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ARCHIVE - 2019年11月

2019
11/17

家に居る事が多くなった

今日は父を連れて入谷の「ひころの里」に行く。知人が「新そば食べに来て!」と電話をくれた。
最近は往復400mの道も歩く事に不自由となり、私といっしょだと「行く」と言う。家にばかりいる父、行くと言えば「病院」で、持つのも重い一か月分の薬を貰ってくる。
そんな父を志津川の自然を愛でに連れ出す。入谷で作った「そばの実」のてこね蕎麦、地域で採れた野菜のてんぷら、古い旧家「松笠折敷」での昼ごはん、また二人の想い出の一日となるだろう。
途中で歩けなくなったら、背負っても行くつもりです。


昨日は5か月ぶりでハンバークを食べた
南三陸町志津川駅前の「スナック旅」
チーフの手作りハンバーグは
20歳の私にとっては未知の味だった
時々そんなハンバークを食べたくなる

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秋のいろどり
日本の庭園の石灯籠・古井戸
そして赤いみもじ
嫁いだ叔母の家の庭です


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2019
11/16

生活の改革


南三陸町の病院建設には台湾からの
支援金の元に建設された
昨日は丸森町の台風被害のボランティアとして
台湾の学生12人が「泥出し」「被災わら掃除」をしていた
住民は口々に「嬉しい」「感謝しかない」と言う
南三陸町へも台湾からの「教育旅行」の
学生たちが友好の為に来町している

ボランティアが減少して居る中での、宮城県丸森町への支援は私も感謝しかない。日本との繋がりの深い国として私は見ている。知人も台湾から奥様を嫁に迎え、被災地で一緒に頑張っている。
何もできない私はテレを見て、「大変だなー!」としか、言えない。寒さが増す今後の事を考えると、自衛隊の支援もお願いしたらと思う。

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月一の昨日の金曜日は、父のペースメーカーの循環器の検査の日で、9時30分の予約で、9時に病院に送って行った。
11時50分に終わり「迎えに来て」の電話が来た。南三陸病院の隣りの「志津川調剤」が父の処方箋のお願いしている場所ながら、50分経っても薬が出なかった。血圧の薬をはじめ多くの薬が処方され、結局、調剤にお願いしてから1時間を越え、風邪の病みあがりの父、最初に自宅に送り、改めて1時間30分後に薬が出て、私がもらいに行った。
これまでは10時に行くと、帰りは午後4時に帰る事が常だったが、最近は少し病院の改善が見られるようになった。お客さんが減ったのだろうか?



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2019
11/15

昨日も頑張った一日


昨夜は父の食べる物を買いに、石巻市飯野川のウジエスーパーに行く。64歳を過ぎ食べ物の品定めをする姿は、自分としては皆さんに見せたくないがある。最近は惣菜と共に「お菓子類」を買ってくる。ダンゴ・ガンズキ・饅頭などの甘い物が好きで、おかずは減らないのに、お菓子と甘い物は全て食べているようだ。父への買い物目標額は3千円前後を毎回予定する。月6回。
北上川沿いは台風で国道が浸食され、半月ぐらい通行止めとなっていたが。一級河川の大河は、その水量の被害も大きかったようで、やっと通行できるようになっていた。

入谷地区は「三陸道」の開通後に、国道398号を通過する車は、国道45号と共に減少している。道路沿いの商店も来客が激減し、経営に苦しんでいる。震災後に入谷地区に店を出していた飲食店も、町内の商店街前に店を新築した。それぐらいの死活問題となっている。
「命を守る道」と言い、震災後に急ピッチで高速が開通し、「復興道路」と位置づけ便利になったものの、山間地の生業は厳しい状況で、個々に努力し経営を続けている。商店街やメイン道路から、町のすそ野の商店経営は益々厳しくなる。町の人口減の影響が出てくるのはこれからです。

