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ARCHIVE - 2019年08月

2019
08/22

菜園の収穫が綺麗に



昨日は突然の携帯が鳴った。登録していない電話番号で、東京で母が看護婦をしていた「石母田医院」で働いていた頃の、昔の同僚だと言う方の孫さんからだった。
「祖母の事を知りたい」と、家族のルーツを調べたいようだった。祖母の遺品に働いていた仲間の「記念写真」に、千葉宮子さんの17歳の頃と言う写真があったと言う。是非送って欲しいとお願いし、快く送ってくれると言う。
お返しに私は登米市の叔母の義理の姉から情報を聴き、彼女に伝えたいと思っている。こないだ同僚の看護婦の一人が亡くなった。96歳で、私の母は「93歳」で亡くなり、もう一人の菊池さんの消息は分からない。
東京の石母田医院へは登米市の、米谷・浅水・米山など、この地から登米出身の先生と共に東京へ働きに行き、東京空襲で焼け出され、その後、旧志津川町で開業したが、昭和35年の5月の「チリ津波」で、医院は再度被災し、看護師仲間は地元で結婚し、志津川で生活していた。
母のルーツにまた触れるとは思ってもいなかった。

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また、友だちに助けられた。
震災前から、震災後に再建で来たのは、多くの以前からの仲間友だちと、震災後に出逢い御付き合いさせてもらっている人達に、思い起こすたびに感謝の気持ちでいっぱいだ。

今日は忙しい中で、健康第一の行動をとる。私がこうして楽しく生き仕事をしているのは、周囲の気遣いと、震災後に自分の命は自分で守る「自助」の精神が、日に日に強くなっているせいだ。



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2019
08/21

昨日の出来事


もっともっと志津川の被災地を
向日葵でいっぱいにしたい
だって何もないんだもの
(旧志津川町字本浜町)

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昨日は女川町にある「女川原子力発電所」の視察に議会で行ってきました。
再稼働に向け「地震・津波対策」の工事中で、原子力委員会の指導の元に大工事が進んでいた。防潮堤は29mで、事故発生時の自家電源の整備や、事故発生時の環境の整備が続き、火災発生の防火帯は周囲に整備が終わっていた。
事故発生の「シュミレーション室」での職員の対応訓練が、常に行われている。電源の停止での原子炉の高温になる事による対策で、原子炉への海水による冷却体制は、自家発電の電力の回復による、迅速な原子炉管理システムの、幾度となく訓練が繰り返されると言う。
自然エネレギーの「太陽光」「風力」があり、その他にも「水力」「火力」等の発電があるが、大企業の工場への安定した電力供給は、安定的に電力として原子力発電は欠かせないと言う。
女川原発第3建屋の視察は、室入者の監視体制は、空港登場のチェック体制を遥かに超えていた。建屋の管理・監視体制は究極に近かった。原子炉の安全の管理は何処まで出来るかとの不安は、少しは職員の説明で改善された気がする。多くの皆さんに原発の視察による、安全性を見ずにして「反対」「賛成」を言うのは軽はずみとも感じる。

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女川原発では地元の人達も多く働いていた。ガイドの女性は女川出身で、女川商店に回って下さい。駅前の整備と住民の居住地の整備状況も視察して下さいと言う。
「PRセンター」でのお昼弁当は、女川の食材を全て盛り込んだ、豪華弁当だった。議会での支払いと言う。決して「原発稼働に賛成を!」と言う事ではなく。安全対策と安定電源の必要性を訴えていた。

帰ってからの会議では、「防潮堤整備とサケの遡上の問題」について話しあわれた。因果関係の明確な物は無く、世界的な異常気象と海洋環境の変化もある。だが何とかしてサケの回遊帰還に取り組まなければいけないと、議員からの声が多かった気がする。




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2019
08/20

楽しく生きられる仕掛け


今年初挑戦した「緑のカーテン」だけど、それ以外にも収穫がある。昨日は1本だけの収穫となったキューリ、夜のサラダの主役にした。
カットキャベツを敷き、その上にキューリと、一週間近く冷蔵庫に眠っていた「イカフライ」と「牛タンつくね」を載せた。ビールのお友に最高でした。本物の獲り立ての野菜は美味しいのです。
あんなに大きくたわわに、つたと葉っぱを伸ばした「ゴーヤ」と「キュウリ」、収穫は一本だけ、それでも楽しく期待に満ち溢れた2か月だった。

