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ARCHIVE - 2019年10月

2019
10/31

世界遺産の消失「沖縄首里城」


沖縄の「首里城」が大火となった
午前2時40分頃に出火し
正殿・南殿・北殿と延焼した
「シュレイの門」で15年前に仲間と記念写真
色鮮やかな沖縄の文化が息づいていた
世界遺産がこんな形で無くなる事は寂しい

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 平成22年3月には17815人あった人口も、令和元年9月には12732人で5000人を超える住民が減りました。
 三陸沿岸の気仙沼市でも約65000人の人口は30年後には半分になると想定しています。
今年の8月は2人、9月は7人の出生数で、死亡は2ヵ月続け13人が減少し、自然減の対策は町の移住・婚活事業や地域おこし隊への活動支援も、大きな人口拡大に結果が出ていないのが実状です。
 将来の南三陸町を考えた場合は、30~40才代の若い議員の参画で新しい町づくりで若い英知を活用していくのは当然のことながら、2年が経過してもその産声は聴こえてきません。今後の町づくりは若い世代にたくすべきと考えます。
 若い世代の参入には現在の議員報酬では生活が成り立たず、専業議員の誕生には、現在の手取り20万円から、市議会議員の報酬と近づけ25万円にすべきと思います。




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2019
10/30

「だて正夢」試食

突然の米農家の友人が今年も、自分の作った米を販売していた。できたての新米はこないだ「食べて」と、わざわざ持って来てくれた。
「つや姫」「ササニシキ」など4品種を生産している。しばらく前は親戚に、大震災見舞いのお返しに、仙台の兄・子供達などにも、志津川の米を送ってあげた。育ち盛りの兄の孫たちにも食べてもらった。意外と米を送ると喜ばれる。今年は神奈川の叔母と、富谷の叔母にも「つや姫」を送ってあげたい。


被災された多くの農家の皆さん
被災見舞い申し上げます
昨日友達が宮城の推奨新米「だて正夢」を持って来た
炊飯器もカラで早速試食した
汁物も「地元のきのこ汁」
この日の主役は「御米」です
話題の御米はやっぱり違っていた

「ツイッター」と「フェイスブック」・「ブログ」で南三陸町を発信しています。しかし、「フォロー」として下さった方を、「フォローのお返し」を心掛けてはいるものの、フォローする方の内容を確認せずに、フォローする事の危うさに気付いた。
フイッターのメールで「格安に融資します」「儲け話があります どうですか」など、金の引出しの誘いのようなメールが最近多い。
携帯メールでも「資金ぐりに困っていませんか」など、ショートメールで「甘い罠」のような通信もあります。震災後のファックス通信から、今度は「SNS」での送信へと変わった。
震災後の色々な人達のお金絡みりの来社もあり、人の好さと「欲」から、町民の支援や、支援の恩返しとの考えから二度もワルに引っかかった。「自分の持つ資金でられる事をする」と言う、こんな考えに定着し、悪徳に引っ掛かる事の回避を心に厳しく思っている。

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今は「だて正夢」の生産量や、生産者・販売店が決められているが、来年は市場に多く回るだろう。買い求めもっと試食をしたい。




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2019
10/29

災害からの教訓


ある被災いされた地区の再建にあたり、何度も発生する洪水に対し、集団移転を行政は提案している。今後は住民の意向を第一に考え、説明と支援など多岐にわたる生活環境の説明が必要だろう。

台風19号の大被害から、台風20・21号の再度の水害は、復旧が進んでいた中で、見るも無残な再びの姿に、被災住民の気持ちは路頭と疲労感に包まれていた。


志津川地区の袖浜の高台に咲いていた花
寒くなってきても元気に咲いていた
被災地の皆様 御身体ご自愛ください
2011.3.11の被災後も寒かった

南三陸町も高台への住居の移転により、台風などの水災害では、安心して眠られる状況が構築された。何も無くなった町の再建だからこそできたと思う。20m
以上の高台に住む事、千年の一度の発生の巨大津波への対応もできている。高齢化への高台生活の「足の確保」を図りながら、今後の日本を考えた場合、「コンパクトシティー」の構想が欠かせない。病院・スーパー・行政・福祉施設など、暮らしの環境を一か所に集める事の必要性を、我が町の新たな町づくりから感じ取る。
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現在集計で20.21号で550億の被害、19号を合わせると1700億円に上る。まだまだ被害はこれからです。


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2019
10/28

面白過ぎるラグビー

「日本シリーズ」での巨人の戦いでは、野球ファンが減少する。セ・パ共にCSの戦いが余りにも見応えがあったので、セリーグの力の減退を感じる。
巨人の丸選手がもう少し打ってくれたら、熱戦にはなった気がする。しかし、ソフトバンクフォークスには敗れたと思う。変わらないで応援するファンを大切にするためにも。シーズンオフのチーム作りを!!!!