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気仙沼港で水揚げされた「戻りカツオ」
町内の入谷地区の魚屋さんで見つけた
脂のりのりで普通のカツオとは違う
5日前に食べたが
また買ってしまった
ビールがまた美味い

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天皇陛下、皇后様儀式も、昨夜の3時半まで続いた儀式で終わる。最初の世界発信への天皇即位の儀式の日は、日照時間「0」との天気予報の中で、儀式が始まると、7分間ながら皇居の上空は青空が見え、写真のような「虹」が見られた。私にとっては雲の上の天皇陛下であり、テレビで儀式を見ていた。
昭和天皇の「崩御」から、現在の上皇様の即位、そして今回の天皇陛下・まさこ皇后様の即位は、私たちの時代の天皇陛下として、感慨深い。

それに引き替え現政権の不祥事は、新内閣の大臣の2二人の辞任で、安倍政権で10人?が辞職し、大臣の発言の訂正・削除が続いている。総理の議会での不適切発言は20回を数えた。「任命責任」と言う言葉は、何の意味も持たず、単なる飾り言葉となってしまった。




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2019
11/14

南三陸町志津川の私の見知らぬ所


昨日は南三陸町の2カ所を探訪
夏の賑わいも終わった「静かな海」
荒島の堤防から向かいの山を望む
中央に三角屋根の閉店したアイランドの後の山に何か見える
(メニューも豊富で、出前の天ぷらそば)が美味しかった)
そこまで行って見た
3.11の大震災では手前の海が津波前に全て引いた
災害は予兆と共にやってくる
(写真を拡大して見ると、手を合わせたくなるものが見える)

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昨日は女川原発の防災訓練が、30K圏内(UPZ)の自治体で開催された。
午前8時ごろから「エリアメール」が鳴り始めた。
南三陸町は圏内に戸倉半島の一部地区が入る。30K圏内に限らず、町民の原発事故を真剣に考える機会となった。今後の原発稼働開始には、石巻地区民の反対もあり、その道は多難のようです。

【訓練】屋内退避指示 【訓練】こちらは南三陸町です。  女川原子力発電所2号機の事故により、女川原子力発電所から概ね半径30キロメートル圏内の地域に屋内退避指示が出されました。  戸倉地区全域と林行政区・大久保行政区の皆さんは、直ちに屋内に退避してください。 【これは、原子力防災訓練に伴う訓練用メールです。】 (宮城県 南三陸町総務課)

【訓練】屋内退避の準備 【訓練】こちらは南三陸町です。  本日発生した地震により、女川原子力発電所2号機で事故が発生し、残留熱除去機能の喪失により施設敷地緊急事態となりました。  このまま事故が進展すると屋内退避が必要となる場合がありますので、戸倉地区の全域と林行政区・大久保行政区の皆さんは、速やかに屋内退避の準備を始めてください。 【これは、原子力防災訓練に伴う訓練用メールです。】 (宮城県 南三陸町総務課)


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2019
11/13

新たな一つのスタート

一昨日、病院から血糖値検査キッドの新バージョンをいただいた。今朝午前6時の測定結果は「122」と上々だった。
健康管理と体調維持無くして、私の楽しい生活と活動は成り立たない。自己満足ではあってはならないが、何もしない事よりは「人の為」になる事をする。「ひとりの人でも助けられたらいいんじないか」と、今の生き方を振り替える。
今64歳6か月、今まで志津川で一つ生業の継続をしてきた。和手氏の千葉家もあと10年かな?