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南三陸町の志津川市街田の換地場所「本浜町200-2番地」に、今年植えた3種のヒマワリは、今、二段階の「はるかのヒマワリ」が咲いている。大きな花の輪が私を見ているようだ「頑張りなさい」と。
現在、最後のヒマワリ「ひめ向日葵?」が大きく葉っぱを伸ばしている。その周囲も同じ物ながら、その違いは何故か不思議だ。
どんな花が咲くのだろうか。天気が今週は心配だ。

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リビングに「紫陽花」が今も咲いている。食事もたわいもない料理でも美味しくなるから不思議である。

今日は女川町の原子力発電所の調査があり、どんな話になるのだろうか。皆さんは原発の存続派、それとも自然エネルギーの活用派ですか。

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2019
08/19

あおり運転犯人逮捕


にし日よけにゴーヤを植え
緑のカーテンで終わるのかと思っていた
昨日 小さなゴーヤを見つけた
嬉しい 食べるぞ


昨日、「あおり運転」の容疑者が確保された。周囲は「おとなしい人間」と言う。女性がいると心が大きくなると言うのか。不動産経営? こんな男と関わったら怖い、20代の男性も「まさかここまでやるか」と、窓をあけたのだろうが。車の中はシェルターであり、時と場合によっては、車の中に窓を閉め、留まったほうが安全で、「110番」で警察に通報した方が良いと専門家は言う。

助手席に女性を載せてのドライブ、男の性格や運転態度も変わる気もした。

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2019
08/18

南三陸町から離れた人たちに又まちに戻ってきてほしい


阪神大震災で亡くなった「はるかちゃん」
彼女の育てたヒマワリ
その種が10数年を経て
南三陸町の赤土の10mの嵩上げ地で
元気に咲いてくれました
亡くなった子供達へ黄色の花が
天国まで届いている事でしょう

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南三陸町志津川のサンオーレ袖浜は
残された夏の海を楽しみに
多くの来場者でいっぱいとなっている
登米から高速では「志津川インター」からの
車が行列となっていた
30分で市内から志津川に来る 近くなった

今日18日日曜も南三陸町志津川は晴天です。ラムサールの海へ是非お出掛け下さい。お待ちしています。子供達と御家族で!


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2019
08/17

あおり運転の恐怖


常磐道での「あおり運転」が、社会に与えた大きな問題としてクローズアップされた。被害を受けた側へのパンチの暴行は、見ていられないくらいの暴行だった。その筋の人間かも知れないが、あそこまで人間はするのかと思った。
暴行の映像を撮ろうとする助手席の女性、車販売会社に車を返しに来た人間は、犯人の幇助として罪にならないのか。販売会社は神奈川県在住の男に、車を貸し出し犯罪おこなった。

被害者が自分だったらと思うと、安心して安全な日本の高速道路を走行できなくなる。あのビデオが何度も放送され、一般社会への恐怖感の拡大は計り知れない。日本警察の社会の安定確保の、活動の姿を早期に発揮して欲しい。

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今日の朝、4時のニュースに容疑者全国手配の報道が流れた。「ついに見つかったか!」と言う安堵感を持つ。これから車で全国を歩きたいと思う私は、高速での移動は怖いと思っていた。
「なんで、あおり運転をするのか?」と考えた時、私も運転のミスは無い訳ではなく、急いでいる人に取っては「怒り」もあるだろう。互いに譲り合いと、運転への注意の減退している人は、周囲を確認し注意して、私も運転したい。

まずは早期の容疑者逮捕を警察にはお願いしたい。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:52 】

2019
08/16

雑草魂で


昨日の南三陸町は「くもり・30度」
そんな中で10時に菜園の草取り
蜂は飛ぶし・てんとう虫の大襲撃
1時間の作業で汗塗れ
良い運動になりました
雑草の力は凄い
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昨日の炎天下(33度)の午前10時から11時の一時間の農作業、仕事の後の異常なまでの汗とけだるさは、まだ若い・健康への過信だと初めて思った。63歳で熱中症での「死」は決してジョウクではない。
良い天候と適度な降雨により。雑草は一揆に伸びた。5日間ぐらいの雨模様の中で、雑草の草取りを後回しにしたせいです。何事も手を日々掛けないと、あとでそのしわ寄せが来ること再確認した。

