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ARCHIVE - 2019年09月

2019
09/21

自分らしく今をエンジョイ


自然と伝統と歴史豊かな町です
ここで63年生き続けて
苦しくも楽しい町暮らし
今が一番「自由」かも

南三陸町の神社の秋祭りが終わり、秋の実りの中で町の光景を写真で撮影し、ブログ・ツイッター・フェイスブツクで発信している。また我が社の震災後の活動の「マイタウン情報」に、月一回で町の出来事を伝え、震災から今月で「第85号」わ迎えた。100号を目標に後2年で完結させたい。震災発生から10年も残すところ1年半となった。まだまだ復興完全達成までは10年で歯難しい。

海岸線の風景は大きく変わったけれど、山間部は写真のように文化と伝統は息づいている。地域が一つになり初めて続く習慣の引き継ぎ。一つの不安は農業の衰退と後継が農村にある。
地域起こし協力隊や大学生の地域・農業の支援は続いている。町の維持と発展は、「昔の姿の再生」にはなる事はないだろう。と私は思っている。学生生活の一端と人との交わりで、日本の将来に繋がるかと言うと、難しいと私は悲感的です。10・20代で多くの学業で学び、30代で実践と苦労を重ね、40代で熟成させ社会知識を習得し、自分が町の為に何ができるか考え行動して欲しい。「議員もその一つです」、若い者たちに後継も町が新しく生まれ変わる為には必要と思います。

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2019
09/20

飲みすぎ


昨夜は「南三陸プラザ」で、懇親会があり有意義な時となりました。

午後に帰ってから友達の家へ「サルスベリ」の木が今年は満開で綺麗だったと言う。私も木を被災し換地された場所に植えようと思っている。「さくら」は土地が枯れ葉で汚れる。「もみじ」は華やかさがない。など、今は「ひまわり」「紫陽花」「しゃくなげ」があるだけです。

現在ユニットが二つあり、一つは「志津川広報プラザ」と銘打って、身近の画家たちの絵を飾り、震災後の志津川の風景をパネルとして展示したい。メインは瓦礫で覆われた「防災庁舎」の巨大(会社のブリンター出力)写真を掲げ、大震災を忘れないと! 震災の風化防止に努めたい。

まあ、これから少しずつ自分なりに、低コストで「集える場となれば」と考えている。

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桃浦の久住氏の「淡(あわ)」アートを紹介します。最初の見学コースにあった。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:25 】

2019
09/19

地方は益々厳しく


女川に病院の管理委託の取り組みの勉強に行った時に、役場庁舎の隣りに学校が整備されていた。小中一貫校? と聞いた気がする。人口減の中で将来に供え、コンパクトな町づくりを進めているようだ。
新聞報道に「女川議会定員割れか?」とあった。手取りで20万円を切る報酬では、子供を持つ若い担い手に、手を上げる人は少ない。全国の小さな自治体でも同様な事が起こっている。
我が町でも10月までには議会で定数についての会議を予定している。私は毎年250人の自然減の中で、増える事の無い「交流人口増加政策」を声高に語る町、現在の13000人を割り5千人の人口減が、10年後には1万人に近くなり、大きく定員の削減を提示したい。
何時までも変わらない町の政治家の与党構図が変わらないでいる。多くのアイデアと議論を重ね、行政と二人三脚で町を良くしていきたいと考えるが、トップの傲慢さの政策があり、町づくりの公平公正さを書いている気がしてならない。

本日は議会9日目で、30年度の決算審査会が終わる。昨日も町長は一議員に「反問権」を行使した。発言には議員も慎重に、上げ足を取られない発言が大切だ。今日は議員の発言の訂正謝罪がある。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:31 】

2019
09/18

被災した浜辺の集落にアートで支援


石巻の「リボンアートフェスティバル」
草間弥生さんの水玉アートの実物 名和さんの透き通る海辺のしかの姿
被災地「石巻」の復興の形を見ながら 浜辺を巡るアート
同級生の母の実家の町は「坂の町」だった。

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石巻の帰りは、石巻市の北上川の河口の中州の、石森正太郎マンガ館を見ながら二階でコーヒータイム、連休の最後とあり、訪れた「元気いちば」は観光客と、周辺の市民の買い物客でいっぱいだった。

