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ARCHIVE - 2019年03月

2019
03/31

平成最後の週末


昨夜は石巻ジャスコで「イタリアン」でした。人気ナンバー1の辛さ2のスパゲティー、でも私には辛かった。

しばらくぶりの人ごみ、嫌いだけれど生きているって言う感じだ。
63歳となり仕事と議員活動、町民への情報発信と多忙を極め、自分の身体は二の次と、「要再検」も行けずじまいとなっている。来週には診断から2か月を迎え、2か月間以内の「紹介状」の期限が来る。
広島から南三陸町への、小学一年生への「祝い品」が1つ2つと届いている。5校分が2日には全部届き、新齋藤教育長に届ける予定だ。また、他の地区の市議会議員が「中小企業条例」の内容を聴きに来たいと言う。

今は、自分にやれる事は全てしたいと思っている。

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昨日の午前にジャガイモの種を植えた。
12株ながら自宅で食べる分としては充分です。
猫の額の我が菜園の雑草を取り、カキ殻を撒き土に混ぜ、ウネを3本作り肥料を撒き土をかぶせ、その上に一行種イモ4個を植え、フサフサの土をかぶせた。
来月には芽が出て、7月には収穫できるだろうか。

隣りの畑の雑草の中には「ニラ」が可愛く成長していた。



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2019
03/30

良き志津川最高!


無性に「京極」のカツ丼が食べたくなりました。店主は「夜7時に入れば大丈夫」と言う。震災後も頑張る個人飲食店を応援します。以前の懐かしい味でした。(南三陸町志津川字中央団地内)

無性に「京極」のカツ丼が食べたくなりました。店主は「夜7時に入れば大丈夫」と言う。震災後も頑張る個人飲食店を応援したいがある。以前の懐かしい味でした。(南三陸町志津川字中央団地内)

南三陸ホテル観洋のプロジェクトに、「海の見える命の森」があり、FBでの多くの団体の活動を見ている。看板ができたのが2年前頃だろうか、早く登りたいとの気持ちとは裏腹に、冬の雪があり、仕事の多忙とで私の思いは達成できないでいた。随分と雑木が伐採され、広々とした山頂となって来た。迅速かつ活発な活動で「桜の苗木」が日々増えているようです。まだまだ南三陸町は寒く、ホテルでの呼びかけに、皆さんの南三陸町の被災地を思う温かい気持ちが伝わってくる。

「命の森」の下にアイランド・大朝日?さんがある。最近、閉店したとの話が聞こえてきた。寂しい限りである。志津川地区林の海原が一望できた店だった。最上階は喫茶店だった。店主の「志津川の素晴らしい海を観てもらいたい」との思いが、こんな場所を創り上げた。後継者の問題など測り知れない理由があったのだろう。誰かに引き継いでもらいたい墓所「店」と感じる。

今日は4日ぶりにウォーキング、最近は朝に布団から出るのが辛い。しかし、寒い中を歩くと気持ちがシャキットする。昨夜の巨人戦は、菅野で広島に負けた。打てない巨人は、高橋監督から原に変わっても変わらない。

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2019
03/29

南三陸町の若者たち紹介


南三陸町の若者たちの仕事ぶりが、本町舎玄関のテレビで紹介されている。
ぜひご覧頂きたい。カッコイイから!

「カッコイイは自分で決める」
こんなキャッチコピーで、町の紹介ビデオは終わる。

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造船所・運送・蒲鉾会社・煮タコ加工・めかぶパッケージ・銀ザケカットなど、南三陸町を代表する会社で働く若者達が、次々と出てくる。私にとっては全てが新鮮に映った。

昨日は隅田川で「やかた船」の船火事には驚いた。以前聞いた事があるが、山形県の最上川の「やかた船」も、震災後に受注があったと言う。墨田川へも2艘の船が地元の造船会社で造船されたと言う。一艘「1億円」? との声もあり、南三陸町の造船技術き世界に誇れる「匠」と知る。
歌津地区での「木造船」も現場を見たことがあり、その技術の高さは南三陸町の宝でもある。


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2019
03/28

あ~あ南三陸町


3.11の大津波はこの高さ近くまで来だよなー、南三陸町志津川地区を訪れたら、ぜひ登って下さい。設置している間に。
(海抜10mの嵩上げの上に建つ)

NHKの朝の連ドラが今週末で終わる。NHKの予告を見て、今週は朝の食事をしながら見ている。
モデルは「日清のカップヌードル」だと思う。
この宣伝力はテレビ番組の「ヤングオーオー」だと私は思います。後3日でこんな話が出てくることを楽しみにしています。現在は落語界の関西の頂点に立つ面々がいました。そして私の大好きな「明石家さんま」の若かりし頃の姿がここにあります。

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南三陸町の志津川「松原公園」前の干潟が、防潮堤工事の県の設計ミスで、土砂が投入された。気仙沼市の町づくり協議会の意見に、「知事の謝罪がない」と言う。こんなに時間が経過しても、まだ頭を下げていない、県の仕事の責任はトップとして知事にある。1月のミス発覚があり、町は何もしようとしていないし、しないと言う態度を感じる。

女川原発の「住民投票」も県議会は認めなかった。多数を占めている自民党の力の成せる技でしょう。
国政も原発への電力の利用を未だに模索している。東日本大震災の原発の被害は、地震大国の日本にとっては、今後にも大きなリス九が抱えての、政治姿勢である。日本の大企業は世界への原発輸出を断念し、原発事業からの撤退の中で、政府は何を求め。地震大国の日本を見つめないのか。

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2019
03/27

世界一美味しい志津川のマダコ


私の昨日の生活習慣病予防食、全てが大好物。今日の血糖「164」、高い。

今日の体重「73.6K」となった。スクワット家庭用マシンとウォーキングの成果だろうか、「1.5K減った」。腹のふくらみもへこんだ気がする。
スクワットも1Kのダンベルを2個持ち、一日1回~4回を60回。継続は力なり。スクワットは3か月、ウォーキングは1か月が経とうとしている。

