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ARCHIVE - 2019年01月

2019
01/23

全部「ムールガイ」。

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昨日は戸倉地区から友達が来た。彼は志津川地区のカキ剥き場で、冬場は漁民の手伝いをしている。そんな彼が牡蠣生産の付属品である「ムールガイ」を、籠いっぱいに持って来てくれた。半端ないその量ながら、剥くと写真のような殻の中に小さい貝が入っている。昨夜はその処理で夜なべをした。
私達の海は「春夏秋冬」で豊潤な海の幸に恵まれている「南三陸海岸の町」です。今は「寒ダラ」の時期で、先週末は市場で寒タラ祭りがあり、一本売りでは「2000円」と、通常価格の2割引きで販売されていた。
昨日の全国ニュースでは「タコ不足」で、関連業界の品不足で経営が大変と話していた。「タコ焼き」「タコ料理店」など、タコ好きの日本人の台所が混乱している。まだ南三陸町の「志津川タコ」は大丈夫ですので、食べに、買いに来て下さい。

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今日の仲間との新年会と、今月末の東京の議会改革講演会の、手持ちの資金不足で、昨日は志津川農協にお金をおろしにいった。旧「福祉の里」からの志津川地区の風景は一変していた。まるっきり以前の風景とは違う姿がここに広がっていた。廻館前ののどかな町並と水田、そしてその前には八幡川の流れが静かに見えた。津波防災体制の確立に向かい、ここまで風景が変化するとは思わなかった。町の「職住分離」の生活の大改革では、しょうがない現実がここにある。

八幡川の河口右岸は、防潮堤整備があり自然のままの砂浜の維持をし、防潮堤のセットバックの計画を建設課長の説明で聴いていた。それなのに自然を見つめている町民が、FBで「ショック!」と書き込んでいた。まるで沖縄のサンゴの海の埋め立てと同化して、私の目には映った。地元の高校生が「磯調査」の場所に、河川整備の為に土砂を海中に投入した光景が広がっていた。復興と自然環境の両立の難しさがここにはあるが、対策をしないままの防災対策整備はどうだろう。自然の環境を消し無くしたら、二度とその景観と自然と生物は戻らない。


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2019
01/22

可愛い!


登米市米川の「みずかぶり」も、日本の仮面文化の国際遺産ユネスコに昨年認定された。米川地区では登録祝いの「みずかぶり」の飾りが、地区の玄関口に現在登場した。
登米地区のある会社はユネスコ登録を祝福するように、玄関に飾る「年賀挨拶」に、みずかぶりのキャラクターを模写し、仮面文化の継承を伝える。現実的には米川地区も人口減と町の疲弊で、後継者も少なくなり継承への不安があると聴く。私の従弟たちも火伏の神様となり、参加して伝えてきた。地域の習慣は、地区以外の人達の参加で、今後は維持されていくのだろう。

歌津の尾崎神社にお参りをした。勿論、南三陸町住民の平安です。
歌津-2 (2)

60歳を過ぎ、それから3年目を迎え、神頼みが多くなった気がする。今まで大病にならなかった「風邪」も、回復まで一週間を要した。若いふりして抱える仕事を一揆に片付ける性格を変えないと、疲れた体に病魔が入ってくる。
無理をしないで生きたいが、今の立場はそれを許してはくれない。

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2019
01/21

ウオーキング始めました


昨日の都道府県駅伝の中盤に宮城が10位以下に落ち、福島の走りが良くなってきたとき、家の周囲を回るウオーキングを初めてしてみた。

ここ一週間で「170」前後の血糖値で、ランタスという「インスリン」を15から17単位と増やして見た。それから10日血糖値は変わらず、薬も一か月を過ぎ無くなった。
我が家から歩いて2分位の場所に、主治医と薬局がある。こんな便利な場所は他には無い。先週の土曜は用事で出掛け、帰った時には診察時間を経過していた。今日は昼前に行かないと大変だ。他の地区の人達は病院の通院は大変ながら、私の家からの医療環境は良好だ。
父は月一回、時には2周に一回と、循環器の南三陸病院に通院する。勿論、車で自分でとはいかず、私が送り帰りは巡回バスに頼っている。半分は病院に行っていた人に送ってもらっている。

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我が家から出て、主治医の病院から右に進み、国道に出て一区画をぐるりと廻り戻る、こんなコースで「千歩」もある。何か今日の身体は調子がイイ感じがする。途中には色々な景色があり、気温は7度ながら、外には「氷が張っていた」、こんな何気ない事に、生きている実感を強く思う。ウオーキングも何時まで続くやら。10分間の事だった。

