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ARCHIVE - 2019年03月

2019
03/11

3.11の8年目の被災地は大荒れ


昨日は、千葉印刷無人営業所の慰霊塔に花を手向けました。今日は8年目の忌まわしき日を迎えます。一人静かに献花して来ました。南三陸町志津川駅向かいの場所で、どなたでも志津川湾に手を合わせられます。660名と海に沈んだ200名の御霊に合掌。

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南三陸町の志津川市街地の西側です。志津川駅とウジエスーパーなど駅前商店街があり、町役場・病院・公民館・松原公園があった。総てが流失し高野会館が残るだけとなった。震災から8年目を迎え、こんな現在の光景を誰が予想しただろうか。将来の子供達に何を残すのだろうか。高台への「職住分離」は。

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写真は志津川市街地の上の山緑地の避難所の向かって右側で、減災後は墓石店と農業を開始した方の上の場所です。

震災の二日後に旭が丘から、惣内山の脇を通り志津川中学校裏へ、磯の沢を抜けベイサイドアリーナに、震災後に人を探しに行った。アリーナには多くの住民と、同級生・知人との再会ができた。
アリーナから裏道を通り、東山に抜け写真の場所に階段を登り、熊野神社に抜け、志津川小学校で人を探した。
この場所までの津浪は16.5mで、同等の津浪で今回の浸水域に再建した住宅は、再度の津浪襲来でまた被災が予想される。土地の確保がままならず、この場所が浸水区域指定前に建設をした。町の震災復興計画を待っていたら、他への移転も考えたかも知れない。

県の警察宿舎の三階建の建物の屋上には、車が一台津波で打ち上げられた光景が、印象的な風景にあり記憶に今も残る。

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