質素な食生活を基本に自分の為に頑張らないと、「親より先に死ねない!」。

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南三陸町の志津川の真タコはやっぱり美味い。

入谷地区の魚屋さんから「タコ刺身」を一皿買ってきた。一皿500円で写真の物は3分の1ぐらいながら、満足のいく歯触りと甘さだった。
今年はカニが多いと漁民の方が言っていた。カニが多いと食料とするタコが増えて、大きく育つと言う。
昨年は数が多いが小さいとの志津川湾の状況だった。今年は漁師さんの言葉通りだと、一昨年の大豊作になるかもしれない。価格も安くなるとイイなー。

仲買さんは大量に獲れたタコは勿論、ワカメ・めかぶも冷凍保存して、水産物の量の少ない時は、解凍して志津川の水産品を観光客に提供していると聴く。



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2019
03/26

志津川に帰りたい


今朝は5時50分からウォーキングを10分、1600歩を歩いた。
5時半には外はもう明るい。家の周辺を一周、色々な事を再発見する。
工場・自宅の裏から、旭が再建した自宅と工場を照らす。
「住めば都」であり、生まれ住んだ南三陸町志津川は最高である。

10代から20代の死亡原因の一位が「自殺」とショッキングな報道があった。知らず、知らずに全国の子供や若者が死んでいた。

気仙沼市の防潮堤の工事ミスに対し、県はこの問題の処理を発表した。22㎝の防潮堤の予定より高く建設した。対策として建艦の問題は背後地を同等に盛り土する事で決着した。
掛った経費は「9150万円」で、県と設計会社・建設会社で3分の1ずつ負担し、関係職員10人を「訓告」などの処分する。知事の責任を問う声も多く、今後の政治家生命にも影響しそうだ。今回の問題で知事の傲慢な態度を市民は言う。長期政権の「成せる技」と、一人の首長の地方自治に問題がある。国政も同じに感じる。「奢り」「弛み」など、初心を忘れている。

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震災から8年が経過し、工場・自宅再建から5年目が経過した。
父は何とか元気で、私も今の所、大きな体の変調は無いが、今後はどうなるかわからないのが人の命です。
仕事はと言うと震災の年の7月には仕事を開始し、初めの年は300万円の売り上げで、仕事は復興が進むにつれて、行政の復活により震災前の7割まで戻った。一昨年をピークに仕事が減少し、5月決算には震災後を覗いて過去最低になるだろう。
ここまで仕事をしてきて生きて来られた事に満足している。1千万の借金の残高を「0」にすねまでは仕事をしないといけない。従業員の事も守らないといけない責任もあり、会社の整理も視野に入れ、今後も歩んでいきたい。

広島の団体が南三陸町の小学の新一年生に、お祝いの品を「70個」余り送ってくれる。4月の1日には到着する。来年度から新しく齋藤教育長が就任する。直接手渡しできればと思っている。



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2019
03/25

南三陸町は日々変わる


写真の場所が何処か判りますか? 
志津川地区の松原公園と南町・本浜町・大森地区を結ぶ「港橋」です。
いよいよ2億円以上も掛けて解体となります。
志津川市街地の45号線を通ると、巨大な解体重機を見つけ現場に行きました。
防災庁舎のある「震災祈念公園」の今を、観光客が撮影していた。私も……

昨日の日曜は沼田行政区の総会があり無事に終わった。地区民からの要望で「沼田ふれあいセンター」の脇に新しい道路ができ、センターの状況も変わった。センターの周囲のトラ縄では高齢者・子供達の事故が心配と、早期の柵フェンスの設置をと声がでた。
日中は配達と、市街地の入口のチェーンが壊れたので取り替えた。昨日の保呂羽山西風は凄い物だった。慰霊塔の彼岸花は飛ばされ、大きく東側に頭を向けていた。商店街にはそれでも多くの車でいっぱいだった。夜には気仙沼の友達が「三陸新報見て」と電話をくれた。最後の子供達への通信簿の伝達の姿があった。彼も60歳となり今年で教員を引退する。大好きな趣味の釣り三昧の日々となるのかな。総会に行く前に石巻の同級生の母が電話をくれた。長話しなると今日改めて電話をいれたい。昨年ご主人を亡くし寂しい事と思う。仙台の知人は被災地支援の社長の急遽のため、石巻での緊急会議の通知をメールでくれた。
今日の朝は河北新報に「死亡告知チラシ」が無くほっとした。

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今日のFBに来月から国会議員の月額報酬が2割上がると言う。消費税の10月からの値上げがあり、国会や官僚の虚偽の発言・報告の中で、国民の生活弱者の増加、若者は安定した就職が厳しく、正規雇用が拡大し将来に不安いっぱいの社会を生きている。国会議員の身を切る改革は無く、ダラダラと国会運営がみられる。
4月末の天皇の退位、5月の新元号と新天皇の誕生を控え、政府は大変忙しいと官房長は言っているように思う。選挙も2週間後に地方選挙の投票を控え、政治は大きな動きを見せようとしている。
安倍孫理の米国大統領トランプに、「ノーベル平和賞」の推薦をしたと言う。こういった発言は「50年後?」まで公表しないが、トランプへの総理の忠誠心がここにある。韓国大統領の就任からの「北との融和策」にほころびが見えてきている。

日本も・世界も、何処を見て進んでいるのだろうか?