店内を二周見て回り、カツオは我が町のさかなみうらさんが安かった。金華サバの一本売りは「400円」とリーズナブルで、観光客は珍しい魚の陳列に、スマホで携帯に納めていた。
くじら肉、野菜、地場の魚の河加工は、石巻市の十三浜・雄勝・牡鹿の漁村の水産品が全て並んでいた。店内からも住民が多い事で、大きなエネルギーを感じる。

市の島である「網地島」でもアート展示がある。田代島と同じように「ねこの島」のようだ。ここの猫なら友達になれそうだ。

今日ものら猫が私の車の隣りに「うんこ」をしていた。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:13 】

2019
09/17

充実した三連休


石巻の「リボンアートフェスティバル」
草間さんの水玉アートの実物
名和さんの透き通る海辺のしかの姿
被災地「石巻」の復興の形を見ながら
浜辺を巡るアート
同級生の母の実家の町は「坂の町」だった

土曜日は志津川中学校武道館に、宮城県の警察現役の「七人の侍」が来町し、志津川在住の小山教士七段と、更なる自分たちの剣の道を究めた。中学生にも指導し、剣豪の技と精神を見て学んだ。その後で入谷の一本松へ、そして夕方から志津川の八幡様の「たがい市」と言う、新たな神社起こしの企画を取材した。
日曜日は10時30分に入谷の神輿と打ち囃子の行列を撮影し、晴天の中での地区の行事の伝統を感じて来た。途中で「ツールド東北」のライダーを見つけた。大漁旗を振る家族を見つけ、南三陸町の応援の形の風景を撮影した。11時30分に八幡様の稚児行列の写真は、神輿渡御が終わり計画どおりにはいかなかった。

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15日の午後は帰ってから菜園の収穫をした。1週間ぶりの畑は、ピーマンとなすが沢山獲れた。みょうがも花を咲かせ、見つけやすい状況となり収穫した。「大きい!」。テレビの「天国の楽園」で、ミニトマトが裂けてくるのは、熟した印と「見つけた!」とぱくり。トマトは子孫を残す為に、身が割れ種を落すと言う。我が家のトマトは引き抜き倒しておいたが、青い実が赤く熟し収穫したら「甘い!」、もったいないと収穫した。夜は8時からなす料理をした。
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月曜は雨の日ながら、石巻に「リボンアート」を見に行った。印刷組合の同じ理事の方が中心となり、石巻の復興事業として企画され、今年が2年目となる。ここから印刷の仕事が生まれ、牡鹿地区の事業所200社以上の協力の元で、石巻市の復興を住民ぐるみでの開催である。一部の人達が潤う事よりも、市民皆が賑わう事を計画した。アートの奥深さを実感してきた。



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:46 】

2019
09/16

9月15日の南三陸町


ツールド東北、入谷八幡神社の秋大祭を写真に収め、良い写真が撮れました。
上山八幡宮の稚児行列は、残念ながら撮影できず。
志津川商店街でのコーラス隊と、飲食店の行列が撮れました。

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南三陸町志津川の八幡様で
互いに寄り添い「たがい市」が初めて開催
沢山の家族連れが出店を楽しんだ
コーラスありの楽しい秋季大祭でした

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大漁旗を振るのが南三陸町の応援のしかた
商工団地前の交差点に母と子供
多くのライダーが笑顔で
南三陸路を滑走していた
「走行マナー」も車優先で
地域への気遣いを忘れない

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復興期間が残り1年半となり、被災した住民の町づくりに関しては時間の経過はあるものの、生活の環境の安定を達成する事ができました。
経済に関しても、商店街の整備、観光施設の充実、三陸道の延伸により、2017年2018年と連続して、来町者の144万人を達成しました。佐藤仁町長の町づくりは着々と前に進んでいるようです。今後は祈念公園整備と共に、観光客の拡大は復興の段階をふみ、観光客と交流人口は一定期間は拡大を続けると思います。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:03 】

2019
09/15

志津川八幡神社「たがい市」


南三陸町志津川の「上山八幡宮」の
秋季例大祭で「はだい市」が開催された
午後6時30分からは「宵宮祭」の神楽奉納
その前に6店の出店の店から
焼き鳥・クレープ・とん汁など
腹ごしらえ 多くの人が集まった