新たな活動はこの施設「志津川広報プラザ」から
志津川字本浜町200-2
震災からの復興写真や町の芸術家の作品など
「集いの場」となる事を願っています
「いっぷぐしていがい」開催日は後日

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今朝は父におかずを作り手渡す
サンマの塩焼きと大根おろし
大根のサバ水缶の煮もの
温かい物が嬉しいと言う
そこまで私が準備するのは月一回が
精一杯です





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2019
11/12

また南三陸町が変化した


この風景は南三陸町民なら判る
志津川地区の「大雄寺」の脇を流れる川で
今回の台風でもその被害の爪痕があった
大震災では寺の「参道」が流失し
再建を願う声も出ている
以前は参道から行列し山門を潜り本堂が
葬儀の習慣だった 寺が近くなった

いま町内に死亡の連鎖がまた始まった。歌津・入谷・志津川と毎日のように死亡の報告チラシが入る。知っている人ではないが、御冥福を祈ります。

昨日は火葬場から旭が丘までの道路を通過した。田尻畑地区を廻ったが、大震災で倒壊した菊のビニールハウスが再建され、一部の農地は「太陽光発電」が整備されていた。この地区はまだ40代の若い農家が頑張っている。しかし、こことて人口減の中で労働者不足は町内全域にある。
会社への道のりは、平地から西団地西工区から、高台の震災前の地区「旭が丘」があり、国道398号の御前下地区に下がり、中央団地の高台の新造成地を抜け、国道45号に下がり、東団地北工区の前を通り、アリーナの今の町のメイン道路に抜ける。3回も谷山を通らないと移動はできない。
高齢者の「生活の足」の交通確保は急務であるが、巡回バスも100円から300円と料金がかかる。登米市の一律100円のように、何とか改善しないと、高齢者にとっては不便な町づくりの形でしかない。

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上皇様から送られた
南三陸町本庁舎の「ハナミズキ」
昨夜の天皇陛下の「国民祭典」での
まさこ皇后様の涙に
感動を賜りました





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2019
11/11

テレビにくぎ付け

防災訓練が午前8時から南三陸町内と地域で開催された。
志津川の沼田地区は約120人の10の班でも、午前8時から班の家族確認で自宅を班長が回った。私の班は住宅再建の中で昨年1世帯と、今年1世帯が他の地区に移転し、8名の班となってしまった。
議会でも議員の安否確認と言う事で、午前8時30分過ぎに連絡を入れた。エアメールが防災訓練の開始と終わりを告げた。台風被害が国内各所で発生し、南三陸町でも山間部に被害が出ている。今は「災害査定」の終盤に来て、行政もその確認と被害額の算定に多忙を極めている。


日本は幸福な町
この国に生まれて幸せです
宮内庁警察隊の姿にあこがれる
高校生もいると思います
国民も含め見る物全てが最高でした

その他にも天皇陛下・皇后様の皇位継承のバレーで、国内は祝賀一色となった。警備の警察官が全国から招集され、陸上自衛隊など、式典が何事も無いようにと政府は計らった。以前の上皇様の時は、過激派がパレードの時に、車に爆竹を投げた。その時のバイクのサイドカーは、すぐさま陛下の安全確保に動いた。その機敏な防衛行動に、更に日本は平和で良い国と感じた。
国会を見ていると、その討論に現政権の不安定な政治の姿を観る。過去最高の総理就任期間にこだわり、政治が疎かになってはいないか。災害多発の中で、交付金の自治体への支給の中で、政府への反発は減額にならないかなど、多くの不安の中で被災自治体は政府への要望をしている。今月は我が町でも議会が政府要望に行く。




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2019
11/10

風邪は万病の元


父が風邪を引いた、私からうつったのかもいれない。3連休の初めの土曜に風邪の症状が出て、早期の対応をと連休明けの火曜日、私の主治医の病院に行った。車で1分の場所にあり、何でも言える先生だった。
この日も午後5時前ながら、患者はいつもより多かった。皆さんも風邪と予防の方みたいだった。父の風邪も6日目、一週間分の風邪薬で丁度治る、風邪薬の効果は絶大だった。ありがとうございました。