それにしても「ラクビー」は凄い、得点差は何なのかと感じる。私は「にわかファン」ではなく。高校・社会人もこれまでも見てきている。日本の強さはチームワークと外国人帰化によるチームづくりにある。面白い、残り一戦となった。


南アフリカが昨夜接戦でウェールズに勝利した
「スクラム」のぶつかりは迫力があった
接戦を制し決勝へ 事実上の決勝と言われた
全て見逃さず見た これで日本の凄さも実証された
2m・120K級の選手が欠かせなく
「純日本人チーム」では今後は益々厳しいと感じる


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2019
10/27

勝負の月末4日


選挙に行くかは迷っていた。何故かと言うと南三陸町から立候補者は、震災の年から消えた。関心が減少した事にある。現在の4候補とはどこかで関係を持っていた。硬く手を握ってくれた議員、コツコツと有権者周りの議員、従弟の同級生の議員、ベテランの議員など、この四人から一票を選択する時に、本当に弱い地区民の力になり、地方から国政への発信力があるかが、私の選択の理由として上げたい。


我が気仙沼選挙区の県議会議員選挙
定員現職3に新人1人が立候補
昨日は期日前投票に行ってきました
私が裏書している間に6人が受付で行列
今日の投票日は選挙に行きましょう
無関心だといつまでも政治は変わりません

地元だけの議員ではなく、県政に、国政に発信できる行動力と、地元へのソンタクでの票集めに終始する議員では、政治家とは言えないと考える。今の政治家は、国政党首もその場の人気取りに、多くの権力の元に政治を貫いているように見える。官房長官も今回の被災地を訪れた、さっそく7千万? の支援をする。と話す。こんか二次災害発生時に「70億」なら納得もするが、官房長が約束できる最大の額なのだろう。災害の復旧費はまた別で、農業被害の全容はこれからですが、700億を超えるとも言われている。

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今日の南三陸町の
防災庁舎跡地と人道橋建設
観光立町と交流人口拡大を目論む
町づくりへ

生活弱者の救済には、町は財政支援も見守りと足りないと感じるのは私だけでしょうか。そう声高に言える人は少ないと感じます。大きな権力を持つと、人間の気持ちはねじ曲がってしまう。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 05:45 】

2019
10/26

なんでこんなにも台風被害


昨日の夜も雨と風が私の出窓を叩く。千葉県の被災地は2度3度と台風の被災が続いている。片付けても直続く雨と水害に、心も体も限界に来ている事を、遠くの地からお見舞い申し上げます。

南三陸町でもがけ崩れ・道路の破損、商店・家屋への雨水の流入から、再会を果たしているが、海水温の高い状況は続き、台風の発生は余談を許さない。
三陸道の通行止めは、被害の大きかった所での復旧は時間掛っていた。南三陸町の議員が、町民からの「早期の復旧を」の声を国道事務所に伝え、一日も早い開通と今後を問い合わせた。27日との開通予定が前倒しし、25日の午前8時40分に開通し、通行が可能となった。
戸倉地区の峠道路も、15日に住民が国道事務所の現地調査員に、今回の雨水の大津波の現状を伝えていた。昨日は大雨の予想が出され、昨日早速現場に土のうを積んでいたと言う。担当の国県事務所に直接現状を伝える事で、担当部署の復旧・予防対策は迅速だった。南三陸町はどうなのだろうか。がけ崩れで家に1mも土が罹った住民への対策はしたか、また河川の浸食で影響がある建物の現状対はどうなのか、を今日にも聴きたい。

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三陸産の「キチジ焼き」をどうぞ
全ての身を食べてから
厨房に返し「キチジの吸い物」に
気仙沼の料理屋さんは違う
(ここ一週間は食欲が無い 昔話です)

22日から風邪で調子が悪く、食欲が無く咳や鼻水が続く、熱は2日ぐらいでおさまったが、とにかく食べれない。昨日は昼は果物、晩も果物で、朝体重を測ると激減していた。ビールで食事が美味しく食べられる時が懐かしい。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:38 】

2019
10/25

選挙活動は金で


経産大臣の菅原議員の秘書が焼香に「香典」を持って行くだけで、公職選挙法違反となり、議員を解職される。気仙沼地区の小野寺氏も以前に線香を配り、辞職し今は押しも押されぬ国会議員として活躍している。潔さも議員の資質として必要な部分としてあると思う。
今度の日曜は気仙沼選挙区の県会議員の投票日ながら、「期日前投票」を考えていたが行く気が起こらない。今回は定数が3人で、気仙沼市から新人が出て、選挙戦となった。4年後は人口の減少から2人と減員になる。新人の齋藤氏は市長選挙にも出馬した経緯を持つ。
ベテランの畠山氏(74歳)に、堺氏は40歳で3期目を目指す。守屋氏は2期目で今は勢いがあると言う。そして齋藤氏(54歳)が、3つの議席を争う構図となっている。
三者三様の長短所の中で、有権者の獲得に選挙カーは三陸沿岸を奔走する。昔は南三陸町からも、阿部代議士・後藤氏・高橋氏と、県政を担ってきた人材を排出しているが、今はそんな人材はいないようだ。この姿が町の議員選挙でも同じで、若い人材の出場の声は聞こえてこない。

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台風19号の志津川地区の「磯の沢」の現状は、山間部の雨水が写真の道路を川に変え、一揆に小川に流れ込んだ。その道路の雨量は半端ではなかったと住民は言う。山からの雨水と、防潮堤の土取り場の雨水が、水嵩を増やしたかも知れない。
日本の国土の川は傾斜があり、洪水が起こりやすいと専門家は言う。ヨーロッパのドイツのライン川などは、なだらかな川で大雨でも洪水となるリスクは低いと言う。

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道路を下った雨水は国道45号を横断し、ガードレールの支柱を浸食し、その威力は正に堤防の決壊の力だと思われる。浸食力は水の量に比例し巨大な威力となる。

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国道の下の小川は普段は1mも無いせせらぎながら、それが何10倍となり隣接する住宅や工場を浸食していった。普段は洪水など微塵も頭にない現状で、一年間の雨の4割が2日間で降った。想像を絶するスピードと水量で、住民の生活環境を変えて行った。