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2019
03/24

ワカメ・メカブ復興市


神奈川県の三浦半島の三浦市は、「防災協定」を結んでいます。
震災後に志津川地区で沿岸部の高台に「東浜団地」があり、津波被害を免れ多くの支援者の受け皿として活動してきた。
今年も三浦の「キャベツ」が届いた。大切に味わって食べたい。
ありがとうございます。

「郷土愛」「親戚縁者への感謝」が、大震災では薄れる事はなかった気がする。「自己責任」で町を離れても、故郷への思いは、私は変わる事がないと思っている。しかし、現実は個々に帰ってこられない、事情を抱えている人は、故郷に足を踏み入れる事をする気も無いようだ。
ここ3日間の葬儀への参列で、懐かしい人達と会う。亡き人への最後の感謝と御礼をするために故郷へ帰ってくる。
私もこれまで志津川に生きて、一期一会の感謝の気持ちで、関わった人への葬儀への出席を続けている。

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チャーハンが食べたい、それも美味しいチャーハンである。
大門のも美味しかった。常盤の五目チャーハンも絶品だった。
しかし、もう食べ事はできない。

その味を求め町外に「美味しいチャーハン」を求めている。
石巻・利府・登米など「食べ歩き」の時間を作り探索している。

岩手の高田市に「ベルトコンベアー」での嵩上げを、震災2年後に個人視察に行った。その時の仮設商店街の「黒タンタンメン」の味が忘れられない。
三陸リアス線の全線開通が昨日あり、沿線の住民の笑顔が広がっていた。今度行った時に探してみたい。


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2019
03/23

春なのに


南三陸町志津川の第二の故郷になった「沼田地区」にも春が来ました。

今日の河北新報のチラシに南三陸町の死亡告知が入った。ここ4日で3人の志津川町のゆかりの方々の逝去が伝えられていた。
初めは同級生の母で、八幡町でスタンドを経営し、店では郵便葉書などの販売代行もしていた。品の良いお母さんがそこには居た。昨日は志津川駅前の花屋さんのご主人で、公民館に勤務され、父とも知り合いで、父は「こないだ会って話したのに」と話す。心臓の病気で震災後に手術して、弱ったと息子さんは言う。今日の告知チラシは、我が千葉家の本家筋で、昔は建設業をしていたが不景気で廃業し仙台へ行ったと聴く。その会社の専務をしていた。
明日の11時の葬儀ながら、行政区・センターの総会が10時からで参列はできないので、今日の午後4時に焼香に行く。

岩手県の「リアス線」開通となり、被災沿岸の住民の歓喜が聞こえるようだ。人の足が止まり9年目の震災復興、よくここまで頑張りましたね。
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第三セクターの「リアス練」が今日全線で開通する。日本で一番長い「第三セクター」と言う。今年中には絶対行って、大船戸から久慈まで鉄道に乗りたい。我が町はと言うと、気仙沼線の復活を早々に諦め「BRT」が走っている。気仙沼線の復活に「700億円」、戸倉駅までなら「70億円」だったと思う。早期の住民の足にバス輸送を選択した。
リアス線は170億で8年掛って再建が進められ、沿線住民の復興の願いを三陸線会社が達成した。これからが大変と社長は言う。苦しい方向性を求めた恩恵が今後に生ませる。住民の震災からの復興を後押ししたのが、このリアス線の復活と話す。
南三陸町は住民の厳しい再建があり、町の簡単な鉄路代行のバスを選択した、この選択は楽な道を選び、震災からの復興と言う第一目的だと思うが、将来には、地域の再構には繋がらない選択と私は思う。

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NHKの朝の連ドラ「じぇじぇ・じぇ」の舞台で、久慈市がクロズアップされ、三陸の幸「ウニ」を全国に伝えた。今度は釜石開催の2試合の「世界ラグビー」で、世界から多くの人達が三陸「リアス線」で来てくれる。

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我が町の復興の形の検証は復興10年のこれからで、誰が検証するのだろう。戸倉地区に「ネイチャーセンター」が出き、どれだけの人が来てくれるだろうか。もし戸倉駅が出来ていたら、地域の発展は間違いなく進むだろう。戸倉地区の住民の5人の代表の議員さんは、どんな事を考えているのだろうか。





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2019
03/22

兄弟会議


南三陸町での食事会のお膳、美味しく頂きました。

フェイスブックの友達リクエストに気を付けて!
一昨日も二人の外国人が「友達リクエスト」をくれた。国際交流の名の元に、以前はリクエストには応えていたものの、事業展開・融資・結婚詐欺のような物もあった気がする。
今日のニュースに名古屋の病院勤務の、60歳代の女性が病院のお金を着服した。「ロマンス詐欺」による事件と、警察は捜査をしている。
私のFBの自己紹介には「1967年生まれ独身」と明記している。こんな個人状況の把握から、「魔の手」が忍び寄ってきている。注意してSNS交流をして行きたいし、して欲しい。

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2019
03/21

春彼岸、先祖と母に想いを馳せて


今日はお彼岸の墓参りに朝5時に行く事していた。
結果は6時半となり、祖母・叔母・母そして先祖と向き合った。
我が墓地は1千基もある菩提寺の墓地の上から五番目、その坂は年々きつく感じる。
あと何年、一人の先祖の墓参りができるだろうか。

昨日で議会は終わった。
南三陸町の問題は山積している。同僚議員が災害公営住宅の維持管理費の「7千万円」の県の住宅公社に委託している事について、「この委託をやめ、町で管理に当たり住民に雇用の場を与えたら」との提案があった。それに対する町の現状は、最近独居の方が亡くなり、何日後に発見されたと言う。遺体の引き取り手が無いとも言う。保証人は引き取りを拒否し、今も個人の私物が部屋に残されたままで、部屋の家賃や管理に町は苦慮しているとの報告があった。
こんな住宅居住者の問題に、行政が対応できるかと言うと難しい。800戸の災害公営住宅は空き室が一桁台と、だいたい満室の状況になった。震災で被災者の住居の提供は行政の責務である。今後10年後には、補修・管理・維持に10億の町の財源が必要だとも話す。
将来の不安を抱えたままで、震災復興完結の10年まで2年を残す事となった。現町長の震災復興計画であり、10年後の現実の計画失敗は、誰が責任を取るのだろうか。住民にも投票責任があり、一票の重みを感じて欲しい。

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フェイスブックやツイッターで友達が、「内容が暗い」と最近指摘された。
死者への畏敬と感謝は、大震災を受けた町、そして住民の事を思えば当然の行動と思っている。
ベイサイドアリーナでの町からの震災復興での町民へのお願いで、その計画に理解をとの町長の説明があった。
私は議員そして一町民として、行政に「町民はここで死んでもイイとの考えを持っている。一日も早く住民の生活環境を整え、生活再建をお願いしたい!」と意見として発言した。民放を始め私の映像がメディアで全国に発信された。アノーナに集まった5百名? を越える町民に選ばれた志津川地区の代表として発言した。あれから9年目を迎え、私には町のマイナス部分だけが露呈したと感じる。
震災復旧の土地整備の遅延で、町民の3千人が街を離れた。現在は17000人から13000人を切るまでになった。人口が減る事での多くの弊害が現れている。介護保険料の上昇、地方交付金の減少、労働力の減少など、人口減少が大きな要因にある。それでも町長の方針の5つの一つに、「交流人口の拡大」を上げる。もう町の再構は無理のようだ。

