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ARCHIVE - 2019年10月

2019
10/17

第二の心臓の為に

今日はしばらくぶりでウォーキング、1.5K区間で4人の町民の方と出逢った。「おはようございます」にはちゃんと答えてくれ、朝からの一言の会話は嬉しい。
「脹脛」は第二の心臓と言い、最近違和感があった。生活習慣病は身体の臓器と肉体に大小の影響を及ぼす。そんな病気から「歩く」事を常々気を使っている。ゴミを集積所に運び、パソコンに向かっている。こんな気持ちの良い朝を今日は迎えた。


被害報告は見えない場所で多数発生していた
志津川湾でも流木や雑草が
養殖施設に引っ掛かっていた
海岸線は多くの漂着物で
漁港に新たな仕事が発生していた
これからが「三陸カキ」の出荷が始まります


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2019
10/16

自然の力には人間は無力


千曲川の氾濫は想像を絶する。今日までで74人の死亡と12人が今も不明となっている。災害の当初は15人の死亡だったのに、災害が明らかとなり、福島では18人から今日には「27人」と増加し、宮城でも10人が「14人」となり、広範囲な台風災害では、警察・自衛隊・消防団も、台風洪水で浸水した被災地の捜索・調査は、厳しい現状で混乱しているのだろう。
台風による河川の氾濫は、7県37河川で「52カ所」の氾濫となり、その災害への復旧費にどれだけの経費がかかるのか、政府の甘い税金の活用がある。「無駄を無くす」「税金の適切な運用」など、参院の国会のやり取りからも、政府の税金の使い方に、テレビの視聴で強い怒りを受けた。国会議員は何様、私と同じ日本人なのに、次元の違う考えに弱者の事など、どこ吹く風のようだ。口先ばかりの議論が繰り広げられていた。

今も電気もなく、水も無く、明日の暮らしに途方に暮れる国民の姿が、本当に見えるのだろうか。私たちの「あの3.11」の生活が想い起こされる。必ず! 陽は登ります。

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入谷大橋が45年も経過しての耐久に対して、町と企業・大学の調査は町の財源が不足している中で、少しでも長く活用する為の対策です。
「小森熊田橋」の地域にとって貴重な橋なのに、「架け替えまでにはなっていない」と言う。大震災の津波の時も、う回路としてベイサイドアリーナの避難場所や、志津川小中学校への迂回道路として貴重は橋だった。しかし、半分の橋幅が二つと複雑で、10m余りの短い橋なのに新設の対策とる事をしなし、町の政策に疑問を入谷地区民ならず、小森地区の人達も思っている。私も震災地を直後から訴え続けている。

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小森地区は向かいの高台に移築した人たちも多く、今回は仮設のローソン前の橋は、流木の為に撤去の建設会社が出動していた。熊田橋の必要性を軽んじる町の考えは、財政が苦しい、利用する人が少ないなど、町の勝手な、町長の入谷地区を軽んじる考えが根底にある。



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:26 】

2019
10/15

激甚災害へ


15日の午前6時前に入谷地区の被害調査
三陸道は今日も12日から通行止めが続き
旧水堺トンネルを通る398号は
迂回道として車の通勤・物輸送で混雑していた
写真の仮橋が大水害の要因にありそうだ
三陸道の志津川ICの下を流れる八幡川
氾濫で道路の泥に車タイヤを取られない様に注意

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南三陸町「入谷横断1号線」が通行止めとなっていた
川を渡る橋が2本も破壊され
電柱が雨水の浸食で倒壊している
24時間の降水量は240ミリで
三陸道も法面の崩落で復旧まで10日以上と言う
熊田橋からの高橋自動車から秋目川が(写真)
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戸倉地区の国道45号も横山峠は
倒木や落石で峠も通行止めに13日のなったと聞く
24時間の降水量は240ミリで
三陸道も法面の崩落で復旧まで10日以上と言う

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登米市横山は南三陸町戸倉の隣りで石巻からの入り口が
二つの川が合流し「1.5m」の冠水となった
横山峠は建設業者による交互交通で
道路の倒木や砂利は撤去され
国道沿いの家々が清掃をしていた
小さな水路の増水が町を冠水させた
行き場を失った雨水は大きな力となり町を襲った


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:13 】

2019
10/14

志津川御前下の災害の現場


南三陸町の志津川地区の御前下の一角は
八幡川の氾濫で低地部にあたる商店の
浸水被害は全ての商店に及んだ
写真の八幡川の蛇行により
国道398号に増水した雨水の氾濫だった