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【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:29 】

2019
09/14

生活は厳しく将来不安が増す


災害公営住宅の入居の家賃の減額免除期間が終わり、法定月収が「15万8千円」を超える災害公営住宅世帯は、3万8000円が3倍の、9万円近くまで上昇し、夫婦は災害公営を出る事を決めた。差し引きすれば5万を超え増加する家賃は、生活の余裕や将来への貯蓄ができない状況を生み出す。仙台の方は今回の家賃増が11万円を超えた。妻のガンの治療と、内情を吐露し、今後の生活の為にアパートに入る事を模索している。
災害公営の入居者の減少は、住宅の家賃収入は元より、自治体の今後の維持費の確保も厳しい状態が発生する。人口減・高齢化など、多くの問題の中で被災地の弱小自治体の厳しさは増す。

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新装となった「しおかぜ楽天球場」
「楽天対巨人」の2軍戦には2700名の
ファンが球場を埋めた
帰りには志津川商店街で
選手との交流会が開催され
駐車場はいっぱいとなった
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昨日も交流人口の必要性を町長派述べた。来町・宿泊・インバウンドなど、その交流人口の数により経済効果があると。人口の拡大が難しい中で、他の自治体も同様の政策に取り組み、「交流人口拡大」を声高に話す。多くのメニューの事業を展開し、人口拡大を目指すがどれも「自然死」の人口減少数には及ばない。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:37 】

2019
09/13

台風15号の大被害


今週の台風15号の静岡から東京湾の上陸は、想定外の被害が発生していた。気象庁は「50年に一度の災害、命を守る行動を」と国民に発表した。
東京湾を北上した台風、翌日の報道は意外と被害は伝えられなかった。時間・日が経つにつれて神奈川・千葉周辺に甚大な被害がった。
風速50mの余りの風は、巨大な電気の鉄塔を2基なぎ倒し、房総半島への通電が切断された。今も千葉県の30万戸が停電となり不自由な生活をしている。
住宅の風被害も甚大で、住民の今後の苦悩を目にする。「どうすれば?」と。電気が無い事で水道も出ない。まさに「東日本大震災」のような状況が南房総の地区に、ライフラインの不通での混乱が今起こっている。

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スタンドのガソリンを求める車の列、給油の自転車ポンプ、給水車への行列など、住民の不自由な生活は今日も続く。電気の「今日には」が何日も続いている。住宅再建の事を考えると大変だろう。電気の無い生活での「熱中症」で2人が亡くなった。

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「備えあれば憂いなし」の言葉通り。対策は身を助けます。飲料水の備蓄は絶対です。ロウソクも必需品です。過去の災害から学び、供える事の大切さを学んだ欲しい。「焦らず一歩ずつ。」が、私が大災害から学んだ一つです。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:37 】

2019
09/12

.ルーツを求めて

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月一回の自分へのご褒美
「ココス」のハンバーグ
自分では作れないので食べに行ってます
このボリュームで「1280円」
まんぞく 満足!

75年前の母が東京への就職した病院・同僚を求めて、登米市米山の事を知人に聴きに行く。「米岡地区」にその先生は住んでいた。
日本橋の3階建てのビルがその就職先の「石母田外科病院」だった。登米市から5名の看護師の卵がそこで働いていた。その中に「今出川さん」がいる。登米市の義理の叔母92歳にその情報を聴く。同僚は最近亡くなり、孫さんが祖母の事を知りたいと、遺品となった「千葉宮子(母)」の就職時17歳の写真を、コピーし送ってくれた。その恩を返したいと先生と同量の祖母の昔の事を調べている。

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ココス向かいの「パチンコ大将軍南方店」が閉店したようだ。仙北道路出口近くの2点のパチンコ店も閉店した。パチンコ店の来店者不足と、業界の競争がある。仙北道路の整備で閉店した事もある。

地方の町・市も大きな変化の中で、自治体の町つくり改革への動きは加速している。人口の確保はどこも同じ大変な問題で、地方の疲弊は防ぎようが無いのか。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:23 】

2019
09/11

FBとツイッターで町の良さを紹介


魚屋さんで「穴子の白焼き」を買った
私の自慢料理に「穴子丼」がある
震災前には「穴子弁当」の店も運営した
南三陸町の美味しい柔い穴子を
多くの皆さんに食べて知ってもらいたい
1200円で買い写真は120円の材料費でした

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南三陸町の散策で「実」「花」?
63歳でも知らない事がいっぱい
自然は面白く凄い!

