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ARCHIVE - 2019年02月

2019
02/28

津波警報で何度避難しただろうか


南三陸町志津川字本浜町の避難指定場所に、東日本大震災の津波本標柱が立ちました。志津川上の山緑地は12m位だろうか。津波は16.5mでこの標柱は津波到達を示している。記憶の継承だと言う。10m嵩上げの生業の場所から、何処へ逃げればいいのか。

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私が4歳の時にチリ地震津波が発生した。5mの津浪で海辺の小さな漁村が被害を受けた。昭和35年5月24日に事だった。この津波で防潮堤が町を守る為に建設され、高さは津波と同等の5m位だった。堤防に鉄で階段も造られ、子供の頃良く防潮堤に登り遊んだ。
私の記憶には津波の襲来の風景は無い。津波後は地震発生ごとに地区民・家族で必ず逃げた事を思い出す。大震災の前年にも大がかりな非難が「上の山緑地避難所」で実施された。この時は自衛隊・中学生・町民が、炊き出し・救助訓練を大々的に行った。偶然かも知れないが次の年の23年3月11日に東日本大地震の津浪が発生した。

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「忘れた頃に津波はやって来た!」。10mの嵩上げで避難場所と同じ高さ位まで、市街地に土が盛られた。人はまた津波の脅威を忘れつつある。震災復興の工事で建設会社は潤い、町民は町の計画どおり高台の住居に移転し、静かに町のやりたいような都市計画の中で暮している。

この地域の高台にも住民は住んでいる。「何処に逃げればいいのだろう?」、津波の備蓄品も生活用品もない。津波対策の遅れを感じる。

今後も同様な本標柱が津波到達場所に設置される。

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2019
02/27

ハマテラス


私の昔の想い出の漁村がここにあった。イワシ・タラの天日干し、サンマ・サバの味醂干しなど、珍しい風景に「インスタバエ」と、スマホの列ができていた。
試食の「めざし」にも列が、炭火で焼きたてで最高に美味かった。(女川にて、月に一回は行くと何か発見がある)。私の町もこんな復興だったのに。

96歳の父は戦争から帰り、祖父の仕事を継ぎ家族を助ける為に頑張って来た。時には本吉まで、気仙沼市・大島までと自転車で仕事を求めに行った。16日に旧本吉町まで三陸道が繋がり、小泉の変貌には「何処なの?」と言った感じだった。60年前後の事を口に出し話す。時には本吉で「帰りが遅いと、泊まっていがい! と泊りはお膳で晩御飯を頂き、布団で眠らせてくれた。」と昔を懐かしむ。旧本吉町の商店街は現在、「シャッター商店」が増え、歯が欠けたように空き地が目立っている。

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31年度も4月が始まる。「要支援2」の認定となり、父の孤独な家での生活改善と、それを埋めるヘルパーの訪問、また、身体に異常や不安を感じた時の不安解除に、看護師の訪問をうけるなど、新たな介護保険の納付で、資格をフルに活用する方法を考えた。
一番近い施設は「多機能福祉施設」であり、父のケアマネージャーも町から委託されている。父の状況と家族を含め何事も把握している。4月から施設に登録を考え、登録料は「7000円余り」で、上記のサービスが受けられる。ショートステイも食事を含め一日2500円で受けられる。
私が入院をしたり、家を空ける時には案心して頼める事が、最大の利点で、施設も車で1分弱のであり、嫌なら迎えにもいける。

千葉家の31年度の介護体制はこれで行こうと思っている。

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2019
02/26

プレミアムフライデー


プレミアムフライデーの先週、勇気を出して「国産ひつまぶし」を注文した。食べたい、食べたいと思っていた。「3800円」となるとなかなか手が出ない。茶碗に、そのまま、ヤクミを載せて、お茶づけで2杯と、マナーどおりの食べた方、満足の行くディナーだった。

今日も1800歩14分のウォーキング、既に6時にはだいぶ明るくなってきた。こないだまでの「-7度」から、今日の「3度」となったものの、まだ歩くと頬に冷たい風が心地いい。歩きながらブログ何を書こうか、今日は何をしようか、工業団地の何気ない風景に新しい発見など、身体と頭の動きが良くなっていくようだ。
電話機を震災直後に戸倉地区への仮営業所設置から、8年目を迎え「電話の部品が7年経つと無くなりますよ。」と通信会社が言う。震災前に出逢った仙台の通信機器会社の後継者が言う。昨年暮れに福島のいわき市の会社が来社し、見積を取ったが、「14万」の切り替え費用の差があり、以前の利用した会社に電話機の交換を依頼し、今日、設置に来社する。
NTTの代理店で電話機が2台で「13万円」もする。電気量販店で見ると2万もしないで多機能の電話が買えるのに、この業界は判らない。パソコン・メールなど印刷会社の仕事に、確実性の通信機器の整備は絶対である。予定外の支出となるが、これで7年間は安心だ。

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南三陸「志津川駅」は、町長の決断で再建しない物となった。志津川駅を利用し登米市・気仙沼市からも「志津川高校」には町外の生徒が来た。大震災で中学生が減少し、中高一貫校としての志津川高校のブランドも消え去り、空前の灯となりつつある。何時まで県教育委員会が志津川高校を認めてくれるかとなっている。一つの節目は「復興期間10年」だと私は思っている。
高校の存続の為に、高校の父兄は「学力の向上」を訴え、それに答えるべき「ふるさと納税」の制度での納付された全国からの支援を、一昨年の「1600万円」、昨年の「1800万円」を町が支援した。閉校となる時期はまもないと私は思っている。
町の人口が10年ごとに約2000人減少して行く。もう先はみえているが、何もしない訳にはいかず、既に町づくり計画の判断の失敗が、今の町衰退に繋がっている。審査籠に人口の確保を第一目標としない「町長政策」に起因していると私は思う。もう取り返しのつかない状況となった。

人の話に耳を貸さない独裁的な政治運営が南三陸町の消滅への道を早めた。

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2019
02/25

南三陸町に全国の語り部400人集合


日曜の午後、貴重な被災地の今後の「震災伝承」の意見を聞いた。町民一人ひとりが東日本大震災を語り継ぐ義務を感じた。凄い事をするのではなく、語り忘れてはいけないと。

「みんなが語り部」~語る事の意味~と題された、パネルディスカッションに会場はいっぱいとなった。
神戸の当時消防士の野村さんは、退職後に語り部となり、「阪神淡路大震災」を今も語り続けて、震災発災時の行動と心構え、そして語り継ぐ事で多くの人の命が救われると話す。三陸鉄道の二橋さんは、三陸鉄道の再建に努力し、震災からの地域の脱出と、元気・勇気へと繋がったと言う。「是非岩手の三陸鉄道に乗って下さい」とアピールした。南三陸町戸倉の後藤さんは、震災後の現実と今を語った。アワビ・サケの不良が続き、名産のタコは小さく大きく育たないと、海の異変を伝えた。フォーラム開催は活性化となるとも話した。南三陸町の入谷出身の山内さんは、子供達が伝承している「水戸辺しし踊り」のことを話した。地域に伝わる子供達の伝承は、地域でこれまでに発生した災害の、「供養の舞」と話した。

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当時4歳の12歳の小学生が、私たちは震災を語り継いでいきますと、自分たちの震災体験を発表し誓った。