今回の全国の住宅被害は「り災証明」により、色々な支援は受けられるが、災害に対する補助金は無いと言う。千葉県の建物の屋根が台風で飛ばされても、「30万円の補助」でしかないとも言う。自然災害での政府の補助は出ないと、諦めざるおえないのかと、国民の身になってもっと考えて欲しい。


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2019
10/24

雨水の力


台風災害から10日が経過したが、三陸道の歌津ICから本吉海岸ICまでの下りが、今も直、通行止めとなっている。昨日までには他の全ての区間が復旧している。国土河川事務所の20日の記者会見では、あと1週間が必要と言う。復旧工事の「現地確認」「設計」と「業者発注」など、多くの段階が必要だと言う。昨日は仕事で気仙沼市まで二往復した。行きは小泉のグリーンロード(農道)を利用し、45分間が掛った。帰りは小泉海岸ICから志津川海岸ICが通行可能となり、35分余りと高速道の御蔭でこんなにも時間が短縮した。
南三陸町も通過点とならないように、町は多くのイベントを商店街への開催を支援している。気仙沼は「大島架橋完成」で、島までが容易に行けるようになった。大島には「ウエルカムターミナル」が建設され、船舶での往来から車での行き来が可能となった。
今後は気仙沼市に三陸道の大きな橋も整備され、陸前高田には「国立祈念公園」が仮オープンし、スクロー現象を私は懸念している。人口が30年後は気仙沼市で、現在の65000人から半分になると言う、ショッキングな推計がなされている。我が町も同じ道を辿る。

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南三陸町の「災害ゴミ収集置き場」の一つです
大震災での「災害ゴミ」は松原グランドに
5m位に積まれ 緊急対策として
この一部のゴミを同じ場所で焼却処分とした
こんな事が8年7か月前にあった
(写真は伊里前川の田束山の途中に設置されていた)


海水温の上昇は気仙沼魚市場の「タチウオ水揚げ」が、昨年の77倍と驚異の数字となっている。生カツオの水揚げは、今年も千葉の銚子を抜き、気仙沼漁港が一番と言う。南三陸町はマダコの養殖へと、新たな一歩を進もうとしている。

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2019
10/23

町民の復興とは何なんだろう

震災から9年半が経過し、移住した街で再度の災害にあった。「何で私達だけが?」ときっと思っただろう。台風19号で事業の再建を果たした会社が、南三陸町で工場の全壊となった。繰り返される災害にどこまで人間は、立ちあがる力を持っているだろうか。私は初めての大きな災害から、生活と会社の再建を果たした。同等の災害が発生したら、再度立ち上がる自信はない。
この台風で我が町でも、床上浸水が8件あった。災害廃棄物が歌津地区の道端に積まれていた。畳や生活用品だった。長野・栃木・福島・丸森・大崎等の現状からは、微々たるものながら、一軒の生活の再建は同じだ。何処まで再建の支援があるかと言うと、再建の為の経費と言うと、これもまた微々ためものと感じる。しかし、義援金の支給は金額以上に温かいと感じた事を思い出す。


石巻日赤の緊急病棟で
「東北ふれあい語り部コンサート」をしていますと
病院の放送で来場くださいと伝えていた
「阪神淡路大震災を経験した私達……」と
語り部や演奏など来院者に元気を下さった
音楽ホールが整備され 震災時には避難所となる

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8年半前の大震災での「仮設住宅」と、再建された県内の「災害公営住宅の空き室」の活用を、今回の台風水害の、みなさんの移住地に手を上げられないものか、できないものかと考える。
関東一極集中の今があり、働く環境や給料も高いのは判るが、異常気象の中で環境は大丈夫かと言うと、スーパー台風の今後の発生を考える。玉川の氾濫は「スーパー堤防整備」の計画は、仕分けの議論の中で、現在の3倍の防潮堤整備は3000億ぬ円から、縮小され300億での整備に変更されたと言う。
「2番じゃ駄目なんですか!」のフレーズがあった。

被災者の皆さん、給料は安いかもしれないが、家族が幸せに暮らせる環境は、我が町にはある。是非、移住者受入れの体制を充実させている「南三陸町」での生活も、選択肢の一つに加えて下さい。





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2019
10/22

宮城には台風の爪痕ずあります


12日~13日の台風19号の襲来により
三陸道が三滝から本吉区間が通行止めとなった
今日の22日には通行止めが
歌津IC~本吉IC間が下りが未だに通行止め
今も国道45号も通行止め区間がある
災害からの復旧は内陸の川の氾濫は進んでいない
台風20・21号が接近し寒冷前線が発達中
気をつけましょう

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土曜日の小学校の学芸会で、座っていると「寒気!」に襲われた。薄着のせいかと思ったが、体調の異変は無かった。帰って主治医の病院へ薬を貰いに行く。風邪・インフル・予防接種の患者で、院内はいっぱいで1時間を越え、午後一時過ぎまでかかった。
日曜日には野球・ラグビーをベツトの上で観戦した。朝起きると「喉」がおかしい。昼ごろには節々が痛くなり、身体がだるく、お昼も食欲が無く、晩御飯も食べないで薬を飲んで眠った。
少しは体調の落ち着きがあるものの、仕事に手が付かない。朝はさすがに空腹から「うどん」を食べた。半玉・玉ねぎ・マイタケ・卵を入れたが、半分も食べずに箸が進まなくなった。

今日も主治医の病院は祝日なのに車がいっぱいいた。みなさん風邪を甘く見ないで、直ぐに対策を! 