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2019
01/20

南三陸町の昨年の人口減は「233人」


私のツイッターで戸倉地区の水戸辺川の周辺の風景を載せた。それから10日近く経つのに、いまだに「いいね」と「リツイート」があり、この辺に暮らしていた人たちの反応と思う。震災での流失した「門内」「上沢前」の集落は全てが無くなり、高台に土地に愛着の住民が1軒新築を果たしていた。
戸倉地区の地元民の菩提寺「慈眼寺」が、本堂の再建に向け檀家と共に頑張っている。しかしも、この地域は見渡すくらい家は無い、農地も見えるが、昨年は「南三陸ネギ」の実証栽培は、圃場した農地の水はけが悪く、生育は順調とはいかなかつたと言う。津波被災農地状況はまだまだ厳しいようだ。

昨年の南三陸町の人口が発表された。1万2987人で「223人」が減少した。出生は70人で死亡は217人で、自然減は147人だった。社会減は転入が343人に対し、転出が393人で「50人」が減少した。外国人減少の26人は何を意味するのかは、3年の出稼労働者の帰郷があり、今年度更なる外国労働者の入国が、政府の外国人雇用改革で、増加するのは南三陸町も同じで、労働力の減少は一時的なものと思う。事業所の経営戦略に外国人の確保は近々の問題としてある。

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戸倉地区を震災後から見てみたい。30年8月末のデータで、震災前は2433人が地区で暮していた。多くの死者を出し、23年3月末では「2296人」で、減少数は震災死となる。30年8月には1424人となり、「1009人」が減少し、震災後の減少は「872人」と、先が見えない地域の再生で、待っていられないと近隣市に移転したものと見られる。

昨年末の戸倉地区の人口の増減は、7人が減少し「1427人」と、通常の自然減の状況に戻った気がする。
南三陸町の昨年の各地区減少は、志津川が63人減、歌津が80人、入谷が71人と、地区の人口に対する減少率で言えば、これまで増加していた入谷地区の人口減が顕著に表れている。

人口減は一人当たりの「交付金」が国から支給され、被災地「南三陸町」は、被災地・過疎化への政府の対策費が、別の「特別交付金」として支給されている。


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2019
01/19

i日本には歴史遺産・自然遺産がいっぱい


登米市の会社から年賀の玄関挨拶を頂いた。昨年の「なまはげ」などの仮面文化のユネスコ登録があり、登米市米川の「水かぶり」のイラストの可愛さに、癒されている。火伏の地域のお祭りで、私の従弟たちも男性は行事に参加している。「奇祭」として今後も継承して欲しい。米川には道路バイパスができ、昔の町並は疲弊となっている。

今年に入り「消防出初式」が5日なあり、その後、清水地区で火災が発生した。「車両火災」と言うが、BRTのトンネルの整備工事で、作業車両から出火したと言う。人的被害は無かったと言う。多くの工事が町内であり、労災と言う話も聞こえてこない。良い事ですね。
そんな中で救急自動車の追突事故は、まだ記憶に新しい事故として、あり得ない死亡事故となった。これまで聞いた事の無い、職員の勤務中も甚だしい事件で、100対0の全責任は救急の運転手にある。職員は「業務上過失致死」で、登米署に逮捕された。同乗患者の付き添い人が死亡した。
あってはならない事件が、若い職員により発生しているのは、ゆとり教育の歪のように感じる。

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2019
01/18

誰の為の大工事なのだろうか


昨日は気仙沼市本吉町に用事で出掛けた。
歌津の市街地の河川堤防や橋の建設があり、国道45号の道路も津波対策の元での復旧工事であり、今も尚終わっていない。道路には大きな高低差が発生し、運転の注意をお願いしたい。
伊里前地区への南の玄関は、元「伊里前橋」がメインにあったが、「うたちゃん橋」は無くなり、寄木地区からの橋は河川堤防の高さに合わせ、以前より高さ・長さを増し巨大橋へと整備が進む。

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伊里前橋とBRTの橋と二つ造られ、無駄の何物でもない。45号の流れの道路は以前の場所に嵩上げされ復旧されるが、その嵩上げは「8.7M」と、町の道路基本の嵩上げ高となるのだろう。
海岸線に面した戸倉・志津川・歌津地区の河口は同様の震災復旧で、そして津波防災対応の再建が進められている。誰も住まない地域に膨大な資金が投入される。ここまでの整備をすると、その後政府は地方への国土整備投資はなくなるだろう。地方の陸の孤島化は一挙に進む。