宮城県南三陸町に何かを探しに来て下さい。きっと貴方の探していたものが見つかるかもしれません。人・幸・自然に!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:02 】

2019
09/10

虫の音が聞こえるのに暑い

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持続可能な町づくりに取り組む「南三陸町」です。
私の地区の班のゴミ置き場は、住民が暮らす場所から離れた所にあり、匂い・虫などの苦情は無い。
生ゴミの分別はなかなか難しく、手がかかる事が家庭にとっては大変だった。ゴミ処理会社の「アミタ(京都)」が、町の「バイオマス都市構想」の実現に向け事業展開している。これまで20~25%の回収率は、想定の半分にも届いていない。改善策として実証実験を推進地区で展開している。住民の協力もあり回収率が上がっていると言う。
処理事業所の生ゴミ分別の説明を簡略化し、生ゴミに混じった再生できない物は、委託事業所が最終分別をし、出す側の分別の負担を軽減する。可燃ゴミも同様で、持ち込まれたゴミに少しの混じりでも、資源ごみから除外していたが、委託事業所で手は係るが、循環型の社会に努力をして再度分別を進める。

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「秋はそこまで」
しばらくぶりのウォーキング
草むらから「虫の音」
自由に声を上げ
何も求めない暮らし
鳴くのは相手探しかな?

「地域おこし協力隊」について、町は定住・移住・企業化育成を図りたい。と話す。「被災地に来て何か手助けをしたい」が、協力隊の方には考えがあると思う。3人が3年で卒業し、現在10人が活動を続けているという。人口の拡大は、町の構想は協力隊頼みだと言う事が解った。あとは「交流人口拡大」の政策でしかない。どこの自治体でも交流人口の拡大を言うが、それは来てもらい消費拡大や、町にお金を落してもらう事が最大の目的で、これで人口が減少した分の、町財源の増加と、住民の生活の向上にはならない。ここ一年で300人が減少している・10年で3000人前後の人口が減る計算となる。人口9千にはそこまで来ている。

「震災復興祈念公園」に亡くなった町民の名前が全て書かれ納められていない事が発表された。だいたいだが900名の方々が亡くなった中で、約840名が記載され、約60前後の遺族が慰霊の場への、名簿掲載に同意しなかった。
こうした事への無関心な住民もいる気がする。「町のする事に間違いは無い!」との想いからだろうが、進めているのは首長の考え一つである。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:59 】

2019
09/09

命を守る行動を


三陸道の登米市と南三陸町の中間のトンヌル
三滝堂から志津川間は時々通行止めになる
トラックの大事故や故障車が多発区間
昨日判ったがトンネル出口に
標識と道路に注意を促す仕掛け
行楽の秋が始まる 安全運転で「三陸道」
お巡りさんも多いよ!

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南三陸町の今は、夜間の強い雨も止み、風も無く静かな日常が始まる。今後、台風は東京湾を縦断し、福島に抜け三陸沖を通過する。
今日の朝は暑かった、昨日も大晴天で夏空のような一日だった。せっかくの一日なので農作業を、枝豆を収穫し、初物を仏壇に供えた。我が家はでは珍しい物は「初物」として、先祖に供える。私と父だけなので、出来る限りの先祖への感謝を心がけたい。

ミニトマト・キュウリ・ゴーヤの片付けをした。何とか実を結び、私の口に入る。こんな何気ない野菜と戯れる日々は、老後の楽しみとなるのだろう。


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2019
09/08

歌津と志津川地区の復興格差 公正な復興を


平成の森サッカー場の修復工事
南三陸町歌津も中心街が被災し
200世帯余りの仮設が
この場所に建設され
昨年には総てが仮設を出て
新しい生活の場を確保した。
今年度にはこのグランドも蘇る

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「ウタツギョリュウ」を勉強しに歌津の総合支所に出掛けた。平森のサッカー場は仮設も撤去され、元どおりの修復工事が行われていた。広大な高台に整備された歌津のサッカー場、ここがあった事で震災時には、多くの町民が生きながらえたと思う。旧歌津町の先人達が、いざと言う時に使える場所として整備をした。平成の森には、レストラン・宿泊所・老人福祉センターがあり、電気・水などのライフラインが崩壊したものの、津波被災後の5~6年の生活の場として、活用された。

