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ARCHIVE - 2018年10月

2018
10/20

ラムサール認定「志津川湾」


志津川湾を私は半分わ、見てきて遊んだ場所である。
小学校の遠足では(今から50年前)、志津川荒砥地区の海岸への遠足があった。自由に岩場を歩き、ツブ・アワビ・小魚を探し追った。岩場の干潟には普通に多くの生物がいた。何か判らないままで岩に張り付くアワビに興味を持った。とにかく貝類がいっぱいあり、そこには自然に海藻が生息していた。
写真は昔の姿が消えた八幡川河口です。この場所ではアサリが面白いように獲れた。川には山からの土砂が河口の中州に溜まり、干潮時には浅瀬となり、スコップやカゴでたくさんのアサリ獲りに、多くの地区民が集まった。工夫を凝らした道具を作り、他の人より多くのアサリを獲っていた。
八幡川の水門には多くのガが集まり、その下には多くの魚が居た。水門の灯りが魚を集め、下に落ちた虫を食べたのだろうか。子供の頃は、ガを餌に「おおげ」と言う魚を釣った。
ウナギも夜に活動し、そのウナギを狙いに釣り人が寄った。海水と真水が混じりあう「気水域」で、いろんな種類の魚が集まった。牡蠣剥き場があり、剥いた殻に、水揚げの牡蠣にゴミに着いていて、その虫を食べに、タナゴが群れを作り岸壁に寄りつき、それをジェンテケッコ(ムール貝)の身を付け、タナゴを沢山釣った事を思い出す。狭い牡蠣剥き場で山高く積んだ牡蠣殻に、自転車で転び、右手を突っ込み血だらけとなった事もあった。
多くの思い出が志津川湾にはあった。語りつくせぬ思い出がある。今はと言うとその自然だけでなく、その姿は志津川湾にはもう無くなった。再生は人間が何もしない事だが、もう既に遅い。温暖化が大きな要因として在り、今から改善策は無く、今の状況を維持する事ながら、人間の「欲」の方が上まっている。

漁民は「ラムサール認定」を、これまでの漁業に影響は無いかを心配する。細々と自然の恩恵を受け、この地区で恵みに預かり、生きて来た。誰の為の認定かと言えば「観光振興」「交流人口拡大」で、取って付けたように「自然の保護」を言う。将来の子供達に自然多き志津川湾を残す事が必要だ。登米市の長沼は認定後にできた公園も、今は錆びれていると言う。町民の生活再生に残りの「2年半」を余計な事はせず、集中すべきと私は思う。

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昨日も菩提寺「大雄寺」に、剣道の後輩であり、スポ少で指導した子供達の、父祖の死に参列した。孫の弔辞では、おじいさんに感謝し涙を浮かべていた。小学生の時は荒削りな子が、しっかりとした大人に成長していた。私も長生きする事で、我が子は居ないが、剣道で子供達と交流していた事で、こんな日が来る。楽しい我が人生を送っている。
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