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この小高い山には「小森神社」がある
何度も発生する川の氾濫を考慮した河川防災は急務です
異常気象の水害対策に取り組む
治水環境整備は町にとって近々の課題だ

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:03 】

2019
10/13

低地部の商店は河川反乱で大被害


南三陸町志津川地区の台風19号の被害は
地区内を流れる「八幡川」の上流にあった

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河川堤防が切れる(御前下)からの
コンビニ・量販店・スタンドは浸水し
流木や泥水・商品の片付けに追われてい

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高速も志津川ICからの上り下りが通行止めとなっていた
午前10時現在(続報は後で)


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 12:03 】

2019
10/12

命を守る行動を


台風19号の入谷地区の河川の
氾濫が心配です
800ミリの豪雨・風速50mでの
南三陸町全域は高潮のための水産物の被害
養殖施設や船舶の被害も予想します
「命を守る行動を!」
これが「3.11災害」の教訓としてあります

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移転した高台の我が家から志津川湾方向をを望む
震災前は台風の高潮で
海岸から50mにある我が家は
玄関ギリギリまで進水した
潮位は大潮と重なり2.5mも増えた
今回の台風19号はこれまでにない台風
東海・関東の皆さん災害は発生します
早めの過剰なまでの適格な避難行動を!




【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:39 】

2019
10/11

美味しい食材に包まれた町「南三陸町」


御帰りなさいサケの子供達
4年掛けて志津川湾に回帰してくれた
昨夜は今年初のサケを食べました
酒と塩・醤油を身を掛けて
冷蔵庫に入れてから焼きました
料理番組で学びました

昨日は今年初のサケの半身(オス)をいただき、焼いて食べた。
今年の初水揚げは昨年より少ないと言う。町の予想を裏切り、放流4年目に大きな期待をしていた。しかし、まだこれからが本番で期待をしたい。だが千トンも獲れたと新聞は伝えていた。

気仙沼市の子供の9月出生数は、6万5千人の人口で「27人」だと言う。南三陸町は1万2800人の人口で、8月は「2人」で9月は「7人」だった。市は大きな危機感を持っていた。震災後に最少の「年250人ペース」の出生だからだ。

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入谷地区の「ひころの里秋祭り」が、13日から14日の台風通過により、13日の10時開催のイベントが、昨日の内に、防災無線で「中止」の放送が成された。多くの町民が楽しみにしていて、私もこの日は予定に秋祭りを入れていた。こんな直撃の巨大台風と開催がぶつかるなんて、毎年気候が異変し、イベント開催の日程の選択、開催に苦慮する南三陸町の企画がある。

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こないだ「タコの刺身」で一杯をした。志津川の「真ダコ」はやはり美味しい。新聞報道に「真ダコ養殖」との記事があった。これが可能だと言う。こうなると今後は「タコの放流」が実現し、安定した水揚げと、志津川のマダコが格安に多くの人達に食べてもらえそうだ。何時になるかはまだわからないが、近い将来は養殖となるかもしれない。それまで海の保全と環境の維持が必要となる。
志津川湾のタコの餌は大丈夫かと懸念する。餌となるカニ・アワビ・貝など、資源が枯渇しないかとも思う。適度に獲れる事で自然界の安定が保てる気がするが、複雑な気持ちになる。

午前中に父を病院へ、私も登米市への用事と、父の冷蔵庫の惣菜補充で、ついでにスーパーによって来たい。



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:12 】

2019
10/10

柔軟性と執着心


民間企業(旭化成)の吉野彰氏(71歳)が、「ノーベル化学賞」を受賞。日本人のこの表彰は8人目となると言う。現役の研究者ながら受賞は日本人は若く、世界では95歳までの30年間の研究の末の受賞者もいる。
小型のパソコンや携帯電話は発明した「リチュームイオン電池」によるもので、自動車など色々な器機に活用がされている。
京都大学大学院を卒業している。奥さんは「家にいるとゴロゴロしている、お酒(ビール)ばかり飲んでいる」と話し、娘は「おちゃめで、やんちゃな父と。」言う。ここからも明るくいごこちがイイ家庭が伺える。
私と6歳違いながら、日本にはこんなに凄い方がたくさんいるようだ。おめでとうございます。

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暗がりの向こうは登米市の商店街がある。高速の米谷の大橋から前方を撮影した。綺麗な海は無いけど、暮らしやすい環境が整っている町(登米市迫町佐沼)。だから私の仲間の多くが移住し、子供達は普通に結婚し、仲間は孫に恵まれ、幸せな日々を送っている。
家業を持ち、この場所(志津川)でしか生きられない私とは大きく違う。家を建てるのもローンを払って行くのも、両親の生活を確保するのも、志津川でしか生きられない現実がある。町から出たことのない私は、やっぱり「井の中の蛙」なのかもしれない。