昨日はお盆最後の休み、私は休みなど何処にもなかった。午後3時から父を登米市の「COOP」に連れて行き、好きな物を買いなさいと言ってはみたものの、広い店内を歩けないと言う。貸し出し用の「車イス」を初めて利用させて頂いた。店内を歩き甘える父に、さすがに年を取ったと実感させられた。
往復の車中での話は、先々週の土曜日、判断不能となった言う。今年の猛暑の中で「暑さの感覚がなく」、35度の部屋に居て気分が悪くなった。と、その時の事を話してくれた。その時に仙台からの父が支援する「キリスト」の先生がいて、気分が悪いと「針灸マッサージ」を1時間受けた。その時に事を話し始まった。「いくら御礼すればいい?」と話していた。

健康への過信は死に直結します。

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2019
08/15

今年の夏は終わりですか


一般的なお盆休みが今日で終わる。それなのに南三陸町のお天気は、今日も雨模様、喜んでいるのは草花だけのよう。
ウォーキングができそうと外に出ると、「パラパラ」と雨が降っている。最近のお盆の習慣と天候で、健康の為の散歩はできないでいる。
寝起きは肩から首が痛い、枕と寝方が悪いのかもしれない。やっと猛暑も落ち着き適度の就寝状況となり、気持ち良い夜となっている。しかし、海水浴や観光客が南三陸町の素晴らしい環境を感じないままに、帰路に付く結果となった人達も少なくない。

志津川の商店街には来客は、駐車場がいっぱいの光景からも判る。しかし、隣りに設置された「慰霊の場」には、隣接する道路を通る時には、その姿は見られなかった。
震災の風化の中で、10年目に「南三陸町震災復興祈念公園」が完成し開設となる。観光の為と言っても仕方なく、遺族の思いは何処にあるのだろう。

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昨夜の食事内容の「一人やもめ」の男の晩飯
韓国との経済・政治戦争での
アサヒビール不買で50%減となっている
昨夜は私の好きなアサヒビールを食卓に添えた

17年・18年と南三陸町への来町者数の集計が出た、2年連続の140万人の皆さんが南三陸町に来たと言う。17年は確か志津川に商店街ができた為に、町外から商店の再建への支援で、多くの皆さんが来て棋くれ。18年はサンオーレ海水浴場の好天に恵まれ、町外から多くの方が来た。
二つの志津川・歌津の商店街が完成し、これからが町への来町者の獲得の本番となる。昨年は商店街への来場者は減少した中で、140万人を越えた。三陸道の気仙沼市への延伸は、人の流れがまた変わり、2020年までに三陸沿岸の高速道が全て繋がる。
今度は令和2年度末には、南三陸町の「震災復興祈念公園」の完成で、新たな来客の動向がある。果たして町の首長野思いどおりの構想となるだろうか。




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2019
08/14

雨のお墓参り


夜中3時に目覚めた。5時にお墓に行くつもりながら、ぴったり6時間の睡眠だった。昨夜の「生グレープフルーツ酎ハイ」を3杯、ベットに付くと直ぐに眠ってしまった。

5時半にお墓に向かうが、小雨が降り始めた。この日は2段目の駐車場に車を止める事を考え、上の段は満杯ながら下は私が3台目で、ここから墓地までの急こう配の坂を登った。500mの中間で疲れて一端止まった。今年は手抜きで、お盆用のダンゴで作る供え物は今年からやめた。

我が家の墓地の下に自然の花で彩られた墓地、一端止まり見入ってしまった。昔は全てがこのように土の墓地だった。我が家は墓地の後に栗の木があり、お盆墓掃除が大変だった事を思い出す。母と私がその役目だった。今から50年前にもなる。母は「墓石が倒れるから触るなよ!」と言う。こんな昔の我が家の墓地を想い出した。その石も今となっては小さく感じる。「蓮じまい」の場所も増えたが、墓地の一番下にある新しい墓地は全てが直ぐに埋まった。私もあと何年墓参りが出来るかと言うと、長くて3年ぐらいかな。

今から「そば」を作り仏壇に供える。昔のような千葉家の盆膳を貫きたい。これで2019年のお盆も終わりです。

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2019
08/13

菩提寺の観音様も志津川の平安を見つめる


今朝の5時に我が家の墓地を見に行った。
一年の間に志津川「大雄寺」さんの墓地状況も大きく変わっていた。一番上の駐車場の登り口には、3社の墓石店の看板が目立つように設置されていた。
同級生の墓地も綺麗に整備されていた。60代となり将来の事を考え今のうちに、墓地の整備をしたのだろう。墓守のいなくなる現状の中で、残った家の者はお盆を前に掃除に来ていた。汚いままでお盆は迎えられないとの事だろう。
一番新しい大雄寺墓地前には「永代供養塔」が設置されていた。