風邪を引き苦しい一週間から2週間が経った
敷布と掛布は寝汗で「ぐっしょり」
2枚を洗濯をした
その敷布に「トンボ」が止まっていた
さぞ気持ち良い事でしょう

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2019
11/09

被災された方々は心も体も疲労困憊


南三陸町の「入谷横断一号線」の台風被害は
秋目川地区に向かう道路が
大きな被害が発生していた
町の判断は半年ぐらい復旧にかかると
判断をしていた
早期の一次復旧をお願いしたいと住民は話す

昨日は「臨時議会」が開催された。
台風19号の洪水被害の時には、町長は大震災時に支援してくれた個人・団体に感謝状を渡す為に町にはいなかった。
千葉県知事の森田氏も台風の対策本部の立ち上げの後は、公用車を使い知事庁舎から30K離れた自宅に戻っていたという。自家用車に乗り換え被害の少なかった地元の町を、個人で視察して回ったと言う、「これが自分流」と、大震災時の行動もそうだったと声高に言う。森田知事はこれで終わったと感じる。台風15号の強風被害で房総半島の南部の自治体が大被害となり、県内50万世帯の停電でも、東電への対応が批判されていた。

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南三陸町の首長が留守の時には副町長がその任にあたる。現在佐藤仁町長は県内の21の町村会会長として、被災地の予算獲得の要望で、県庁で副知事との会談に一昨日は臨んでいた。

臨時議会では今後の台風対応を行政に聞いた。志津川小森熊田橋から秋目川・総内への道路が通行止めとなっている。町に今後の復旧はと聞くと、「半年・一年」がかかるかもしれないと建設課は言う。昨日は会議の後で「現場」へ一人行って見た。500m余りの道路で道路全体が流されたり、河川の法面の崩壊か所が3カ所大きい個所があり、確かに全面復旧は時間がかかるが、住民の生活道路一日も早い早期の復旧をお願いしたい。
フェイスブックへの現地の発信では、「早期の復旧をお願いします」と書き込みがあった。入谷地区の国道398号の道路半分の流失でも、仮復旧が3週間ぐらい終わり安全を確かめ、近々に通行可能となるだろう。町の災害復旧は「予算査定」など被害額の国への報告の後で、工事が始まる事は、地元住民にとっては悩ましい生活が続く。写真の個所も簡易な仮復旧で車の通行安全を確保し、住民の不便を解消できないものだろうか。12月の議会では質問をしたい。



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2019
11/08

南三陸町の復興と私生活


南三陸町の「復興の象徴」とメディアは、その工事の始まりを伝える。祈念公園のメインの一つの「築山」は赤土の肌を露わにしている。町民の復興は何処にと言うと、高台に追いやられ、観光客と交流人口の拡大と、商店者の交流は販路拡大の方向へと向かっている。
八幡川の「中橋」は人だけが渡る橋として再建される。誰の為と言うと町の経済の発展の為が色濃い。高齢者の置き去りとも感じる。真の町の再建復興とは私は思わない。

高齢となった父だけでなく、町で暮らす独居の高齢者は、寂しさと不安の中で日々暮している。頼る人もない生活は、何処に不安をぶつけていいか判らず、その解消の方法は行政や社協でしかない。町では地域で活動する「民生委員」「行政区長」が当たっているが、その活動にも限界を感じる。
我が家は私(息子)がいるだけで、その寂しさを癒す事が出来ているが、一人の時間も多く解消はされていない。今日は「デイサービス」で、一人ぼっちではない事は、毎日の生活から一時の癒しになっている事だろう。帰ってきて「疲れる」の言葉は生きている証拠である。

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昨夜の晩御飯は
蔵八の「野菜味噌ラーメン」にした
一昨日前に歯が欠けた
歯に優しい野菜と麺
美味しかったです

私は2週間に3回の父の食材(惣菜)を近隣のスーパーに買いに行く。昨日も父の冷蔵庫には何も無く、お菓子などの甘い物好きの父の為に、「4千円」の買い物をしてきた。食べる事の楽しさが今は感じているようだ。食べられる内は健康を維持している。