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昨夜は一つの節目の食事会。「トマトチーズハンバーグ」は、ヨーロッパのスペインの風を感じる。また、今日から頑張れます。今は色んな支払いは「キャッシュレス」としている。コンビニでの5%還元は、本当にありがたい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:11 】

2019
10/09

巨大台風襲来には最大限の対策を


台風の発生が連続している
海水温の2度の上昇は台風の巨大化へと繋がる
台風15号と同じような針路で北上している
まだ房総半島南部はブルーシートが広がる
最大限の注意と早期の避難で命が守られます
世界の国々の発展と共に温暖化は止まらない

台風19号はこれまでにない勢力だと言う。強風は70mとも言われ、屋根の破壊は15号を越える予想が出ている。
海水温が上昇しこのエネルギーが、910ヘクトパスカルまでに勢力を巨大化している。海水温の上昇は太平洋を回遊する魚にも影響している。カツオが何時もの時期に獲れない状況は、季節と共に水揚げが気仙沼でもやっと始まった。鮭はと言うと初水揚げでも昨年より減少している。
南三陸町においては、震災から孵化場が再建され、4年目となり初放流の稚魚に、大きな期待を関係者は持っていたが、今の所その成果は見られないようだ。海水温・海流の蛇行・台風など、海の環境は昔のようにとはいかにいようだ。

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昨日は「サンマのすり身汁」を作った。家の冷蔵庫にある野菜を鍋に入れ、サンマのダシで汁が美味い。遅い・少ないと言ってもサンマを食べられる環境に満足している。残っていたサンマを一匹焼き、すり身汁で「オレンジ酎ハイ」を4杯も飲んでしまった。

今週末の連休を直撃しそう「台風19号」です。関東の方でのキャンブ場では早々、営業を中止し予約を断っていた。英断だと思う。災害が発生し人命の事を考えた判断は正しいと思う。南三陸町でも13日に「ひころの里め秋まつり」が計画されている。私も行く予定には入れているが心配だ。

宮城の罐牡蠣の出荷が始まった。もう少し値段が落ち着いたら、買って食べたい。「牡蠣酢」「牡蠣のフライ」、本当に待ちどおしい。今日は良い天気で雲一つない。今から洗濯物を干す。天気を有効に使いたい。

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2019
10/08

旧志津川町の面影は消えました


志津川の皆さん
お忘れではないでしょうね
60年前はここが潮干狩りの場所でした
その名は「小松原」です
その面影は何処にもありません

先々週の土曜日に水尻川の橋の上から、写真の場所を撮影した。
震災後の1か月目頃には自衛隊の仮設の橋が設置され、国道45号が通行可能になった。これにより戸倉地区の被害状況を知る事が出来、戸倉剣道の12名の消息の無事を確認できた。子供達は登米市登米町に避難していた。しかし、多くの家族が亡くなっていた。小中学生はまだ学校にいたので助かった。
こうした地震の発生から、30分後の津波の襲来でも、適格・迅速な学校の対応が命を守った。30分は長いようで、混乱の中では短い。命が繋がった事には、様々な幸運と直面する避難行動の偶然が、命を繋ぐ事に繋がった。

震災の風化があるが、住民の中には「もう忘れたい」「思い出したくない」など、今回の大災害の悲惨さが伺える。震災から8年半を経て、津波の脅威を知らない子供達がいる。伝える事は災害だけでなく、命に係わる事が起こった時の「自己対応」を学ぶ事が大切です。子供達に3.11大災害を伝える事の意味を、両親からも伝える事の大切さがあると私は思う。
昭和35年の「チリ地震津波」はまだ5歳の私でも、町が防潮堤などの津波対策での町の映り変わりを、おぼろげに見て感じている。私は家を流され新井田の町営住宅に住んでいた「三輪先生」の所に、しばらくお世話になったと言い聞かされてきた。互いに助け合う事の大切さがそこにはあった。

震災からの自分の行動に恥ずる事は無いが、多くの人が全国からは入り、人を疑う事のない純朴な住民が、私を含め志津川地区には多い。大災害の心の隙に入り込む犯罪者は、この大災害でも各地で横行していた。現在もである。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:10 】

2019
10/07

町の賑わいなのに


昨日はスポーツ三昧の引きこもり生活でした。
南三陸町では志津川商店街は「早食い大会?」があり、入谷地区では「ひころマルシェ」、歌津地区では「みなさん館6周年」などの、秋の収穫祭やがイベントが開催されていたようだ。
先輩が「おらいの米だから食べて」とわざわざ来てくれた。町民の皆さんが頑張っているのに、自分の活動の無い事に「自己嫌悪」です。