志津川の通路の中央には、父の同級生の田中完一氏の墓地があり、その父は完義さん? でチリ地震の大津波の時に町長をしていて、「都市区画整備」をしたと父に聞いた事があった。町民に全て公平公正・平等に対したとも聞いた。それに引き替え!
亡くなられた法名碑に目をやる。完一さんの奥さん澄子さん、私の人生の一部の師でもあった。長男さんと孫さんの名前に、まだまだ生きてこの町を見続けて欲しかった。

仕事を離れた老後は、こんな町の昔の探索などもしてみたい。

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キャイーンの天野さんも大好きになった
宮城のホヤ
昨日は今年最後のホヤを500円で買った
3年物の中に少しの4年物
こんなにも沢山買えました




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2019
08/12

お簿の生活が激変


昔は志津川地区には「10日市」が立ち、お盆用品を道路に出店で販売した。
震災後は更に町民の生活は変わり、アップルタウンに商店が集約され、買い物の人の流れが生まれた。
また、震災後の「命の道」と言い、三陸道の延伸は三陸海岸を岩手県まで工事が進み、2020年には全て完成の予定だ。
町民も三陸道を使い近隣のスーパーに車を走らせている。小さな地元商店の売り上げは激減となっているだろう。

昨日の志津川の海水浴場には、子供達の歓喜の声が海辺に広がった。午前は曇りで午後からは小雨ながら、多くの来場者がひと夏の海を楽しんでいた。荒島・楽天パークに色々な遊具の中に、特設の「自転車メリーゴーランド」にも、子供達と見守る家族の姿もあった。

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南三陸町の志津川地区民の菩提寺の
「大雄寺」さんの駐車場が
お盆を前に以前の泥濘の解消から
整備されました
土盛りの場所は震災前の参道の場所で
以前のような杉の木の参道が想い起こさせる

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小泉進次郎氏と滝川クリステルさんの結婚は、国内ならずとも世界が情報を発信した。元総理の世襲の38歳の若き政治のリーダーの、突然の結婚報道に驚きと期待を膨らませた。
進次郎氏は、政治家として寝ても起きても心の休まる事や、戦いの日々は続き、自分が「素」になる事は無いと言う。そんな時に寄り添う女性がいて、来年には子供も生まれ、ピリピリした生活から少しは解放されるだろう。

私も小さな町の議員ながら、男ひとりの二足のわらじは、同じような心境が今後も続くだろう。

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2019
08/11

町を創って来た父の戦友が亡くなった

昨日の朝刊に父の詩吟の友達の訃報が届いた。94歳で父とは2つ違いながら、気の合う仲間として付き合いがあった。その二男は私の同級生で、クラスメイトであり、ゴルフの仲間だ。
葬儀会館に行くと駆け寄ってきて話をした。「2週間前に父の顔を見に来た」と言う、私は「父の死を察知しての事だね」と会話を交わした。東京に暮らし多忙の中で、故郷の両親を忘れがちになっても無理はない中で、親子の自然の意思疎通がそこにはあった気がする。

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お盆前の連休ながら、我が社は仕事をしている。夕方に少しの買い物で飯野川の「百均ダイソー」に行った。事務の備品と台所の不足品を10点、「1080円」で買った。安い! 私の町にも欲しいが、人口が年々300人前後の減少の町には、出店し経営的には難しいのだろう。2か月前に出店した「ツルハ」も駐車場を見ると、客足が伸びない現実を日々見ている。

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志津川荒島の「楽天パーク」に
3日前に新遊具が天気に祟られた
今日は天気
自転車のメリーゴーランド
昨日はテントで包まれていた

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午後5時のお通夜の帰り、焼香に出席した仲間との「みみふさぎ」と題した飲み会、場所も「イーグルス」と、楽天の試合を応援しながらの、お盆の集まりとなった。仲間の近況の変化など、自分の事として捉え、話に華が咲いた。

昨日は午後に仙台の兄が、台風がお盆に直撃? を懸念し、線香を上げに来た。何も準備していないので、お土産に志津川の冷凍水産品と、孫たちにチョコをお土産に持たせた。あと兄の好きな日本酒。そこでの話に、「志津川の財産はいらないよね」「土地相続に着手に150万円が係る」など、将来についての自分の考えを伝えた。自分たちの命は、何時どうなるか判らないとの思いからの事だった。