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2019
10/21

大震災復旧期に再度の自然災害

昨日は志津川中学校の学習発表会があり、午後から気仙沼市本吉町の葬祭場に、歌津伊里前の商店街にあった「内海百貨店」さんのご主人の逝去にあたり焼香に出向いた。元歌津議会議員であり、行政には強い口調で政策を議論した。私は仕事もあったが、震災後に仮設での生活時には、「頑張れよ!」と声を掛けてくれた。隣町の葬祭場ながら多くの弔問客が来ていた。故人の人望によるものと感じた。


南三陸町の歌津地区の被災現場です
大震災のグループ事業で再建した工場
伊里前川の洪水により基礎が流失
工場は傾き全壊に近い状態だった
再建され8年前後
新たな地での事業の再建だったのに
3.11の被災地にはまだまだ問題が山積しています

三陸道の下りの通行止めで、皿貝から田束方面へ、小泉までの「グリーン道路」を通り、本吉に向かった。焼香をしてから、友人を本吉の斎場から向かいの地区を訪ね、一回行ったきりの移転した自宅を探す。一周二周と地区を廻ったが見つけられず、迷路のような山間地を歩き、見つからずに帰った。
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小泉大橋が国道45号との接続工事現場を見に行く。その下をBRTの高架橋も完成していた。震災後に高架橋は所どころが倒壊していたが再建され、開通まじかの「JR気仙沼線」だったが、台風19号の被害で、前線開通はまだ時間が係りそうだ。
帰りは本吉海岸ICから登りで歌津皿貝ICまで区間が通行でき、通過の際に法面と下部のコンクリートの境から、水がしみ出していた。これって崖崩れの予兆と感じた。対抗車線は数カ所のがけ崩れで、未だに通行止めとなり、報道の10日間ぐらいでの開通は難しそうだ。

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昨日は午後4時からスポーツ三昧のテレビ観戦の時間だった。女子駅伝がありゴルフ、ラグビーの決勝トウナメントの「フランス対イングランド」は接戦で最後にフランスがトライで勝利した。凄い試合だった。6時からは野球の日本シリーズで巨人は2連敗で、明日、東京ドームで3回戦となる。7時から「日本対南アフリカ」は前半は5対3で、最後は「26対3」で日本が力尽きた。これまでの試合とは大分違がっていた。日本の大健闘に大喝采で満足の、日本での「世界ラグビー」だった。釜石での試合と、台風での中止はカナダチームの被災地支援の、温かい話題もあった。

今日は父を石巻日赤に、9時30分の予約で1時間前に家を出る。日々時間に追われる暮らしを続けている。「老後どうしようか?」。






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2019
10/20

二次災害の対策は十分か

町からの台風19号の被害の報告があった。全町に及び大なり小なりの被害はあるようだ。町の話に「職員を危険な状況へは出せない」、これは3.11からの教訓なのだろう。43名の職員が殉職した事への反省からだろう。しかし、行政職員の活動無くして町の状況は把握できない。「住民からの被害報告を」と言い、台風被害を受けた住民の厳しさを解っていない、行政の意識の乖離があるようだ。高齢者は物言わぬ住民の事は、行政が守るのが当然で、危険の察知は職員の意識と資質による物と私は感じる。命を守るのに「自助」でと言う今の風潮の中で、住民も公務員も同じである。給料を頂き町の職員として働く、自分が選んだ道を全うして頂きたい。誰も命に係わる危険な所へ行けとは言わない。こんな理解も出来ない職員は必要がない。
現地に赴き被害を建設課に報告した。建設課は理解していないようだ。現地へは行ったが、その現状の把握は、場所を見て、緊急を要する所の応急処置で、ライフラインの確保が第一ながら、生活道の安全と、被災地の復旧・生活の救済は、二次災害を発生させないが第一歩でもある。


台風19号による「山津波」で
山肌は削られ町民は路頭に迷う
国・県・町は何処まで守ってくれるのか
政府の原発や企業への投資に
無駄は無いのだろうか
1万円買うと「1千円の消費税」
これを目の当たりにすると 現実に「えっ

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南三陸町立志津川中学校の
文化・学習発表会
後輩達のクラス対抗合唱コンクール
学年が進むごとにレベルが上がった気がする
PTA以外の皆さんにも聴いてもらいたい




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2019
10/19

まるで「山津波」のよう


南三陸町の戸倉地区の小川が洪水となり
2mも畑が浸食され川幅が以前の倍に
イモの小の畑が収穫まじかでダメになりました
せっかくここまで育てたのに
(戸倉字町(荒町)の街道方の45号線脇の沢です)

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石巻「避難勧告レベル4」発令
大雨警報で河川の氾濫の警戒です
南三陸町は河川の増水は無いとの判断で
エリアメールはありません
本当に大丈夫なのかなー?

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避難勧告 警戒レベル4 避難勧告 こちらは、石巻市です 発令内容:10月18日16時00分、 以下の地域に避難勧告を発令 対象地域:門脇町一丁目・二丁目、稲井地区、河北地区、北上地区 理由:本日夜から明日にかけての大雨により、土砂災害等の恐れが高いため 行動要請:速やかに安全な場所へ避難してください。 開設された避難所: 石巻中央公民館、稲井公民館、河北総合センタービッグバン、北上保健医療センター (石巻市 危機対策課)
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母校の南三陸町立志津川小学校学芸会
元気な後輩達の頑張りに感激
この子供達を大人が守らないと
もう少し私も頑張ります
(全校児童合唱)




【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:39 】

2019
10/18

地球温暖化対策


地球の温暖化による海水温の上昇があり
ブラジルの熱帯雨林が地球の肺として
森林が地球の20%の呼吸をしている
南三陸町志津川の助作地区の10mの嵩上げ地に
松の苗の育成現場を見つけた
被災した大地に青々とした「小さな松苗」
地球の温暖化を防ぐ第一歩となります