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土曜日に菜園の草取りと収穫
最後の種まきは「ほうれん草」でした
友人から貰った野菜の苗も植えた
我が家の野菜たちはみな頑張っている
最後までの面倒と食してあげたい
あと一か月の野菜生活

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廃業し更地になった土地に
コスモスの群生が広がっていた
こうして時代は変わって行く
被災地の現状はまた別です


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:14 】

2019
10/06

初体験


キャッシュレス還元初体験
「5%還元」「8%の消費税」
なんか儲かったみたい
「チリも積もれば山となる」です
節約生活いまから準備

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昨日は気仙沼市場に揚った
初物サンマを地元で「1匹285円」で4本買った
父と友達に一本ずつで私は2本食べた
以外と脂がのっていた
頭と尻尾を取り半分に
我が家の焼き方で大根の千切りを添えた
めちゃくちゃ美味かった
やっぱりビールが美味い




【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:21 】

2019
10/05

交流会で情報収集


気仙沼市と本吉地区は
以外と火災が多い
中新田の「虎舞い」は火災を防ぐ行事として
消防団の人達が長く続けている
伝統芸能です
中新田は良い所で見どころもいっぱい!

加美町中新田と言えば「バッハホール」そして「やくらいガーデン」がある。やくらい山の麓にお花畑が広がり、昨年は素晴らしい景色に酔った。
昨日は「仙北町村会議会研修交流会」が加美町の主催で開催され、里山の研究をしている甲斐先生の話は、若者たちの活動と、地域で活動している高齢の農業家の交流の話を聞いた。

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涌谷町と美里町の議員が両となりで話しに華が咲き、あきる事無く1時間半の交流会だった。小松先生や南三陸町とゆかりのある方々の話は、大変貴重なものだった。なかなか情報が無いままに、再度会い、また話を聴きたいと思っている。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:55 】

2019
10/04

震災復旧残り1年半


家の周辺のウォーキングは初めてコースを歩きました。震災後に閉店した空き地にはコスモスが満開となっていました。だけど寂しいと強く感じました。共に志津川で商いをしてきて、助け合ってきた事業所の無くなる事は、自社にとっての大きな損失です。これから南三陸町・志津川どうなってくのか。

菜園の野菜を作り自分で消費する。これが野菜作りの私の考えの根底にある。「なすばかり食べて!」と言われても。季節も終わり「なす料理」はしばらくできないでしょう。昨日はピーマンの大小20個を一揆に料理、人参・バラ肉で変わり「チンジャオロース」にしました。
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我が家のイタリアン「ボロネーズ」
バランス良く 
綺麗に盛り付けもできました

スパゲティーは「ベロネーズ」にハマっています。「ココスに行ったら、これが一番の私の人気料理」、そう言えばしばらく行って無い。

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南三陸町の3.11震災から住民を救ったアリーナ、周辺の道路整備が進み、第二庁舎の間の道路が、歩道の姿から大きな道路へと変わった。
南三陸町本庁舎へと、アリーナでの催し物の駐車場へ行く道路として、東団地西工区への直接道路として整備終わった。
これを観ると南三陸町の復興事業も植わるように見えるが、志津川市街地の高野会館周辺の工事の進捗に疑問ばかりです。今年12月の祈念公園の「築山一部開園」の中で、築山から見た、旧松原公園・小松原の姿は、もう志津川地区には無く、10年を越えての防潮堤工事となる。


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2019
10/03

日々いろんな事と遭遇する


外の駐車場の私の庭の上でも花は生き生きと生き返るようだ。自然の気候の中が草花にとっては幸せなのだろう。リビングの花を外の鉢植えに替えた。私の食事やくつろぐ場所に「花」を置いている。食べる物も美味く、心も癒してくれる。
毎日のインスリンと飲み薬のテーブルに、その生々しさを振り払ってくれている。
南三陸町内は「逝去連鎖」がここの所続いている。人口減少の中で、小学時代に剣道を教えた女の子が、「こんにちは」を声を掛けてくれた。大きなお腹を抱えていた。「おめでとう! できたの大事にね。」と会話をして別れた。若い世代がこれからの志津川を造って行く。バフオーマンスも度が過ぎると見苦しい。町の現状を見つめ知見を広げ、大きな権力に取り込まれる事の無い、町民の為の野望ほ持ち、本気でこの町を良くしてくれる人材の出現を期待している。

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今年の想い出に長沼のハスがある
仏に繋がる花と思っている
ヒンクの淡い花を大きな葉が包んでいる
生きる事は苦しむ事でもある?