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2019
02/24

女川に行ってきました


女川の商店街「シーパルピア女川」は増幅中! 
南三陸町の「ハマーレ歌津」の商店街と海の光景もまたイイ!
高い所から志津川の商店街は……  見えないですね。海。

昨年12月は志津川魚市場の復興市に行き、今年に入り歌津商店街のイベントにいった。女川の商店街はどう変わったかも気になっていた。

11時前でも周辺の駐車場はいっぱいで、「シーパルネピア」の玄関口には行列ができていた。中心街の裏にも大きな食事処が新築され、新しく出店したラーメンテンには16名程の行列ができていた。以前入っていた店も閉店し「テナント募集」のポスターもあった。海の見えるフードコートでは、昔ながらのイワシ・タラの天日干しが来場者を誘い、炭火焼コーナーもあり、やきたての魚・貝など、若者・子供達で賑やかな雰囲気を醸し出していた。
バスで来て外国人観光客が商店街を歩く姿は、国際色いっぱいで、賑やかに各店を回り楽しんでいた。通訳の添乗員さんのジョウクにも、賑やかにハイタッチするなど、女川にいる事を忘れさせた。テレビで放映された「ラーメン店」の行列は切れる事無く続いていた。
お昼は「海鮮釜飯」「ホタテ釜飯」を注文し、料金は「1000円」とリーズナブルだった。以前は無かったメニューで、お腹も一敗になった。
昨日は志津川から女川まで「50分足らず」、鉄道の再建・道路の整備と、着実な観光客の拡大と、そのインフラ整備が日々続いていた。

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また、南三陸町で時代に遅れる問題が発覚した。外国人(ベトナム)労働者への、津波の町の労働環境が新聞やSNSを賑わせた。
海抜1mの浸水域で生活と働かせていたと言う。外国人労働者の拡大での労働力確保が政府の法案で通過した。勿論、報酬も日本人と同じで、環境も同等の状況での労働が求められている中で、津波襲来時の対応の事で、南三尊陸町が取り上げられていた。町の復興ばかりを声高に進める、町民環境・労働環境に配慮の少ない政治がまかりとおっている。



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2019
02/23

40年来愛した私の一ラーメン

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22歳の免許取得からドライブで見つけた階上の「旭川ラーメン」。大震災で店舗が流失し、場所・店名を変え営業していた。今回、三陸道が開通し、国道45号の通行が激減、あの「味噌チャーシュー麺」なら遠回りしても食べたい味です。フーシューはでかく、たっぷり!

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東京で開催の「地方議会一般質問の在り方」の講習会で、昼食時に食べた「老舗のトンカツ店」、もちろん店内は入れ替わり立ち代わり満席だった。「ヒレカツ定食」を注文し、そのボリュームに圧倒された。ヒレカツと多めのライスは丼にいっぱいで、満足の行く昼食だった。
しかし、昔とは違い、美味しいが食べられない自分がいた。食が細くなった気がする。

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今日のウォーキングは、朝の「俺の入院する」の一言で中止にした。トイレまで私を追い、自分の日課の体調を書き留めたノートを示し話す。今日は土曜の朝6時、急の南三陸病院の入院は難しいと話した。また、自分で「あちこち」に電話わ始めた。ここまで元気なら心配はない。
その明記の内容は、「90」の心拍数で通常は「68」だと言う。昨日は眠れず「37.7度」と言う。昨日は叔父にも話を告げ、叔父は病院に連れて行った。時間がかかり暗くなると返って来た。そんな事があっての今朝の事だった。健康に臆病となり、自分の身体が一番との考えが日増しに増加している。

私の健康状態はウォーキングを始めてから順調だ。スクワット機の効果も出たのか、2か月で2キロは体重が減少した。食事も時には「コーヒー・果物」「ご飯・メカブ」など、3食の内一回は簡単な食事としている。「継続の力」を信じ続けている。

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2019
02/22

気仙沼市本吉町まだ2往復


三陸道の延伸。気仙沼市大谷地区に高速パーキングがあり、大谷地区から太平洋が望める。南三陸町のラムサール条約の志津川湾の見える、ドライブ途中の「P」が欲しかったなー。
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昨晩は南三陸町の環境対策課の事業所向けの、クリーンセンター持ち込みの「こみ搬入料金値上げ」の説明会が午後6時30分から開催され、10名の事業所が集まった。一昨日は歌津地区で、今日も志津川で開催される。

説明が終わり質問タイム、なかなか質問の手が上がらず、2人目でしふしぶ手を挙げた。「ゴミの分別で可燃ごみが減少し、分別により資源ごみの増加で、買取業者への処分費の増収ができれば、ごみ袋・持ち込み料金の値上げはしなくてもいいのではないか?」と質問した。環境対策審議会でも、値上げで住民のゴミ増加への抑止力や、ゴミの処理場の老朽化、ゴミ・焼却灰の運搬費など、今後もゴミ問題は、県内の自治体でも値上げの動きにある。との説明だった。
私が議会で質問したいと思っていた事を、参加の一人の男性が質問した。「事業所での分別で、資源ごみにも持ち込み料が入っているが、資源となるものなので、可燃ゴミだけに持ち込み料を取るべきでは?」と話す。周辺の自治体も町の進めるような状況です。しかし、検討すべき事でもある。

これまでの住民・事業所への説明会は、今後も続く「ごみ問題」を、町と住民が真剣に考える良い機会と評価したい。昨年に登米市中田地区の大型スーパーに行った時、ダンボール・缶・ペットボトルの機械による回収で、持ち込んでくれたお客様にポイントを上げる。こんなごみへの再利用に取り組んでいた。住民にばかり労力・手数料の負担を掛けるのではなく、楽しんでゴミの分別ができる環境作りも必要と思う。

先輩の母の葬儀の「孫弔辞」で、両親が何時も漁業に従事し、祖母といつも一緒で、ばあちゃん子だったと言う。いつも祖母の行くところに付いていった。しかし、付いて行くと駄々をこねると、時によっては厳しく叱られ、祖母が嫌いになって行った。しかし、祖母の厳しい訳が大きくなって解って来た。祖母が亡くなり何も優しい事をしてあげられなかった。じいちゃんと天国でいっしょに……。と涙で言葉にならなかった。
祖父母がいて両親がいて、子供達は色々な事を学び成長する。厳しく言ってくれない環境の子供達は、わがままで自分を主張し過ぎる事が、子供達の中の問題にあると私は思っている。亡き人への弔辞では、素直な子供達の言葉に感動を覚え学ぶ。

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南三陸町志津川の御前下(志津川コメリ)となり、側溝工事で当分の間、残土の裏の床屋さんの隣りで営業を続けています。震災後に女で一人頑張っています。南三陸町に来たらお寄り下さい。≪美味しいよ!≫

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定休日はなかったと思います。午後4時から8時頃までで、ドライブスルーの店です。復興事業も終わりに近づき、事業のお客さんも減っているとの事です。2月はこの場所でお客さんは皆無との事、移動販売も模索しています。よろしく!