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2019
08/10

二人で生きるための生活


昨日は父が11時の病院の予約、私は10時30分の予約だった。父は南三陸病院で私は石巻日赤病院、父を9時間30分前に病院へ送って行き、私はその足で石巻まで高速を飛ばした。
父が診察から薬を貰い帰ったのは午後3時過ぎで、私が石巻から帰ったのは午後1時と、この時間の差に常々疑問を持っていた。改善されない長時間の診療時間は何故なのかと思っている。いつも私の方が病院の一緒の時は早い。

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帰りに「三滝堂道の駅」で買い物をした。夏野菜が山積みになり来場者を迎えていた。今日も駐車場いっぱいに車が止まっていた。昔ながらの「マクワウリ」も売られ、マスクメロンと一緒に並んでいた。私はトウモロコシ・タマネキ・おくらを買った。500円と油代を出しても安く、我が家からは「7分」の距離にある。
昨日のニュースで「あら伊達な道の駅」の年間来場者が360万人で、売り上げは「16億円」だと言う。大崎地区お土産は元より、宮城・仙台のおみぉげも置いてある。野菜コーナーも充実し、出品している農家もその恩恵にあずかり、地区民の来場も多い事が、年間360万人の来場者の数を生んでいる。

石巻日赤へは、胃潰瘍と仙台で診断され、再検査のため日赤で「胃カメラ」の診察からだった。一回目の予定日は風邪を引きキャンセル、2回目は多忙と予定を忘れ行けなかった。3回目はさすがに担当の先生には迷惑を掛けられず、体調と多忙を調整しての診察だった。受付から30分で検査は終わった。予約とはいえ早い。
我が家は車無くして生活は成り立たない。あと何年こんな生活ができるだろうか。健康だけは維持していかないと、生活自体が成り立たない。


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2019
08/09

志津川字本浜町200-2


南三陸町志津川市街地の10mの嵩上げ地、震災前に我が社の跡地である。換地も終了し「本浜町200-2番地」となった。自分が生まれた場所を残す事が出来たが、この場所は住んではいけないと言う場所である。

今年は「はるかのヒマワリ」や、自分で買い求めた「赤ちゃんひまわり」や、他のヒマワリも一種植え、「千葉印刷ヒマワリ大作戦」と題して、商店街から海水浴場の途中の東側の土地に植えた。
最初に小さな向日葵が咲いて、次の向日葵が今咲こうとしている。

2週間にも及ぶ猛暑が続き、毎日のようにジョウロで水をあげている。

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我が社の大震災慰霊碑には、造花のヒマワリにした。生花は風と天候で1週間ももたない。だから経費の削減で変えた。本当は生花を添えたいが、毎日のように綺麗な花を供えるのは難しい、そんな決断でもある。供え物は海に打ち上げられた、カキ等の海で洗われた貝と、海岸に打ち上げられた石とした。これが私の出来る最大限の死者への畏敬の念である。線香台も設けている。8月の14日は我が家のお墓参りの帰りに寄っている。
慰霊碑の一昨年前の7月11日の開眼式から、今年で3回目のお盆を迎える。震災復興祈念公園の慰霊の丘では、手を合わせるかは思案中である。

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今から11年前の議員選挙に立候補した時の提案が、「町民の集える場所」の設置があった。高台の住宅地には総てに「集会所」が整備された。私の場所は、何でも話せて、笑い・怒る・生活を語り合える場であり、生活弱者への支援の場所を想定している。金持ち達が酒を飲み・今を笑える場所にはしたくない。

自分一人の考えで色んな事をしている。9月決算議会での一般質問は、職員の不祥事と悲しい職員の現実を町長に聴きたい。

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2019
08/08

南三陸町で「花」と「美味しい物」に囲まれて


リビングの観賞用に買った花は、役目を終わるとそのままで外へ、自然の環境に置くと又輝き始める。再度、リビングでの鑑賞用として、部屋を飾っている。
そんな中に「シンビジューム」が二鉢あり、姉に教わった通り、時々水をやっている。3年前と2年前の物だが、3本の内の一本の葉っぱが今も枯れないで残っている。期待はしているが多分無理と諦めぎみだ。

