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ARCHIVE - 2019年02月

2019
02/16

南三陸町の志津川高校生議会


南三陸町の被災地にある母校「志津川高校」が存続の危機に向かいつつある。それは生徒数野減少です。昨日は高校生の町づくりの提案がされ、教育では「交流留学」、産業では「町の産業を生かしたブランド化」など、色々なジャンルに分け、行政に説明し提案した。


国会に多くを学ぶ。南三陸町の都市計画事業が現在も進行している。
ここで暮していた住民生活の再建が行政の責務として在り、再建に対し町は均衡な住宅再建・土地換地・生活再生・事業再生に、公平・校正に都市計画を町は立て、初めて町に震災復興が果たせる。
私は首長の政治・政策に意義を伝えているが、町民の早期土地整備や病院環境の不備があっても、命を守る・防災から住民を守るためと言え首長に、町民も声を上げる余力も、気力もないような状況が今である。

高校生の意見を聴き、町はどんな教育・6次産業化などに取り組んで行くのだろうか。議会でも各議員の提案を聴く耳を持たず、総て「私がやった」との町長の傲慢な姿に私には見える。
その一つに宮城県からの南三陸町の「水産特区」があり、27億で土地の確保と整備をして、国の政策の事業再建の「8分の7事業」の資金を、期間ギリギリに申請し、特区に入った水産加工業者は、数億円の資金補助で事業を拡大した。
ここにも事業主の町の均衡のとれた、都市計画・被災住民の絶対的な事業とはなっていない。
町内の人で多くの意見を持ち、調べている志津川町内の知人は、国、復興庁や県に町の復興計画の内容を聴きに行っている。復興庁も彼に「南三陸町の都市計画に問題がある」と話したと言う。基本は被災した住民の公平を保ち、事業の再生、住民の平等な土地の換地事業と言う。
それがこの町ではできているのかと言うと、そうではないと多くの町民が思っている。

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金ヶ崎議会への調査で議場を写真で取った。東京の勉強会で講師は「100もの議場を見て来た」と言う。何故と私は思う。そこに何の意味があるのだろう。
議長席から他の議員を見た時の光景に、自分もこの場を目指すと言う、向上心に向かう気持ちの、議員としての意識を高めるのだと感じた。

今日は11時から三陸道の開通式が、「歌津北」のインターで開催される。私にも案内がきている。住民の代表として記念すべき式典に参加できる栄誉に感謝したい。

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