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2019
02/21

今年もこの場所へ


気仙沼税務署で申告終了、16からの申告スタートで3日目のこの日、141番目の受付、少しの還付金もった。控除の対象に「国民健康保険税」「医療費5万以上?」があったが、これで終わりとした。(所要時間30分)

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昨日は「確定申告」に気仙沼税務署に、やらなければいけない用事を一つ片付けた。行きは開通した三陸道を使い、気仙沼駅前にある税務署まで、40分で到着しました。以前なら1時間を越えての用事、こんなにも気仙沼が近くなった。帰りは気仙沼に行く途中のラーメン店により、お気に入りの「味噌チャーシーメン」を食べた。国道45号沿いの店、さすがに高速開通により、通行車は減少し客足も以前より減ったと店主は話す。私が30歳前後に車を取得した時代からの、通い続けている店です。南から大谷地区を抜け、1キロくらいの右にある店です。

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最近はウォーキング依存となりつつある。朝も日増しに夜が明けるのが早くなってきた。1週間前は家を6次半に出ていたが、今日は6次15分でも明るい。明日は6時にして2キロを歩こうと思う。寒い中のウォーキングは頭も回転が良くなり、最近のブログ書き込みの量も増えている。

昨日のお昼に先輩の母の焼香に行った。突然の逝去ながら先輩は強い人である。施設から病院、病院から施設、施設から町外の病院と、大変な状況を教えてくれた。私の母は何とか静かに送る事ができた。両親の死は子供達にとっては悔いなく送りたいがある。今日は午後0時からの歌津の館の「津龍院」での葬儀、お世話になっている方の告別式に参列する。

税務署の前には写真のような「災害公営住宅」がある。一階には商店が入る予定ながら、見る限り店の出店は無い。もう一つの用事は「市役所」で、市民室で市議会中継をテレビで見た。この場所でも中継を見ている人は、一人もいなかった。地方議会の住民の関心は、被災自治体が故の関心の低さを感じる。

議会への通告も済ませた。「ゴミ袋値上げ軽減策」を問いたい。もう一つは「県防潮堤施工ミス・若布のブランド化監視」です。自分なりの提案型の質問です。




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2019
02/20

南三陸町の震災死者への追悼は


鎮魂の森の観音様の台座に、旧歌津町の伊里前の姿が掲示されていた。懐かしい多くの人達がここで暮していた。あの伊里前商店街の「しろうお祭り」の賑わいを思い出す。年をとった昔の思い出が募るばかりです。

三陸道が開通して3日目、大谷海岸ICと岩井崎IC間で交通事故が起こった。70歳の女性が追い越し車線に入る時に、後方から来る車両の確認をせず、後続車に追突されたと言う。2時間余りの通行止めとなった。
大谷海岸インターが開通し、国道45号のその区間(階上)の通行調査で、半分まで通行車両が減少したと言う。以前は1万6千台あった物が、「9千台」まで少なくなった、これまでこの沿線の商店は、通行車・観光客の来店で潤った。南三陸町の志津川・歌津もストロー現象を私は心配する。気仙沼市長は開通式で話した事は、街の魅力を最大限に伝え減少のないようにしたいと語った。

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南三陸町の学校の卒業式が3月になり、志津川高校が1日、中学校が9日、小学校が19日と続く。町内の桜も蕾(つぼみ)が膨らみ始めた。

田老町の二重の10mの津浪防潮堤、高台まで続く多くの避難道整備で、「津波防災の町宣言」し、全国に発信し名を馳せていた。
住民の10mの二重防衛を過信していた。今回の津浪は小さな漁村を一瞬にして呑込んだ。19mもの津波に一たまりも無く、多くの町民が亡くなった。津波防衛は「とにかく高い所へ逃げる」だ。
志津川市街地も10Mの嵩上げに、住民はあの16mにも及ぶ津波を忘れてはいないか。同等の千年に一度の津浪は、明日起こっても不思議はなく、現在10mの嵩上げした市街地に観光地と大型スーパーが整備され、地区の事業所かこの場で再建を果たしている。「あの津波を忘れてはいけない!」。

今日は焼香と申告へ行く。

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2019
02/19

歌津「鎮魂の森」法要

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貴方を私は忘れないから!
昨日は京都「知恩寺」の僧侶18名による、2011.3.11の供養会は、船上にてお札を流しての慰霊、午後1時からは鎮魂の森にて法要が行われた。終了後には東京の力士の皆さんから「餅」が配られた。(合掌)

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「あつみ、ベガルタのサッカーが始まるよ、楽天のオープン戦ももうかくです。一緒にゴルフの反省会・遠征、もっと一緒に遊び、叱咤激励してくれた君を、ずーと忘れる事はないから! 天国から家族と両親を見守って下さい。」

午後一時から「供養会」は、海上法要に時間がかかり、2時近くとなったものの、鎮魂の森での地区民の再開は、しばらくぶりでの井戸端会議、色々な近況報告で笑いが起こっていた。(東屋にて)

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青空の下に京都「知恩寺」の皆さんの読経が、歌津市街地から歌津湾へと広がって行く。地区民は読経に手を合わせ、静かに慰霊碑の前で家族・住民の死を噛みしめ、9年目を来月に迎えるに当たり、また一つの節目を迎える。
ボランティア団体の御世話で、京都からの方丈さん達と、東京からの3人の力士が法要に立ち会った。知恩寺の代表の方の挨拶に、「生ある物はいつかは死を迎える。そして、まだあの世で和える」と、仏教の教えの一片を話してくれた。

私も多くの仲間・知人と、その内に会えると思うと、こころが穏やかになって行くようだった。



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2019
02/18

タラの命、最後まで 食は健康


寒タラの旬となり、魚屋さんへ。珍しい惣菜があった。「真タラの内臓煮」、酒のつまみに最高です。頂いたタラの命、全て食べつくし感謝しましょう。見た目は少し悪いけど。(白子・肝・腸などの内臓全部です)

今日の朝も7分間(千歩)のウォーキング、先週の最強寒波が日本を包んだ時も、歩いた。最低気温が「氷点下7度」の日も、辛さも無く外に出た。今日で10回は越えた。
私の足は普通の成人から見ても「10㎝」以上短い。身長162㎝ながら普通だったら180㎝だったかもしれない。体形が思春期の時代は自己遣欧の中で居たが、周囲はそれを感じさせないで、少ないが仲間が付き合ってくれた。
現代ならどうだろう、人の欠点・弱点を見つけ、馬鹿にし「いじめ」へと発展しかねない。そうならなかったのは、自分の負けず嫌いと、スポーツや遊び仲間がたくさんいた。
今日からスマホで「万歩計」を使っている。友達に設定してもらった。昨日も家での仕事や家事・ウォーキング、魚屋さん・スタンドなどの買い物をした。万歩計は「3800歩」を表示していた。
私の足の短さは人より、同じに歩いても2割は多く歩いている事となる。中学生時代のあだ名に「みじかい」があったが、決して両親を恨む事も、引きこもりにも成らなかった。両親の教育の賜物である。

