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ARCHIVE - 2019年02月

2019
02/20

南三陸町の震災死者への追悼は


鎮魂の森の観音様の台座に、旧歌津町の伊里前の姿が掲示されていた。懐かしい多くの人達がここで暮していた。あの伊里前商店街の「しろうお祭り」の賑わいを思い出す。年をとった昔の思い出が募るばかりです。

三陸道が開通して3日目、大谷海岸ICと岩井崎IC間で交通事故が起こった。70歳の女性が追い越し車線に入る時に、後方から来る車両の確認をせず、後続車に追突されたと言う。2時間余りの通行止めとなった。
大谷海岸インターが開通し、国道45号のその区間(階上)の通行調査で、半分まで通行車両が減少したと言う。以前は1万6千台あった物が、「9千台」まで少なくなった、これまでこの沿線の商店は、通行車・観光客の来店で潤った。南三陸町の志津川・歌津もストロー現象を私は心配する。気仙沼市長は開通式で話した事は、街の魅力を最大限に伝え減少のないようにしたいと語った。

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南三陸町の学校の卒業式が3月になり、志津川高校が1日、中学校が9日、小学校が19日と続く。町内の桜も蕾(つぼみ)が膨らみ始めた。

田老町の二重の10mの津浪防潮堤、高台まで続く多くの避難道整備で、「津波防災の町宣言」し、全国に発信し名を馳せていた。
住民の10mの二重防衛を過信していた。今回の津浪は小さな漁村を一瞬にして呑込んだ。19mもの津波に一たまりも無く、多くの町民が亡くなった。津波防衛は「とにかく高い所へ逃げる」だ。
志津川市街地も10Mの嵩上げに、住民はあの16mにも及ぶ津波を忘れてはいないか。同等の千年に一度の津浪は、明日起こっても不思議はなく、現在10mの嵩上げした市街地に観光地と大型スーパーが整備され、地区の事業所かこの場で再建を果たしている。「あの津波を忘れてはいけない!」。

今日は焼香と申告へ行く。

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