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お得意の魚屋さんのご主人から、「これ食べて!」とすり身と豆腐をサービスに頂いた。忙しくて3日程、冷蔵庫で眠っていた。
知人から聞き初挑戦した、「すり身汁」は大好きな母の一品だった。タナゴ?のすり身、しょうが・味噌・卵・酒・片栗粉を、混ぜすり身とした。水分が多くなった気がするが、醤油だしの中に「すり流した」。豆腐と野菜はネギだけながら、我ながら美味しく出来た。
自分で作った物は何でも美味しい。

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FBの友達が慰霊台に「線香台はないのですか。」と問われたので、翌日に「震災復興課」で聴いてみる。しかし、担当は「管財課」と言われ、今年度移動した課長を知っていたので、色々と聴いてみた。
缶ジュース等の飲み物はカラスがいたずらして慰霊台が汚れる。線香は火災も危惧されるので焼香台は設置しないと言う。
慰霊台も去年の秋ごろに、さんさん商店街の北側駐車場に移転したと言う。「こんな寂しい所へ」と見つけた時に感じた。今後、令和2年の開園があり、「震災復興祈念公園」への、慰霊の場が完成するまで、一時的な場と言う。

遺族が行けるような、行きたくなるような設えはできない物かとも考える。単なる観光の場と感じ見えてしまう。誰の為の祈念公園なのだろうか。



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2019
08/07

私の植物達

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「ビールの友」にと今年植えた枝豆4本、何とか成長し実を付けてくれた。駄目もとで苗を買い植え見事に育ってくれた。
獲れたてはさすがに美味しい。買った物とはまるで違うのは、収穫しその後に早く茹でた事が良かったのだろう。
茶豆は成長が早い事を知り、残っているのは「黒豆」で、葉っぱがたわわに今も成長している。実はまだ薄っぺらで、食べごろまで成長してくれるか心配だ。食べずとも絶対美味い事を確信する。

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各地の大震災の悲劇を忘れないで
その為にも「はるかのヒマワリ」の
神戸の被災した子供の事を忘れないよう
先輩からいただいた種がここまで育った
後もう少し暑さの中で頑張れ

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昨日もお昼のおかずに、「ミニトマトとキャベツの千切りサラダ」を食べた。朝獲れトマトは洗わず半分に切って、キャベツの上に載せ「ごまドレッシング」で、勿論美味しく頂いた。

今日の朝は収穫した小さ目のジャガイモの、昨夜作った「煮っ転がし」を一品に添えたい。

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2019
08/06

日本も世界も戦いの政治が広がる

韓国とのこれまで築いた交流が切れつつあり、香港の中国との混乱は、国民のデモが終わる気配は無く、益々過激になっている。私の思っていたアフリカの民族間の戦いがあったが、今は世界各国で人間の悪の部分が拡大しつつある。原因は政治への「欲」があり、世界の均衡や平和と言う言葉が消滅している。

最近は「令和新撰組」の代表「山本太郎氏」がメディアに引っ張りだこです。昨日も夜の政治放送で消費税の廃止について説いていた。
消費税3%から8%の経済の低下を説明し、3%の増税で消費が下落し、8%でも更なる下落となった。増税分の国の税収で6兆円があり、差の分を政府は法人税の減税と大企業への減税など、6兆円の減税を行い、大企業の優遇の税制をしている。
国民から同等に税を回収は、消費税が手っ取り早く、「世界の流れ」と説明し納得を得ようとする。デフレは20年も続き、安倍政権の「三本の矢」の政治・景気の上昇は未だに達してない。消費税による「買い控え」は、国民の消費の低迷となり、お金の循環の景気の拓大に繋がらず。益々のデフレとなり、国民の消費の力を持ってすれば、日本経済は向上すると言う。だから消費税の廃止を提案していた。

今回の参院選挙は、「令和新撰組」の国民の理解が薄い中で、比例区の2%を獲得した。40代前後の支持は「SNS」の活用があった。こんなにも知名度を得た党、2年後の衆院選挙で代表は、間違いなく当選し、新たな党員の獲得は確実となる。どこまで何ができるか、令和新撰組・山本代表の動向を見て行きたい。私も今回の選挙では知名度は低く、勿論投票行動は無かった。


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日本人が忘れてはいけない日
それは「8月6日」と言います
世界で初めて原子爆弾が
広島に投下された日で、74年目となります
広島の知人に頂いた
「因島はっさくゼリー」美味しかったです
南三陸町志津川から合唱