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同級生が震災や逝去で30名を越えて亡くなった。還暦のお祝いで仲間の塔婆を志津川地区の大雄寺の墓地の入口に建立した。
共に志津川町で生きて来た、仲間に頭を下げた。決して皆を私は忘れないだろう。



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2019
03/20

私にもこんな時代が


FBで繋がった方への返信メールです。自分の状況を言っていましたが、昔の事で忘れた。とも言っていました。
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日本全国が人口減で、未婚者もいっぱいで、子供の出生が1~2人ではね。それでいて「虐待」など不幸な事件も、毎日のようにテレビで報道されています。人口減は地方はもっとすごく、被災地はその上を行く。私の時代は4クラス40人で、色々な友達が沢山いた。良き時代でした。
*****

今は女の子と男子も「着物姿」が多く、時代もここまで変わり、御両親も我が子の晴れ姿を映像に納めようと、スマホとビデオに向っていました。

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写真は津波で半分に分断され、残った南三陸町志津川の大森地区です。
私の子供時代は、この写真の前の場所に「大森海水浴場」があり、志津川の町民が多く集まる場所でいた。
時代の流れは私達に何を残したのでしょうか。(海岸に観光バスが下りて行く)

安倍政権も官僚も「嘘の上塗り」が今も続いている。
戦後最大の長期景気も信じられない事態が発生している。北方領土・拉致問題・沖縄基地など、何一つ結果は出てない中で、自民党政権が続くのは、大企業の状況は良く内部留保の増加で、その指示は減っていない。
今になって「消費税の10%中止」なんて言う事も、報道で囁かされている。ここまで色々な議論と対策を考えて中止はない。社会保障・人口減少・子育て支援など、消費税の5.5兆円を充てるのに、与野党の国会の議論は何だったのだろうか。自分の政権の維持の為に、景気の後退からの回避がある。将来の国を考えれば、消費税アップは国民皆が共有できる考えである。駆け込み景気と、反動の景気のダウンは仕方がない。

国政は変化が起き始めているが、町政は何の変化もない。国民の税金をジャブジャブと使っているように感じる。

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2019
03/19

過去への思いと現実


志津川本浜地区の防波堤で、南灯台が無くなっていた。
北防波堤では今頃、「モクズカニ」を獲りました。懐かしい想い出ばかり。

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「夢に向かって頑張れ!」
母校の後輩達44名が、志津川中学校への次の段階に進む。
中学2年生の先輩がメッセージを送ってくれた。
「悩んだら、周囲の友達・先輩・先生、地域の人達に相談して欲しい」と話す。
いじめの無い南三陸町であって欲しい。

志津川小学校の「くろしお宣言」は、子供達が考えた「いじめ」への取り組みの4つの項目があった。
今日の志津川小学校の卒業式、いつものように感動した。

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2019
03/18

南三陸町志津川字「大森橋」


志津川地区に完成した「大森橋」、渡った光景には昔の面影は何処にも無く、津波避難の高台に残った家があるだけ。

(10mの嵩上げ後)の大森地区、震災前は橋を渡ると100軒以上の町並があった。大森橋を本浜から渡ると、左側にパーマ屋さん・電気店・蒲鉾店・不動産屋さんがあり、右側には水産加工工場・酒屋・同級生の住宅・乾物店・水産会社があり、おどりの稽古場があった。
この道を真っ直ぐ行くと「大森住宅」があり、まさに津波非難場所がここにあった。チリ津波の時にはこの高台から、襲来した津波を見つめる地区民の姿が写真で残っている。
橋の下には「新井田川」、河川堤防は11mの高さで、以前土地は法面に変わった。何処を見ても昔の思い出は何処にも無くなった。この場所は「水産特区」として27億円が使われ、昨日見に行くと3軒の水産会社があった。3億から8億に国の支援があり、8分の1が自分の手出しで工場が整備された。凄過ぎる震災支援格差が南三陸町であった。

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震災前は歩いた事が無く、昨日は会社の営業所から、ぐるりと大森地区まで散策した。3000歩の楽しくもあり、発見多きウォーキングだった。45号沿いには農協スタンドが4月からのオープンだろうか。本浜側に新井田川沿いに工場も建設されていた。
この場所は住んではいけない土地であり、10以上の場所なのに住宅地としては、町は認めない。

今日から春彼岸、綺麗に会社の慰霊塔に「削り花・猫柳」を供えた。昔は新井田川の上流は小川だった。沢山の猫柳が群生していた。ホタル狩りにもいった。自然多き私が愛した新井田川はもうない。(合掌)

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2019
03/17

春彼岸を前に


明日からの「春彼岸」を前に、当地方の習慣の「削り花」をお墓に供えるがある。
私の慰霊は震災前の自宅に建立した「慰霊塔」にする。
多くの思い出と志津川を襲った「チリ津波」と同じ日に生まれた運命を感じる。
過去の総ての想い出を忘れない為にも。

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石巻の45号線の「デリシャス」にしばらくぶりで行って見た。
「カシュナッツのモンゴウいか炒め」が大好きで、良く石巻への用事の時には食べていた。昨日はメニューが大きく変わり、中華の一覧が全て無くなっていた。残念! これも時代の流れと諦めるしかない。登米市南方の中華屋さんにその名残が見つけている。

大好きなラーメン店、一位はワンスイの「五目旨煮ラーメン」、二位に気仙沼階上の「旭川みそチャシュー塩バターラーメン」で、三位は石巻の回船丸の「細切り肉もやしラーメン」である。
この間、登米市の午後5時過ぎにしか開かない、紺のれんの「みそシャーシュー太麺」が絶品の味だった。勿論、夜にしか行けない事がある。同じものを食べる性格で、別の美味しい物を探す事は。私にとって時間の無駄使いと思っている。

