害の調査をしているようだった。横山からの柳津までの中学生の通学歩道も、所々でガードが田んぼへの倒壊している。津山中学校までの、横山地区からの自転車通学は大丈夫だろうか。
私の知人も通院する「大友病院」は、両隣の小川の氾濫で、2m以上の浸水となり、今日も復旧工事が行われていた。先生も「再建を目指す」とテレビで元気に話していたと言う。津山中学校の下の国道45号の間の窪地で、今後も浸水のリスクは大きいと思う。住民は「地区内の病院の廃業の施設での開業を」と願っていた。早期の再会をと話す。
県内の総ての地区で台風被害が発生し、石巻の浸水も1万戸に登り、現在まで土木・農水産・ライフラインなど1200億円の被害報告が発表された。まだまだ多くの時間がかかりそうだ、横山の「割烹くまがい」も店内の施設で被災し、見る限り再会はまだのようだった。大変だ。津山町内は被害は無かったと聞いた。




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2019
11/05

なんだり かんだり


11月3日文化の日
南三陸町文化功労章の授与式が開催され
長年町の福祉・医療・教育・調査などに
貢献・尽力していただいた
9個人・2団体が表彰された
お祝いの席には関係者が大勢集まり
その活動貢献に感謝した

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秋の始まり? 終わり?
今年の菜園の3回目の片付けをする
隣りの実を鳥がついばんでいた。
寒い時のホウレン草が芽を出し
パセリがまだ食べられる
もう私の畑の仕事は終わった

せっかくの振り替え祝日、パソコンに向ったり、工場の片付けでゴミの分別をした。自分でやるしかなく、ゴミの集積場への持ち込みも私の仕事となった。父は少し歩いては「足が痛くて、歩けない。」と言う。日中は自室のイスに座り、眠いとベットで眠る。寒くなりこんな生活が多くなった。しょうがないね。

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土曜日に仙台のイベントに行き、一番町を歩いていた時に、子供達が「仙台イルミ」の寄付金集めに、寒さの中で立っていた。ポケットの小銭を手で掴み、ジャラジャラと募金ビンに入れた。「ありがとうございます」と元気な声、忘れていた「一日一善」を思い出した。

今日は台風15・19号の町内の被害調査で、町内を視察する。大きな自然災害から三週間が経つ。傷跡は町内の小河川に集中している。町中は河川堤防の津浪対策により、河川堤防の整備されている場所は、被害が少ないようだ。




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2019
11/04

11月3日「文化の日」の南三陸町


南三陸町「産業フェア」には
全国からの支援隊が支えている
庄内町は地元の商工観光支援に来町する
南三陸町の山形の「姉妹都市」で
震災後にも数千万の義援金を送っている。
感謝です

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山形の庄内のブースには
毎回の行列が出来ていた
「庄内牛」の焼肉販売にはいつもの風景
晴天に恵まれた産業チェアは
出店者は「売り切れ御免」の嬉しい声を聴く
来場・出店・演技などに参加された方々に
大感謝です

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「関西京都今村組」は震災時
中学生に確か「よさこい」を指導した
子供達に元気と勇気を与えてくれた
こんな震災後の支援で南三陸町に来てくれた
そして今回色鮮やかなハッピに身を包む
子供達を「南三陸町産業フェア」で見つけた
被災地の子供達支援に感謝です






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2019
11/03

息抜きは仙台は探索


「おお晩です」で毎日宣伝していた、ミヤテレ「ラーメンライブ」を、土曜を利用し仙台に遊びに行って来た。
つつじが丘公園での開催で、一番町に車を止めタクシーで向かった。案の定、駐車場は大渋滞で駐車の時間待ち、いつも通過する所で公演がこんなにも大きいとは気付かなかつた。

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取りあえず11店の中から、「京都本店第一旭」の醤油ラーメン、あっさり系のストレート麺で美味しかった。友達の「晩です企画ラーメン」は少ししょっぱい感じだった。

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い感じだった。
二杯目は「北海道の麺や虎鉄」の味噌ラーメンは、一番美味しいく私の口にぴったりだった。友達は「エビ味ラーメン」で、エビのダシが私には強すぎた。一杯800円ながら納得の味だった。

普通の7割くらいの量で2杯くらいがちょうどイイ。周囲の声には「5杯食べた」など、凄い食欲の人もいたようだ。全国の有名ラーメンが一同に会すイベント、明日までの5日間で、天気も大丈夫で是非楽しんでもらいたい。