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2019
08/05

みんな一生懸命

「ゴミの集積場所に持って行くのは自分の仕事」と言っていた父が、往復400mの距離が辛いと言う。「歩けなくなると大変」と言い続けていたが、よる年には勝てないと言う事だろうか。
食べる物を3~4日に一度、小型の冷蔵庫に惣菜を買い入れて置く。「食べる物は」と聴くと、「何も無い」と言葉が返ってくる。時々、お菓子や台所の中をあさる。年なのだからしょうがなく「9663」の老々介護へまっしぐらだ。
暑くて何もしたくないのだろうが、最近は週に一回「デイサービス」に行くようになってきた。少しずつ慣れて置かないと大変だ。

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東山公園の右奥にある「オクマンサン」の入口に、個人の「稲荷神社」があり、この度、鳥居が新設された。
オクマンサンは子供の頃の遊び場で、土の上のソリ滑りや、その手前は田んぼが冬に凍り、子供達のスケート場と冬はなった。その入り口に神社を被災後に見つけた。「神社のある所までは津波は来ない」と良く言う通り、この場所までも今回の大津波は来なかった。町内の至る所でこんな神社をよく見る。

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被災地に元気を!
「南三陸町大相撲土俵入り」に来町し
力強い四股を披露した「鶴竜」が
夏場所で優勝した
笑顔が住少なく見える鶴竜関
厳しさの中に優しさがいっぱい
おめでとうございます!

私も足と腰が弱って来た事を実感する。片足で靴下が履けない。困った物である。父の年まで後34年、そこまで生きられる事はな「我が人生」であり、苦しみもがきながら仕事一筋の45年間、終わり方を早く決めないと、何もしないままに人生が終わってしまう。

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ゴーヤとキューリの受粉に
一匹のハチを見つけた
初めて見た気がする
花が咲いても虫の手助け無に
実は成らない物ね

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2019
08/04

私の仙台七夕

昨日は戸倉公民館(旧中学校)で、東北ブロックなでしこグランドゴルフ大会が開催され、開会式に出席してきた。この日も35度越えの猛暑の中で、グランドゴルフ愛好家が親睦を深めた。

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午後から仙台駅ビルに「お中元」を買いに行った。
私の友達は家族と共に「青森ねぶた」に行き、家族孝行と親孝行で初めてのねぶた観光と言う。私も家族・子供がいたら東北の6県の祭りを是非堪能したい。後8年で仕事をやめられたら実行に移したい。

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仙台七夕祭りは7日から? 名掛町のアーケードをしばらまぶりで歩いた。仙台の雰囲気に浸れたものの、七夕飾りの準備はあるが、滑車とロープは見られるが祭りが始まってから飾るのだろう。
「うなぎ食べたい!」の願望を達成できた。「大戸屋」の2180円の「うな重」は、丸々一本の「うな重」だが外国産・養殖物だろう。しかし、絶品で食べごたえありのウナギだった。もう思い残す事は無い。
新井田川に一人で夜中にウナギ釣りに行き、釣ったウナギは怖くて、糸から外す事も出来ないままで家に香り、祖母がウナギを裂き・焼き・タレで仕上げた。あの時の「うな丼」の味は今も忘れられない。(小学校4年ごろだろうか)

これで私のひと夏の思い出は終わった。

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昨日やっと志津川の慰霊の場を見つけた
今日の朝5時に手を一分余り合わせた
誰もいない場所に
工事現場のようなポールに囲まれ
亡くなられた霊への畏敬を感じられない
寂しい南三陸町の現実です
さんさん商店街に置けないものなのか




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2019
08/03

M


私の大好きなシンガーの一人「浜崎あゆみ」、通称ファンは「アユ」と呼ぶ。63歳のオヤジが何言ってだが、と言う方も多いだろうが、彼女の歌詞と笑顔、ダンスへの妥協なしの演技に惚れた。

その中でも「M」は印象深い歌だった。今週に浜崎の「恋」に関し、ライターが彼女から聞き取り本を出版した。「M」は彼への思いだった。エーベックス社長の松田氏への、愛を綴った歌詞だった。Mは松田氏たった。
彼は既婚者ながら、浜崎の絶頂期に離婚し、浜崎に愛を伝え、二人の影での恋愛は始まったと言う。彼女がコンサートで歌を歌い、帰ると彼は女の子たちと店でパーティーをしていたと言う。あくまでも商品(アユ)と社長の立場は変わらなかった。すれ違いの日々から二人の関係は終わりへと近づく、そんな別れの女の子の気持ちを歌詞にした。その恋に苦しみ・もがき、眠れず書き留めた気持ちが「歌」となり、ファンの前で叫んだ。これが浜崎あゆみの歌・コンサートのパワーだった。「今日がとても寂しくて…」「マリア、愛すべき人のてめ…」など、彼への思いが伝わらない事へのいら立ちに聞こえる。