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震災後に被災地支援の来町者への歓迎の「ありがとう!」の虹色の吹き流しを思い出す。震災復興で地域の住民の団結が再開できるだろうか。

現在の市街地の二つの橋の意味と、う回路としての今作られている道路は、橋の完成後に解体すると言う。また「ムダ」な税金が投入される。無駄のないような整備手法は取られなかったのだろうか。

疑問・疑念が至る所で見られる震災復興工事と感じるのは私だけではない。

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2019
01/17

観光の場として、海、山。


「一片の悔いも無い」と横綱「稀勢の里」(32歳)が引退した。初場所3連敗の末に自分で結論を出した。早いか、遅いかは、それぞれの判断で違う。私は遅いと感じ、その裏には横綱でいる事での「利」があると思う。そんな中で横綱「白鳳」が節目にいた事は、稀勢の里の全盛期だった気がする。偉大な経歴として歴史に残るだろう。

朝方「日テレニュース」で昨年度の観光状況が伝えられていた。日本への来日観光客は「3119万人」で、その経済効果は「4兆5千億円」だったと言う。その数字の大きさに、観光の効果の大きい実態に驚かされた。
2020年のオリンピックを始め、今年の「ワールドラグビー」と、今年も来日観光客の拡大はゆるぎない物となるだろう。南三陸町の観光名所と言えば、この雄大な海と私は思う。しかし、外国観光客の受け入れの態勢や、観光地の整備と言うと何も進んでいないのが実情だ。

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南三陸町の観光の拠点が志津川地区の内陸の場所となり、「震災復興祈念公園」「南三陸道の駅」と思うが、未だに全貌は見えない。2020年の8月にはオリンピックが開催され、応援が各国から来る。観光客を受け入れる場は、南三陸町には無い。ラムサールの海を見て貰う「遊覧船」「海底観光船」など、海を観光の場としている所は、だいたいが海の観光への設備として有している。

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2019
01/16

昨日は議会に釘ずけ

昨日15日の10時から、議会の「活性化委員会」「全員協議会む、午後からは「広報委員会」で4時までかかった。体調は絶好調ながら、町民不在の行政主導の議会と感じる。

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昨夜は「蔵八」さんの白みそシャーシーを食べた。震災時に志津川の河北新報販売所のコンリクートの残った場所で、ラーメンバスを設置は、被災者にラーメンを販売した。寒さに震える被災者に暖かいラーメンの提供は、きっと喜ばれただろう。私の知る蔵八さんは、登米市に2店舗と石巻の1店舗を把握し、震災後に石巻日赤に通院中にも来店し、同様のラーメンを食べた事が記憶に新しい。時々、ラーメンを食べいとの衝動に駆られる。その日が昨日だった。自宅から「蔵八」は今回開通した北部道路出口から、1分と掛からない場所にあり、22分で食べに行ける。町内の「幸楽苑」も良いのだが、一人でラーメンをむさぼる姿を地元民に見られるのは恥ずかしい。

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16日となり昨日に松飾りを取り外した。お正月にいただいた食材が、もう賞味期限を過ぎている。従妹が持って来た御雑煮に入れる具として、大根・人参・ごぼうが半分残った。半分と言っても我が家の雑煮4回分にあたる。処分に困っている。また、「山芋」も知人に貰い3つに分け、友達に2つを頂いてもらった。一昨日前は「山芋づくし」の晩御飯とした。芋の皮を剥き、芋の両面を焼き海苔を載せた一品。山芋とナメコと白菜・油揚げとネギを入れた醤油汁は、美味しく出来上がった。これに350の缶ビールで食事とした。後残っている物として、白菜づけとりんご・キューイなどがある。美味しい時期を過ぎ処分する事を考えている。

今月も月中を過ぎ、仕事と言うと一つしかない。これで後継者を募集しても、応募者には厳しい印刷業の実状がある。被災地の事業所は益々大変になって行く。今から節約して行きたい。



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2019
01/15

「どんと祭」を身近に


仙台の「大崎八幡宮」に納めた、我が家の神棚の供え物が、勢い良く燃え天に帰って行く。地元から私の気持ちが離れて行くようだ。

フェイスブツクで友達となりメールでやり取りをしている。両親を亡くし、新しい両親の元で暮らしていると言う。誰かと話したい、繋がりたい。そんな思いがあるのだろう。《言葉を贈った》
*********
総ての人間が平穏で静かに生きられたらと、いつも感じています。私の父も中国へ行き、戦争を体験しましたが、今も優しいままで95歳の人生を送っています。
君の看護師への資格取得は素晴らしい行動ですね。日本には看護師は少なく、多忙と賃金の低下から、働きたいと言う日本人は病院への就職を選びません。
人の為に、国の為に働く事の大切さを思います。自分の事ばかりで、人への奉仕の気持ちが欠けつつあるように感じます。
自分の為に頑張りましょう。そして素敵な一日にしましょう。
**********