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2019
11/07

自然の流れに人間の英知で


台風で氾濫した伊里前川上流に
サケがボロボの身体で
子孫を残す為に頑張っていた
この川には捕獲の仕掛けも無く
自然での産卵となる

台風19号の被害は石巻で55億を越え、農業・水産は数億の被害で、床上・床下震災での被害が、その額を上げているのだろうか。

大震災から農地の圃場があり、最近の異常な雨量により、新しい農業の取り組みの「南三陸ヌキ」の生産は、根腐れなどで毎年の生産減となっている。写真は戸倉の水戸辺川上流の「こまつ菜」の大規模畑、今回の台風の洪水により、川水と泥をかぶり、酷い所は出荷できないとも聞く。せっかくの野菜生産が台風の異常な雨水の洪水で、これまでの苦労が一瞬にしてダメになった。

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災害の復旧は、田畑の来年の作付に間に合うように、復旧の順番を考慮し、国県に要望をと言う。
生活道の復旧整備は元より、浸水した住家の再度の浸水とならない対策も、宮城の吉田川の氾濫で、2度の浸水となった住民の「苦悩の顔」には、諦めの落胆が多くの県民に伝わってくる。

大震災を体験して、自然の生物と営みは、時間と共に戻って来る。その力強さを知った。人間も同じで、再建を諦めてしまえば、昔の生活には戻れないと思う。「親を送るまでは!」と、常にこの気持ちで自分を振るい立たせている。

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忘れかけていた「東日本大震災」の痕跡
津波到達地点を南三陸町の歌津中在地区に見つけた
伊里前川の下流から5㎞ぐらいだろうか
川の袂にひっそりと建立されていた
今回の山津波の床上浸水となった場所
自然災害との共生は難しいのか
(地域の記憶として末永く伝えられる)





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2019
11/06

大災害の復興途上の街が再度の自然災害に


南三陸町の山間地に調査に行く。小川が側溝が溢れ、低い土地の家屋を襲った。震災からの農地の圃場での、新たな農業生産の野菜も「山津波」に呑まれた。自然災害と言えない「巨大台風」の発生は、人災なのかも知れない。
小さな町の一人の人間が、「二酸化炭素の排出を減少させて!」と言っても、耳を貸して下さいる方は少ないが、これを一人でも多くの人達が発信しないと、地球は益々病んで行く。

米トランプ大統領は
温室効果ガス排出規制から脱退
海水温の上昇で世界の気象変動の災害より
経済の発展を選択した
世界の大国の未来志向の無い判断がある
(台風の水害はホタルの里を破壊した)

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今日は登米市津山町に用事で出掛けた。13日の台風19号は登米市では死者も出て、津山の至所で被害が発生した。横山までは15日に行って見たが、津山までは行く事が出来なかった。
道の駅「モクモクハウス」も2m前後の浸水により、施設が冠水し今日も営業再開となっていなかった。しかし、小さな仮設での店を出していた。今後はと言うと連設会社が委託され、被害の調査をしているようだった。横山からの柳津までの中学生の通学歩道も、所々でガードが田んぼへの倒壊している。津山中学校までの、横山地区からの自転車通学は大丈夫だろうか。
私の知人も通院する「大友病院」は、両隣の小川の氾濫で、2m以上の浸水となり、今日も復旧工事が行われていた。先生も「再建を目指す」とテレビで元気に話していたと言う。津山中学校の下の国道45号の間の窪地で、今後も浸水のリスクは大きいと思う。住民は「地区内の病院の廃業の施設での開業を」と願っていた。早期の再会をと話す。
県内の総ての地区で台風被害が発生し、石巻の浸水も1万戸に登り、現在まで土木・農水産・ライフラインなど1200億円の被害報告が発表された。まだまだ多くの時間がかかりそうだ、横山の「割烹くまがい」も店内の施設で被災し、見る限り再会はまだのようだった。大変だ。津山町内は被害は無かったと聞いた。