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昨日は6日ぶりに志津川海岸インターから登米インターまでを走行した。15分とやはり早い。高速の通行止めの時に一度、旧道の「水堺トンネル」を3年ぶり? に通過した。時間は10分以上も余計に係った。高速の恩恵に感謝しかないが、恩恵の及ばない地区もあり、不公平さも町には少しある。
通行止めの現場は、志津川インターの上りの追い越し車線部の、左の法面が3カ所にがけ崩れとなっていた。開通直後も何度かがけ崩れがあり、一車線が閉鎖された。今も本吉から志津川海岸インターが通行止めで、発災から10日ぐらいが復旧工事に必要と地元紙は掲載していた。場所は志津川海岸インターの下りの直ぐのトンネル付近のがけ崩れだと言う。予定の工期より期間が必要と思っている。

15日に石巻日赤から電話が来た。「賢二郎さん何かありましたか」との連絡で、この日がペースメーカーの半年ごとの検査日だったと言う。来週の月曜日21日に予約を変更した。

日々色んな事がある。今回の台風19号の冠水被害での、被災地の住民の生活が大きく変わり、これからの生活に多くの不安を抱えた姿に、3.11の何もなくなり、ライフラインの全てが失われ、日々生きる事に精一杯だった頃が思い起こされた。8年半を経過したが、住宅ローンと年金生活への不安を感じるようになった。今回被災された皆さんも同様の今後に、その不安の姿に何もできない自分がいる。まずは少しの義援金から始めたい。




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2019
10/17

第二の心臓の為に

今日はしばらくぶりでウォーキング、1.5K区間で4人の町民の方と出逢った。「おはようございます」にはちゃんと答えてくれ、朝からの一言の会話は嬉しい。
「脹脛」は第二の心臓と言い、最近違和感があった。生活習慣病は身体の臓器と肉体に大小の影響を及ぼす。そんな病気から「歩く」事を常々気を使っている。ゴミを集積所に運び、パソコンに向かっている。こんな気持ちの良い朝を今日は迎えた。


被害報告は見えない場所で多数発生していた
志津川湾でも流木や雑草が
養殖施設に引っ掛かっていた
海岸線は多くの漂着物で
漁港に新たな仕事が発生していた
これからが「三陸カキ」の出荷が始まります


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:03 】

2019
10/16

自然の力には人間は無力


千曲川の氾濫は想像を絶する。今日までで74人の死亡と12人が今も不明となっている。災害の当初は15人の死亡だったのに、災害が明らかとなり、福島では18人から今日には「27人」と増加し、宮城でも10人が「14人」となり、広範囲な台風災害では、警察・自衛隊・消防団も、台風洪水で浸水した被災地の捜索・調査は、厳しい現状で混乱しているのだろう。
台風による河川の氾濫は、7県37河川で「52カ所」の氾濫となり、その災害への復旧費にどれだけの経費がかかるのか、政府の甘い税金の活用がある。「無駄を無くす」「税金の適切な運用」など、参院の国会のやり取りからも、政府の税金の使い方に、テレビの視聴で強い怒りを受けた。国会議員は何様、私と同じ日本人なのに、次元の違う考えに弱者の事など、どこ吹く風のようだ。口先ばかりの議論が繰り広げられていた。

今も電気もなく、水も無く、明日の暮らしに途方に暮れる国民の姿が、本当に見えるのだろうか。私たちの「あの3.11」の生活が想い起こされる。必ず! 陽は登ります。

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入谷大橋が45年も経過しての耐久に対して、町と企業・大学の調査は町の財源が不足している中で、少しでも長く活用する為の対策です。
「小森熊田橋」の地域にとって貴重な橋なのに、「架け替えまでにはなっていない」と言う。大震災の津波の時も、う回路としてベイサイドアリーナの避難場所や、志津川小中学校への迂回道路として貴重は橋だった。しかし、半分の橋幅が二つと複雑で、10m余りの短い橋なのに新設の対策とる事をしなし、町の政策に疑問を入谷地区民ならず、小森地区の人達も思っている。私も震災地を直後から訴え続けている。

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小森地区は向かいの高台に移築した人たちも多く、今回は仮設のローソン前の橋は、流木の為に撤去の建設会社が出動していた。熊田橋の必要性を軽んじる町の考えは、財政が苦しい、利用する人が少ないなど、町の勝手な、町長の入谷地区を軽んじる考えが根底にある。



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:26 】

2019
10/15

激甚災害へ


15日の午前6時前に入谷地区の被害調査
三陸道は今日も12日から通行止めが続き
旧水堺トンネルを通る398号は
迂回道として車の通勤・物輸送で混雑していた
写真の仮橋が大水害の要因にありそうだ
三陸道の志津川ICの下を流れる八幡川
氾濫で道路の泥に車タイヤを取られない様に注意

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南三陸町「入谷横断1号線」が通行止めとなっていた
川を渡る橋が2本も破壊され
電柱が雨水の浸食で倒壊している
24時間の降水量は240ミリで
三陸道も法面の崩落で復旧まで10日以上と言う
熊田橋からの高橋自動車から秋目川が(写真)
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戸倉地区の国道45号も横山峠は
倒木や落石で峠も通行止めに13日のなったと聞く
24時間の降水量は240ミリで
三陸道も法面の崩落で復旧まで10日以上と言う

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登米市横山は南三陸町戸倉の隣りで石巻からの入り口が
二つの川が合流し「1.5m」の冠水となった
横山峠は建設業者による交互交通で
道路の倒木や砂利は撤去され
国道沿いの家々が清掃をしていた
小さな水路の増水が町を冠水させた
行き場を失った雨水は大きな力となり町を襲った