年明け元気な声を聴く。新たな環境で生きる友達から電話が来た。
「ありがとう。」と言う。
生活支援をして良かったと言う瞬間です。

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2019
01/14

出逢いは必然

(新たなFBの友達が二人、メッセージを送った)
62歳で95歳の父と老々介護している男性です。
いろいろな皆さんと何気ない会話や考えを聴きたいです。
ラムサール登録の綺麗な海に恵まれ暮らしています。
人との出会いは偶然と震災後から感じています。
よろしくお願いします。

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市原悦子さんが82歳の若さで亡くなった。10年近く前に「脊椎」の病気で入院し、リハビリを続けながら仕事をしていたと言う。昨年に「虫垂炎(盲腸)」となり、昨年12月に退院していた。今年になり入院して、間もなくの逝去だった。
華々しさよりも彼女の地味な演技が好きで、あの語り口調も気に入っていた。TBSの安住アナの番組で、希木希林さんとの掛け合いが実に面白かった。
私の世代でも「まんが日本昔ばなし」の番組があり、その女性の声の主が市原さんだった。私の愛した名女優がまた一人なくなった。自分なりの生き方を全うしての大往生と思っている。良きご主人に会えたことで、彼女の生き方を変え凛とした女優となった。

DV・女性への暴行が、昨年大ブレークしたメンバーの一人により起こっていた。そんな時に別の「暴行事件」の噂を町で聞いた。テレビでも異常なまでの男女恋愛があり、蔭で泣いている女性の事件を聴く。こんな男性がいるから、女性は恋愛に消極的になる気がする。
「不倫の横行」があってはならなく、それを容認している町がある事も現実として受け止めている。私の周囲には無いと思っていたが、あった事を嘆かずにはいられない。不倫は双方の家庭の破壊に繋がる。「LGBT」が調査で12%いると言う。男女の問題は同性愛や異常な性を生みだしている。

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2019
01/13

何だり かんだり!


正月2日の洗車と物置掃除と冷蔵庫片付けをして、その翌日からの経験した事の無い「風邪」を引く。主治医で注射と薬で、一揆に改善し、その油断から翌日の町の行事に参加し、最悪の状態へと急変した。全壊となったのは昨日で、風邪引きから9日目の事だった。
現在、南三陸町は「インフル流行」で、小学校が一校休校となっている。生徒数は少ない学校で60人前後と、すぐに休校となる気がする。一人が引くと家族への伝染の話も聞こえてくる。手洗い・マスクの着用など、自己防衛が最大の対策と思う。

一昨年は冷蔵庫の残った物と、野菜の悪くなりそうな物を片付ける為、カレーライスを作った。大晦日に買った肉が色を変え、玉ねぎはシワシワに、ジャガイモからは芽が出始まった。シヘフードミックスも加え、二種のカレールーを入れ、自分ながら最高の出来だった。作った夜は2皿を食べ、次の朝もカレーとした。あと2回分は冷蔵庫に入れた。しかし、これが又、冷蔵庫の肥しとなる。

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我が社の玄関に可愛い花が一輪、咲き誇っている。枯れかけていた鉢に、せっせと水をあげ太陽の光と部屋の暖房で、こんなにも生き生きと咲いてくれた。
ここ2・3日は知人からの「キムチ」を食べている。いっきに汗が吹き出し、身体が火照ってくる。お通じもキムチを食べてから良い。白菜とキムチのタネが私の口には丁度良いようだ。

今日の午後1時30分から「南三陸町成人式」が、ベイサイドアリーナで開催され出席する。どんなにも綺麗な振り袖で着飾った女性達、男女とも大人に変わる門出に立ち会う。

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2019
01/12

水戸辺川沿いの風景には昔の面影はない


7年ぶりに戸倉地区の水戸辺川の上流まで行って見た。巨大な河川堤防が目の前の光景を遮る。私の仲間やスポ少の家族たちがここで暮していたが、多くの人達が突然の大津波で命を落とした。悲しみの多いこの場所には人は、以前の地区民は足を踏み入れる事を避ける。

ここには南三陸町の全体の水源があり、志津川・歌津地区の現在の地区の水源では足らず、戸倉水源から不足分を供給している。60ミリを超える降水となると、戸倉水源には「濁り水」の発生となり、12月の補正予算で、水源に「濾過機」を整備し、その整備費として5億円超が支出された。

南三陸町の必要水道量は7300トンで、戸倉水源で5300トンを給水する。他の2施設で足りない給水量を戸倉から供給する。水戸辺川の河川堤防沿いにある「戸倉水源」は異常気候の中での大洪水が発生した場合、本当に大丈夫だろうか。町は戸倉水源が使えなくなったら、全町を賄う事はできないと、平気で発言する。

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そして誰もいなくなった!