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冬の料理の「カキ鍋」も色が暗い。冷蔵庫の野菜・材料が残っている。牡蠣を買ってきた。野菜たっぷりのカキ鍋は、牡蠣剥きで出た小さい牡蠣で、「加熱用牡蠣」は値段も安い。
安い牡蠣をいっぱい入れた。白菜・ネギ・豆腐・糸コン・キノコを入れ、私の糖尿病には最高の料理だ。父は普段は野菜や汁物を食べる事は少なく、私が日々料理して準備できる訳でも無く。せっかくの日曜日、少しの親孝行をした。
我が家の私の習慣の日課に、父の食材調達がある。一か月に6回~8回の買い物は、平均すると「3千円」くらいだろうか。冷蔵庫を指さし「食べるのあるの?」と父に聞くと、返ってくる答えは「なにもねえ!」だ。
父にはひもじい食生活と、惨めな姿で過ごしてもらいたくない。父の部屋には介護ベットと専用冷蔵庫があり、部屋の前10足らずの所にトイルもある。他の家庭と比べても生活は楽と思っている。足りないのは会話する相手くらいなものだろう。

今日は歌津の「鎮魂の丘」で慰霊祭がある。建立者に誘われたので行ってみる

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2019
02/17

南三陸町通過


南三陸町歌津港地区に「三陸道歌津北」が開通した。仙北の本吉地区に30年かかりここまで来た。あと2年で気仙沼市までが完成する。車社会が益々加速する。高齢化の進む被災地の復興に、多くの恩恵があれば良いのだが。


午前11時からの三陸道開通式典には気仙沼市・南三陸町の行政関係者・議員、ハイウエイ女性の会、国土交通大臣・小野寺前防衛大臣・元桜井副財務大臣を始め、国会議員・県会議員・建設関係者など、「三陸道開通」にご尽力された方々を含め歌津・小泉地区の地権者を含む、300名を遥かに超える人々が集まった。「南三陸町関係の三陸道の開通式出席は、これで総て終わった」と、佐藤南三陸町町長が語り、会場の笑いを誘った。

菅原気仙沼市長の式辞では、震災復興の三陸道の意味と、あと2~3年すると気仙沼市の三陸道も全て開通し、新たな局面に喜びと不安もあると、これからの地方がどうなるかを述べた。小野寺氏は三陸道計画からの歩みを話し、桜井氏は仙台が近くなり、三陸道の今後の役割は大きいと話した。

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韓国の大統領と国会議長の、日本への強硬な発言は、韓国での自分の立場の維持の為の、日本への政治批判の注文を言い続けている。これに妥協したら「朝鮮半島の統一」と「国民の支持がえられない」との意味で、今の姿勢を変える事はしない。日本企業への韓国の司法の決定で、賠償責任に初めてなるかもしれないと言う。裁判の韓国のトップも大統領が選任している。自己保身の政治姿勢が世界で進み、世界の平和は益々遠のいて行くようだ。
韓国の国会議長の「天皇に謝罪を」と言う。日本国民の天皇陛下は「象徴」であり「日本人の心」がここにある。「戦争を起こした孫にあたる人間、退位を前に慰安婦に頭を下げるべき」の言葉か、日本の歴史をうわべだけしか知らない人間である。「10年前から言っている考え」と、その発言の意味の大きさに、今、気付き始まった。
両国の利益を考えても、韓国の中国依存が成せる、政治姿勢の強硬な態度と感じる。北朝鮮の韓国を利用した、現在の行動・発言を知らないままで、中国の思惑と、韓国の安定、世界からの支援を、核を持ちながら北挑戦の策略に、利用されている。韓国はそれを知ったままで、自分の保身の為の政治を、日本を悪しき国として攻撃している。悲しい。

安倍政権に更なるし試練あり、ジョンウンは拉致した日本人を悲しいが、返す気はない気がする。こうした隣国への脅威として自衛隊を憲法へ明記するは、総理の強健な姿が見え隠れする。

三陸道の歌津北インターが昨日の午後3時に開通し、北へ北へと延伸する。観光客の立ち寄りの場への、町の政策は急務である。

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2019
02/16

南三陸町の志津川高校生議会


南三陸町の被災地にある母校「志津川高校」が存続の危機に向かいつつある。それは生徒数野減少です。昨日は高校生の町づくりの提案がされ、教育では「交流留学」、産業では「町の産業を生かしたブランド化」など、色々なジャンルに分け、行政に説明し提案した。


国会に多くを学ぶ。南三陸町の都市計画事業が現在も進行している。
ここで暮していた住民生活の再建が行政の責務として在り、再建に対し町は均衡な住宅再建・土地換地・生活再生・事業再生に、公平・校正に都市計画を町は立て、初めて町に震災復興が果たせる。
私は首長の政治・政策に意義を伝えているが、町民の早期土地整備や病院環境の不備があっても、命を守る・防災から住民を守るためと言え首長に、町民も声を上げる余力も、気力もないような状況が今である。

高校生の意見を聴き、町はどんな教育・6次産業化などに取り組んで行くのだろうか。議会でも各議員の提案を聴く耳を持たず、総て「私がやった」との町長の傲慢な姿に私には見える。
その一つに宮城県からの南三陸町の「水産特区」があり、27億で土地の確保と整備をして、国の政策の事業再建の「8分の7事業」の資金を、期間ギリギリに申請し、特区に入った水産加工業者は、数億円の資金補助で事業を拡大した。
ここにも事業主の町の均衡のとれた、都市計画・被災住民の絶対的な事業とはなっていない。
町内の人で多くの意見を持ち、調べている志津川町内の知人は、国、復興庁や県に町の復興計画の内容を聴きに行っている。復興庁も彼に「南三陸町の都市計画に問題がある」と話したと言う。基本は被災した住民の公平を保ち、事業の再生、住民の平等な土地の換地事業と言う。
それがこの町ではできているのかと言うと、そうではないと多くの町民が思っている。

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金ヶ崎議会への調査で議場を写真で取った。東京の勉強会で講師は「100もの議場を見て来た」と言う。何故と私は思う。そこに何の意味があるのだろう。
議長席から他の議員を見た時の光景に、自分もこの場を目指すと言う、向上心に向かう気持ちの、議員としての意識を高めるのだと感じた。

今日は11時から三陸道の開通式が、「歌津北」のインターで開催される。私にも案内がきている。住民の代表として記念すべき式典に参加できる栄誉に感謝したい。

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2019
02/15

気仙沼市もうそくまで! (小泉地区)


以前の家のあった場所を高速から見たい、小泉川に架かる国道・高速、河川堤防の高さ・整備が見たい。着実に三陸道は北に延伸している。(僕の家は何処?)

いよいよ明日に「歌津北」「小泉海岸」と二つの歌津以北側のインテーが開通する。そのまた北は本吉北と大谷海岸インターと、3区画が三陸道が完成し、式典が開催される。気仙沼へは本吉地区で「7分」が短縮され、本吉地区でも「5分」の短縮だが、これまでは大谷のインターに上るまで、一区間が渋滞となっていた。残りは「小泉海岸」から「本吉北」だけとなった。

岩手へは気仙沼から唐桑までと、唐桑から高田そして大船渡までの三陸道整備だけとなった。春になったら「リエス線」「三陸線」、「山田線」と岩手の三陸海岸を電車で巡ってみたい。
山田の「佐藤恵美子」さんは、25年前まで「川柳のジャンヌダルク」として、週間ポストで紹介されていた。人生の私の一人の師として私の心にある。恵美子さんも震災前に亡くなっている。この故郷が山田町です。ぜひ行ってみたい場所の一つしてある。