今日は志津川市街地(嵩上げ地)を探索したい。



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2019
03/16

一部開園へ


南三陸町の「震災復興祈念公園」の完成は32年9月だと言う。そして今年の9月に「一部開園」をする。多くの町民が待ち望む? 
築山「希望の丘」が一足早く完成し、高齢者が多く亡くなる中、何とか健在のうちに丘から志津川地区を一望させたい。

人道橋「中橋」の一部の予算が付いた。3.8億中から? 
完成は今から2年半後で、祈念公園が全て整備されてからの事です。高校生が通学する気仙沼線のカードが撤去され、志津川駅から八幡橋を通り、震災前は通学していた。4月から少しは近くなるが、まだ学校までは不便な環境にある。
町の考えは人道橋が完成したら、公園内の木々の間を通り抜け通学ができると言う。何時の事になるのか、今を生きる高校生にはどうでも良い事かも知れない。
今日のFBで志津川高校生の2年生の、地元企業10社の企業説明会が開催されたと発信していた。現在の高校生は就職の幅も広く、自分の夢に向かい選択肢を持つ。どんな企業が参加したかは判らないが、南三陸町の人口減の中で、町の地元に残る事への期待がここにある。果たして90名前後の生徒が何人残るのだろうか。町の高校生に「町での就職を」と言う、期待と願いがある。子供達の被災地への思いもあるだろうが、生徒達の希望も夢も大きく、社会を知らずに「このまま町では」は、自分のスキルを上げる為にも、2~4年は他での職を体験した方が良いと思う。

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前年度のさんさん商店街の来場者が「60万人」と発表された。今年のゴールデンウィークは10連休とあり、多くの来場者が三陸道の延伸により、昨年の倍は来る可能性を秘めている。駐車場確保に町の管財課長は、昨年暮れに解体された上の山の保育所跡地を駐車場とすると言う。

さんさん商店街の運営支援への町の事業は、町の財産を商業にのみ投資している。「町民全員が主人公」となる町づくりに替えないと、町の疲弊は続く。過疎化に向かう実態を良い事に、「過疎債」で借金をし、町づくりと言う事に違和感を感じる。

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2019
03/15

十日町そして本浜町


南三陸町志津川字十日町に「JAスタンド」が4月頃に完成する。震災前に三浦酒店さんのあった向かいあたりか? 震災前の志津川地区に思いを馳せる。

志津川商工団地の「ぶら散歩」は、8分1222歩ながら、清々しい気分になる。春が着々と近かづき、ヤマバト・ハクセキレイがいて、今日は杉林の中から「キャンキャン」とキジの声が聞こえてきた。以前住んでいた場所ならこんな自然との会話はない。
昨日は「ヘッピリムシ」を仲間が連れてきて大騒ぎ。住民が高台の山を切り開いた土地に移転し、住宅にヘッピリムシ(通称カメムシ)が異常発生していた。異常ではなく彼らの住家に私達が来ただけの事です。震災後に私の仮営業所・工場でもカメムシがいっぱいいて、諦めムードの中で、透明なペットボトルでカメムシを集めた。多い時には20匹も取った事を思い出す。決してつぶしはしない。昨日はネクタイの中に紛れ込んだようだ。神出鬼没の彼、我が家では今年はまだ来ていないようだ。

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写真は志津川市街地の以前の家から海を望んだ、何も無い荒れ地が広がる。企業誘致も事業の再建も見えない、10m嵩上げした土地が広がるだけです。角度を少し変えると復興したかのような光景が見えてくる。

私の身体に生活習慣病から? か少しの異変。また病院通いかな。議会も残すところ四日となり、11日間の実質会議を終了する。


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2019
03/14

朝5時半起床


最近天気が雨・雪で1週間はウォーキングを休んだ。歩きたい気分が高まっていた。パソコンがデータ処理で20分間、トップ画面が出ない。私に「歩け」と言っているようだ。6時15分前から15分間、薄ら雪路の肌を刺す風の中を歩いた。1800歩、短い足には丁度いい。

ウォーキング30分後、パソコンに向かっていると「雪」、自然と行動が私のしたい事へ導いているようだ。
心臓病の「しょうへいちゃん」が亡くなった。大谷選手も同名とあり、お見舞いに行き回復を願った。義援金が世界から3億5千万円集まったが、移植の心臓が無いままで亡くなった。義援金は同じ病気で苦しむ子供達へ、基金として活用すると言う。イイ話だ。
気仙沼市の慰霊の場の建設に4千万が掛り、1千万円を「クラウドファンデッング」で、市民や市出身者に募ったが、未だに「250万円」の4分の1しか集まらないと言う。市民の考えはどこにあるのか、市政は安易に市民の懐状況を理解していないのか。大変なのは市民も市も間違いは無い。

ピエール瀧氏のコカイン問題は、現在の立場の維持と、アイデアの創造に薬物使用での作品づくりがある。人は上を見れば見るほど、上に登りたくなる。人の限界を感じたら、人間は休んだほうがいいか、後継者の進出を待ったほうがイイと思う。「もう休みなさい。」、私はもう少し頑張ります。
人に迷惑を掛けた代償は大きく、自分の一生を捧げないといけない。

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2019
03/13

南三陸の春の恵のほろに苦さ


友達が初春の便り「ふきのとう」を持って来てくれた。新鮮なうちに天ぷらにして、ふきのとうのお供に冷たいビールが美味しい。

ある朝の南三陸病院前のロートリーには、いつものようにBRTが到着する。
「乗客が少ない!」などの情報も伝わっているが、車の無い町民にとっては、唯一の足であり、無くては病院や買い物の手段が無くなる。
震災前は町内には巡回バスがあっただろうか。志津川地区を見てみれば、まだコンパクトな町内であった。今はどうだろう、高台への住宅再建や災害公営住宅の整備で、地区が広がり病院までの距離が拡大した。町民の足の確保と町の支援は近々の課題だ。