現在国内の異常降雨は、1時間で100ミリを超える事例が多く見受けられる中で、震災時の水道水の崩壊の、あの苦悩を忘れてはいないだろうか。いざと言う時の準備としての、対策に欠けているし、今後に対策を講じていくのか、町からの適切な対応策は出ていない。
戸倉水源から歌津・入谷地区までの給水は長距離のとなり、戸倉から通じる水道管の事故による破損を私は懸念する。「戸倉水源に頼っていいのか?」と言う事である。危機感の無い行政の水道事業と思う。

田束湖から水利用と、リスクの分散をしていない町の、水道整備の状況は不思議そのものである。必ず60ミリ以上の降水はあり、濾過機の性能も実証試験も無しに、これで大丈夫と言う、行政の考えに甘さしか考えられない。

連休の初日、こんな事を考えている私は「志津川が大好き」だから、もの申したい。


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2019
01/11

町民の為に?

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天皇陛下、皇后さまの言葉・行動には感謝しか無く、日本で一人の尊敬と敬意を持てる人物と、退位にあたっての言葉からも感じる。その家族の子供達と孫たちも素晴らしい。次期の皇太子さまにも、静けさの中にその品格を感じる。奥様にも身体を大切にし、5月に天皇となられる旦那さまに寄り添い、国の天皇家には日本のめたに、その象徴として国民を見守って欲しい。少しは政治に関しても厳しい目と言葉を、私はお願いしたい。

こないだ「大崎八幡宮」にも、天皇陛下30年ののぼりを見つけた。本殿の前に「凛」と掲げられていた。神様に次ぐのが「天皇」と、示しているように感じる。被災地の慰霊の為に高台から海に向かった時、その前に立とうとする「愚か者」がいた事を思い出す。村井知事にたしなめられた姿が、一時期、テレビで放送された。判らないからしょうがない。

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「日本一の松飾」と看板を立てた、大崎八幡宮の玄関の鳥居の前に角松があった。「門前町構想」が志津川地区の講演会であった。地区地区に点在する神社は、集落の住民を守る意味がある。地区民が助け合う、寄り合う事で地区の団結につながり、地区内の問題を解決となる。

楽天イーグルスのコボスタジアムが、総ての買い物を「シュッシュレス化」へとすると言う。三木谷CGOの目論みが現れて来た。「楽天カード」の促進をはかり、利便性と安全性を唱っている、会社の独自性を国民の娯楽にまで結びつけようとしている。高齢者が付いていけない事も感じる。私にとっても住みにくい環境となりつつある。

都会の生活になじめない自分がいる。今月29~30日は東京へ「議員研修」に行く。これまで何とか迷子にならず帰って来られた。引率の事務局がいての事です。あと少しで静かな生活を描いている。政治は残り2年10か月を、命をかけ「刺しちがえる」つもりで全うしたい。また、問題を発見した。若い職員の苦悩は続いているようだ。

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2019
01/10

神奈川から来客


我が社の正月も終わり、少しずつ仕事モードに入っている。工場の事業所ゴミをクリーンセンターに持って行った。
今年の10月から町の専用のゴミ袋が値上げされる。17円から30円と行政の説明ながら、もう少し上がる気がする。焼却ゴミと資源ゴミとしてのダンボールを持って行く。ゴミを降ろす前と施設に収めてからの計量機に乗る。この日は「310円」の料金だった。私的には安い気もする。

この日の施設はお正月ゴミとして、ダンボール置き場も施設いっぱいとなり、生活ゴミと事業ゴミで収める深い施設はいっぱいで、こんなにもゴミが多い事を実感した。人口が3000人も減少しても、ゴミの量の拡大を目の当たりし、本当に不思議な現象を実感した。現在の生活環境に問題もある気がする。商品の安全性や綺麗さを商品包装へと変わっている事が、ゴミ拡大の原因の一つにある気がする。