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2019
11/05

なんだり かんだり


11月3日文化の日
南三陸町文化功労章の授与式が開催され
長年町の福祉・医療・教育・調査などに
貢献・尽力していただいた
9個人・2団体が表彰された
お祝いの席には関係者が大勢集まり
その活動貢献に感謝した

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秋の始まり? 終わり?
今年の菜園の3回目の片付けをする
隣りの実を鳥がついばんでいた。
寒い時のホウレン草が芽を出し
パセリがまだ食べられる
もう私の畑の仕事は終わった

せっかくの振り替え祝日、パソコンに向ったり、工場の片付けでゴミの分別をした。自分でやるしかなく、ゴミの集積場への持ち込みも私の仕事となった。父は少し歩いては「足が痛くて、歩けない。」と言う。日中は自室のイスに座り、眠いとベットで眠る。寒くなりこんな生活が多くなった。しょうがないね。

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土曜日に仙台のイベントに行き、一番町を歩いていた時に、子供達が「仙台イルミ」の寄付金集めに、寒さの中で立っていた。ポケットの小銭を手で掴み、ジャラジャラと募金ビンに入れた。「ありがとうございます」と元気な声、忘れていた「一日一善」を思い出した。

今日は台風15・19号の町内の被害調査で、町内を視察する。大きな自然災害から三週間が経つ。傷跡は町内の小河川に集中している。町中は河川堤防の津浪対策により、河川堤防の整備されている場所は、被害が少ないようだ。




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2019
11/04

11月3日「文化の日」の南三陸町


南三陸町「産業フェア」には
全国からの支援隊が支えている
庄内町は地元の商工観光支援に来町する
南三陸町の山形の「姉妹都市」で
震災後にも数千万の義援金を送っている。
感謝です

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山形の庄内のブースには
毎回の行列が出来ていた
「庄内牛」の焼肉販売にはいつもの風景
晴天に恵まれた産業チェアは
出店者は「売り切れ御免」の嬉しい声を聴く
来場・出店・演技などに参加された方々に
大感謝です

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「関西京都今村組」は震災時
中学生に確か「よさこい」を指導した
子供達に元気と勇気を与えてくれた
こんな震災後の支援で南三陸町に来てくれた
そして今回色鮮やかなハッピに身を包む
子供達を「南三陸町産業フェア」で見つけた
被災地の子供達支援に感謝です






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2019
11/03

息抜きは仙台は探索


「おお晩です」で毎日宣伝していた、ミヤテレ「ラーメンライブ」を、土曜を利用し仙台に遊びに行って来た。
つつじが丘公園での開催で、一番町に車を止めタクシーで向かった。案の定、駐車場は大渋滞で駐車の時間待ち、いつも通過する所で公演がこんなにも大きいとは気付かなかつた。

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取りあえず11店の中から、「京都本店第一旭」の醤油ラーメン、あっさり系のストレート麺で美味しかった。友達の「晩です企画ラーメン」は少ししょっぱい感じだった。

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い感じだった。
二杯目は「北海道の麺や虎鉄」の味噌ラーメンは、一番美味しいく私の口にぴったりだった。友達は「エビ味ラーメン」で、エビのダシが私には強すぎた。一杯800円ながら納得の味だった。

普通の7割くらいの量で2杯くらいがちょうどイイ。周囲の声には「5杯食べた」など、凄い食欲の人もいたようだ。全国の有名ラーメンが一同に会すイベント、明日までの5日間で、天気も大丈夫で是非楽しんでもらいたい。



公園の隣りは「仙台市博物館」で、私も覗いた。戦後の徴兵の記録や、生活・農漁村の古い道具が見られた。私の時代にもあったものが博物館に展示されていた。故郷を知る良い機会となった。戦前の仙台駅前の風景には、こんな発展した時代からのタイムスリップの写真が並んでいた。
今日から? 市民広場で「市民まつり」が開催される。自分たちの街の賑わいは、自分達で創るのが理想と再確認した。交流人口での賑わいは、何時かは終わる