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透析の福生病院の「透析中止」の議論があった。今回44歳の女性が透析を中止し1週間後に亡くなった。透析中止が決まり、妻が夫に送ったメールに「おとたすか、か・か・か」があった。メーッセージは「おとうさん助けて!」だったと、私は思う。「か・か・か」はカ行の文字変換で、カ行の3回の「か」は、助けての3字目「け」の文字を打つ時に、時間が空き「か・か・か」になってしまったと気がする。

私も糖尿病で将来には「透析治療」が必要とにるかも知れない。健康な内にその方向性を決めて置きたい。

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2019
03/12

ここで生きた証


宮城県本吉郡志津川町本浜町70番地は私の震災前の住所です。これと同じ所にプレハブを置き「子供地蔵」を置きました。志津川湾の海を毎日見つめています。子供達の突然の死は、今も母は受け入れないでいた。(石巻幼稚園バス被災から)

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南三陸町志津川で亡くなった「高野智則」さんへの母のメッセージに、震災当時の母の愛に心を巡らせた。多くの人達が悲しみの中にいた。決して忘れてはいけない「東日本大震災」、彼の22歳の死に、仲間は今も子供を連れて会いに来てくれている。悲しさが益々募る。
夢が、希望がまだ若い青年、まだ幼き子供達が亡くなった事を忘れてはいけない。津波発生が地震発生の「午後2時45分」、その後30分後に大津波が南三陸町を襲った。偶然が少し幸いもあり、小中学生・高校生が学校に居たため被災を逃れたが、小学生と高校生の1人ずつが、私の知る子供で亡くなった。

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2019
03/11

3.11の8年目の被災地は大荒れ


昨日は、千葉印刷無人営業所の慰霊塔に花を手向けました。今日は8年目の忌まわしき日を迎えます。一人静かに献花して来ました。南三陸町志津川駅向かいの場所で、どなたでも志津川湾に手を合わせられます。660名と海に沈んだ200名の御霊に合掌。

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南三陸町の志津川市街地の西側です。志津川駅とウジエスーパーなど駅前商店街があり、町役場・病院・公民館・松原公園があった。総てが流失し高野会館が残るだけとなった。震災から8年目を迎え、こんな現在の光景を誰が予想しただろうか。将来の子供達に何を残すのだろうか。高台への「職住分離」は。

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写真は志津川市街地の上の山緑地の避難所の向かって右側で、減災後は墓石店と農業を開始した方の上の場所です。

震災の二日後に旭が丘から、惣内山の脇を通り志津川中学校裏へ、磯の沢を抜けベイサイドアリーナに、震災後に人を探しに行った。アリーナには多くの住民と、同級生・知人との再会ができた。
アリーナから裏道を通り、東山に抜け写真の場所に階段を登り、熊野神社に抜け、志津川小学校で人を探した。
この場所までの津浪は16.5mで、同等の津浪で今回の浸水域に再建した住宅は、再度の津浪襲来でまた被災が予想される。土地の確保がままならず、この場所が浸水区域指定前に建設をした。町の震災復興計画を待っていたら、他への移転も考えたかも知れない。

県の警察宿舎の三階建の建物の屋上には、車が一台津波で打ち上げられた光景が、印象的な風景にあり記憶に今も残る。

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2019
03/10

義務教育からの卒業


卒業生「86名」が、共に支え合い学んだ学舎からの卒業。
南三陸町志津川中学校の卒業は、最終番号の「12093」に、長い歴史の重さを感じる。


過去へは戻る事は無いが、過去の状態に戻す方策には、30年50年後に向け努力する姿勢が必要だと思う。
私の時代は50年前で卒業生「240人」居ましたが、私たちの時代後、生徒数は減少の一途です。決して震災だけでの激減では無い気がする。教室は大分古い木造校舎で、40名を越え部屋はいっぱいで、床はもちろん木製で、牛乳を溢すと間から職員室に落ちた。私の下が当時怖かった「赤川教頭先生」でみっちり絞られた事を思い出す。
住民の結婚感や子供の誕生への両親の啓発が薄かったと思う。自分勝手な言い分で、家系の存続への意識の低下があった。
「三高」など異性に自分以上の物を求めた結果が、日本国民の将来へ繋げる事が欠如してたと思う。また、社会情勢の変化もあるが、戦争の悲惨な時代でも高度成長の中でも人口は拡大し続けた結果もある。

******明るい情報*****
農林水産大臣賞は、資源管理・資源増殖部門で宮城県のJFみやぎ志津川支所戸
倉出張所カキ部会が受賞。東日本大震災後の再出発に際しイカダの数を3分の1に減らしつつ生産量を2倍にするカキ養殖を実現。分配の踏襲制をいったん白紙にして後継者の有無などで加算するポイント制を導入した。 
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震災時に私が避難した高台「旭が丘団地」から眼下を望んだ。
総てが跡形もなく津波で流され、残ったのは三階建ての「県福祉事務所」だけが残った。私の大先輩も入谷地区に避難する前に、助作の高橋校長宅に回り安否を確認してからだったので、津波襲来の速度の速さで、ビル三階へと導かれ助かる事ができた。
向かいの山からの火災は、新井田・天王前地区の、自動車会社付近から出火し、町民避難のアリーナへの延焼も心配された。ここでは津波で巻き込まれた人たちが、火災で焼死となったとも聴く。知れば知る程、大震災の悲劇ばかりがあるが、決してそれに目を背ける事無く、2011.3.11の東日本大震災を、その津波の脅威を忘れてはいけない。

今後、震災から撮り貯めた写真を後悔したいと思っている

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2019
03/09

8年前のあと二日後に津波が来た


私の食卓には花が無いと寂しい。8年前のこの二日後に大津波は来た。
何が起こるか判らない今、自由に楽しく生きたいものだ。
志津川字本浜の生活は一変した。

今年の10月1日から南三陸町の45リットルのゴミ袋で1枚「30円」となり、ゴミ回収の有料化となる南三陸町。事業ゴミは50キロで300円から、「495円」と変更となる。1枚30円の内訳は、「12円」が製作費で、商工会への委託料が「2円」、販売店へは「3円」が入る。町の取り分は「13円」で、運送費と気仙沼への焼却費と焼却灰の秋田への埋め立ての経費にあてられる。
ゴミへの住民の意識改革と、町民全体でゴミ減少と資源分別の取り組みに繋がるとの説明だった。議会のこの提案に勿論私は反対した。結果は「反対が4?」で、賛成が「11」だった気がする。これで住民は納得してくれるのかなー? 
昨夜の行政区役員会でも、集まった人たちは「ゴミ袋価格」の今後に、深い関心を持っていた。また、アミタさんの「めぐるステーション」の実証実験への参加に、感謝の言葉があったと伝えた。