昨日は叔母3人が暮らしていた神奈川から来客があった。親近感が持てる来客の御世話・支援をしたいと町内を案内した。
高速バス「志津川駅」の前のマルセンさんで待ち合わせ、揚げたての蒲鉾・加工品を買い求めていた。以前来町した時も、お世話になった店として、再度寄ったと言う。こうした出会いと来町者への対応が、リピーターとしての来町者拡大に繋がる。

仙台からの「高速バス」は、仙台から1時間29分で時間通り、南三陸町までの運航時間だった。帰りは「くりこま高原駅」へタクシーを走らせたと言う。気仙沼線がなくなり、志津川は再び「陸の孤島」と言った状況に、後戻りした町と感じる。日帰りの旅はお金もかかり、ご苦労さまでした。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:53 】

2019
01/09

道路整備はこんなにも便利に


宮城県「北部道路」が、南三陸町から登米インターへ、今度は登米市佐沼の北地区の商店街と繋がった。写真は新設した道路の出口の光景です。スタンド・カラオム・ケーズ電気・生協スーパー・コメリ・南部屋敷・イエムーハットなど、生活に必要な買い物が全てできる場所に繋がった。
登米市の「加賀野地区」へは、南三陸町から多くの人達が移転した。上記商店街の隣りに位置する。病院は無いが、眼科・歯科医もあり、普通の生活は維持出来ている。
高齢者の車所有は難しく、道路は整備されても、道路利用と商店への買い物は、高齢者世帯の最大の今後の問題でもある。

私も63歳を今年の5月に迎かえる。後2年で免許の書き換えがあり、前回も白内障と網膜剥離の影響があり、何とか目の検査を通った。4年前の取得以来、事故も違反も無い。70歳までは車を所有したいが、小さな望みでもある。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:14 】

2019
01/08

何かがおかしいぞ南三陸町


一昨日前の南三陸町での車両火災は、私の耳には初めての事と感じる。震災による海水の付着により、車の電気回線からの出火の理由も聴くが、発生の事実は知らない。

昨年末の南三陸町の「死亡の連鎖」は、これまで経験しない状況だった。続いたら収まるのが変化の流れながら、葬祭場が不足する現状を生みだした。私も5カ所に焼香にいった。
年が開け未だに死亡が続いていると言う。40代の男性が「凍死」は余りにもショックな出来事だった。震災後に災害公営住宅での一人暮らし、アルコール依存症だったとも聴いた。家庭の事情もあっての「一人暮らし」は、相談する人が無いや不安の中の生活だったと思う。野外の同じ場所に寝てしまう状況があったと言う。そして今回は帰らぬ人となってしまった。
また、志津川から登米市に震災後に移転した女性は、30代の若さで子供を残しての逝去だった。地元で暮せない状況は、悩みを話す事もできない環境と、故郷を離れての事だったと思う。

野外の死亡は「検死」が必要ながら、正月初めで検死ほ行う先生がいなく、仙台でないと死亡の理由と検死書が出せなく、葬儀をするのも大変と言う。南三陸町には個人開業医の先生が二人と、町の病院があるが、正月休みで不在だったのだろう。救急なら石巻市の日赤病院もあるが、検死となると又別なのだろう。
大変な町になって行く。

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志津川袖浜地区の「民宿の里」の今です。誰もいなくなった地区が広がる、地区民は高台に移転し、この億を超える防潮堤は、いったい誰を守るのだろうか。私は地区民の声を聴き、防潮堤の議論をしたのかと言うと疑問だ。
防潮堤を造らない事での、地区住民への防災対策費の名目で、補助を出したら地区民も同意したとも感じる。何のために誰の為の「巨大防潮堤」と感じる。

勝手な言い分の町の「エコタウン構想」が聞こえてきた。これ以上住民ヘの生活負担を掛けるのは、やめて欲しいものだ。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:16 】

2019
01/07

7日「七草」から会社の仕事初め


2019年6日午後5時50分にサイレンの音、「車両火災」と言う。場所は聞きそびれたが10分後の6時には、「鎮火」の報を防災無線が伝えた。火災の内容はよく判らないが、大事に至らなければと願う。

4日からの風邪も、今日の5時30分に起床した事で「全快した」と思う。油断大敵で、この6日朝の最終日は歩く事の困難な状態、初めての体験で頭のクラクラ感はじわった事がない。風邪とならない対策を普段から頭に置きたい。

フェイスブックとツイッターで自分と南三陸町を今年も、日々休む事無く発信している。ミーハーな自分は、おすすめフイッターで、「トランプ」を見つけフォローを昨日した。どんな事を書いているのか知りたいからだ。「英訳」もあり、テレビ報道でしか見る事の出来ないトランプのつぶやき、早く知るチャンスを作った。