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2019
11/02

平穏な日本は何処へ


沖縄の「首里城」は県民の心に支えでもあったし、沖縄の象徴と県民は火事の姿に嘆きの声からも理解する。
玉木知事は再建を菅官房長官に要望した。建設に携わった高齢の女性は、50年は再建にかかると話し、色鮮やかな装飾の技術者(職人)がいないと言う。特殊な消化方法で正殿を守ってはいたが、その効果は何処にもなかつた。火元は正殿の天井の裏からで、4700㎡の7つの建物が焼失した。

年間で200万人が訪れる観光の名所、観光の財産が一つ無くなった。沖縄に綺麗な海がまだある。米軍の基地が今でも、国土の多くに点在している。基地移転の問題も継続中で、太平洋戦争の悲劇から今もこの台地には色濃い。

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昨日は歌津の床上浸水の地区に行って見た。田束山への方向から、入谷・志津川・馬籠地区への道路が整備されているが、現在は全ての道路が通行止めとなっていた。台風19号の爪痕は今も県道の崩落個所を見て来た。「払川ダム」があった御蔭で、川沿いの家屋への被害は少なかった。「利水・治水」を考慮したダム建設は、異常気象の影響の緩和には欠かせない。今回は上流への降雨は少なく、ダム放流は回避された。

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「老々介護」はすでに我が家では始まっていたが、父は元気だ。自分は厳しい人間で、年老いた96歳の父に無理も言う。しかし、これが認知症の予防となっているかもしれない。「ボケてられない」と言う父の自負を感じる。
今年の3か月分の米を仕入れた。「つや姫」「ひとめぼれ」の2種で、生産者お薦めの宮城の米だった。
我が家は「9060問題」の中で、父は米でないと駄目で、私は「小麦系」のパン・そば・うどん・パスタが、食事の半分を占める。だから米50Kもあれば年間はもつ。


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2019
11/01

私のk趣味


19日に小学校の学芸会で「寒気」を感じ、21日朝には「喉」の違和感を感じ、その日の夕方には「内科医院」に行き、診察と処方箋を頂き、この日から投薬の元で、風邪との戦いが始まった。発熱・咳・鼻水。倦怠感・動けない等、様々な症状の中で仕事を続けた。
一週間の飲み薬で、丁度6日目に回復に向かった。あれから10日の月末、多忙の中の10月を終える事ができた。年末に向けてマイペースでの仕事ながら、税金などの支払いに追われる日々、貯蓄などどこらもできない状況、頑張るしかない。


10日ぶりのビール
年のせいか風邪の全快に時間がかかった
肉と貝のコーン入り「お好み焼き」
美味しく 又 食べる事ができました

一昨日前の夜に休んでいた、飲む気のしなかった大好きなビールを飲んだ。おかずはお得意の「特製お好み」、地元の食材を入れる。この日はムラサキイガイで、魚屋さんで小ぶりの物を買い入れた。キヤベツは4分の1を入れ、以外と「ペロリ」と食べられる。

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翌日の朝は「ホタテ・カキのお吸い物」で、朝の10分で作った。新米の「だて正夢」と地元の海産品の汁物、美味しいに決まっている。シメジ・ネキ・とうふと、麺つゆで煮込むだけで、海の香りいっぱいの、宮城の美味さがぎっしり詰まった朝食である。

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昼は「ナボリタン」にした。ハム・タマネキと大好きなコーンを入れ、レトルトの素で絡めるだけ。スパゲティーは3分茹での半束を、鍋に半分に折り茹で上げ、綺麗な皿に盛るだけ。食べる前に「パルメザンチーズ」をふりかけ食べる。これが私の「イタリアン」です。

自分の食事は自分の好きな物を作って食べる。これが最高です。




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