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気仙沼市舞根地区の高台移転の住民活動がNHKで放送されていた。被災した地域の住民の移転の半数が、同意しないと「集団移転事業」は成立しない。
そんな中で、「隣り近所の人達と共に生きたい」と意見が上がり、市に提案をした。震災からまだ半年も経たない中での事で、市に提案をしたが消極的だったと言う。震災後の仮設生活やみなし仮設制度の中で、住民の考えは将来を見据え、一人二人と集団から抜ける住民が出て行く中で、なんとか集団移転を実現させようと活動した代表が、当時の現状から参加者が減らない為に奔走した。

代表は「復興交付金は国民の負担、出来るだけ国の支援を低くしたかった」と話していた。気仙沼市はこうした適切な交付金の使い方を考える市民が多い気がする。

国からの交付金も今後の財政から減少する。震災特別交付金があと1年半の10年目で無くなる。これまでの交付金の半分で、住民の生活環境の整備と、公的施設の管理まで町が担っていく事になる。これまでのように被災地救済の交付金は消え、町の独自財源での町づくりが求められる。
全国で自然災害が発生し、「激甚災害指定」を受け、国の財源も火の車なのに、政府の政策は消費税「10%」とし、安倍総理は今後の増税はしないと言う。出来ない事を言わないで欲しい。安倍さんも佐藤さんも二枚舌である。政治家はみな同じである。近い将来増税はするし、復興が終わればそのツケは若い世代が引き継ぐ事になる。


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2019
10/02

10年の復興機関での完成は無理

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旧松原公園の原風景です。
現在の工事は「防潮堤整備」が進んでいますが、今後は震災の跡地として、環境整備の排水溝・緑化へと、工事が展開されていきます。
新しい「松原公園」の整備が一部を除いて完成し、グランドに子供達の野球試合の歓声が響いています。来月には「スポーツフェス」も企画され、明と暗の部分が見えます。これが被災地の復興の姿なのですね。

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お仕事ご苦労様です
防潮堤・河川堤防は県事業で
復興期間の10年での完成は無理のようです
労災も増加していると聴きます
お気を付けて!

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南三陸町志津川の平磯地区が大きく変わっていた。
中心の急カーブが真っ直ぐに道路整備され、
店や以前の町並の面影がなくなり、
ここでも漁村の風景が消えた。

私一人では南三陸町の復興の総てを伝えるのは無理ですね。

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2019
10/01

自然の織り成す光景は凄い

今日から消費税が「10%」になり、私の町でも駆け込み消費の姿があった。ティッシュペーパー・ビール・油など、毎日の生活に必要な物を買っていた。
私はタイヤ春夏物を購入・自動車車検を昨日に済ませた。余り2%の上乗せを重く受け止めていない。専門家は「35%」を上げていた。しかし、国税として国民に交付税として返り、国民生活の為に使ってくれるなら、何の問題も無いが、政治家の無用な税金の投資がある。だから国民は大騒ぎをする。北欧のノルウエイ?の税金は高いながら、国民の生活は安定を極めている。

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ラムサール認定の志津川湾の海の風権です。養殖のイケスの上に「シロサギ」がのんびりとまり、静かにイケスの中を狙っている。こんな自然の光景が私の町にはある。「あなご釣りに行きたい」、寒くなる前の穴子は脂がのり、「穴子丼」が美味い。これからの私の企画に「志津川の穴子を高齢の皆さんに食べてもらいたい」があり、先週は父(96歳)に食べさせたら、何も言わずペロリと食べてくれた。イケスの下には「穴子」が沢山いる気がする。

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商工団地のど真ん中で
「彼岸花」の赤に燃える一角を見つけた
早起きは「三文の得」です
ウォーキング回目の再スタート
身体が軽い

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RAFが終わり58日間で「40万人」の来場者を迎えた。各所で各種グッズが販売されていたが、求める人は少ないようだ。入場料は三千円で単純に掛けると12億円で、駐車料は500円で、被災地への支援金や活動費に充てられると言う。何も無い浜々にアートを設置し、被災地の現状と賑わいの創出は凄い計画だと感じる。
「漂着船の供養塔」は、北朝鮮の難破船をアートに描いた物である。遭難し亡くなった人間と漁船をイメージし、その供養塔に自分も船に乗り捧げた。
体育館の中に描かれた作品は、船の太いロープから始まる。

今日はどんな出逢いが。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:14 】


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