立派な総合支所に「図書館」があり、その脇に歌津の世界的に有名な「魚竜」の何かがあると聴き行って見た。しかし、申し訳のようなギョリュウのぬいぐるみ、掲示物など信じられない姿がここにあった。守衛さんがいて、聴いてみると「下の信号の右に別に展示物があります」との事なので行って見た。

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そこは「みなさん館」で、地場の農産品・水産品・加工品が販売され、食堂も併設してある場所として、私も以前は利用をしていた。
入ると野菜が置かれていた場所は無くなり、区切られ、「ウタツギョリュウ」のレプリカと、地域で発掘されて「アンモナイト」などの化石が展示されていた。地元紙に「歌津に化石展示場所が完成」と掲載されていた事を思い出した。入場は「200円」?だったと記憶する。店の人に聞くと、入場料はまだ取っていないと言う。東北大学に本物の「魚竜化石」はまだ保管されていると聞かされる。修学旅行の子供達が来ましたと言う。

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この現実はいったい何なろうか。以前にも聞いた「魚竜館再建」は、震災の復旧交付金は出ない。二階建ての施設は一階が、食堂と水産品の販売所で、震災後には同等ま施設の整備はできないと言っているので、ギョリュウ館の再建は難しいだった。町は「誰か再建する方が名乗りでれば、展示館の建設要望があれば、町は整備を考える」と話していたと思う。

世界に誇る「魚竜化石」の展示は、町はまるで考えていないように話から伺える。防潮堤や祈念公園・商店街整備には、10億100億を超える予算を使い。町の文化財には関心が無いようだ。

文化を軽んじる人間には、町の将来を担う資格はあるだろうか?


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:06 】

2019
09/07

力が一つになるパワー


気仙沼・本吉地区「駅伝大会」で、母校の志津川中学校の女子が優勝し、男子が準優勝となった。女子は区間賞で5区間の内に3人が入賞した。少数精鋭がここの力を発揮した。(写真は1日の運動会から}

野球ではジャイアンツが最終盤で遂に6連敗、ピッチャーが崩壊し、残り20試合を切り、広島が1.5ゲーム差で、一揆に10ゲーム差が縮まった。優勝への苦しみを乗り越え、原監督のリーグ優勝厳を、チームで頑張って欲しい。まったく!?

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「咲いたー!」 最後の向日葵
育ってくれて ありがとう
色々な向日葵が癒してくれました

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「南三陸ホテル観洋の副社長が町を提訴」
この問題について町に一般質問した。
被災した高野会館側の土地の整備を後回しにし、公園側の土地も強制収容すると言う。被災市街地復興特別措置法・土地区画整理事業の法に抵触するとの事からです。

《質問した事》
●震災後に「都市計画審議会」があり、私も議員の一員として総務常任委員会から審議員になりました。
・第一回目に町長も出席し「復興事業に協力を」と挨拶がありました。そんな町づくりの都市計画は、絶対に個人的な思惑などないと、法に則り町民や町で事業をつづける事業所に害が及ぶなど、私自身微塵も無く、町の計画案に賛成してきました。
それなのに復興の最終盤で、大きな問題として新聞を賑わせる事となるとは夢にも及びませんでした。相互の話し合いで、問題の拡大や継続を早急に解決の道を図るのも、行政の首長の役目と思いますが。

●町長が当初「祈念公園」として推進地域の一体とし、土地区画整理事業を進めれば、この事業所からの提訴はなく、町の復興事業の最終局面に臨めたと思います。
・(高野会館側は防潮堤ができた後は、どのようになるのか。)市街地の復旧はこのまま、右岸は雑草の原野が町長の進める町の復興なのか。)
・すべては右岸の祈念公園の土地が、用地買収費が交付金として国に認められる為の工作と思いますが、私の考えは違いますか。
(土地を国から指摘で縮小した事も納得いきます)
・祈念公園内の事業所の土地の強制収容など、人権を無視した横暴な町の復興計画があると感じますが、町長のご意見を伺います。