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2011.3.11の震災後の2日目、志津川地区に残された歌津の方々を、私の知人とで入谷へ、歌津払川への入口まで送って行った。
志津川旭が丘から田尻畑地区で、津波襲来の水尻川の河口方向を望んだ。旭が「十字架」のように私の目には映った。この地区には大規模な「菊栽培」のビニールハウスがあり、震災で総てが倒壊した。南三陸の「黄金郷菊」としてブランド化され、関東でも人気の安定した産品だった。中国からの安価な菊が日本に入って来ても、品質の確保に努力し、震災後も営業を続けている。
被災地の農業施設の再生で、5億? もの資金を投入し早期の再建がなった。若い農業経営者の努力の賜物と思っている。

今日9日は母校の「志津川中学校」の卒業式です。素晴らしいパフォーマンスを楽しみにしている。

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2019
03/08

南三陸は良い所です


南三陸町の3月8日午前5時30分、外は薄ら雪景色です。三陸道など道路の運転は気を付けて走行下さい。
南三陸ワカメの収穫に「雪」は関係ありません。寒さの中、南三陸ブンドワカメの生産頑張って下さい。

モクズガニの今年の初物頂きました。それもメスで「内子」も入ってました。
ますますビールが美味しく感じるのは、カニを食べる時は、皆無口になるのと同じです。
子供の頃はタモを持ち、北防潮堤にカニ取りに行ったことを、懐かしく思い出す。
子供達のこんな遊びはもう無くなった。
それでいて事故で亡くなったとの話もありません。
子供達はあの頃はたくましかった。
良き志津川町(現在は南三陸町)、ここから町は変わった気がする。

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全国の皆さん、空爆があったような光景が広がった。東日本大震災の南三陸町です。(国道45号の新井田地区の鉄道の線路下です)
平和な平穏な今の生活と時間が一瞬に奪われた現実がここにありました。「震災対策は大丈夫ですか?」。いずれは我が身と理解して、普段から防災対策を家族で話してほしいと願います。それが個々の身(命)を助け、将来に家系を繋げる事ができます。
町での家が絶えたり、お墓を守る人がいなくなったり、悲しい現実が起こり、先祖への感謝も途絶えてしまいます。生きて未来に繋げましょう。

安倍総理の経済成長は、今年の「一月から景気下降」と新聞報道は伝える。
私も町の景気の後退を肌で感じ、守りの生活に変わらないといけないのか。

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2019
03/07

小さな「蕾」


南三陸町の歌津「鎮魂の森」でも桜の開花が近づいている。3月9日には南三陸町の2つの中学校で、小さな「蕾」が巣立ちの日を迎える。

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写真から、震災により橋には様々な瓦礫が引っ掛かっています。向かって左側の大森地区の山の高台がありますが、チリ地震津波の時と同様に、この場所のまた上まで津波襲来で、山を駆け上がったと聴きます。国道は2日目には道路の瓦礫が撤去され、非情車の交通のみが許されました。

17000人残った町民は、現在13000人まで割り込み、今後も人口減が加速して、20年後40年後には、「6000人」まで減少する見込みです。復興の町の形の形成に計画ミスがあったとしか思えない。他の自治体は人口が減らない対策の上で復興事業を進めたような気がする。

「復興海華」の被災地支援の福島の実業家の社長が亡くなった。フメリカで成功し日本への支援と復興に尽力された。「石巻市田代島しま起こし隊」にも加わっていたのに、また私のエネルギーの一つが無くなった。

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2019
03/06

またあの日が来る


同級生の職員、まったが・くまがい・けいいぢに、また会いたい。最後まで津波非難を呼びかけた「みき」、一緒に遊んだ「あつみ」、多くの亡くなった方々に哀悼の誠を申し上げ、8年が経ちますが、天国で元気ですか?

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昨日の国会で、共産党の小池氏との総理のやり取りで、「気にくわない」との発言で国会が紛糾した。ビデオに録画していたが、国会の質問での紛糾が多かったのか、時間が延長となり、その部分が録画されなかった。ニュースでも取り上げられ、答弁が気にくわないのではなく、総理は「小池さんは私の答弁がきにくわない」との事での発言だった。

昨日一番目の立憲の福山氏の質問での、何度も質問の繰り返しも、政府答弁の明確な答えの無さに行った行為と思う。沖縄の住民投票の結果は結果として、普天間飛行場の危険を取り除く為と、議論がなかなかかみ合わないように思えた。互いの主張があり、それを理解すれば各党の方向性が大きく変わる問題、互いに譲る事のない討論だったと感じた。国民全体にとっては、民意を受け入れない政府の発言と行動は、夏の参議院選挙に今のままだと影響は必至だが、夏までは国民の気持ちも「風化」してしまう。私は決して忘れない、民主主義国家にとって何が欠けてはいけないかを私は貫きたい。

ゴーン氏が今日にも保釈される。10億の保釈金で、歴史に残る裁判の弁護人として有名な「広中氏」、保釈の中身に、日本から出国しない、パソコンは弁護士の物を使う、所在を明らかにする監視カメラ等、誰もが保釈に納得できる条件を提示した。優秀な弁護士はやはり違う。

今日は私の議会での一般質問で、いま町民が不安視する問題を質問する。

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2019
03/05

南三陸産ブランド若布


志津川地区の共働ワカメ加工の現場です。以前の防潮堤も解体され、今度完成した10mの嵩上げ地から、震災後の本浜町の風景を望む。今年はワカメの生育が遅れぎみで、品不足で高騰している。