今年は事務所の「神棚」を豪華に飾った。だるまは初めて奉納した。御神酒も4年ぶりに新しい物を備えた。これで私が信心深くない事が解っただろう。行動は気分しだいと言う事です。何か神社に行く事は気持ちがいい。62年間で行った事ない「仙台大崎八幡宮」にも行く事ができた。昨夜の2時前後のNHKの「ぶらタモリ」と「つるべに乾杯」の特別版、大分県「大宰府」の旅を見て、少しは歴史が好きになったかも知れない。一度行ってみたくなった。
昨年の目標だった広島の「原爆ドーム」の旅を今年はぜひとも実現したい。大宰府もイイなー!

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5万円も掛けて作成した、我が社の「ホームページ」にお出掛け下さい。2018年の南三陸町を是非見て欲しい。「南三陸町千葉印刷」で検索し、直ぐに入れます。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:27 】

2019
01/06

二階から降りられない

私も3日前から先生に風邪との診断。新年懇談を欠席、昨日の出初式に出席、今日の朝は頭がクラクラで起きられません。風邪と侮らないと良いですね。

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仙台は賑やか。(大崎八幡宮)

風邪が改善したと思い、昨日の「消防出初式」に出席した。風が少しあるが身体普通の状況だった。消防団員への日頃の活動への感謝と、今年も宜しくとの願いから出席した。
団員が300名。消防署員30名・交通指導隊8名に、関係者・来尊を含めると400名余りがベイサイド駐車場に集まった。

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初めての仙台の「大崎八幡宮」は、さすが人口100万人都市で、周辺の自治体からも多くの人達が、元旦から4日目のこの日も、家族連れやカップルなど、凄い人ごみとなっていた。今月の14日と15日は「どんと祭」があり、多くの人が古いお札・だるま等を、どんとの火に収める。私も新築しての5年間の神棚の古い物を持って行った。
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玄関の鳥居から出店が並び、一番奥が神社で、周辺には社務所があり、多くの来場者がお札や破魔矢・だるまを買い求めていた。

今年初の仙台は生活しやすい土地と、再確認した。

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2019
01/05

皆様にとりまして輝かしい一年に


一昨日前は腕が朝から痛み、スクワット機と1Kダンベルの使い過ぎと思ったが、熱も出て「風邪?」だと判断した。一昨日の夜中に「風邪撃退」の自己流の治療をした。温かい飲み物とネックウォーマーと毛糸帽子をかぶり、布団に潜りこむ療法だ。沢山汗をかき着替えして翌朝には風邪は何処かへ消えている。これでも汗は出ないで身体の不良が絶頂に達した。
昨日は「町の新年懇談会」で、出席する為に頑張ったが、何ともならず出席を断念した。9時半には「徹先生」に行く。インフルエンザではなかった事で安心した。注射と処方箋をいただき、今日は風邪の絶不調も何とか乗り越えた。

3日に外での洗車と物置片付け、プランターの枯れたトマトを処分した。この活動が風邪に繋がった。身体の抵抗力も減退し、病気になりやすい状態がある。自分への過信がいけないのだろう。

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一昨日前の3日、東京から娘の婿さんが孫を連れてきてくれた。昨年に孫を授かり、息子も昨年結婚した。私の戸倉地区の剣道の教え子達です。当たり前の生活を彼らは過ごしている。今は当たり前の事ができない人間が、新年から異常な行動を起こしている。孫の「颯真くん」も可愛さから凛々しさへと変貌した。こうして正月には子供が孫を連れてくる。いまだに独身ながら「親子ごっこ」を楽しんでいる。初顔合わせの婿さんもがっちりし健康的な男性だった。
写真の自分は驚くほど年老いていた。「ピースサイン」に年甲斐もない斜体と反省しきりだ。

今日は新年の消防出初式です。出席できる体調となり、災害・火災から町を守る皆さんを、感謝の意を込め隊列を見守ります。

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2019
01/04

ブログ発信4560回

2007年9月から始まったブログ発信は、今年に入り「4560回」となった。
アクセス数も「20万5千回」を超えた。
病気のように毎日、打ち込み発信し、写真も今の南三陸町の風景を載せている。

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風邪引いて頭痛い。

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2019
01/03

2018,年から希望の2019年へ


南三陸マイタタン詩で南三陸町の2018年を振り返って見ましょう。



2018年の一年間の南三陸マイタウン情報を元旦から発信中!
「千葉総合印刷株式会社」で検索、
南三陸町で一年間に起こった事を確認できます。
今年も宜しく。お出掛け下さい。