池江璃花子さん18歳が白血病と診断され、多くの仲間やアスリート・芸能人など、全国・世界の人達が「頑張れ!」とエールを送る中で、オリンピック・パラリンピック大臣の桜田氏、発した言葉「がっかりした」に、多くの非難が飛んだ。「送る言葉があるだろう!」。言葉を知らない人間の多くの発言は、当然に発言に気を付ける物だが、人材がいない。
「焦らずじっくり治療して、絶対帰ってくると信じている」、「あなたの幸せを応援します」。

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更生労働大臣の統計問題での発言は、2014年から続けられた厚生労働省で、行われていた問題、もっと毅然とした態度での答弁で良いと思う。言葉を選び上司(総理)と部下(官僚)に、そのしわ寄せとならないように。これからの対応が大切と私は思います。
農水大臣は、自分の長男が農水省の政務官の立場で、地元での有権者の会にでている。「議員への立候補」を視野に、地元への帰郷に関して、官僚として旅費を省から出している。こんな指摘に「議員には出ない」と、父親の大臣は説明をした。この場しのぎの逃げ道と感じだ。二男は北海道で議員をしているとも言う。世襲の中で、所得のある家計での学力の向上は当然のデータで、農水大臣のおろおろした答弁に、年功序列の大臣の就任に問題がありそうだ。

無くし物がポロポロと見つかった。確定申告の税理士からの「源泉徴収票」が2か月行方不明だった。大事にしまい過ぎての事だった。今朝はいつものアォーキングをした。1キロだけだが、氷点下7℃の寒さの中での歩きは、身が引き締まり、頭のホケも解消されるようだ。

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2019
02/14

施工ミスの現場撮影帳に「コクガン」?

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コクガン探しに志津川地区の八幡川に、黒い河口を泳ぐ鳥見つけた。初対面! 帰りパソコンで拡大して確認、絶滅危惧種のコクガン、簡単には出逢う事はできなさそう。戸倉地区の折立川なら見られると言う。今年は320羽と、いつもより100羽以上も多く飛来している。会いに来て下さい。

今月発行の「南三陸町議会だより」の表紙を飾ったのは、2羽のコクガンのつがい? 綺麗なコクガンと志津川湾の輝く海の写真が紹介されました。
インバウンドの中で南三陸町の名所は、まだまだ少ない気がする。外国人が「何を求めて来るのか?」の検証が必要だ。
昨日は歌津地区の払川で、「藍染」をしている方が紹介されていた。震災時に町へボランティアとして訪れ、人々の温かさ自然がいっぱいの姿に引かれ、この地に「藍染」の木を植え、創作活動で「手ぬぐい」等を製品販売し、藍のお茶なども考案している。町内の観光販売所で販売している。
今の時期に「名勝・神割崎」の間から旭が登る。この時期にしか撮影できないカメラポイントが、テレビで昨日紹介されていた。良い場所を確保するために、暗い時間から海岸に出向く。少し危険な場所でもあり、気を付けて南三陸町の美を味わって欲しい。

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南三陸町で生まれたサケの稚魚の放流が始まった。年々捕獲率も上昇し、採卵の数も増している。故郷の川は今、新しく立派に変わっています。それを楽しみに多くのサケたちに帰って貰いたい。
海の漁業の更なる発展が、町の復興と私は感じます。水尻川のほとりにできた真新しい「孵化場」は、君たちの故郷であり、南三陸町は私の大切な故郷、色々な形で町の再構を支援していきたい。

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2019
02/13

岩手を雪中歩行20分


新幹線で岩手県「水沢江刺」に降り立つ。三角屋根の家まで少しの吹雪の中を、20分の雪中歩行。ここ金ケ崎町には15600人が暮らす。人の影は何処にもない。

石巻市で「がれき処理不正請求」で市長が給与の4月から6か月間20%の減額となった。石巻の建設会社が水増し請求により、同会社が倒産し、詐取した5740万円のうち、同社の460万円の返還により、県と国は「補助金の返還」を石巻市に求めた。
同社社長は一審二審で懲役4年となり上告が棄却された。不正請求の差引「5200万円」を、石巻市の一般財源から支出する。市長は防潮堤の整備が遅れる事で、市民に不安を与える事を懸念している。しっかり市長の考えを伝え理解をしてもらいたいと話していた。

県内の被災地には今後こうした問題が出てくる気がする。事業費の拡大から中小の建設会社は悲鳴を上げ、工事の遅延による発注者が、事故繰り越しを認めなくても工事を継続し行う事で、完成後の工事費の全納支払を目論む。東北の1000万円の企業の倒産は、先月9社と負債額も年々増えていると言う。残り復興期間は2年1か月となり、防潮堤の遅延は国が認めてくれているものの、震災発生後10年後の2年3年で終わる保証は何処にもない。

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南三陸町の志津川中央区の商店街区画のメイン道路で、当初は中央区の商店街を計画していたが、現在は道路沿いに3軒のパーマ屋さんと、飲食店・海苔販売会社など5店舗しかない。町の造成区画へのアパート建設も、住民の理解が得られず中止となった。外国人労働者の宿泊地としての、住民の心配があった。
志津川の新井田地区の遺跡の出土や、岩盤の出土などの問題もこの土地にはあり、建設場所の予定の変更もあったと思うが、町の復興計画の予定通りの進め方で良かったのかも、今となればとうしようもない。

来月の予算議会があり、現在、一般質問を何にするか考えている。





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2019
02/12

~未来につなげよう 命の循環 僕たちの宝 南三陸町~

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北は北海道から、南は熊本まで、ラムサール認定を受けた自治体から、31名のこども達が南三陸町に集まり、3泊4日の「こどもラムサール会議」が開催された。

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班に別れ、南三陸町の「宝」を探し、最終的に「平成の森体育館」で、自分たちの意見を発表した。子供達の自分たちは湿地と比べ、南三陸町の良さを紹介した。

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南三陸町に暮らし、自分たちの何気ない自然・繋がり・生業を「宝」と、子供達が教えてくれた。

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今日の朝、雪の積雪に驚いた。始めたばかりの朝のフォーキングも中止にし、駐車場の除雪をする。良い運動になりました。
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2019
02/11

遂に三陸道が気仙沼市小泉に来た


「三陸道を歩いてみませんか!」の歌津本吉道路に参加した。目的は小泉の「津谷川」の大橋から写真を撮りたい」だったが、子供の落下を懸念し、限られた区間のみになり、少し残念だった。仙台河川国道事務所の企画で、地区民100名が参加し、子供達を前に記念写真を撮影した。

高速道の集合場所は周辺に駐車場は無く、小泉団地の集会所に止め、小泉地区から歌津地区までの「グリーン道路(能動)」の、起伏のある道路を5キロ以上も歩いた。ここ一週間の朝のウォーキングの成果か、足の痛みも疲れも無く歩けた。国道事務所の企画に地区住民をドローンで撮影するがあり、空に舞うドローンに手を上げる姿に、住民の念願だったと実感した。
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大震災で平地にあった住宅は流失し、住民は高台などの内陸に住宅再建をし、自宅から農道を歩き場所に集合した。高齢者・子供達とバラバラに散らばった住民が一つに集まった。こうしたイベントがある事で、皆が顔を合わせられる。16日も歌津北のイター開通式があり、国会議員・地権者が一同に集まる。私も参加できる事に、高速道の歴史に触れられる喜びを感じる。