町長「議員は何故、ホテル側なの」、愚問である。おかしい事はおかしいからです。




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2019
09/06

小川の傍らに


野の咲く花にように
自然に静かに生きたい
日本では無理ですね

何の為に生きているのか? 生活は解るが、税金の為にあくせく働く自分がいる。
今から35年前からお世話になり、今も時々可愛がってくれる社長さんの、義理の母が亡くなった。となれ町の方ながら参列し焼香をしたい。奥さんの事が最近気がかりだったが。死亡告知には名前があった。18年ぶり位かな、若い時に「色々ありがとうございました」と言いたい。

私のこれまで関わった人への感謝の焼香は今後も続く。


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2019
09/05

向日葵の神秘の力に魅せられて


今年取り組んだ「我が社の向日葵大作戦」は最終章となり、最後の向日葵が何も無い会社跡地のユニットの前で咲き誇っている。
来年には今年の向日葵から種を取り、その子たちが又花を咲かせてくれるだろう。広さは現在の倍にしたいと考えている。種が取れるよう色々な人達から情報を得て、来年の為の準備をしたい。

黄色の花は心も明るくしてくれる。盛りを終えてもまだまだ貫録を感じ、凛としている。そして子孫を残す為にまだ栄養を取り、美しく枯れていっている。

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震災後に倉庫の中での生活でも、机に花を飾り、親子三人での何も無い生活も、今思えはそれも又楽しかった。自宅を新築し、プランターには季節の花を植え、リビングのテーブルには花を欠かさないようにしている。
被災した土地の換地が終わり、市街地の土地にも現在は「向日葵」を植え、一人でも多くの人達の心を明るくしたい。

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敏を取ったせいか、明るい黄色に魅了される。自分で土を作り、種を買い植え、花が咲き一人愛でている。ここにも生きている事の喜びを感じる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:20 】

2019
09/04

南三陸町は秋の装い


先週末の中学校の運動会でも「赤トンボ」が悠々と飛んでいるのを見つけた。猛暑の夏から曇り空の週間予報が、毎週のように続いている。今年も異常な気象状況が発生している。昨日は神奈川の横浜で「ゲリラ雷雨」の映像には驚く。また、台風が現在、太平洋に3個も発生し今後日本に影響を及ぼしそうだ。九州の異常なまでの豪雨が続き、四国・中国地方には前線の影響で、まだまだ心配な状況が続いている。
佐賀県上町町の油の流出による家屋や田畑への影響は測り知れなく、米の収穫も諦め顔の人々が多い。佐賀県は有明海に面し、雨が降っても海に流れにくい地域だと言う。川への降雨の排出が難しく、平坦な土地に雨水がたまる、そんな地形の関係が露呈した。

南三陸沿岸は地震・津波は多い地区ながら、大きな冠水被害は私の記憶にはない。「大きな地震が来たら高い所に逃げる」、普から家族で習慣となっている行動が、家族の命を守った。そういった事からも、高齢者の避難行動の「避難道路」「避難体制の確立」は、今でも変わらない町の政策として必要だ。

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昨日は黒崎にある「クリーンセンター」に、工場や自宅に溜まったゴミを、事業所ゴミとして有料で持ち込んだ。「不燃(資源)ゴミ」「可燃ごみ」の分別に、ゴミ袋の値上げと共に、町は分別強化を図ったのだろう。
持ち込み車の「計量機」に4回も乗る。意味が解らなかったけど、最後に理解した。まだ理解できないのが、キロ当たりの持ち込み料の違いがある。可燃ごみが安く、資源として利用できる不燃ごみが高いのが理解に苦しんでいる。今日は役場に行くので、環境対策課に行って確認したい。10月からの値上げでは持ち込みゴミは料金一律だった気がしている。

来月から南三陸町のゴミ袋が値上げされ
事業所の持ち込みゴミも高くなり
「駆け込みゴミ出し」に行く
道端の黄色の花に心が心落ち着く
我が家の慰霊塔にも少し摘んできた

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家庭菜園は今年も豊作なピーマンを、パスタ料理に使った。まずまず美味しい。どんな味に、どんな見栄えになるかが、また楽しみの一つでもある。