漁師の皆さん寒い中ご苦労さまです。
今年のワカメは、種はさみから海底に投入時の海水音が高く、また、海水の栄養である「栄養塩」の濃度が低く、成長の不順と品薄で高騰している。
自然志向の社会の中で、ワカメ・メカブの需要は拡大し、加工業者は町内ならず県外からもバイヤーが来ている。水産物の高騰は漁師にとっても収入のアップに繋がり、町としても税収のアップにも繋がるが、量の減少で収入は思っていたとおりとはなっていないようだ。

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志津川地区の松原公園跡地の、県の防潮堤工事ミス現場は、2か月余りの月日でも、何も変わってはいないようだ。ラムサール認定の志津川湾内の、高校生の調査干潟は踏みつけられ、干潟復旧は厳しい状況となっていた。
(2019年3月4日)

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2019
03/04

親孝行


登米市中田のヨークベニマルへ、ここには「資源回収ボックス」がある。
ひなまつりでお客歳はいっぱいだった。96歳の父も頑張って店内を一周し、疲れたと腰を摩る。(ある日の親孝行)

今週の父の食糧調達に登米市に、途中に三陸道の「三滝堂IC」に、二つのレジに20人も並ぶ大盛況だった。南三陸町の志津川商店街には、30年に60万人の来町者と昨年より5万人減少した。私は南三陸町の北インターにも「道の駅」が欲しいと思っている。

三滝堂では仏壇の母に花を買った。登米市中田に南三陸町から移転した親戚に、父の顔を見せに行く「ここはイイなー。」としばらくぶりの再会に喜んでくれた。その後は志津川の人達が多く転居した「加賀野地区」を案内し、私が御世話になった「三浦眼科」の道路を通過した。その先の「南部屋敷」で、二人でそばを食べた。「たまにいいな!」とここでも喜んでいた。いつもは叔母が町内の「京極」に行っている。

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普段は自宅から出る事も無く、人と話す事も少ない父は、人との会話に飢えているようだ。行った所で誰かれなく話しかけ、「たまに出掛けるのはいいな!」と、私と歩く事を楽しんでくれた。2週間半は昼間家を空ける。従業員と二人の生活となる。

今日は戸倉に焼香に行く。



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2019
03/03

慰霊の地蔵は何処に?


南三陸町の復興のシンボル。震災復興祈念公園の今、あと2年間で完成予定。あれから8年目を迎える。「何に向かって手を合わせるの?」

三陸道の開通で南北から新しい来町者を迎える事となった。ストロー現象が懸念される中で、南三陸町がどのような集客対策を取るかが、来町者の増加と維持に繋がると思っている。歌津・戸倉・入谷地区の、益々の来町者・人口減少が続く事となるが、交流人口拡大では町の存続はならなく、全国の弱小自立体と僻地の生活は、人口減により住民サービスの低下が加速する事は目に見えている。自治体独自の他の自治体と格差を考え、未来志向で南三陸町の行政運営に取り組んで頂きたい。

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テレビの何度も出て来る国家の代表は自分の立場維持の為に右往左往しているように見える。米朝首脳会談は互いの主張が歩みより、発展的な平和への会談とはならなかった。トランプの支持は未だに44%と高く、ロシア・中国・韓国のトップの支持率も高く推移している。
今回の米朝会談で、ジョンウン氏の会談で制裁の阻止に向かわなかった事で、国内の国民感情の異変が起こる事と一部のメディア伝える。

日本も米国に依存する形は「拉致家族」も、安倍総理に直接交渉をと言う。沖縄辺野古の埋め立て問題は、これまでの土地の次の埋め立ての工事で、海底90mの場所の軟弱地盤の対策費に、2万本の杭を打つ費用として「22兆円」の経費がかかると言う。それでいて消費税の2%アップで5兆円の増収は、社会保障と借金返済に使う考えから、子育て支援に高齢者支援に使うと、耳触りの良い発言で政府の支持率の安定を目論む。

又、戸倉の知人の母が亡くなった。志津川地区の住民は二人仙台への移住を決めた。その他にも町内で先週3人の人が亡くなった。良い事として町広報の結婚欄に、町の職員が結婚を告げていた。今の町内の2・30代の男性で、今の所得で安定した夫婦生活ができるかと言うと、子育て状況を考えると、結婚への道は厳しい。生活の安定あっての結婚と思う。

今日、親孝行をしたい。

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2019
03/02

母校の入学式に立ち会って


志津川高校は私の一時期の隆盛を生んでくれた。優しい先生たちと新しい仲間に囲まれ、楽しい日々を過ごした。人は学びと歩みを止めた時に、人生の終末期となり、静かに時を過ごしたくなる。去る者はおわず、こちらからも追おうとはしなくなる。

東北被災地の沿岸の鉄路は、女川線を始め三陸リアス線・山田線、そして仙石線・常磐線と復活を果たした。気仙沼線だけは再建を我が町は早々に諦め「BRT」が走っている。母校は90名余りとなり、周辺の町から後輩たちは無い。南三陸町の中高一貫の地元2校の生徒だけになった。鉄道効果は絶大であった。

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食事療法に生活習慣病の為取り組んでいる。厳しい管理は気が弱いので無理のようです。
時々、お腹が痛い、キリキリする、血糖値が異常に高い、父に買ってきたものを食べてないと言う。こんな時は食品を無駄にしないように、食事調整をしている。胃潰瘍? ピロクキン? ガン? 4人に1人はガンとの報告も聴く。
ある日の朝食は、「豆大福」「ブロッコリー」「お茶」で、恥ずかしい限りの食卓だった。自分だけの食事で、父には好きな物を冷蔵庫に詰めている。とにかく何でもいいので、野菜を含めた食卓を3食としている。意外とこれで満足だ。

間食はおもに「カキピー」「ビーフジャーキー」にハマっている。
何とつまらない、くだらない話題となってしまった。

大学生の適応障害(アスペルガー症候群)が増加していると言う。就職面接を受けた事が無い人が35%あり、就職できない人が40%あると言う。驚きの数字を聴いた。あんなにも就職面接に大学生が集まっているのに、この状況で日本は大丈夫かと心配する。アルバイト・パート・フリーターが年々多くなってきている問いう。

今日は午後から休む。



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