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先月から今月と大きな仕事を無事に納品でき、安堵から登米市に晩御飯を食べに行く。テレビで放送されているココスの「チーズたっぷり丸バンバーグ」を、食べたいとの気持ちがやっと実現した。
登米市のココスには夕方5時を迎え、友達同士・家族連れ・恋人たちで、店は満員となっていた。食事ができながらゆっくり話せる場所は、南三陸町には無い。赤ちゃんが泣き、話声で別世界に居るようだった。

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2019
02/10

自然の破壊は直ぐには戻らない


南三陸町志津川の「松原干潟」に、県工事の施工ミス発覚、土砂で埋もれた干潟は簡単には戻らない。(1月24日発覚、未だ手つかず)

一昨日前の「東日本大震災特別委員会」の高野会館の請願審査があり、その他の件で松原公園の干潟への、防潮堤工事の施工ミスがあり、当委員会で調査すべきと私は提案をした。
他の委員の意見では、「町との間で解決した」「埋めた土砂は取り除いた」との意見もあり、昨日、現場行って見た。何の手もついていなかった。

以前に気仙沼市の防潮堤施工ミス問題が記憶に新しく、県工事で22㎝高い工事で、県と市・住民の論議が交わされた事は、まだこの間の問題で、双方の議論が交わされ、県は陸地部分の22㎝余計に嵩上げし、「同じ景観を」と幕引きを図った。この問題があったのに町は「いかんを伝え決着」は、県への気使いが強すぎる。今後の工事の経過にはどうなるのかを、監視していきたい。

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震災後に志津川高校の自然科学部員が、カッパ・長靴をはき、生き残った生物の調査をした場所が消滅してしまった。この結果を余りにも軽く考えている。ラムサール認定の町の在り方としてどうだろう。

大震災で南三陸町の美しさ、恵み多き海岸への再確認している中で、今回の問題は、ラムサール条約締結での祝賀会の開催でも、何一つこの問題を町長は説明しなかった。「以前に近い形で一日も早く再工事をして頂く」と説明しても良かった気がする。祝賀の来賓には国県の方があり、配慮とは思うが一言の指摘は、今後の復興工事への遅れを出さない為にも、戒めとして話すべきと思う。

互いの気使いだけでは震災からの良き復興とは言えない。税金を少しでも少なく使い、日本の社会保険・少子化対策・借金の減額など、資金として回すべき物の必要性を感じる。



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2019
02/09

南三陸町の三陸道付近に「道の駅」を!


南三陸町にも三陸道付近に「道の駅が欲しい!」と、希望は歌津地区の降り口が土地もあり最適かと、子供・高齢者に優しいトイレの道の駅が! (子供トイレは登米市三滝堂)

昨日も登米市の用事の帰りに「道の駅・三滝堂」に寄った。この日も来場者の出入りが盛んで、野菜は元より「6次加工品」、バン・果物・食料品・花・弁当など、道の駅で食事の買い物が全て揃う。
ジャガイモ・人参とカレーの不足野菜と、隣りのコンビニで3時休憩の「肉まん」を買った。コーヒーもミニストップの物は味が濃い。

志津川海岸インターから登米市まで30分、用事が30分で、帰りには丁度トイレに行きたくなる場所に三滝堂のトイレがある。小便所は24カ所に子供用トイレがある事を初めて知った。小さくて可愛いトイレの所在に感激し、携帯で撮影した。小さな子供が一人でも用事ができるよう、扉の高さが低く大人が外で見られるように、便器も小さく安心して用をたせる。ここまで気が回っている、弱者に優しいトイレは周辺でのインターでも、道の駅でも見たことがない。

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昨日の特別委員会は、高野会館の周辺のインフラ整備と、会館のアスベスト問題での、行政の無断立ち入りと、アスベストの所在に対し、当時の副町長と建設課長の参考人出席を求める。と言った二つの請願の議会での特別委員会の、採択すべきか否かが議論された。
私は、観光客の誘致には欠かせない場所であり、年間5万人が語り部バスで、多くの観光客が見学に来ている。観光客が昨年から減少し、高速道の延伸での来町者の減少が見込まれ、一つでも多くの観光の場として、会館周辺の整備は欠かせない物と、採択すべき物と三世を、賛成多数で採択となった。もう1つの「参考人招致」は、呼んでも「記憶にない」など、言った、言わないの、議論が予想され、そんな無駄な事の必要を疑問視した。住民の為の問題が山積の中で、町づくりの議論を重ねる事が大切と、請願の採択に反対と態度を取り、不採択となった。

昨日のラムサール認定の祝賀会に、登米市の熊谷市長が来た。世界遺産に「米川・水かぶり」の祭事に多くの観光客が御出でになったと報告した。私たちの町の志津川湾の「世界に誇れるたった一つの海(湾)」としての、ラムサール認定を機に、多くの観光客が迎えらる環境整備を、早期のと必要性を感じた。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:34 】

2019
02/08

津波の脅威は国土強靭化へ


南三陸町志津川地区の平磯の海岸津波防災工事。道路の拡張と共で、う回路を通る度に迷いくす、そして危険です。

海抜は6m? 津浪はこれを遥かに超えて私の友達の家の一階部分まで達した。新築再建は以前の場所から更に10m弱の海抜の場所にした。津波の恐怖と脅威は体験した人間でないと判りはしない。

2月7日は北方領土の日で、現在進められているロシアとの「平和協定」と言う、4島返還を求めているが、ロシアの事実上の実行支配の中で、クリミア進行など、強硬な政治姿勢を続ける事で、プーチン政権の維持に繋がり、現状維持を今後も続けていくだろう。「2島返還から」と言うが、世界の強豪国の世界の自国維持の政策は、益々強行となって行く。

今日も朝6時30分の「千歩(1K)ウォーキング」も4回目となり、三日坊主を回避した。宮城県の今日の最低気温予測は「-2度」だった。さすがに寒い。室内でのスクワット機の運動、ウォーキングを始めてから体調がイイ。体重も2キロ位減った気がする。ウエストも2㎝は減っただろうか。バンドがズレ落ちなくなった。

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昨日は「南三陸病院」の調査で、職員から経営説明と施設の説明を受けた。機材の完備は「透析施設」と「ドック検診事業設備」が整い、ベット稼働率も他の自治体の病院平均「70%前後」からすると、昨年は「95%」と好調と言う。今後もこれを維持できる経営戦略をしていく。先生は東北大学などから医師の派遣を受け、多くの診療科を住民の希望に沿い、週2回程度の診察で何とか今を乗り越えている。
ドック診療には大手の自動車会社の社員100名を支援で受け入れ、町の職員は勿論、南三陸病院を利用していると言う。大腸検診のカメラ・胃カメラ・ICUなど、高度な検査機器も充実していた。入院の体制は夜間の看護師交代制の中で、病院経営を考え最大限の努力が見られた。
登米市の市立病院の「累積赤字約160億」の報道があり、南三陸病院の累積赤字の事も聴いた。現在「約30億」であり、年々増加している。町民の生活を守り、終末医療と看取りの確保の為に、町の持ち出しは仕方が無い気がする。

今日は「高野会館の維持」に関する2つの請願の、審査特別委員会がある。夕方6時からは「ラムサール認定祝賀会」がある。今日も忙しくなりそうだ。 

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2019
02/07

志津川地区の東団地から


南三陸町の東団地D棟から「ベイサイドアリーナ」を望んだ。この日も住民のイベントがあり、駐車場はいっぱいとなり、多くの町民が「苦しみ・笑い・泣き笑い」の歩みを続けた。