公園の隣りは「仙台市博物館」で、私も覗いた。戦後の徴兵の記録や、生活・農漁村の古い道具が見られた。私の時代にもあったものが博物館に展示されていた。故郷を知る良い機会となった。戦前の仙台駅前の風景には、こんな発展した時代からのタイムスリップの写真が並んでいた。
今日から? 市民広場で「市民まつり」が開催される。自分たちの街の賑わいは、自分達で創るのが理想と再確認した。交流人口での賑わいは、何時かは終わる


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:31 】

2019
11/02

平穏な日本は何処へ


沖縄の「首里城」は県民の心に支えでもあったし、沖縄の象徴と県民は火事の姿に嘆きの声からも理解する。
玉木知事は再建を菅官房長官に要望した。建設に携わった高齢の女性は、50年は再建にかかると話し、色鮮やかな装飾の技術者(職人)がいないと言う。特殊な消化方法で正殿を守ってはいたが、その効果は何処にもなかつた。火元は正殿の天井の裏からで、4700㎡の7つの建物が焼失した。

年間で200万人が訪れる観光の名所、観光の財産が一つ無くなった。沖縄に綺麗な海がまだある。米軍の基地が今でも、国土の多くに点在している。基地移転の問題も継続中で、太平洋戦争の悲劇から今もこの台地には色濃い。

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昨日は歌津の床上浸水の地区に行って見た。田束山への方向から、入谷・志津川・馬籠地区への道路が整備されているが、現在は全ての道路が通行止めとなっていた。台風19号の爪痕は今も県道の崩落個所を見て来た。「払川ダム」があった御蔭で、川沿いの家屋への被害は少なかった。「利水・治水」を考慮したダム建設は、異常気象の影響の緩和には欠かせない。今回は上流への降雨は少なく、ダム放流は回避された。

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「老々介護」はすでに我が家では始まっていたが、父は元気だ。自分は厳しい人間で、年老いた96歳の父に無理も言う。しかし、これが認知症の予防となっているかもしれない。「ボケてられない」と言う父の自負を感じる。
今年の3か月分の米を仕入れた。「つや姫」「ひとめぼれ」の2種で、生産者お薦めの宮城の米だった。
我が家は「9060問題」の中で、父は米でないと駄目で、私は「小麦系」のパン・そば・うどん・パスタが、食事の半分を占める。だから米50Kもあれば年間はもつ。


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2019
11/01

私のk趣味


19日に小学校の学芸会で「寒気」を感じ、21日朝には「喉」の違和感を感じ、その日の夕方には「内科医院」に行き、診察と処方箋を頂き、この日から投薬の元で、風邪との戦いが始まった。発熱・咳・鼻水。倦怠感・動けない等、様々な症状の中で仕事を続けた。
一週間の飲み薬で、丁度6日目に回復に向かった。あれから10日の月末、多忙の中の10月を終える事ができた。年末に向けてマイペースでの仕事ながら、税金などの支払いに追われる日々、貯蓄などどこらもできない状況、頑張るしかない。


10日ぶりのビール
年のせいか風邪の全快に時間がかかった
肉と貝のコーン入り「お好み焼き」
美味しく 又 食べる事ができました

一昨日前の夜に休んでいた、飲む気のしなかった大好きなビールを飲んだ。おかずはお得意の「特製お好み」、地元の食材を入れる。この日はムラサキイガイで、魚屋さんで小ぶりの物を買い入れた。キヤベツは4分の1を入れ、以外と「ペロリ」と食べられる。

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翌日の朝は「ホタテ・カキのお吸い物」で、朝の10分で作った。新米の「だて正夢」と地元の海産品の汁物、美味しいに決まっている。シメジ・ネキ・とうふと、麺つゆで煮込むだけで、海の香りいっぱいの、宮城の美味さがぎっしり詰まった朝食である。

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昼は「ナボリタン」にした。ハム・タマネキと大好きなコーンを入れ、レトルトの素で絡めるだけ。スパゲティーは3分茹での半束を、鍋に半分に折り茹で上げ、綺麗な皿に盛るだけ。食べる前に「パルメザンチーズ」をふりかけ食べる。これが私の「イタリアン」です。

自分の食事は自分の好きな物を作って食べる。これが最高です。




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