彼へのみたされない恋に歌と言う手段で、彼に叫びかけた歌、ファンに伝わらない訳がない。

私が25歳から30歳頃に、カラアケにハマったのも、恋歌は彼女が欲しいや、失恋・結婚・離婚、そして、子供が欲しい事が実現できない、そんな恋愛への願望の歌詞が、歌ったカラアケにはあった。「ヘンゼルとグレーテル」「最後の良い訳」、「アイ・ラビ・ュー」など、満たされない愛情の歌が多かった。

アユもその後二人の男性と結婚したが、恋に逃げ出したい、そして愛されたいとの、彼女の感情の現れで、そこには真実の愛は無かった気がする。今だから気付かされる。幸せになって欲しいョ、アユ!

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千葉農園の今日の収穫は
「枝豆」4本
今夜のビールのお供です
摘みたての枝豆は
さすがに美味しい

危険な暑さですよ
気仙沼の夏祭り
海水浴に最適とは言えない今日
熱中症に大注意を!

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2019
08/02

お盆御墨が消えた


今年の南三陸町の夏まつりは良かった。花火をゆっくりと10分一人で見た。10m嵩上げされた元の場所から、震災前を想い出し、亡くなった方への慰霊の気持ちで、今は亡き人達を思い空を見上げた。
「SNS」の反応は嬉しい。この花火の写真には「40件」を越えるフォローがあった。400名ぐらいの人が、今「フォロワー」として友達になっている。その反応に一喜一憂している毎日です。

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男の料理1
夏は暑く野菜の傷みも早い
摘んだミニトマトと
ウインナー4本・もやし1袋
昨夜の食卓に一品加えた

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今年の初めて植えた「ズッキーニ」がある。その成長の速さと大きさに驚き、生育したズッキーニも美味しく頂いた。野菜の食費も浮いたし、身体への糖分の減少にも繋がり、良い事ずくめの野菜生活だった。
今は仕事を終えた葉と茎だけが、畑の隅っこに重なっている。野菜の精にも感謝です。トマトの生育に摘み食いし、ピーマンと枝豆・ミョウガの収穫を待つ。

一昨日の夜は生ごみとゴミ分別の、町からの説明会があり、海上には150名余りが集まり、直接生活に密接な「ゴミ袋値上げ」の説明に聞き入っていた。
環境対策課の課長の説明には、ゴミ袋の値上げで、ゴミに対する考え方と、処理財源の拡大の抑制に繋がり、ゴミの減少に繋がる。との説明は、町が思い描く構図で、町民に処分料金の負担を強いるだけのものと感じた。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:56 】

2019
08/01

病を侮るなかれ 身体はそんなに元気じゃない


今から1か月前ごろに、朝のめまいから始まった。鼻水が止まらない、咳が止まらない、鼻の根元が痛くメガネを付けると痛い等、多くの症状が続いた。
初めに「起立めまい」の薬をいただき、次に風邪薬も頂いた。鼻の痛みが取れず、診察で新しく薬を処方された。・抗生剤2個・鼻水止め1個・咳止め・痰切り1個を食後3回、それが一週間頂き昨日の朝に終わった。昨日あたりから鼻の痛みは消え、鼻水も喉も良くなった。
「いつもの風邪」と侮ってはいけない。一週間前は東京での勉強会で、6時間の講演について行けず、早期退席しホテルで休んだ。

この薬が終わっても、胃薬が後1か月と、糖尿の薬は一生飲まないといけない。他の病からの薬の増加は避けたいが、心配は血圧であり境界線である。

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町の住民検診が始まった。父をケアセンターに送って行った。一緒になったのは震災前に隣りに住んでいた人だと言う。震災後の中学校の仮設での生活から、2年前に東地区の西工区に新築も終えた。
私の検診は週一回の主治医の血液検査で終わりとし、5日は2度目の「胃カメラ」の検診で細胞も取る。ここまでやれば良いし、後は天命と思っている。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:03 】


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