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:13 】

2019
10/14

志津川御前下の災害の現場


南三陸町の志津川地区の御前下の一角は
八幡川の氾濫で低地部にあたる商店の
浸水被害は全ての商店に及んだ
写真の八幡川の蛇行により
国道398号に増水した雨水の氾濫だった

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この小高い山には「小森神社」がある
何度も発生する川の氾濫を考慮した河川防災は急務です
異常気象の水害対策に取り組む
治水環境整備は町にとって近々の課題だ

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:03 】

2019
10/13

低地部の商店は河川反乱で大被害


南三陸町志津川地区の台風19号の被害は
地区内を流れる「八幡川」の上流にあった

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河川堤防が切れる(御前下)からの
コンビニ・量販店・スタンドは浸水し
流木や泥水・商品の片付けに追われてい

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高速も志津川ICからの上り下りが通行止めとなっていた
午前10時現在(続報は後で)


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 12:03 】

2019
10/12

命を守る行動を


台風19号の入谷地区の河川の
氾濫が心配です
800ミリの豪雨・風速50mでの
南三陸町全域は高潮のための水産物の被害
養殖施設や船舶の被害も予想します
「命を守る行動を!」
これが「3.11災害」の教訓としてあります

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移転した高台の我が家から志津川湾方向をを望む
震災前は台風の高潮で
海岸から50mにある我が家は
玄関ギリギリまで進水した
潮位は大潮と重なり2.5mも増えた
今回の台風19号はこれまでにない台風
東海・関東の皆さん災害は発生します
早めの過剰なまでの適格な避難行動を!




【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:39 】

2019
10/11

美味しい食材に包まれた町「南三陸町」


御帰りなさいサケの子供達
4年掛けて志津川湾に回帰してくれた
昨夜は今年初のサケを食べました
酒と塩・醤油を身を掛けて
冷蔵庫に入れてから焼きました
料理番組で学びました

昨日は今年初のサケの半身(オス)をいただき、焼いて食べた。
今年の初水揚げは昨年より少ないと言う。町の予想を裏切り、放流4年目に大きな期待をしていた。しかし、まだこれからが本番で期待をしたい。だが千トンも獲れたと新聞は伝えていた。

気仙沼市の子供の9月出生数は、6万5千人の人口で「27人」だと言う。南三陸町は1万2800人の人口で、8月は「2人」で9月は「7人」だった。市は大きな危機感を持っていた。震災後に最少の「年250人ペース」の出生だからだ。

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入谷地区の「ひころの里秋祭り」が、13日から14日の台風通過により、13日の10時開催のイベントが、昨日の内に、防災無線で「中止」の放送が成された。多くの町民が楽しみにしていて、私もこの日は予定に秋祭りを入れていた。こんな直撃の巨大台風と開催がぶつかるなんて、毎年気候が異変し、イベント開催の日程の選択、開催に苦慮する南三陸町の企画がある。

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こないだ「タコの刺身」で一杯をした。志津川の「真ダコ」はやはり美味しい。新聞報道に「真ダコ養殖」との記事があった。これが可能だと言う。こうなると今後は「タコの放流」が実現し、安定した水揚げと、志津川のマダコが格安に多くの人達に食べてもらえそうだ。何時になるかはまだわからないが、近い将来は養殖となるかもしれない。それまで海の保全と環境の維持が必要となる。
志津川湾のタコの餌は大丈夫かと懸念する。餌となるカニ・アワビ・貝など、資源が枯渇しないかとも思う。適度に獲れる事で自然界の安定が保てる気がするが、複雑な気持ちになる。

午前中に父を病院へ、私も登米市への用事と、父の冷蔵庫の惣菜補充で、ついでにスーパーによって来たい。



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:12 】

2019
10/10

柔軟性と執着心


民間企業(旭化成)の吉野彰氏(71歳)が、「ノーベル化学賞」を受賞。日本人のこの表彰は8人目となると言う。現役の研究者ながら受賞は日本人は若く、世界では95歳までの30年間の研究の末の受賞者もいる。
小型のパソコンや携帯電話は発明した「リチュームイオン電池」によるもので、自動車など色々な器機に活用がされている。
京都大学大学院を卒業している。奥さんは「家にいるとゴロゴロしている、お酒(ビール)ばかり飲んでいる」と話し、娘は「おちゃめで、やんちゃな父と。」言う。ここからも明るくいごこちがイイ家庭が伺える。
私と6歳違いながら、日本にはこんなに凄い方がたくさんいるようだ。おめでとうございます。

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暗がりの向こうは登米市の商店街がある。高速の米谷の大橋から前方を撮影した。綺麗な海は無いけど、暮らしやすい環境が整っている町(登米市迫町佐沼)。だから私の仲間の多くが移住し、子供達は普通に結婚し、仲間は孫に恵まれ、幸せな日々を送っている。
家業を持ち、この場所(志津川)でしか生きられない私とは大きく違う。家を建てるのもローンを払って行くのも、両親の生活を確保するのも、志津川でしか生きられない現実がある。町から出たことのない私は、やっぱり「井の中の蛙」なのかもしれない。

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昨夜は一つの節目の食事会。「トマトチーズハンバーグ」は、ヨーロッパのスペインの風を感じる。また、今日から頑張れます。今は色んな支払いは「キャッシュレス」としている。コンビニでの5%還元は、本当にありがたい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:11 】

