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ARCHIVE - 2019年03月

2019
03/23

春なのに


南三陸町志津川の第二の故郷になった「沼田地区」にも春が来ました。

今日の河北新報のチラシに南三陸町の死亡告知が入った。ここ4日で3人の志津川町のゆかりの方々の逝去が伝えられていた。
初めは同級生の母で、八幡町でスタンドを経営し、店では郵便葉書などの販売代行もしていた。品の良いお母さんがそこには居た。昨日は志津川駅前の花屋さんのご主人で、公民館に勤務され、父とも知り合いで、父は「こないだ会って話したのに」と話す。心臓の病気で震災後に手術して、弱ったと息子さんは言う。今日の告知チラシは、我が千葉家の本家筋で、昔は建設業をしていたが不景気で廃業し仙台へ行ったと聴く。その会社の専務をしていた。
明日の11時の葬儀ながら、行政区・センターの総会が10時からで参列はできないので、今日の午後4時に焼香に行く。

岩手県の「リアス線」開通となり、被災沿岸の住民の歓喜が聞こえるようだ。人の足が止まり9年目の震災復興、よくここまで頑張りましたね。
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第三セクターの「リアス練」が今日全線で開通する。日本で一番長い「第三セクター」と言う。今年中には絶対行って、大船戸から久慈まで鉄道に乗りたい。我が町はと言うと、気仙沼線の復活を早々に諦め「BRT」が走っている。気仙沼線の復活に「700億円」、戸倉駅までなら「70億円」だったと思う。早期の住民の足にバス輸送を選択した。
リアス線は170億で8年掛って再建が進められ、沿線住民の復興の願いを三陸線会社が達成した。これからが大変と社長は言う。苦しい方向性を求めた恩恵が今後に生ませる。住民の震災からの復興を後押ししたのが、このリアス線の復活と話す。
南三陸町は住民の厳しい再建があり、町の簡単な鉄路代行のバスを選択した、この選択は楽な道を選び、震災からの復興と言う第一目的だと思うが、将来には、地域の再構には繋がらない選択と私は思う。

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NHKの朝の連ドラ「じぇじぇ・じぇ」の舞台で、久慈市がクロズアップされ、三陸の幸「ウニ」を全国に伝えた。今度は釜石開催の2試合の「世界ラグビー」で、世界から多くの人達が三陸「リアス線」で来てくれる。

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我が町の復興の形の検証は復興10年のこれからで、誰が検証するのだろう。戸倉地区に「ネイチャーセンター」が出き、どれだけの人が来てくれるだろうか。もし戸倉駅が出来ていたら、地域の発展は間違いなく進むだろう。戸倉地区の住民の5人の代表の議員さんは、どんな事を考えているのだろうか。





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