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戸倉剣道スボーツ少年団の第一期生が新年の挨拶をくれた。その返信の私の感謝の気持ちです。もう一人が昨年に結婚しました。我が子のように可愛い、私の「愛した剣道」の教え子たちです。

「家族・両親・兄弟が健康第一で2019年を迎え
そして過ごして欲しいと願います
色々な問題は夫婦で話し合い乗り切って欲しい
一人で頑張らないように
共に助け合い 決して相棒を責める事無く
子供と御主人を大切に」

心配性なので耳障りかも知れないけど
今年も君の人生の先生でありたいと思っています



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2019
01/02

私の大好きな志津川湾


私の2019年の初詣。
南三陸町袖浜の「荒澤神社」の鳥居から
水平線の雲の上からの1月2日の朝日。

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志津川さんぽ
元旦の何年もの年初めの御来光の撮影は、今年は少しの酒で7時前に起きる事ができなく、今日の朝に午前4時から目覚め、御来光を見に行った。日テレニュースを見て、裏番組では大人向けのアニメに、時代は変わったと感じた。今年の正月はテレビっ子に徹したい。

志津川の大森と袖浜地区の境の高台に道路があり、そのガードレールに足を掛け志津川湾の5割を望む、ここからの風景は私の生まれた50年前と少しも変わらないが、海岸道路が整備され、旭が浦地区の埋め立てで、志津川の海が大きく変わった。「サンオーレ袖浜」の整備は、観光地「志津川」の加速に近づいていった。
以前は「大森海水浴場」「のり芝」「荒島までの海岸線」など、自然の海岸の良さと、海藻や磯場の光景を消し去り、現在の「荒島パーク」へと変わった。自分の幼少の風景は、私の人生の高齢化と同化して行く。

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今年は朝思い立ち、初めての初詣を「荒澤神社」とした。子供の頃は遠足の場で、町の天然記念物「太郎坊杉?」があり、その高さと太さに圧倒され、3.11の津浪も木の根元まで襲来した。ここには3つのお社があった。一つの堂は「不動社」となっていて、入口が開帳され、「不動明王像」があった。その他に4体の木像が御堂の中にあった。松と榊が供えられ多くの氏子を迎えた事と思う。

62歳となり初めての発見だった。テレビでは「ぶらタモリ」の正月番組で放送しているが、自分も詳しく地元を知らない事を実感する。荒澤神社には県の文化財?もあった気がした。子供達も「故郷学習」で訪れている。

これで正月二日目も終わる。実業団駅伝は「旭化成」が一位となり、大学駅伝は往路で1時現在で「東洋大」が箱根の山を一位で登っている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:49 】

2019
01/01

2019.1.1  元旦


あけましておめでとうございます。

今年もなんだりかんだり発信します。

よろしくお願いいたします。

今日は千葉家の正月料理です。

美味しくできました。

昨夜はテレショッピングの「ベルナール」のおせち料理に、ダウンタウンのテレビで30年度の笑止めとした。珍しい料理にビール1杯と焼酎のコーラ割を三杯で悪酔いし、30年のアカを落すべく、綺麗な風呂へも入らず就寝した。昨日の好天は布団のほこりを落すのに最適な冬の一日だった。シーツを変え、夜は残りの子持ちナメタカレイにジャガイモ・エリンギと玉ねぎを煮汁で煮て、大晦日の母の仏壇に供え、父に食べさせた。

父と二人の老々世帯ながら、世間と同じのお正月としたいと日々思っていた。正月も同様に感じる。二人だから私なりの正月を実現できている。

30日に叔父が午後8時にドアを「ガチャガチャ」と、開けようとする音に恐怖感を感じ、ドアを開けると「開けないんだもの」と叔父。我が家は父の生活で午後5時には施錠する。
美味しいお酒を持って来てくれた叔父の後、今度は「ピンポーン」、誰こんな夜8時半過ぎに、今度は「クロネコヤマト」で、長野の知人が、また美味しいお酒を送ってくれた。私はビールしか飲まなく、また何処かへ持って行くしかない。ヤマトの配達員に聞くと、「今夜は10時ごろまでかかるかも知れません」と話していた。大変な仕事と感じる。
この日の午前にも親友が「おまえも飲めるワイン」と持って来てくれた。我の家にはコルク抜きが無い。29日にも町内の方が亡くなられ、30日が葬儀だと言う。

なんかドタバタながら、年を越し年を迎えた。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 13:48 】


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