2019
10/09

巨大台風襲来には最大限の対策を


台風の発生が連続している
海水温の2度の上昇は台風の巨大化へと繋がる
台風15号と同じような針路で北上している
まだ房総半島南部はブルーシートが広がる
最大限の注意と早期の避難で命が守られます
世界の国々の発展と共に温暖化は止まらない

台風19号はこれまでにない勢力だと言う。強風は70mとも言われ、屋根の破壊は15号を越える予想が出ている。
海水温が上昇しこのエネルギーが、910ヘクトパスカルまでに勢力を巨大化している。海水温の上昇は太平洋を回遊する魚にも影響している。カツオが何時もの時期に獲れない状況は、季節と共に水揚げが気仙沼でもやっと始まった。鮭はと言うと初水揚げでも昨年より減少している。
南三陸町においては、震災から孵化場が再建され、4年目となり初放流の稚魚に、大きな期待を関係者は持っていたが、今の所その成果は見られないようだ。海水温・海流の蛇行・台風など、海の環境は昔のようにとはいかにいようだ。

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昨日は「サンマのすり身汁」を作った。家の冷蔵庫にある野菜を鍋に入れ、サンマのダシで汁が美味い。遅い・少ないと言ってもサンマを食べられる環境に満足している。残っていたサンマを一匹焼き、すり身汁で「オレンジ酎ハイ」を4杯も飲んでしまった。

今週末の連休を直撃しそう「台風19号」です。関東の方でのキャンブ場では早々、営業を中止し予約を断っていた。英断だと思う。災害が発生し人命の事を考えた判断は正しいと思う。南三陸町でも13日に「ひころの里め秋まつり」が計画されている。私も行く予定には入れているが心配だ。

宮城の罐牡蠣の出荷が始まった。もう少し値段が落ち着いたら、買って食べたい。「牡蠣酢」「牡蠣のフライ」、本当に待ちどおしい。今日は良い天気で雲一つない。今から洗濯物を干す。天気を有効に使いたい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:14 】

2019
10/08

旧志津川町の面影は消えました


志津川の皆さん
お忘れではないでしょうね
60年前はここが潮干狩りの場所でした
その名は「小松原」です
その面影は何処にもありません

先々週の土曜日に水尻川の橋の上から、写真の場所を撮影した。
震災後の1か月目頃には自衛隊の仮設の橋が設置され、国道45号が通行可能になった。これにより戸倉地区の被害状況を知る事が出来、戸倉剣道の12名の消息の無事を確認できた。子供達は登米市登米町に避難していた。しかし、多くの家族が亡くなっていた。小中学生はまだ学校にいたので助かった。
こうした地震の発生から、30分後の津波の襲来でも、適格・迅速な学校の対応が命を守った。30分は長いようで、混乱の中では短い。命が繋がった事には、様々な幸運と直面する避難行動の偶然が、命を繋ぐ事に繋がった。

震災の風化があるが、住民の中には「もう忘れたい」「思い出したくない」など、今回の大災害の悲惨さが伺える。震災から8年半を経て、津波の脅威を知らない子供達がいる。伝える事は災害だけでなく、命に係わる事が起こった時の「自己対応」を学ぶ事が大切です。子供達に3.11大災害を伝える事の意味を、両親からも伝える事の大切さがあると私は思う。
昭和35年の「チリ地震津波」はまだ5歳の私でも、町が防潮堤などの津波対策での町の映り変わりを、おぼろげに見て感じている。私は家を流され新井田の町営住宅に住んでいた「三輪先生」の所に、しばらくお世話になったと言い聞かされてきた。互いに助け合う事の大切さがそこにはあった。

震災からの自分の行動に恥ずる事は無いが、多くの人が全国からは入り、人を疑う事のない純朴な住民が、私を含め志津川地区には多い。大災害の心の隙に入り込む犯罪者は、この大災害でも各地で横行していた。現在もである。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:10 】

2019
10/07

町の賑わいなのに


昨日はスポーツ三昧の引きこもり生活でした。
南三陸町では志津川商店街は「早食い大会?」があり、入谷地区では「ひころマルシェ」、歌津地区では「みなさん館6周年」などの、秋の収穫祭やがイベントが開催されていたようだ。
先輩が「おらいの米だから食べて」とわざわざ来てくれた。町民の皆さんが頑張っているのに、自分の活動の無い事に「自己嫌悪」です。

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土曜日に菜園の草取りと収穫
最後の種まきは「ほうれん草」でした
友人から貰った野菜の苗も植えた
我が家の野菜たちはみな頑張っている
最後までの面倒と食してあげたい
あと一か月の野菜生活

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廃業し更地になった土地に
コスモスの群生が広がっていた
こうして時代は変わって行く
被災地の現状はまた別です


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:14 】

2019
10/06

初体験


キャッシュレス還元初体験
「5%還元」「8%の消費税」
なんか儲かったみたい
「チリも積もれば山となる」です
節約生活いまから準備

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昨日は気仙沼市場に揚った
初物サンマを地元で「1匹285円」で4本買った
父と友達に一本ずつで私は2本食べた
以外と脂がのっていた
頭と尻尾を取り半分に
我が家の焼き方で大根の千切りを添えた
めちゃくちゃ美味かった
やっぱりビールが美味い




【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:21 】

2019
10/05

交流会で情報収集


気仙沼市と本吉地区は
以外と火災が多い
中新田の「虎舞い」は火災を防ぐ行事として
消防団の人達が長く続けている
伝統芸能です
中新田は良い所で見どころもいっぱい!