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2019
09/03

我が家の生活スタイル


今日は起床が6時30分となった。昨夜は10時30分の就寝で、2時間前後の夜と朝の時間の誤差となった。
父も薬の飲む時間に自分の「ルーティン」を持っている。7時近くになっても父の行動が見えないので、少しの不安。7時過ぎにバタバタとご飯をよそる。あー二人とも生きている。

我が家の小さな畑でも
こんなに大きく枝豆が育ちました
実入りを見ながら
全てに成熟を確認し収穫でした
2本の黒豆で残り一本となりました

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昨日の週初めの月曜日、10時から志津川消防署の完成落成があり、11時の昔のご近所さんの葬儀にも間にあった。
私が会社で仕事を始め、ここまで来られた方の死には、参列して御礼を重ねている。孫の弔辞も「祖母との何気ない日々が幸せだった」と大きくなり感じると言う。寝る前の祖母との「しりとり」は楽しかったと、当時を振り返り涙する。この子供達がこれからの南三陸町を担って欲しいが、「町で暮らしてくれるだろうか」と考えた時、町の疲弊を予感する。

収穫した「みょうが」は
うどんのやくみとして10個以上も入れ
卵でとじ 120円のかき揚げをいれ
うどんは半玉・まいたけも半分
豪華昼食とした。
楽し過ぎる私の料理と食事



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2019
09/02

港町の運動会


8月31日の運動会の予定が、9月1日に順延となった。校庭の排水が悪いからか、順延としベストコンディションで、生徒達も元気にグランドを滑走した。
今年は「赤」「青」に別れての対抗戦と、学年クラス対抗の協議に、生徒の応援団も声を枯らしての旗を振って声を上げていた。

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父兄も青空の下で日曜の運動会、子供達から元気を貰い、明日からまた頑張ろうとの気持ちになった事と思う。

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2年生のオールメンバーリレーは、悲喜こもごもの個人の力が爆発した。私も足が遅く、当時のメンバーレレーは、団体競技でクラスへ迷惑を掛けまいと、精一杯走った事を思い出す。今の姿を見ると、自分の力を出し走ってもらいたい。との現在の生徒指導があるようだが、早い子はけた外れで、遅い子はマイペースで、そんな姿に会場からは、大きな声援が飛んでいた。

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25人26脚は、練習はしたものの、本番のプレッシャーなのか、なかなか前へ進めない生徒の姿に、笑いと「ガンバレー」の声が響いた。

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長縄跳びは、放課後に限られた時間でのクラス練習、その成果が出たクラスと、最初は一回も回らず、制限時間の2分余りに最高の「7回」、多く飛んだクラスは「30回」前後と、自然と応援の声が会場から、来賓席から漏れていた。

母校の「志津川中学校大運動会」、昨年は雨天による体育館での運動会だった。青空の下での運動会は、やっぱり気持ちが良い。

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2019
09/01

週末土曜の午後


今日の開催の志津川高校の「旭ケ浦祭」の告知に、生徒が仮装して「さんさん商店街を歩いた。この日は週末の土曜、多くの来場者が商店街を散策していた。飲食店では食事の番を待つ姿も見られた。
「こんな子供が欲しいなー。」、そんな衝動にかられた。様々な仮装に、生徒は初めは恥ずかしいようだったが、「来て下さい」「……ありますよー!」など、自分たちのコーナーをアピールしていた。
ぜひ皆様、我が町の高校生の活動の姿を見に出掛けてみませんか。志中の運動会と重なりましたが、私は終わってから、寄ってみようと思います。

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被災地に音楽をと、関東在住の東北出身の仲間の音楽隊「みちのくアンサンブル」の6人のメンバーが、フードコートでトランペットやホルンの演奏で、来場者が音楽を楽しんだ。子供も多く、演奏曲は「アラヂン」「ととろ」など、楽しい音楽に触れた。
福島小郡山での演奏会から、南三陸町と明日は気仙沼に行くと言う。震災9年目となるのに、今もこうした活動が続いていた。

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「南三陸町復興祈念公園」の今の姿です。今年の12月には「一部開園」と、更なる来町者(交流人口拡大)を、狙っている。
本当に令和2年度に、全てが完成するのだろうか。この光景から、そう感じずにはいられなかった。

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午後は帰ってから「黒豆えだまめ」の収穫して、今日のビールのお友にしたい。

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