我が社で50年前に働いていた「さよちゃん」は、真新しい一軒家に家族で住んでいたが、大震災で総てが流失し、現在は志津川地区の「震災復興住宅」の一室に、家族肩寄せ合って生きている。
志津川地区の総ての被災した住民のうち約800世帯が、一戸建てから4階建て集合住宅で暮らす事を選択した。今後の生活を考えての決断だった。

アリーナの周辺には「町役場」があり、病院・郵便局・幼稚園・デイサービスなど、高齢者の住みよい環境がここにある。そんな中に総合体育館(カーナ)には、文化ホールもあり、多くの艶歌歌手やアーティスト・コメディアンが、被災地を元気づける為に来町した。私は8年余りで5回ぐらい見に行っただろうか。イベント開催は100回ではきかないだろう。笑いと元気を頂いた場所です。
多くの団体がアリーナ玄関での炊き出しがあり、物資の配布に町民が群れあい取りあった。そんな異常な状況下に町はあった。

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8年目の今年、被災町民は自分の生活スタイルを決め初め、少しは前を見られる事ができている。入居の平均年齢は「棟」によって異なるが、高い所では「75歳」を越える。総ての災害公営住宅だと、私の感じる所では「65歳」は越えているだろう。それぐらい高齢者が多い。

今日は調査で「南三陸病院」へ行く。持続可能な町民の命を守る場所として、問題点や環境の改善での、健全経営の在り方を問いたい。
登米病院の累積赤字が「160億」となり、独立法人への移行を模索している。今年の市の予算で「約20億」を補てんすると言う。地方病院経営の大変さを思う。

地方の自治体病院は現在こんな問題に直面している。自治体も財政破綻との声も、近隣の町から聞こえてくる。

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2019
02/06

高速ストロー現象が現実に


先月の南三陸町歌津でのイベントには、今が旬の「かき」「わかめ」が並んだ、みやぎの皆さん、ちょうと回り道して「潮風を楽しみに」、ハマーレ歌津に御出かけ下さい。(来場者が半減と聴きます)今月13日には北に高速が延伸します。


2月4日午後2時から「議会と住民の懇談会(商工会会員)」が開催された。現在の南三陸町の商工会関係の状況や、議会議員への聞き取り・考えが、4名の会員で質問状があった。懇談会は商工会関係者29名が集まった。
1. 志津川・歌津の商店街の現状報告 2.シルバー人材センターの再建 3.少子化対策と議員定数 4.森林環境・管理システム、復興後の建設業の仕事量減少対策 などがあった。

私のこの4点の質問への考えは、1点目、以前の一般質問の中で、シルバー人材の再建は高齢者の仕事を確保する上でも、町長は再建を進めたいと言う。
2点目、南三陸まちづくり未来の来町者状況では、志津川地区のさんさん商店街は、昨年は65万人で今年も残すところ2か月で、57万人と言う。ハマーレ歌津は29年4月で35万人、30年1月までは14万人と、両商店街とも厳しい情況だ。オープンからの被災地支援も、年月が経つにつれマンネリ化もあり、イベント企画も限界を感じる。今後は「震災復興祈念公園完成」に期待するとかない。しかし、オープンは32年とまだ先となる。

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3点目、将来の南三陸町の問題点として、「人口減少での婚活事業」「議会の議員定数」をどう考えているか。また各議員の意見はだった。婚活活動は今年度から町の事業を開始して、今月には仙台で南三陸町の30代40代を対象とした婚活パーティーを開催する予定だ。議員定数は今後議会で議論をしていくので、個人的な意見は言えないと委員長は応えた。私は11名減員で5人の減員、報酬のアップを提案したい。
4点目、林業の環境は「南三陸産材」の発信があり、手つかずの森林の整備・管理を森林業者・組合が取り組んでいる。建設業の仕事の確保は、震災復興が一気に進められ、仕事の減少の対策は町として、議会に何が提案できるかと言うと、その手立てはないのが現状だ。町の財源不足は現実で、あと2年で町の箱物とライフラインの整備は終了する。防潮堤は大手のゼネコンが担っている。

その他に、灯篭流しの復活が上げられ、低地部の空き地となっている土地利用は、町の土地の部分の借りる時の借地料が高い、松原公園での運動会を、などと広い角度での意見がだされた。
キツイ質問として、議会議員はボランティアでやったら、定数は8人位で報酬は町長と同等ぐらいにしたらと言う。また、商工団地内の建築規制を外し、一般住宅が建設されたが、商工団地内の環境に苦情言えないと話した。それと第二工業団地の整備を求めていた。こんな質問に商工会関係者からは笑いが起こっていた。

私は災害公営住宅で暮らす人達など、一般の住民との懇談が望ましいと思う。この場所に来てもらうのではなく、各集会所へ出向く形の懇談会(日々の生活の意見)の、開催こそ必要と思う。

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2019
02/05

物忘れに苦しみ 言葉が出てこない


先週の一泊二日の東京。行きの新幹線にメガネを忘れた、帰っての液で「忘れ物わ申請」し、2日後には着払いで届いた。JR東日本の早急の対応に感謝です。座席は「6号3番A席」でした。

私の生活には欠かせない「サングラス付きの遠め用メガネ」は、晴天時には世界が眩しく目が痛い。そんな状況で外での生活には欠かせない。
フレームは1万円、レンズも1万円、取り外しサングラスは5千円で、大きな忘れ物だった。「身体から離さないように!」と、常々心掛けていた。その時も帽子・ペットボトルは持ったが、窓際に置いたメガネを忘れた。戻ってはこないだろうと諦めてもいた。
テレビで以前に新幹線の落し物が部屋いっぱいに保存されているのを見た。その中にはメガネもあり、届出のない物がたくさんあり、落とし主も気づかない物もあるのだろうか。
今回のJR東日本の迅速な対応に、巨大な企業でありながら、一人のお客さんへの対応に感激した。これからは気を付けたい。

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先週の土曜日の昼、冷蔵庫には昼食べたいものが無く、2年前に叔母が持って来た「生協味噌ラーメン袋入り」があった。こんなラーメンを食べたのは4年ぶりぐらい久しい。もやし・卵・ハムを入れ作った。
以前はあまり味が合わなかったが、この日のラーメンは美味しく頂いた。何も無かったら何でもうまいのだろか。見た目(写真)も美味しそうだった。

最近はビールも食事も少し食べると、お腹がいっぱいになる。胃がムカムカする事が多い。今度、仙台で「胃カメラ」をする、ついでに「MRI」で脳の血管画像も撮り、異常は無いか診てもらう。母は脳梗塞を頻発した、遺伝の懸念を常に考えている。96歳の父よりも先には死ねない。

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2019
02/04

国会の集中審議! 統計問題はどうなる


東京の池袋駅前の居酒屋で、晩御飯は3000円食べ放題の親睦会。メインはとろろの豚しゃぶで、締めにうどん。デザートは写真の「クリームブルリェ」、お腹いっぱいで友達にあげました。