加美町中新田と言えば「バッハホール」そして「やくらいガーデン」がある。やくらい山の麓にお花畑が広がり、昨年は素晴らしい景色に酔った。
昨日は「仙北町村会議会研修交流会」が加美町の主催で開催され、里山の研究をしている甲斐先生の話は、若者たちの活動と、地域で活動している高齢の農業家の交流の話を聞いた。

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涌谷町と美里町の議員が両となりで話しに華が咲き、あきる事無く1時間半の交流会だった。小松先生や南三陸町とゆかりのある方々の話は、大変貴重なものだった。なかなか情報が無いままに、再度会い、また話を聴きたいと思っている。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:55 】

2019
10/04

震災復旧残り1年半


家の周辺のウォーキングは初めてコースを歩きました。震災後に閉店した空き地にはコスモスが満開となっていました。だけど寂しいと強く感じました。共に志津川で商いをしてきて、助け合ってきた事業所の無くなる事は、自社にとっての大きな損失です。これから南三陸町・志津川どうなってくのか。

菜園の野菜を作り自分で消費する。これが野菜作りの私の考えの根底にある。「なすばかり食べて!」と言われても。季節も終わり「なす料理」はしばらくできないでしょう。昨日はピーマンの大小20個を一揆に料理、人参・バラ肉で変わり「チンジャオロース」にしました。
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我が家のイタリアン「ボロネーズ」
バランス良く 
綺麗に盛り付けもできました

スパゲティーは「ベロネーズ」にハマっています。「ココスに行ったら、これが一番の私の人気料理」、そう言えばしばらく行って無い。

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南三陸町の3.11震災から住民を救ったアリーナ、周辺の道路整備が進み、第二庁舎の間の道路が、歩道の姿から大きな道路へと変わった。
南三陸町本庁舎へと、アリーナでの催し物の駐車場へ行く道路として、東団地西工区への直接道路として整備終わった。
これを観ると南三陸町の復興事業も植わるように見えるが、志津川市街地の高野会館周辺の工事の進捗に疑問ばかりです。今年12月の祈念公園の「築山一部開園」の中で、築山から見た、旧松原公園・小松原の姿は、もう志津川地区には無く、10年を越えての防潮堤工事となる。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:41 】

2019
10/03

日々いろんな事と遭遇する


外の駐車場の私の庭の上でも花は生き生きと生き返るようだ。自然の気候の中が草花にとっては幸せなのだろう。リビングの花を外の鉢植えに替えた。私の食事やくつろぐ場所に「花」を置いている。食べる物も美味く、心も癒してくれる。
毎日のインスリンと飲み薬のテーブルに、その生々しさを振り払ってくれている。
南三陸町内は「逝去連鎖」がここの所続いている。人口減少の中で、小学時代に剣道を教えた女の子が、「こんにちは」を声を掛けてくれた。大きなお腹を抱えていた。「おめでとう! できたの大事にね。」と会話をして別れた。若い世代がこれからの志津川を造って行く。バフオーマンスも度が過ぎると見苦しい。町の現状を見つめ知見を広げ、大きな権力に取り込まれる事の無い、町民の為の野望ほ持ち、本気でこの町を良くしてくれる人材の出現を期待している。

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今年の想い出に長沼のハスがある
仏に繋がる花と思っている
ヒンクの淡い花を大きな葉が包んでいる
生きる事は苦しむ事でもある?

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気仙沼市舞根地区の高台移転の住民活動がNHKで放送されていた。被災した地域の住民の移転の半数が、同意しないと「集団移転事業」は成立しない。
そんな中で、「隣り近所の人達と共に生きたい」と意見が上がり、市に提案をした。震災からまだ半年も経たない中での事で、市に提案をしたが消極的だったと言う。震災後の仮設生活やみなし仮設制度の中で、住民の考えは将来を見据え、一人二人と集団から抜ける住民が出て行く中で、なんとか集団移転を実現させようと活動した代表が、当時の現状から参加者が減らない為に奔走した。

代表は「復興交付金は国民の負担、出来るだけ国の支援を低くしたかった」と話していた。気仙沼市はこうした適切な交付金の使い方を考える市民が多い気がする。

国からの交付金も今後の財政から減少する。震災特別交付金があと1年半の10年目で無くなる。これまでの交付金の半分で、住民の生活環境の整備と、公的施設の管理まで町が担っていく事になる。これまでのように被災地救済の交付金は消え、町の独自財源での町づくりが求められる。
全国で自然災害が発生し、「激甚災害指定」を受け、国の財源も火の車なのに、政府の政策は消費税「10%」とし、安倍総理は今後の増税はしないと言う。出来ない事を言わないで欲しい。安倍さんも佐藤さんも二枚舌である。政治家はみな同じである。近い将来増税はするし、復興が終わればそのツケは若い世代が引き継ぐ事になる。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:07 】

2019
10/02

10年の復興機関での完成は無理

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旧松原公園の原風景です。
現在の工事は「防潮堤整備」が進んでいますが、今後は震災の跡地として、環境整備の排水溝・緑化へと、工事が展開されていきます。
新しい「松原公園」の整備が一部を除いて完成し、グランドに子供達の野球試合の歓声が響いています。来月には「スポーツフェス」も企画され、明と暗の部分が見えます。これが被災地の復興の姿なのですね。

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お仕事ご苦労様です
防潮堤・河川堤防は県事業で
復興期間の10年での完成は無理のようです
労災も増加していると聴きます
お気を付けて!

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南三陸町志津川の平磯地区が大きく変わっていた。
中心の急カーブが真っ直ぐに道路整備され、
店や以前の町並の面影がなくなり、
ここでも漁村の風景が消えた。

私一人では南三陸町の復興の総てを伝えるのは無理ですね。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:15 】


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