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ARCHIVE - 2019年06月

2019
06/22

;歴史と伝統文化を学ぶ


南三陸ホテル観洋の「落語会」
初めての生落語
桂恩狸さんの「茶金さん」
題名は違いますが
内容は聴いた事がありました
日本の伝統は素晴らしい
ありがとうございました

母の友達の葬儀に参列した。母は若い頃に東京の病院で看護婦をしていた。母は登米市米谷の出身で、2人の友達と(浅水)から3人で、米山出身の医師(石母田)の先生と東京で病院開業し働いていたと言う。昭和20年の戦争の終戦で、志津川地区に病院再建し3人の仲間と看護師をしていた。35年のチリ地震津波で海岸近くにあった病院は津波で流され、3人の看護師仲間はそれぞれの生活をし、結婚し志津川の生活を続けたと言う。大正から平和そして令和と、我が人生の天寿を全うしたと私も思っている。素晴らしい人生と友達の繋がりに感謝でいっぱいです。

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昨夜は7時から「南三陸町の志津川の歴史」の勉強会に出席した。町内の各地に立っている「板碑」から、時代の流れを知る。
神と仏の崇拝が昔から脈々と続いていた。最近では「新井田遺跡」が震災の2年目頃に調査が一年掛け始まり、その跡地に震災から6年目には住宅地が建った。ここには「山城」があり先人の暮らしの流れを持っていると言う。「旭館」があり、「おだまや遺跡」は親戚が代々守ってきた。従妹が震災で亡くなり、遺跡を守る事が出来なくなった。遺跡の草刈り清掃を続けて来たが、今後はできないと言う。
その他にも「徳性寺」の叔母の嫁ぎ先で、先祖の面影を知る。「大雄寺」は我が家の菩提寺としてある。「荒澤神社」や波伝谷の「戸倉神社」も、南三陸町の歴史を語るのに欠かせない場所として紹介された。500年・800年前を知る術が、「板碑」にある。何げなく道端にあるもの等、気を留め何が書いてある事を読み考える事など無かったが、これからは足を止め見るようにしたい。
志津川の歴史の勉強には多くの人が集まっていた。

今日にでも叔母の「徳性寺」の山門の脇にある板碑に目を止めて見ようと思う。



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