今日は「議会と商工会の懇談会」がある。せひ、役員以外の会員の方々には参加をお願いし、小さな商店の状況も伝えて欲しいです。

年金の積み立て分の活用は、株式に投資の下落で、14兆円分が消えた。50兆円の投資で成功した部分があるから、年金支給には何の問題も無いと言う。消費税の2%アップでの増収分が6兆円余りで、カードやキャッシュレス利用での国民には数%の還元をすると言う。こんな無駄な事はせず、消費膳は普通に取り、生活困窮者・子育て家庭には、直接補てんをした方が良いと思う。高齢者はカードのキャッシュレス化には付いて行けない。

私達が掛けている「雇用保険」「労災保険」が、全国の企業所得の平均から割り出されている。2000万人に560億円分が不足で支給されていた。2004年からと言う大都市の企業三分の一の統計調査で、16年の間には、大震災があり被災地の会社の従業員も「雇用保険」が支給されていた。不正の統計調査で不足していた。一食分の食事代でも欲しいと、その対象者は言う。生活困窮者の事を考えない、高級取りの官僚と政治家の怠慢と感じる。

日本も世界も保守的な思考が蔓延している。相互扶助の精神は何処へ行ったのやら。

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南三陸町では行政が人口減少の中で、県と共に「婚活事業」へ震災後に初めて取り組む。

仙台の会場で、南三陸町の30代・40代の男性が対象で、ティータイムや一対一でのトークタイムなど、南三陸の食材を使った料理・食事会もある。
女性は宮城県内在住の女性、また県内勤務の女性が対象です。2月23日に開催をする。対象の女性には是非、多くの参加をお願いしたい。

食事にはお酒もあり、仙台での宿泊者には補助金として5千円が支給される。

私も対象となれば是非参加したい。62歳では駄目ですね。
南三陸町の女性も有りと、チラシの内容を見て感じました。

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2019
02/03

南三陸町の歌津地区の震災復興の原点


大震災で天皇皇后陛下がお立ちになり、慰霊と追悼で御頭をお下げになった。伊里前小学校の校庭にヘリで降り立ち、大震災後に南三陸町を訪れた場所、南三陸町の震災復興の祈念の場所です。歌津地区有志の建立した「碑」の前から。

天皇陛下の退位を4月末に迎え、大震災を語るに欠かせない、天皇陛下の来町と慰霊に感謝し、その場を観光地として将来に引き継ぐ事が良いのではと思う。南三陸町の住民が一つになった出来事と私は感じる。

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三陸道が気仙沼市小泉海岸インターまで、歌津北インターを通過し、2区間が今月16日午後3時に開通する。歌津商店街「ハマーレ歌津」の観光客の減少が心配され、目玉として「天皇皇后陛下が降り立った場所」として、震災の継承を再確認する場として、もっと大々的に知らせ、環境の整備に町が動くべきと提案したい。

1月27日のイベントには、ハマーレ歌津は志津川のイベントに比べ、来場者の少ない事を感じる。何故と分析が成されない、町の取り組みも薄い事が、冬場とは言え、対策を講じていかないといけない。

南三陸町の地域格差を、こうした面からも感じる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:52 】

2019
02/02

三陸道下りのライトの帯


昨日の午後6時頃の登米ICの上り口の大渋滞。1時間前はまだ規制はなかったが、登米ICは通行止めとなっていた。事故区間は登米~豊里IC間、仙台方面に週末帰宅の方々は、ここで降ろされ「河北IC」まで大変だ。

夕方に登米市に用事ができ、急遽4時30分に向かった。三陸道の通行掲示板には、「事故のため登米・豊里間通行止め」の表示が出ていた。まだ通行はでき登米ICで下りたので問題は無かった。
帰りは仙北道路を走行中、遠くに明かりが連なり、「何だろう?」と見ながら、登米ICから乗る。登米ICの上りには通行止めのバリケードが出されていた。ここから河北ICまでの下の道路は、国道45号を通り上品の郷で乗るか、津山町から豊里ICから高速に上るしかない。午後6時を回り暗くなり、道も判らないドランバーは大変だろう。登米ICの下りの降り口は、信号の青でも多くて6台しか通過できず、渋滞の解消は大分時間が掛りそうだ。

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大学1年生の女性の惨い事件が起こった。加害者は35歳の独身男性、出会い系掲示板のSNSで知り合い、「金銭問題?」とも言われている。若くて可愛い女性の父は、「元気で帰って来て欲しい!」と話す。しかし、初めて会った直後に殺害され土に埋められた。昨年11月から行方が解らなくなっていた。男性は4人兄弟で、若い時に父を亡くし、母は病気となり生活保護を受けていると言う。仕事をしても一日行って休む・無断欠勤、こんな男性が良く生きられるものだ。清潔さもなく、そのだらしない生活は35歳にして、頭の天辺がハゲている、かっこうの悪すぎる男性に出逢う女性は、恋愛は考えられなかった。男性が嘘に嘘を重ね、合わないといけない状況がそこにあったのだろう。

子供への虐待・DVもテレビで事件となっている。可愛いまだ幼い子供達の親からのいじめは考えられない。また、周辺の子供達の同年代への、陰湿な「いじめ」は、家族の不幸にも繋がっている。
本吉郡内の高校でも「いじめ」により、学校を辞めたとの話を聞いた。知らない所でこんな事が起こっている。教育機関はそんな事(いじめ)はないとの、一点ばりだ。

氷の時代となった。政治・官僚の「まやかし・嘘をつく・隠蔽体質」は安倍政権になり増加したのか。それとも以前からあったものが露出したのか。公務員の多忙が根底にあるとも言う。

生活のしにくい社会へと、益々突き進んでいるようだ。



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2019
02/01

規律とマナー


池袋駅の地下鉄の前の交差点、インバウンドの外国人観光客、マナーを守り信号で10mの一列の整列を見た。

泊まったホテルでは中国語が飛び交い、日本語よりも多い感じを受けた。部屋も外国人の設備対応があり、長期間の宿泊の為か、食器類や洗濯機が整備されていた。利用説明には「英語」「中国語」など、インバウンドの訪日客の増加4千万人に向け、国内ホテルがシノギを削っていた。
観光客の誘致に南三陸町はだいぶ遅れている。ホテルはあるもののアクセスが悪い。日本に来て「静かな自然の原風景」を求め、地方へ行きたいと言う観光客も多いが、民泊には不安があると思う。なので町には「防災旅行」「被災地視察」など、「日本の良さを感じに!」と言った環境には、まだ町は無い。これは観光旅行ではなく、災害を利用した観光が何時までできるのか疑問だ。
勉強会でも町の悪しき部分を探し指摘するより、今の現状で何をしないといけないか、建設的な議論が必要と言う。それには質問する側と答える側が、真剣に対等な嘘のない議論が大切と思う。次から実践したい。

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被災地の寺院巡りの活動を叔父がしている。四国巡礼にならい、過去の反省や振り返る事で、自分事を考える時間を持つ。太平洋側の被災地の寺院や慰霊碑に手を合わせ追悼する事で、家族の死を受け入れたり、何時までも供養をしていきたい。こんな気持ちを持つ人達のための物と思う。
今年は「朱印帖」を買い求め、神社と慰霊地を巡りたい。自分の人生を振り返る意味でも、実現したい。第一号は叔父の朱印としたい。

またトラブル発生です。今日には何とか処理したい。昨日は「脳ドック」に向け、情報収集をした。「胃カメラ」もそろそろ飲む事を決意した。

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